30代で誰でもアーリーリタイアできるって本当ですか?

主体的で自由な人生を大事にする若者たちの間で、じわじわと注目を集めている「FIRE」ムーブメント。しかし興味はあっても、現実的には厳しい……と諦めてしまう人も多いのではないだろうか。

「どれくらい貯金や投資にまわせばいいの?」、「何年働けばいいの?」といった基本的な疑問にお答えするとともに、先を行く実践者たちの「FIRE計画」を紹介する。


30代でアーリーリタイア!「FIRE」ムーブメント


新種のスーパー貯蓄家、あらわる

リタイアに向けて、金銭的な準備を整えようと真剣に考え始めたのはいつだろうか? まだ一度も考えたことがない、という人も多いだろう。

イギリスでは、3人に1人が個人年金に入っておらず、老後は公的年金に頼ることになる。実際に老後資金のために貯金を始める人でさえ、そのことにようやく手が回るのは通常40代、50代になってからの話で、彼らは60代でのリタイアを夢見て個人年金の掛け金を上げるのだ。

しかし今、そんなに長く待つ気のない新種のスーパー貯蓄家たちがいる。彼らは40歳を迎える前に仕事をやめ、自由な人生を生きるつもりだ。

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「FIRE」ムーブメント(The Financial Independence, Retire Earlyの略で、経済的に自立し、早期リタイアしようとする動き)の発祥はアメリカだが、この運動はイギリスにも普及し、会社というマシンに縛りつけられたまま40年もの月日を送る気のない20代、30代の若者を惹きつけている。

彼らが実践しているのは、極度の倹約とシビアな投資の合わせ技だ。彼らはそうすることによって、必要な「蓄え」を築こうとしているのだ。一般的に、年間支出額の25倍の「蓄え」があれば、仕事をやめる、あるいはこうした若者が言うように、「FIRE(通常は『クビになる』の意)する」ことができると考えられている。

コーヒー代、ランチ代はまず節約!

24歳のジョーダン・ホールはこのムーブメントの非常に熱心なメンバーの1人で、アメリカの「ミスター・マネー・マスターシュ」やイギリスの「エスケープ・アーティスト」といったブログを熱心にチェックしている。

営業担当マネジャーとして働く彼の収入は年間5万ポンド──国の中央値は3万ポンド未満であり、それをはるかに超えている──であり、彼は給料の半分を貯金にまわしている。また、彼は生活費が安いという理由でロンドンからマンチェスターに引っ越し、1ヵ月400ポンドに満たない家賃で都市の中心部にフラットを借り、自転車で通勤している。

ホールによれば、これは将来に備えて計画を立てた結果であり、けちなわけではないという。「社交性のない、けちなクズ野郎とは思われたくないですね」と彼は主張する。

自分の選択は合理的なだけだと話す彼は、会社の無料コーヒーマシンを使い、会社のエントランスにあるコーヒーショップに寄って高価なコーヒーを買うことはないという。

「信じられないくらい多くの人が毎日階下でコーヒーを買うんですよ、2.5だか3ポンドだかを払って。それを毎日、1年続けたら、そうとう大きな額になります。ランチを外に食べに行くのも大きな問題です」。自分でサンドイッチを作った方がいいですよ、と彼は勧める。

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仕事中の一杯も、リタイアするまでは我慢?

彼はライフタイムISAという口座への積立と、「受け身の」インデックスファンドでの投資運用を行っている。インデックスファンドは株式市場の値動きを追うもので、能動的に運用されるわけではないため手数料が安い。将来的にはマンチェスターの不動産を購入し、それを賃貸に出して海外で働くのも手だと考えている。

「今のところ仕事は楽しいですが、どうなるかはわかりませんし、30とか35になった時、選択肢として、『もうたくさんだ。やめて別のことをやってやる』と思えるようになりたいんです。目指すゴールはリタイアではなく、好きなことをなんでもできる自由です」

リタイア前に現実を把握すべし

ロンドン南部に住んでいる41歳のデイヴ・ハミルトンは、5年前にリタイアするまで、データ分析会社で15年間働いた。「人生にはもっと大切なものがあるんじゃないか、働かない世界にはもっと楽しいことがあるはずだ、といつも考えていました」と彼は話す。

現在、彼は家のローンを完済しており、リタイアするまでの最後の7年間は、7万5000ポンドの給与のうち3万5000ポンドを貯金にまわし、50万ポンドもの大金を蓄えた。このお金を適切に運用すれば、残りの人生は乗り切れるはずだ。

「私の趣味は非常に素朴です。派手な服や車、パソコンなどは買いません。私が目標としたのは、金持ちとしてリタイアすることではなく、自分の生活水準を保つためには現実的に何が必要になるかを理解してリタイアすることでした」

家族と友人からは、どうかしていると思われたという。

「『なぜこんなことをするの?』と彼らは言いました。『良い仕事なのに。きっと退屈するよ。1年以内に元の生活に戻るだろうよ』と。具体的に何をするかは決めていませんでしたが、世界には私が見たいものや、したいことが溢れているということはわかっていました。それに、たとえ1週間ずっと昼間のテレビを見ることに決めたとしても、誰かの言いなりになって仕事をする必要はないわけです。

もうリタイアしてから5年以上になりますが、その間、たくさん旅行に行きましたし、結婚して子どもが1人できて、イタリア語を学んだり絵を描き始めたり、家も建てました。よくテニスをするので、テレビはめったに見ません。私が好きなことはそんなにお金がかかるものではないので、以前より支出額はかなり減りました」

「お金の一番の使い道は、自由を買うこと」

ミスター・マネー・マスターシュこと、ピート・エイドニーはFIREの主唱者だ。コロラド在住のカナダ人である44歳の彼は、30歳になってすぐに10年勤めた会社をやめた。彼は自身を「温厚な元コンピュータ・エンジニア」と形容する。

「20代半ばの頃、自分は自転車で通勤できて、自分の食事が作れたらそれで充分満足だと気づいたんです」と彼は話す。

「だから、アメリカの平均的な所得者よりも比較的多くもらっていた給料を使うことには興味がわかなかった。でも金が役に立つものだということはわかっていたので、うまく使おうと考えたんです。それで、その金の一番良い使い道は自分自身の自由を買うことなんじゃないかと思ったわけです」

彼は人生を2つの段階に分けた。働き、金を稼ぎ貯金する段階と、生活し、創作と子育てをする段階に。

「若い頃にエンジニアをしていた時、会社の先輩たちがキャリアと子どものことに注意を分散させている姿を見て、これは大変な問題だと思ったのを覚えています」と彼は言う。

「彼らはどちらのことにも全力を注ぐことができていないようでした。それで、自分は第一段階では仕事のことだけに集中して、その後の18年間は父親であることに集中しようと決めたのです。今は第2段階の13年目です」

彼は最近妻と離婚したが、2人は「いまだにとても仲の良い親」だという。

収入の半分は貯蓄と投資にまわすべし

多くの読者がいるブログを通じて、エイドニーはFIREムーブメントの始祖となったが、彼のアイディアは、ブログ「アーリー・リタイアメント・エクストリーム」を書いているジェイコブ・ルンド・フィスカーなどの先人に続くものである、と彼自身が認めている。

エイドニーは自分のFIREを「ムスターシャニズム」と呼ぶ。彼が2011年にブログを始めたのは、「憤慨したことがきっかけ」だったという。

当時私はリタイアしてから6年目でした。その時驚かされたのは、自分と同じように高額の給料を得ている仲間たちがいまだに働くことにかじりついているだけでなく、いまだに給料でやっと食いつなぐような生活を送っていたことです」と彼は話す。

彼の主な教義は、「幸せはさほど高価なものではない」ということだ──幸せが高価なものだと説き伏せようとしているのは、小売企業と広告代理店だけだ。

稼いでいる額にかかわらず、収入の半分を貯金と投資にまわすことを目指すべきだ、と彼は支持者たちに伝えている。「この場合、働かなくてはならない期間はおよそ17年間です」と彼は言う。

「ちなみに、4分の3を貯蓄にまわすとその期間は約8年になります。実のところ、これは早期リタイアの話というよりは、もっと目的意識を持ち、ストレスをかけずに今できる範囲でベストな暮らしを始める、ということなんです。

私はブログにお金のことを書いてきたわけではありません。私がブログを通してやってきたのは、もっと幸せな、もっと合理的な人生を生きようと人々に思わせることです

そもそも、「自由で充足した暮らし」って?

エスケープ・アーティストことバーニー・ホワイターは、イギリスを拠点とするムスターシャニズムの信奉者の中でも最も有名な一人だ。現在48歳の彼は、金融業で20年のキャリアを築いたのち、5年前にリタイアした。彼のブログによれば、彼は32歳で住宅ローンを完済し、投資のポートフォリオを作りあげ、43歳で仕事をやめたという。

ムスターシャニズムは時にカルトのように聞こえる、とホワイターに伝えると、驚くことに彼はこう同意する。「カリスマ的なリーダーがいて、こんなに忠実な信奉者たちがいるんですから、無理もありません」

でも、信奉者たちは非常に多様なんです、と彼は話す。「会合に来る人たちがクローンではないことは確かです。彼らに共通しているのは、『巨人』の食い物にされたくないという気持ちです。彼らは消費主義に反対なのです」

FIREムーブメントは、2019年早々に公開が予定されているトラヴィス・シェイクスピアのドキュメンタリー作品『プレイ・ウィズ・ファイア』によって勢いが増すだろう、とホワイターは話す。

FIREムーブメントの隆盛を記録したこの作品は、経済的に自立しようと奮闘する1組の夫婦を追っている。彼によれば、シェイクスピアもこのムーブメントに参加している一人だという。

シェイクスピアはFIREを実践して10年になるが、それ以前には「経済的な教養がなく」、40歳になっても財政状況は赤字が続いていた。だが、フィスカーやエイドニーの言葉(そして父から相続した遺産)によって、彼は救われた。

「私は自分にこう言い聞かせました。『これで老後にキャットフードを食べずに済むかもしれない』」

8年後の現在、彼は経済的に自立し、そのことがプロデューサー、ディレクターとしてのキャリアの成功につながったと感じている。「以前より、仕事関係の選択が大胆になりました。『失敗』しても、しっかりした予備のプランがあるとわかっているからです」、と彼は話す。

シェイクスピアによれば、彼が「義務的労働」と呼ぶものから自由になる人々は、世の中に良い影響をもたらす存在になるという。なぜなら、そうした人々の多くは、社会にとって役に立つ目的のために想像力を発揮し、反消費主義の旗手となる可能性を秘めているからだ。

アメリカの作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローは、森の中に丸太小屋を建て、自給自足の生活を2年2ヵ月間送った。代表作はその生活を記録した『ウォールデン 森の生活
Photo: Hulton Archive / Getty Images

彼は、自由で充足した暮らしという考えの起源が、19世紀の作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローと、自然に対して彼が示した賛美にあると考えている。

FIREムーブメントにも、たしかに「ソロー」はいる。エリザベス・ウィラード・テムズ、通称ミセス・フルーガルウッズだ。彼女は、都会での暮らしから離脱し、現在夫と2人の娘と暮らしているヴァーモント州郊外に26ヘクタールの森林地帯を購入した経験を、1冊の本にまとめた人物だ。

エイドニーと同じく、彼女が賛美しているのは余分なものに邪魔されることのない、素朴で自然に囲まれた暮らし──消費主義に基づいたアメリカン・ドリームへの対抗──だ。

とはいえ、現実には彼女の目指す生活にも金は必須だ。ヴァーモント郊外に家屋と納屋を備えた66エーカーの土地を購入するために、フルーガルウッズ夫妻は38万9千ドルを支払った。

低所得者でもFIREは可能? 大事なのは「人生の本質を理解すること」

低所得者でもFIREは可能? 大事なのは「人生の本質を理解すること」

「FIRE」ムーブメントの始祖となったピーター・エイドニーは、「幸せはそれほど高価なものではない」と語る。実際、FIRE成功者たちの多くは、自分の生活の中で「本当に必要なもの」を見極めてから退職し、充足した生活を送っている。

しかし、幸せが高価なものではないとしても、やはり人生にお金が必要であることに変わりはない。所得の低い人々にとって、FIREは夢物語なのだろうか? 


 

FIREの「不都合な真実」

「FIRE」ムーブメントは、低所得者にとっても何かしらの魅力があるのだろうか? 私が話をきいたイギリスのFIRE実践者たちのほとんどは、懐疑的な態度を示している。

実際、このムーブメント全体を有害と見ることも可能だ(ホワイターは、私が「中傷記事」を書くつもりなのかと考えている)。なぜなら、この運動を通じて中流階級の人々がやろうとしていることは、高騰する不動産価格と株式市場を利用して、新たな有閑貴族になることだからだ。

中傷記事を書くつもりはない。経済的自立が魅力的であることはわかるし、反消費主義思想が、たとえ社会的な意義というよりは自由主義に基づいたものであるとしても、良い結果を生み得ることもわかる。

しかし、とあるFIRE志望者が、「このムーブメントの不都合な真実」と呼んだ次の側面を無視することはできない。

低所得での貯金は地獄なのだ。低賃金の労働契約を結び、高い家賃や育児費用からは逃れることができず、運が良ければ70歳になるころにはそこそこの収入を得て貧困から脱し余暇を楽しむことができる。40歳ではまず無理だ。そんな人々にとって、FIREにはどんな意味があるだろうか?

「それはわたしも取り組んできた問題です」とシェイクスピアは言う。

「明らかに、FIREはワーキングプア向きではありませんし、それが覆ることがあるかもしれないと主張する人はいないでしょう。しかし、最低限の経費を賄うのに必要な金額以上のお金を稼ぐことさえできれば、富を蓄え、もっと大きな自由と人生における主体性を追い求めることができるのです」

具体的にはどうするの?

シェイクスピアが勧めるのは、段階的なアプローチをとることだ。つまり、必要経費を差し引いて残る金がある場合、可能な範囲で貯金してある程度の自由を買うという方法だ。

 


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