「燃え尽き症候群」を克服した人たちのライフ・シフト
燃え尽き症候群で“ライフ・シフト”を余儀なくされた人たちがどのような回復の道を辿ったのか。英紙「ガーディアン」が彼らの生の声を紹介する──。
自らの心身を守るために退職
職場でのストレスを抱えていたスペンサー・カーターは、3ヵ月にわたり休職していた。しかし休職中にも早く復帰するよう上司から連絡があり、カーターが担当していたチームは2倍に拡大され、それに伴って彼の責任も倍増した。
「最後の2年間は、すべてが悪い方向へ向かっていきました」と、カーターは控えめに振り返る。事実、このままではストレスによる極度の高血圧で死んでしまうとかかりつけ医から忠告されていた。彼は「自分の命を守るべく、自ら退職した」のである。
休職する直前にカウンセリングを受けてもいたが、国際企業の業務部長として多忙を極める彼の助けにはならなかった。データ処理に終わりは見えず、世界各国の時差をまたいでチームを運営し、厳しい競争社会で巨額の予算に責任を負う……。そんな日々だった。「当時は酒におぼれていました」とカーターは振り返る。「人間関係もボロボロだし、言動にもミスが目立つようになりました。しかも、仕事のことで頭はいっぱい。休日が来ても、仕事のことばかり考えてしまうんです」
カーターは、数十年かけて積み上げてきたエリートとしてのキャリアを捨てることに悩んだが、ついにこう考えるようになった。
「僕は自分に何という仕打ちをしているんだ?」
燃え尽き症候群「3つのタイプ」
WHOと国際労働機関による最近の研究では、少なくとも週55時間の労働が数十万件の“早死に”につながっていること、脳卒中と心臓病のリスク増加に関係していることが明らかになった。長時間労働は「深刻な健康被害」だという。
過酷でストレスフルな環境があらゆる不調を引き起こす──これが燃え尽き症候群だ。疲労、筋肉痛、頭痛、胃の不調に加え、無気力や倦怠感といった精神的な不調も現れる。多くの調査で、この1年間で燃え尽き症候群の労働者が増加していることが明らかになっている。
在宅ワークで仕事とプライベートの切り替えができないことや、職を失うのではないかと不安を抱えていることが要因だ。加えて、コロナ対策に直接かかわる仕事をしている人々は、長期間にわたって心身ともに消耗している。
「解消できないストレスが蓄積した結果が燃え尽き症候群です」と、臨床心理士のロバータ・バブ博士は説明する。バブ博士によると、一般的に燃え尽き症候群には3つのタイプがある。
まず、激務と心労のために燃え尽きる「熱狂型」。そして「自分には挑戦も労働も足りないといつも感じている」ことで燃え尽きてしまう「挑戦不足型」がある。
「矛盾に聞こえるかもしれませんが、パフォーマンスを向上させ達成感を得るためには、日々の仕事や生活のなかである程度の刺激を受けることが必要です」とバブ博士は説明する。
そして最後に、「消耗型」だ。これは単に疲れ果ててしまった状態を指す。このタイプの人はエネルギーが低下し、心身の疲労はもちろん、社会生活においても疲弊しきっているという。
年収が「5分の1」以下になっても幸せ
燃え尽き症候群を経験した後でも、上司のサポートのおかげで職場復帰する人も多い。だが、カーターにとって職場復帰という選択肢はなかった。幸運にも充分な解雇手当を受け取ることのできたカーターは、自身の情熱を考古学にそそぐようになり、学位取得のため研究に乗り出した。
彼は、年収10万ポンド(約1500万円)の地位から初任給1万9000ポンドの部署へと移籍したが、この決断に満足している。
「アカデミックで頭を使う仕事にもう一度ワクワクするようになりました。新たな職は、私を外の世界へと連れ出してくれた。不安もありましたが、心は弾み、喜びに満ちていました。こうして私は満ち足りた気持ちを感じられるようになったんです」
こうして転職したのは2011年のことだが、カーターは回復までの道のりは順風満帆ではなかったと明かす。
「第二の燃え尽き症候群が来てしまいました。PTSDとでも言うのか、すべてが自分を攻撃してくるんです。それまでの数年間、あんなに幸せだったことは関係なくね」
第二の燃え尽き症候群と、パンデミックによる仕事や健康への影響があってもなお、カーターは専攻分野を極め、複数の論文を発表して転職に成功した。
「充足感ある仕事でも燃え尽き」は起きる
心を満たしてくれる仕事、好きだと思える仕事をしていても、燃え尽き症候群は起こりうる。救急救命士として16年間働き、2015年に退職したタラ・ルイスの場合がそうだ。
その1年前、ルイスは6ヵ月にわたり休職していた。彼女は救急救命士であることに誇りを持っていた。
「救急救命士であれば、あらゆる医療をこなすことになります。外傷の応急処置や適切な救命処置をして、命を救う。そのすべてを引き受けるわけです」
彼女はビジネス・コーチとして訓練を積み、人々が燃え尽き症候群にならないようサポートする会社を自ら立ち上げた。いまでは家族を持ち、家族と離れ小島に暮らしている。
「島の生活はとても美しいんです。140人しか住んでいなくて、野生の馬や羊がたくさんいるんですよ。我が家の裏手にはワシが何羽か住みついています」
マッキンタイアのクライアントには、燃え尽き症候群の人たちが多い。彼女は現在の心境をこう語る。
「私たちはいま、転換点にいます。昔の価値観がもはや合理的でなくなってきている、そんな世の中なんです。
社会にはこんな風潮がありますよね。『成功するためには、健康や人間関係、あらゆる大切なものを犠牲にしなくてはならない。頑張らなければならない』と。私はそういう考え方に心から反対なんです」
2度の燃え尽き症候群を乗り越えヨガ講師に
ほかにも希望の光を見出した人たちがいる。メイズ・アル=アリは、広告業界のエリートからヨガ講師と栄養士に転身し、イビサ島に移住した。
彼女は2度の燃え尽き症候群を経験している。1度目は10年前のこと。増える抜け毛、内臓や肌のトラブルに加え、強い疲労感に苦しんでいた。2019年、アル=アリはきっぱりと仕事を辞め、栄養学の修士課程で学ぶことを決意した。
「安定したキャリアを捨てるのは難しい決断でした。キャリアはアイデンティティの一部になるものですから」と、アル=アリは言う。
「前よりお金はないけれど、いまが幸せです。人々を助けることはいまや人生の一部ですが、広告業界ではまったく経験できなかったことなんです。人助けは、広告業よりもずっと心を満たしてくれます」
転職すると決め、少々ためらいはしたが、まったく怖くはなかったと彼女は語る。
「転職というよりも、むしろ自分自身を救うための行動でした」
恐怖ではなく「健全な緊張」を
投資銀行の常務取締役だったシヴラージ・バッシは、長時間勤務のため気分の浮き沈みが激しく、不眠症や肌荒れ、体重減少に悩まされていた。
「毎週日曜の午後3時前後になると、必ず恐怖を感じるようになっていました」
恵まれた地位を捨てるのは難しい決断に思えるが、バッシは「銀行に残って苦しみ続けることも一つの決断だった」と話す。彼は2011年に退職したが、回復するまで少なくとも2年かかった。
「回復には長い時間がかかるということに、私は気づいていませんでした。もっと早く辞めていれば、回復期間も短くて済んだのではないかと思います」
その後バッシは、健康食品ブランドを立ち上げた。ブランドの設立にあたって緊張することもあったが、「健全な緊張感であって、恐怖心ではありませんでしたよ。いまのほうがずっと幸せです」とバッシは語る。
ある朝身体が動かなくなり…
臨床心理士のロバータ・バブ博士は、燃え尽き症候群の特徴として「緩やかに発症する」ことが挙げられると説明する。
「私たちはストレスから生じる症状を無視してしまったり、高いレベルのストレスにもすぐに慣れてしまったりしますよね。だからこそ、燃え尽き症候群の症状を特定し、対処することが難しくなるんです」
メリケ・フセインにとって、燃え尽き症候群は「じりじりと焼かれるようなプロセス」だった。国際企業の会計士かつ財務取締役だった彼女は、自分の仕事を愛していた。
「おかしな話ですよ。私にはかなり素質があったし、このうえなくキツい仕事に就けたのは、それに対処するだけの柔軟なメンタルがあったからなのに」
しかしある朝、出勤するところを思い浮かべたとたん、「体のコントロールが利かなくなった」と彼女は話す。
「体が震えだし、動くことも、話すこともできなくなりました。一時的に麻痺してしまったんです」
当時を振り返ると、会計士としての15年間に、どれだけストレスが溜まっていたかがわかるという。
「不眠症やパニック障害、胸の痛み、筋肉痛などの症状が常にありました。競争の激しい業界で、厳しい環境で働いていましたが、ストレスの慢性化を防ぐ方法はまったくなかったんです」
彼女は「頭にもやがかかる」ようになり、以前なら10分でできていたタスクに数時間もかかるようになった。
「そのせいで、仕事の重圧が余計に増えてしまいました」
フセインは休職し、抗うつ剤とセラピーを勧められたが、自分にとって本当に効果があるのはブレス・ワークだということに気づいた。ブレス・ワークとは、心身の健康の改善効果があると言われている呼吸のエクササイズだ。
フセインは2016年に退社し、ブレスワークと瞑想のインストラクターとして人々を支えるべく、訓練を開始した。
「半年のうちに、会計士時代に抱えていた問題のほとんど全部が解消されたんです」
退職しても症状が治るわけではない
そんな燃え尽き症候群にもいいニュースがある。「燃え尽き症候群のダメージを自分でコントロールして緩和する効果的な方法があります。ストレスの自覚、回復力の向上、対処法にフォーカスするものです」と、バブ博士は語る。
そのテクニックとして、マインドフルネス(自分に起きている事態を冷静に把握する)、セルフ・コンパッション(自分への思いやり)、仕事と私生活の境界線を設けることが挙げられる(適度な運動や良質な食事、休養と睡眠といったおなじみの要素もすべて重要だ)。
バブ博士のアドバイスによれば、職場では定期的に休憩をとり、タスクを分担してもらい、マネージャーと一緒に仕事量と責任の所在を見直すといい。かかりつけ医に相談するのも有効だ。そして、退職したからといって、すぐに症状が治るとは限らないとバブ博士は警告する。
「私たちは、回復にかかる時間を甘く考えがちです。回復すると同時に、燃え尽き症候群を引き起こしていたのと同じ環境、同じ対処法に戻ってしまうこともよくあります」
そして、例のサイクルが再び始まってしまうわけだ。
職種でなく環境を変えることの大切さ
とはいえ、環境に充分に変えることができれば、人生をより素晴らしいものにしていける。コロナの猛威のさなか、ルイスは救急救命士の経験を活かして人々を助け、やめてしまった医療従事者の穴を埋めるべく、一時的に職場復帰した。
昨年夏、軽傷の患者が出た際には、ルイスが担当を引き受けた。いままでとは違うタイプの仕事だが、彼女がかつて愛していた救急車での仕事とよく似ている。彼女は現在、開業救命士になるべく、さらなる医療訓練を積んでいる。
「どんな人がドアを開けて入ってくるかも、その人がどんな問題を抱えているかもわかりません。でも、いまの職場はストレスも少ないし、楽しく働けるんです。集中して新しいことを学べる。以前ならできなかったことです」
ルイスの姿は、燃え尽き症候群の後でも人生は続いていくのだということを見せてくれる。たとえ、以前と同じような仕事に戻ったとしても(もちろんしっかりと環境を整えたうえで)。
「いまのところ、すべてが完璧ですよ」
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