「ウクライナ紛争」が発生した「本当のワケ」――ロシアを激怒させ続けてきた欧米 地政学と冷戦の戦後世界史 後編

なぜ世界各地で戦争や紛争は続くのか。世界経済はなぜ不安定なのか。

実は、現代という時代が今のようになったのは「アメリカとロシアの闘い=冷戦」が多大な影響を及ぼしている。もともと欧米とロシアのこの闘いは、100年以上も前から続いており、地政学の大家・マッキンダーもこの闘いを「グレートゲーム」として考察していた。つまり、ここ100年の世界の歴史は「地政学」「冷戦」という2つのファクターから眺めると、とてもクリアに理解が広がるのである。

いまウクライナで起こっている戦争も、中東やアフガニスタンで紛争が絶えないのも、この「地政学」+「冷戦」の視点からみると、従来の新聞やテレビの報道とはまた違った側面が見えてくる。まさに、それこそが「THE TRUE HISTORY」のだ。発売前から一部で大きな話題になっている、「地政学と冷戦で読み解く戦後世界史」から、とくに重要な記述をこれからご紹介していくことにする。

プーチンを支える勢力「シロビキ」の正体

ロシアがどん底から這い上がることができたのは、エリツィンを排除する機会をさぐっていた愛国派がようやく力を回復し、元KGBのプーチンをリーダーに据えることができたためだった。

ウラジーミル・プーチン/PHOTO by Gettyimages

ウラジーミル・プーチン/PHOTO by Gettyimages© 現代ビジネス

プーチンはよく言われるような独裁者ではなく、このグループを代表する顔なのだ。このグループはシロビキと呼ばれる安全保障・軍関係の勢力に支えられており、党の官僚出身のゴルバチョフエリツィンのように甘くはない。プーチンは1990年代にロシアを崩壊させたオリガルヒたちを押さえ込み、アメリカが「テロとの戦争」に気を奪われている間にコーカサス地方を安定させ、ヨーロッパへの石油の輸出を増やして経済と軍を再建した。

結果的に見れば、ソ連が消滅して共産主義を放棄したのはロシアにとって良い選択だった。エリツィンの時代には国内を跳梁する略奪者のおかげで地獄の苦しみを味わったが、ロシアはどん底の時代を通り抜けることで、資本主義の本質や西側の企みの正体など多くのことを学んだ。帝政ロシア時代の圧政とその後の共産主義しか知らなかったロシアは、資本主義にも精通する強国として甦っただけでなく、国際政治を最もよく理解できる国の一つになった。それはアメリカが世界を支配しながら世界の人々をほとんど理解していないのとは対照的だ。

アメリカ敵視による「中ロの接近」

中国では1993年にトウ小平の後を継いで国家主席になった江沢民が親米路線を進めたが、2003年に江沢民から胡錦濤に引き継がれると、北京の主権維持派が上海の江沢民派と衝突を始め、中国は次第にアメリカから離れ始めた。この時期は、アメリカがイラク戦争を始めて壁に突き当たり、ロシアの復活が進み始めた時期と一致する。

胡錦涛/PHOTO by iStock

胡錦涛/PHOTO by iStock© 現代ビジネス

2008年、改革開放を始めて25年以上が過ぎ、国力を増した中国は、北京オリンピックを契機に大国としてデビューを果たした。2013年に習近平の時代になると親米派を本格的に排除し始め、ユーラシア大陸のインフラを整備して中近東やヨーロッパとつながる一帯一路計画(新シルクロード計画)をスタートさせた。2015年には中国の上海協力機構にロシアが主催するユーラシア経済連合を合併させる計画が始まり、翌年に大ユーラシア・パートナーシップ構想が発表された。中国とロシアは歴史的に複雑な関係をたどってきたが、こうして戦略的同盟を結んだのだ。もともと仲が良いわけではなかった中露がこのような方向に進んだのは、アメリカによる敵視の結果だった。

現在を深刻な対立に導いた「火種」

東西ドイツの統一は1990年9月に関係6ヵ国が条約に署名して10月3日に成立した。統一ドイツの誕生は冷戦がまもなく終了することを世界に示す歴史的な出来事ではあったが、その合意に至る過程で、後の世界を再び深刻な対立に導く種が蒔かれていた。

ドイツ統一に向けた協議で最も大きな問題になったのは、統一後のドイツはNATO(北大西洋条約機構)に加入するのか、ソ連軍はドイツ東部にとどまるのか、東欧はNATOへの加入を許されるのか、などといった点だった。もしドイツがNATOに加入すれば、米軍はNATO軍としてドイツにとどまり、米軍の核兵器もドイツに残ることになる。そうなった場合、米軍はそれまで東ドイツだった領域にも入って来るのか、ということもソ連にとって重大な関心事だった。またNATOはソ連を仮想敵としているため、ソ連に隣接する東欧諸国がNATOに加入すればソ連の安全保障は大きく損なわれることになる。

ソ連の外務省、国防省、軍の参謀本部、KGB、共産党政治局は、「ドイツの統一は、新しく生まれるドイツがNATOとワルシャワ条約機構との間で中立の立場を取るという条件のもとでなら受け入れる」との考えだった。統一後のドイツを中立にするとは、米英軍が西ドイツから引き揚げ、ソ連軍も東ドイツから引き揚げ、ドイツはNATOに加入しないということだ。

公的な場で最初にこの問題が語られたのは、西ドイツのゲンシャー外相が1990年1月に行ったスピーチだった。ゲンシャーは「ドイツ統合のプロセスは、ソ連の安全保障を毀損するものであってはならない。したがって、NATOは東方に拡大してソ連との国境に近づくべきではないし、現在の東ドイツにあたる地域には(統一後も)NATO軍を配備しない」と述べた。

アメリカのブッシュ(父)政権も、「ソ連がドイツの統一を認めるなら、我々はNATOを東に拡大させない」ゴルバチョフ政権に確約していた。それは次のような経緯による。

ゴルバチョフとアメリカのベイカー国務長官との運命の会談は、1990年2月9日に行われた。ベイカーはその2日前にモスクワに到着し、シェワルナゼ外相と会談して「もしかすると、この話し合いで、(現在の)東ドイツ(にあたる領域)にはNATO軍を配備しないという保証がなされるかもしれません。いや、実際のところ、それは禁止されるでしょう」と述べている。それは西ドイツには米軍が残ることを意味するが、ベイカーは手書きの備忘録に「(西ドイツの)NATOの管轄権は東側に動かない」と記している。

シェワルナゼ外相との会談後、ベイカーは9日のゴルバチョフとの会談でこう言った。

「もしソ連がドイツの中立と米軍の撤退に固執し、その結果、米軍がドイツから引き揚げてしまえば、ドイツは将来またヒトラーのような野望が首をもたげて核を持とうとするかもしれません。あなたはNATO軍も米軍もいなくなったためにドイツがそのようになる事態を望みますか? それともNATOが残って、しかし今の位置から1インチも(東に)拡大しないほうがよいと思いますか?」

これが有名なベイカーの「NATOは1インチも動かさない」発言だ。

ブッシュもサッチャーも約束を反故にした

だが、どれほどアメリカのベイカーが言葉で保証しようが、ソ連軍がカウンターバランスとしてドイツ東部にとどまらない限り、アメリカがNATOを東に拡大させないなどということを信じるロシア人がいただろうか。ゴルバチョフが犯した最大の誤りは、ベイカーの言葉を条約のなかで成文化するよう要求しなかったことだった。

翌2月10日、西ドイツのコール首相はゴルバチョフと会談して「我々はNATOの活動領域を拡大すべきではないと考えている」と述べ、ゴルバチョフから「NATOが東に向けて拡大しない限り、統一後のドイツのNATO加入に基本的に同意する」との重大な言葉を引き出した。ゴルバチョフのその言葉は、前日のベイカーの発言を受けたものだ。

同年5月に開始された東西ドイツ、アメリカ、ソ連、イギリス、フランスの6ヵ国による前述の協議でもその件は話し合われ、9月12日に最終合意して成文化された条約には、西ドイツのゲンシャー外相がその年の1月にスピーチで提示した「現在の東ドイツにあたる地域にはNATO軍を配備しない」という一節が入れられた。だが「NATOは東方に拡大してソ連との国境に近づくことはない」とは記されていなかったのだ。

5月31日にワシントンで行われたブッシュ(父)とゴルバチョフのサミットで、ブッシュ(父)はこう語っている。

「ドイツのNATO加入は、けっしてソ連に対する牽制ではありません。私を信じて下さい。我々はドイツの統合を(無理やり)プッシュしているのではないのです。そしてもちろん、我々にはソ連をいかなる方法でも害しようなどという意図はありません。そんなことは微塵も考えていません」

アメリカとイギリスは、「NATOは軍事的な側面を減らし、政治的な同盟とする方向に変えていく」と明言し、イギリスのサッチャーも6月8日にロンドンでゴルバチョフと会談した時に、「私たちはヨーロッパの未来に関するディスカッションにソ連に全面的に入ってもらうために、ソ連が確実に安全保障を(得られると)確信できる方法を見つけなければなりませんと述べている。

こうしてゴルバチョフは、西側のトップたちから「西側がNATOを東方に拡大してソ連の安全保障に脅威を与えることはない」と確約され、ドイツの統合に同意したのだ。合意文書に署名するのが9月になったのは、ソ連が国内の意見を調整したり、西ドイツから融資を受ける交渉などに時間を必要としたためだった。

ミハイル・ゴルバチョフ/PHOTO by iStock

ミハイル・ゴルバチョフ/PHOTO by iStock© 現代ビジネス

翌1991年3月になっても、イギリスのメージャー首相はゴルバチョフに「我々はNATOの強化など話し合っていません」と断言していた。後にソ連の国防相が「東欧諸国はNATOに入りたがっているのではないか」と質問すると、メージャーは「そんなことは一切ありません」と否定した。同年の7月にソ連最高会議の議員たちがブリュッセルNATO本部を訪れて事務総長と会談した時も、事務総長は「我々はソ連をヨーロッパ共同体から孤立させるべきではないと考えており、私もNATO会議もNATOの拡大には反対しています」と語っていた。

だがCIAのロバート・ゲイツ長官(後にブッシュ[子]政権・オバマ政権の国防長官)は、「ゴルバチョフがNATOの東方拡大はないと信じ込まされている間に、彼らはそれを押し進めていた」と批判していた。NATOがロシア国境に向かって拡大を始めたのは、東欧からソ連軍が引き揚げ、ワルシャワ条約機構が解散してから8年後の1999年だった

新冷戦─現在のウクライナにつながる新たな闘い

アメリカは2002年にABM条約(弾道ミサイル迎撃ミサイルを制限する条約)から、2019年にはINF全廃条約(中距離核戦力全廃条約)から、ともに一方的に脱退し、ポーランドとルーマニアに弾道ミサイル迎撃ミサイルの発射システムを配備した。この発射システムはモスクワを標的とする中距離弾道ミサイルの発射が可能で、むしろそちらのほうが本当の目的だったとも言われている。ポーランドやルーマニアから核弾道ミサイルが発射されれば、モスクワには7〜8分で着弾する。ロシアの強い抗議は無視された。

さらにNATOは毎年、リトアニアや黒海のルーマニア沖などの、ロシアとの国境に近い地域で実弾発射演習や上陸演習を行っている。これらはみな、地政学で言うところの「ハートランド」、つまりロシアを攻めようとする動きのデモンストレーションに他ならない。

ウクライナでは2014年に政権転覆クーデターが起きた後、東部のロシア系住民が住む地域でロシア系住民の民兵とウクライナ軍の武力衝突が発生した。紛争を解決するため、2015年にロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの間で「ウクライナ政府はドイツとフランスの監督のもとで、東部のロシア系住民が住む地域の自治権を認める法律を制定する」というミンスク合意がなされたが、ドイツもフランスもウクライナも行動せず、武力衝突は止まらなかった。むしろウクライナ軍とロシア系住民の民兵組織の戦闘は激化し、ウクライナ東部は内戦状態になった。ウクライナ軍はロシア系住民が住む地域に砲撃を続け、8年間に1万数千人のロシア系住民が殺された。ミンスク合意は反故にされたのだ。

2021年12月上旬、ロシアのプーチン大統領はアメリカのバイデン大統領からの電話会談のリクエストに応じ、「これ以上NATOをロシアとの国境に向けて東に拡大しない」との「法的拘束力のある保証とその成文化」を要求し、「ロシアのレッドラインはウクライナにも適用される」と伝えた。バイデンは返答しなかった。

ジョー・バイデン/PHOTO by iStock

ジョー・バイデン/PHOTO by iStock© 現代ビジネス

同月下旬にはロシアからのリクエストで再び電話会談が持たれ、ロシア外務省が声明を発表した。それには上記の要求のほか「モスクワをターゲットとするミサイルを、ロシアと国境を接する国に配備しない」「NATOや米英などの国はロシアとの国境近くで軍事演習を行わない」「NATOの艦船や軍用機は、ロシアとの国境から一定の距離を保つ」「ヨーロッパに中距離核ミサイルを配備しない」などを保証する条約を結ぶよう求める内容が記されており、ロシア外務省はアメリカとNATOに条約のドラフトを送った。だがアメリカもNATOも返答しなかった。事情に詳しい欧米の国際政治通の間では、ロシアがこの条約案で示した要求は事実上の最後通牒だったとの見方で一致している。

2022年になるとウクライナ軍はロシア系住民地域を総攻撃するために主力部隊を東部に移動させ、ウクライナのゼレンスキー大統領はNATOへの加入を申請し核武装する意思があると発言した。ウクライナ軍の攻撃が迫った2022年2月24日、ロシアは軍を侵攻させた。

そして闘いは続いていく

こうしてポスト冷戦時代は完全に終わりを告げ、2010年代なかばから姿を現し始めていた新冷戦の時代に本格的に突入した。ロシアは国家の存亡を賭けており、かつてのソ連のように「最後はアメリカに一歩譲る」ことはもうできないと考えている。

米英はなぜこのように危険な「現代のグレートゲーム」を続けているのか。ブッシュ(子)政権時代に国務長官を務めたコンドリーザ・ライスは、以前こう語ったことがある。

「ロシア人は世界の人口の2パーセントでありながら、ロシアは地球の陸地の15パーセントを占め、おもな天然資源の30パーセントを保有しています。私たちはこのような状態を永遠に続けるわけにはいきません」

戦後の世界を形作り、今日の世界を動かしているのは、欧米支配層のこうした考えではないだろうか。

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