「職員解雇」で日本郵便の敗訴が続く異常事態 かんぽ不正で解雇の6人中4人に「無効判決」

「懲戒解雇する事由はない」――。3月24日の水戸地方裁判所。日本郵便から懲戒解雇された元職員の50代男性が、日本郵便と衣川和秀社長を相手に起こした訴訟に、「解雇無効」の判決が下った。

「解雇無効の判決に安心した。私は一貫して顧客の意向を聞き、丁寧にやってきたのに、不適正募集の調査担当者にまったく聞き入れてもらえなかった。公の判断として、裁判所に主張を受け入れてもらえて嬉しい」。判決直後、男性は弁護士を通じてコメントを発表した。

コメントにある「不適正募集」は、かんぽ生命保険で起きた顧客の不利益につながる契約募集行為を指す。募集を担った日本郵便は、金融庁から処分を受けた。日本郵便は、男性を含めた28人を2020年に懲戒解雇。いずれも、契約者の意向に反して「営業手当や成績がほしい」という自己の都合でのみ保険の契約と解約を繰り返させた、としていた。

ところが、解雇された28人のうち6人が解雇無効を訴えた裁判は、2022年12月の札幌地裁判決を皮切りに元職員の勝訴が続く。その数は、水戸地裁の男性を含めると4人になった。

かんぽ生命の不適切販売問題による懲戒解雇をめぐる地裁判決一覧

しかも札幌と水戸の両地裁判決には共通点もある。①解雇された元職員は会社の決めたルールどおりに顧客の意向を確認していた、②契約の乗り換えで不利益となることを顧客に説明していた――と認定したことだ。そのため、懲戒解雇する理由はないと両地裁は判断した。

調査と真逆の「契約者からの手紙」

「主張が認められなかったことは誠に遺憾。札幌も水戸も即日控訴した。募集人調査に伴う不祥事件等の判定については、一件一件厳正かつ適正に行っており、社外弁護士にも確認して決定した」。日本郵便は、判決の結果について尋ねた東洋経済の取材にこう回答した。

一方、ユナイテッド・コモンズ法律事務所(札幌市)の淺野高宏弁護士は、「『調査が厳正に行われた』とは到底言えない」と憤る。淺野弁護士は、札幌、水戸の裁判でともに元職員の弁護を務めた。淺野弁護士がとくに問題視するのが、「契約者の意向」をめぐる認識だ。

「契約当初は『契約者の意向に一致している』旨の調査結果となっており、かつ、水戸地裁の事件では、懲戒解雇という結果を知らされた契約者が原告に謝罪の手紙も出している。どうして契約者の意向に反していたと言えるのか」(淺野弁護士)

 

裁判に提出された「証人調書」によれば、契約者が元職員の男性に宛てた手紙には達筆な文字で以下のように書かれていた。

「聞けば職を失ったとのこと、それも懲戒解雇とのこと、私は首を傾げ、この文を残したいと思いました」

「母が亡くなって、私が入退院(を繰り返)している中で、契約を徐々に解約しました。子どもたちも3〜4件あったのを2件くらいにしたり、解約したり、時には加入したりと、君(=原告)は頑固な私の話を聞き、実行してくれて、30件以下の契約に減ってきましたね。私が頼んだ解約などが君の解雇につながったと思うと心苦しく、書き残すことにしたのです」

男性は懲戒解雇された当初、労働組合を介して職場復帰を試みた。「不正をした」というレッテルを貼られ、会社には何を言ってもまるで犯罪者のような扱いを受けてつらい思いをしたという。だが、訴訟を起こすと決めた頃には、現職員や元職員から男性の支援者が現れ100人を超えた。

「トカゲの尻尾切り」だったとの疑念

後日、このような問題になるような解雇に、日本郵便はなぜ踏み切ったのだろうか。

「だってトカゲの尻尾切りだもの」。水戸地裁に集まった支援者の元職員や現役職員は口々にそう言っていた。この支援者らの発言は、弁護士の見解と一致する。

「会社は公正な調査をする気持ちを持っていたといえず、結論ありきで、検討すべき証拠の存在を無視し、ターゲットにした職員の懲戒解雇を行うことに突き走った」(淺野弁護士)

「ターゲットにした職員」とは、契約と解約を頻繁に繰り返した顧客の営業担当職員を指す。ただ問題は、淺野弁護士が指摘するように「司法の場で改めて冷静に検証されると、懲戒解雇にまったく理由がなかったことが次々に明らかになっている」ことだ。

「この現実を会社はしっかりと受け止めて真摯に反省し、職員への対応を見直さなければ、かんぽ募集は本当の意味で改善に向かわないのではないか」と、同弁護士は危惧する。現状のままだと、現役職員から次のような疑問の声が上がってくるのも仕方がない。

「会社は組織ぐるみであることを否定するために、あくまでも『現場の渉外社員が己の利益のためにやった』ことにしたかったのではないか。『これだけ懲戒解雇しました』と監督官庁やマスコミに数字で示すために『処分ありき』だったのではないか」(東京の現役職員)

 

淺野弁護士とともに、懲戒解雇された元職員の代理人を務めたのが倉茂尚寛弁護士。同弁護士は、「一連の判決は日本郵便やかんぽ生命の調査・検討の不十分さを明らかにするもの」と述べたうえで、次のように糾弾する。

「懲戒解雇は極刑とも比喩される重大な処分であり、公私ともに重大な影響を与えてしまう。調査、検討を尽くさずに懲戒解雇処分したことは問題と言える。そもそもかんぽ不正問題は、日本郵政グループ全体の構造的な問題に起因するものであり、これを末端の現場社員のみに責任を押し付けることは許されるものではない」

本当の「問題職員」は逃げ切った?

一方で、実際は相続税が軽減されようがないのに「相続税対策になる」と持ちかける、グレーな勧誘が散見されるような職員もいた。その中には、何ら処分されずに逃げおおせた人物もいるという。

そのような人物は、調査が始まると長期休暇を何度も取得し、調査を免れ続けた。「育児や介護、病気休暇中は調査されない」という抜け道を利用した格好だ。ボーナスを受け取った後、自己都合規定の退職金をもらい退社した者までいる。

4月の定例会見に臨んだ日本郵政の増田寛也社長「調査に誤りはない」とした日本郵政の増田寛也社長(記者撮影)

最初の解雇無効判決があった直後の今年1月。

「過去の調査が適正だったかどうかを検証すべきでは」

日本郵便とかんぽ生命を傘下に持つ日本郵政の定例会見で、そう問われた増田寛也社長は、「日本は三審制。二審でも解雇無効なら考えるが、今のところ検証をするつもりはない」と述べた。水戸地裁の判決後となった4月4日の定例会見でも増田社長は、「調査のプロセスに誤りはなかった」と強調した。

6月5日には札幌地裁で6人目の判決言い渡しが予定されている。原告である元職員側の弁護士は、解雇無効の判決が続けて下される可能性が濃厚とみる。今後も増田社長は「懲戒解雇が適正だったかを自ら検証するつもりはない」と言い続けるのだろうか。

著者:山田 雄一郎

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