仕事で「行き詰まった」と感じるのは、仕事を投げ出すためです

【今回のお悩み】

「仕事で行き詰まっています。どうしたらいいですか?」

仕事でうまくいかない、思うような結果がでない──そんなフラストレーションに苦しんだ経験は、誰にでもあるはずです。そうした時期を、どうやって乗り切ればいいのか。

哲学者の岸見一郎先生にアドバイスしてもらいます。


仕事をしていて行き詰まった経験をしたことがない人はいないのではないかと思いますが、「必ず」行き詰まるかといえばそうではありません。

「仕事」の始めと終わりを自分で決めることができるのであれば、行き詰まることはないでしょう。たとえば本を読む場合、面白くなければ、ただ本を閉じればいいのです。しかし、その本を読んでレポートを書かないといけないのであれば、面白くないからといって途中で投げ出すわけにはいきません。

また、その仕事も嫌になればやめられたらいいのですが、何か縛りや強制があって、仕事をやめるという選択肢が事実上ないときには行き詰まることになります。

嫌になってもやめることができず、なお仕事を続けようとするのは、行く手に立ちはだかる壁を何とか越えて行こうとするようなものです。

どのみちやり遂げないといけないのなら、行き詰まりなど感じていないで、少しでも仕事をするしかありません。ですが、仕事をしないために壁を自分で作っているのです。つまり、「懸命に仕事をしないといけないのはわかっているけれど、行き詰まってしまったので前に進めないのだ」と自分に言い聞かせたいのです。仕事をしなければただの怠け者ですが、行き詰まり感があれば頑張っていると思えます。

一方、頑張って仕事をしているのに行き詰まることもあります。どんな仕事もずっとやり続けることはありません。完成度を高めようと思えば切りがありませんが、完全に近づけたいと思っている人が、理想と現実とのギャップを「行き詰まり」として感じるのです。

そのような人は、行き詰まっているからさらに頑張らないといけないと思いますが、どこかで仕事を手放すためには、「今」できる最善のことをしたと思えなければなりません。

また、人からどう評価されるかが気になって行き詰まる人もいます。仕事自体が評価されるのではなく、自分がよく見られたいのです。目が「仕事」ではなく「自分」に向いてしまうと、それが自分の評価につながらなければ「行き詰まった」と早々に諦めてしまいます。

行き詰まったと感じるのは、それでも頑張ったと思いたいからです。しかし、この場合は行き詰まるほどの努力はしていません。行き詰まり感を作り出して、もうどうにもならないと早々に仕事を投げ出し、何もしないで時間を空費してしまいます。

「行き詰まり感」の対処法

ここまで、行き詰まり感がどういうものかを見てきました。それでは、どうすれば行き詰まらないのかを考えてみましょう。

目標を決めないままに仕事を始めると、たとえ行き詰まらなくても仕事を終えられなくなります。

私の場合、翻訳の仕事では目標がはっきりしています。最後のページまで訳すことです。始める前からゴールが見えています。本を書くときは、翻訳ほどゴールははっきり見えないのですが、「今」できる最善の仕事をしたと思えたら編集者に原稿を送信できます。

目標を立てても、達成不可能な目標を立てると行き詰まります。

カウンセリングの場合、このカウンセリングはどんな目標を達成すれば終われるかという目標を決めます。そうしなければ、いつまでもカウンセリングを終えることができないからです。カウンセリングで行き詰まるのは、目標設定していないか、設定できない目標を立ててしまうときです。

友人の悩みを聞くような感じでカウンセリングを始めると、いつまでも終われません。何を解決するのかをはっきりさせる必要があります。

たとえば、学校に行かなかったり、仕事に就こうとしなかったりする子どものことで親がカウンセリングにきて、「この子を学校にやらせてください」とか「仕事をさせてください」といえば、それがカウンセリングで解決する目標のように見えます。

しかし、これは達成不可能な目標なので、このような親の依頼を引き受けてしまうと必ず行き詰まります。なぜなら、学校に行くとか仕事に就くというのは、子どもが決めることで親には決められないことだからです。

ついでながら、このような場合、家に子どもがいても親がそれを気にしなくなることとか、親がイライラしないで家にいる子どもと仲良くする、ということならカウンセリングの目標にできます。目の前にいる人の援助はできますが、目の前にいない子どものことで親とカウンセラーが相談するのは、子どもも嫌がるでしょう。

明らかに自分では無理だと予想される仕事は引き受けないように決めておくことも、行き詰まらないために必要です。

自分にはできないかもしれないと思っても、手がけてみたらできるということはあります。自分ができる仕事なのかそうでないかは、とにかくやってみないとわかりません。

それでも、できないことがはっきりしているときには仕事を引き受けてはいけません。今の自分には能力的、あるいは時間的に達成不可能だとわかったときには、早く諦めれば、ほかの人への迷惑を最小限にできます。

できないのがわかっているのに引き受けてしまうのは、称賛されたいからです。そのような考えで引き受けた仕事は行き詰まります。

また、人によく思われたいというのではなく、責任感のある人は無理をして仕事を引き受けてしまいます。そのような人には、三木清の言葉を使うならば、ときには「人々の期待に全く反して行動する勇気」(『人生論ノート』)を持たなければなりません。
人生論ノート (新潮文庫)

行き詰まり感は、行く手に立ち塞がる壁のように迫ってきます。そのため、これからのことがまったく展望できなくなります。しかし実際には、行き詰まる前から今、自分が仕事の過程のどのあたりにいるかも見えていなかったのかもしれません。

行き詰まらないためには、仕事の目標を明確にしたうえで、日々どこまで仕事をやり終えたかを可視化します。私の場合、本の原稿を書くときには、一日の終わりに何字書いたかを記録しています。

あまり原稿が進まなくても、次の日に挽回しようとはしません。反対にたくさん書けたとしても、次の日あまり進まないこともあるので、ただ記録するだけにします。

これを見れば、毎日どれほど書かなければならないかが自ずとわかります。ですが「毎日、何字書く」というノルマは決めず、あまり計画的にならないのが続けるコツです。ノルマを課してみても、一気に書き進めることはできません。

書くことを例にしてきましたが、私もいつも一人で仕事をしているわけではありません。行き詰まっても誰にも代わりに書いてもらえませんが、相談できる人がいることは心強いです。どんな仕事でも、すべてを自分で抱え込まないで、同僚や上司らに相談してみるといいでしょう。哲学者の森有正は、次のようにいっています。

「灰色の陰鬱な日々に耐えることが出来なくてはならない。というのは、価値ある事が発酵し、結晶するのは、こういう単調な時間を忍耐強く辛抱することを通してなのだから」(『砂漠に向かって』)

森有正エッセー集成〈2〉城門のかたわらにて・砂漠に向かって・日記1959年~60年 (ちくま学芸文庫)

たしかに仕事をしていると、単調な時間を辛抱するという感じがすることはありますが、「灰色の陰鬱な日々」を送る必要はないと私は考えています。「価値ある事が発酵、結晶する」前の日々も、そのための準備期間ではありません。

ゴールに到達しなくても、何か前の日には知らなかったことを知るという経験をすれば、毎日が陰鬱な日の繰り返しにはならないでしょう。ゴールに到達するまでの過程を楽しんではいけない理由はありません。

結局のところ、仕事をするために生きているのではないのですから。

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