第7回 精神分析的心理療法の実際
精神分析的心理療法はどのように開始され、どのように終わるのか。そのプロセスでは何が起こっていくのだろうか。治療的な変化を引き起こす機序、困難な事例へのアプローチ、精神分析との違いなど、精神分析的心理療法の実際にまつわるテーマを考えていく。
【キーワード】
アセスメント面接、マネジメント、試みの解釈、治療機序、解釈、ワーキングスルー
1.精神分析的心理療法の流れ
1)アセスメント面接
「アセスメント・コンサルテーション」数回に亙るアセスメント面接を通して、精神分析的心理療法を始めるかどうかを、慎重に検討する。
導入・・・セラピー体験をしてもらうこと、面接構造の呈示
見立て(アセスメント)・・適応の判断とどのように役立つのか
提案(コンサルテーション)・・心理教育や他の治療選択選択
2)精神分析的マネジメント
精神分析的心理療法で扱えることを明確にし、それとは別の枠組みでおこなうことを仕分け、セラピーを支える環境を整える。
3)治療機序
Strachey(1934)の「精神分析の治療作用の本質」では、変化をもたらす解釈(変容惹起解釈)がある。
第一相・・・分析家がエス衝動が向けられているのを患者に意識化させる解釈
第二相・・・エス衝動が目の前にいる現実の分析家にではなく患者の空想対象にむけられたものであることに気づかせる解釈
神経症を引き起こす厳格な超自我による支配は必要な修正がされる。第一相の解釈が引き起こす不安を解消するときに、中立性を放棄した保証(安心付け)をしないこと、そして、解釈ではいま・ここでの当面性(差し迫った衝動を扱うこと)と特異性(詳しく具体的であること)が重要だ指摘されている。
転移解釈の水準
レベル1・・・過去の親子関係とのつながりを指摘する転移外解釈(治療関係外の人間関係についての解釈)「夢に出てきた厳しい男性は父親をあらわしており、父親についてはこのように思っていると気づくのをあなたは恐れている」
レベル2・・・当面性・特異性ともに低い「その夢の男性は私(セラピスト)をあらわしている」
レベル3・・・いま・ここで起きていることと結びつける「あなたに解釈をしている私は、夢の中の男性のようにかんじられているようです」
レベル4・・・クライエントの内的世界に巻き込まれたエナクメント(再演)が起きているセラピー状況に注意を向ける解釈
※エナクトメントとは、セラピスト・クライアント双方に「無意識的に行動や言葉(しぐさ・雰囲気・空想・沈黙なども含む)に現れること・表現されてしまうこと」を言います。
4)治療の終結
フロイト(1937)は、精神分析の目標として、以下の二つの条件を挙げている。
・「患者がその症状に苦しむことがなくなり、その不安や制止を克服している」
・「十分に抑圧された素材が意識化され、理解困難なことが説明され、内的抵抗が制服されたことによって、関連した病的過程の反復を恐れる必要がない、と分析家が判断している」
精神分析は長い時間のかかる仕事であり治療期間の短縮は難しいこと、完全な分析は存在しないこと。欲動を「飼いならすこと」という表現であり、自我にとって異物であった欲動を「調和のなかに持ち込む」ということを目指している。
※ 欲動・・・精神分析学で、人間を行動へと駆り立てる無意識の衝動。フロイトにおいては、生物学的な本能と精神的な衝動の境界概念としてとらえられ、当初は自己保存欲動と性欲動、後には生の欲動(エロス)と死の欲動(タナトス)とに分けて考えられた。
ワーキングスルー・・・セラピーによる変化が恒久的なものとなるように、異なる文脈のなかに現れる抵抗や防衛・転移-逆転移が吟味され根気よく取り組まれる。
2.困難な治療への応用
パーソナリティ障害群・・・解離や切り離し(スプリッティング)という不安や葛藤を心の中に保っておけない機制が優勢
自閉スペクトラム群・・・自閉スペクトラム症は、社会的なコミュニケーションの困難さや特定のことに強いこだわりがある等の障害特性を持つ発達障害のひとつです。この障害特性は、人生早期から認められる脳の働き方の違いによって起こります。自閉スペクトラム症には、特性の強さや生活への影響の度合いによって様々な状態があります。自閉スペクトラム症は、親の子育てが原因となるわけではありません。自閉スペクトラム症の人は、環境によっては自分の関心を活かして仕事に従事することもできますが、人間関係に支障をきたすこともあります。
自閉スペクトラムへの精神分析的なアプローチがポスト・クライン派※を中心に積極的に試みられている。
※フロイトの精神分析に新たな変革を加えたメラニー・クライン以来、クライン派は、内的対象関係という視点から人間理解を深めてきた。クラインの「良い乳房/悪い乳房」「抑うつポジション」「妄想‐分裂ポジション」、ビオンの「考える能力」「LHK」といった代表的概念をへて、今日この学派が着目するのは、メルツァーが提起する「真実」と「美」の問題である。
タスティン(Tustin,F.)(フランセス・タスティン--その生涯と仕事)は自己対象の概念を提出した。対象が象徴的な意味をもっておらず、硬さという感覚的な性質が重要であること、その硬さによって自分を脅かす「自分でないもの」(他者性)の脅威から身を守るという役割の重要性に着目した。
アン・アルヴァレズ(Alvarez,A.2012)は、発達研究に裏打ちされた心理療法を提唱し、セラピストが積極的に情緒的な関わりの世界に引き入られるように試みる介入技法を提起した。
平井正三(2009)は精神分析の過程には象徴的表現・コミュニケーションからなる部分と、非象徴的相互作用から成る部分という二重性があると指摘した。
3.精神分析、精神分析的心理療法、短期力動療法
先進分析と精神分析的心理療法の本質的な違いとはどのような点か。