1ドル180~200円の円安を「まさか」と笑えない理由、“引き金”の正体とは

現在は少し落ち着いているとはいえ、2022年10月、ついに1ドル150円台にまで円安が進んだドル円相場。経済評論家の藤巻健史氏によれば、今後、加速度的な円安が進む危険性が高く、その引き金を引くのは「外資」なのだという。
※本稿は、藤巻健史『超インフレ時代の「お金の守り方」 円安ドル高はここまで進む』(PHPビジネス新書)から一部を抜粋・再編集したものです

【この記事の画像を見る】

● 1ドル180円から200円も近い?

2022年10月、ついに1ドル150円を突破しました。1年前には1ドル110円前後でしたから、実に36%の下落です。

3月22日に1ドル120円台を突破すると、4月28日には130円台に突入。その後、しばらく横ばい状態が続きましたが、9月1日には140円台に突入すると、為替介入の効果もなく、10月20日にはついに150円台まで下落しました。これは1990年以来、約30年ぶりの円安となります。

そして、12月中旬以降は日銀の「利上げ」もあり円高に振れましたが、その効果は限定的でしょう。この利上げは日銀にとってまさに追い詰められてやむを得ず行わざるを得なかったもので、まさに急場しのぎにすぎません。「いよいよ日銀が白旗を上げ始めた」というのが、私の印象です。

私の予想では、一時的な調整局面はあるにせよ、このまま180円から200円になるのは時間の問題だと思っています。

「まさか」と思う人もいるかもしれませんが、これは決して特殊な話ではありません。この20年ほどドル円相場はほとんど動きがありませんでしたが、ベテランのトレーダーにとって「為替は動く時は一気に動く」は常識です。

例えば1985年末から86年末には、一年で40円の円高が起きました。翌86年末から87年末にかけては一年で38円の円高になりました。そもそも、2022年にもすでに40円もの円安が起きています。為替に「まさか」はないと思っておいたほうがいいでしょう。

● 進む輸入インフレ

では、今後、何が起きるのでしょうか。まず、いわゆる「輸入インフレ」が進んでいくことになるでしょう。エネルギーはもちろん食料品など多くの商品を輸入に頼っている日本にとって、円安は確実に物価上昇の要因になります。

また、日本の銀行は大量の米国債を持っています。アメリカの利上げにより米国債価格が下落すると、評価損を計上しなくてはならなくなります。それに耐えられず、米国債の売却をする日本の銀行も出てくるでしょう。

そうなると米国債価格はさらに下落、つまり米長期金利はさらに上昇することになり、日米金利差は拡大し、円安は進行することになります。

日本の銀行は円をドルに替えて、米国債に投資しているわけではありません(ドル市場で短期のドル資金を借りて米国債を購入)ので、米国債の売却によって、ドル売りが起こるわけではありません。米国債売却による米長期金利上昇がドル円に影響するということです。ドル高・円安です。

● 「外資」がインフレの引き金を引く時

本当はこの段階で量的引き締めが必要になるのですが、財政状況が極度に悪化している日本ではそれは不可能です。量的引き締めを進める世界と、量的緩和を止められない日本。その差によってさらに円安は進んでいきます。

すると、その先に何が起こるのか。世界はきっと、インフレにも円安にも何ら手を打たない日本に対して不信感を持ち始めることでしょう。そして、その不信感が頂点に達した時、まさに先日のイギリスと同じように、一気に「日本売り」が行われる危険性があります。

その引き金を引く可能性があると私が考えているのが、「外資の取引枠」です。

私が三井信託銀行を経てモルガン銀行に入って驚いたことの一つに、外資系投資銀行のリスク管理の厳しさがあります。当時、日本の銀行においては、G7の国相手ならばその国の政府や中央銀行には取引枠などなく、青天井に取引ができました。しかし、外資系投資銀行ではG7国にすら、取引枠を設けていたのです。つまり、世界をリードするような国、そしてその中央銀行ですら、破たんするリスクがあると見ていたということになります。

具体的には、銀行の審査部がその国の政府や中央銀行の状況をもとにリスクを分析し、取引枠を増減させます。これは民間企業に対しては当たり前の話ですが、それを国や中央銀行にも適用しているのが外資系投資銀行なのです。

転職直後、この外資のリスクヘッジの厳しさを知らずに肝を冷やしたことがあります。

当時、日本の銀行間市場での余剰資金の取引には、短資会社という仲介業者を使う必要がありました。この短資会社は日銀職員の天下り先でもあり、日本の金融システムに組み込まれていました。

当然、モルガン銀行も短資会社を利用していたのですが、ある時本社が「短資会社の資本があまりにも小さくリスクがあるので、大きな取引をしてはいけない」とクレームを付けてきたのです。短資会社が使えないとなると、日本での業務は事実上ストップです。そうなれば、せっかく思いきって転職したのに、失業してまた職探しです。

私は必死になって「短資会社は日本の金融界にとって不可欠」「日銀職員の天下り先でもあるので、日銀が決して潰したりしない」と熱弁し、どうにか取引の継続を認めてもらったのです。

この例外が認めてもらえたのは、おそらくは勃興しつつある日本市場から撤退するのは得策ではないという判断もあったのでしょう。ただ、それ以来、私の中では外資系投資銀行のリスク管理の厳しさが強く刻み込まれました。

こうした「外資の常識」は、今でも変わりません。つまり、外資系金融機関は国であろうと中央銀行であろうと、危ないと思ったらとたんに取引を減らす、あるいは取引枠そのものをなくすということが十分考えられるのです。

● 「日銀当座預金口座の閉鎖」が危機をもたらす理由

この「外資の撤退」で、もっとも日本にダメージが大きいのは、「日銀当座預金口座の閉鎖」です。

そもそも、中央銀行の当座預金とは何か、ご存じない方もいるでしょう。それは当然の話で、日銀の当座預金はあくまで金融機関だけが持つことができるもので、個人が口座を開くことはできないからです。

私たちは自分のお金を銀行に預けていますが、それと同様に、民間銀行もまた、中央銀行(日本なら日銀)の当座預金にお金を預けています。そして、銀行間のお金の移動や各種の決済などを、日銀の当座預金口座を利用して行います。

例えばA銀行からB銀行に資金を移動させる場合、それぞれの日銀の当座預金口座の金額を増減させるわけです。

為替も同様に、例えばA銀行が外資のC銀行からドルを買う場合、円に関する支払いはA銀行とC銀行の日銀当座預金の間で決済が行われます。なお、ドルの決済は米FRBにあるA銀行とC銀行のFRB当座預金で行われます。

日銀の当座預金口座を閉鎖するということは、こうした取引がまったくできなくなるということです。

もし、外資系金融機関が軒並み日銀の当座預金口座を閉鎖したら、どうなるでしょうか。日本はドルを売ることも買うこともできなくなってしまいます。代わり金である円の決済が、日銀当座預金取引枠がなくなることで、できなくなるからです。

これはつまり、世界の基軸通貨ドルとのリンクが外れてしまう、ということを意味します。

● 日本が「ロシア化」する?

つまり、外資が日銀当座預金口座を閉鎖するということは、円がドルを基軸通貨とする体制から切り離されるということに他ならないのです。

これは、2022年3月にロシアに対して行われた「スウィフト(国際銀行間通信協会)からの排除」や、外資準備の凍結などと同じことです。これらの措置により、ロシアの通貨ルーブルの価値は一時半減しました。2月上旬に1ドル75ルーブルだったものが、3月7日には150ルーブルまで急落したのです。

しかし、その後ルーブルは1ドル60ルーブル台にまで持ち直しています。これは、ロシアが原油をはじめとした豊富な資源を持つ国で、その決済をルーブルにすることを強いたからこそだと思います。

そうした資源を持たない円がドルとのリンクを外されたら、誰が円を保有しておきたいと思うでしょうか。円は世界のローカル通貨化し、誰も円と交換にドルを売ってくれなくなってしまうでしょう。

そしてこの「外資系金融機関の日銀当座預金口座の閉鎖」は、ある日突然、何の予告もなしに起こると考えられます。最初に逃げだしたところが、一番損が少なくなるからです。なので、ギリギリまで秘密にするでしょう。

そして、ある一行が撤退という判断を下したら、他の外資も即座に追随するでしょう。

あるいは、格付け機関のうちどれか一つが日本の格付けを一気に下げることが、その引き金になるかもしれません。どちらにしても、その日は突然訪れます。

藤巻健史

Pocket
LINEで送る

カテゴリー: FX