第15回 進化心理学の限界と展望
第15回 進化心理学の限界と展望
第15回では、これまでに学んできた進化心理学の限界を理解し、今後どのような研究が必要かを展望する。
【キーワード】
なぜなぜ物語、進化的ミスマッチ仮説、再現性の危機
1.進化的ミスマッチ仮説となぜなぜ物語
(1)なぜなぜ物語
この呼び方はラドヤード・キップリングの『なぜなぜ物語 (原題: Just So Stories)』(1902年)を元にしている
生物学者 スティーブン・ジェイ・グールド Stephen Jay Gould
⇒生物の特徴には適応では説明できないものがあると考えていた。
スティーブン・ピンカーは進化心理学論争においてグールドと論戦を繰り広げた。しかし適応主義批判に関しては、代々の古生物学者が自然選択に懐疑的であったことに触れ次のように述べる。「古生物学者は石になった生物を扱う。彼らの最初の興味は、胃がどのようにして働くか、などではあり得ない。…… 古生物学者以外の生物学者は生きている生物を扱うために、自然選択をずっと重視するだろう。異なる人がそれぞれ問題の異なる面に興味を持っている[18]」。したがって、おそらく科学的論争のいくつかは、真の意見の相違ではなくて強調点の置き方の違いであった。
グールドは進化心理学に対して「進化適応環境の適応話の有効性を示すのに必要な重要な情報をどのように手に入れられるだろうか?……我々は祖先の環境を知ることはできない……進化心理学者によって提案される重要な仮説は試験できず、従って非科学である」と述べた(2000)。ロバート・カーズバンは次のように述べる。「進化心理学者は仮説を提案するために限られた過去の知識を用いる。しかしながら進化心理学者によって提案された仮説は、他の心理学的仮説と全く同じ手法で検証可能である。デイヴィッド・バスは進化理論に基づいて仮説を立て……37の文化からデータを集めて、そのデータの多くは彼の仮説を支持した。もしデータが違っていれば彼の仮説は棄却されただろう」[45]。
(2)進化的ミスマッチ仮説と進化的適応環境
進化的ミスマッチ仮説とは、かつては生存に有用だったものが、進化が遅れたことで現代の環境には適合しないという考え方である。
第10回 感情と進化 – LIFE-SHIFT (lifeshift.site)
進化的適応環境・・・検討しようとしている特徴が進化した環境のことを指す。
(3)甘未嗜好性はなぜなぜ物語か?
甘未嗜好性は進化的適応環境と現代環境のミスマッチのせいで肥満の原因の一つになっているか。
甘未嗜好性が進化した環境には甘未のもととなる果糖は希少なものであったと考えられる。
ヒトがハチミツの甘未に対する強い嗜好性をもつことは、ハチミツを食べたいがために、危険なミツバチの巣に手を出していたことから、わかる。
ハッザ族 食事 人間の原点を捜す旅~ハッザとの出会い~ | アフリカ旅行の道祖神ブログ (dososhin.com)
適応的な意義は、重さでは4%にすぎないハチミツは、摂取カロリー量に換算すると全食物の15%を占める効率的なエネルギー源である。
狩猟採集民によるハチミツ利用
ノドグロミツオシエ ノドグロミツオシエ (のどぐろみつおしえ)とは【ピクシブ百科事典】 (pixiv.net)
甘未嗜好性を持ち、甘い食べ物を強く欲する傾向は進化的適応環境において適応的であったと考えられる。
しかし、現代の環境では精製糖が安価で大量に手に入るようになっている。そのため必要以上のカロリーを精製糖から摂取していまうため肥満の原因のひとつとなっている。
(4)ミスマッチのままなのか?
自然淘汰による遺伝子の進化が起こるためには時間がかかりますから、ミスマッチのままの行動傾向が残っていても不思議ではない。
2.ミスマッチ以外のなぜなぜ物語
(1)理論的に見極めるーー群淘汰
第4回 進化論は利他行動を説明できるか – LIFE-SHIFT (lifeshift.site)
数理モデルやシミュレーションで進化可能性を確認する。・群淘汰とプライス方程式(第4回)
ヴェロ・コプナー・ウィン=エドワーズ – Wikipedia 種の利益と群選択
(2)実証的に見極めるーー同性愛の進化
同性愛の進化についての説明(反証可能性 第3回 進化心理学とはどのような学問か – LIFE-SHIFT (lifeshift.site) )
不妊カースト真社会性 – Wikipedia、不妊のワーカー KAKEN — 研究課題をさがす | 真社会性昆虫における完全不妊ワーカーの進化 (KAKENHI-PROJECT-03J06310) (nii.ac.jp)
(3)副産物の可能性
左右対称性のゆらぎ FA(Fluctuating Asymmetry)
FA (1996年度 15巻2号)|国環研ニュース 15巻|国立環境研究所 (nies.go.jp)
・左右対称な顔・平均顔への好み 第6回 配偶者選択 – LIFE-SHIFT (lifeshift.site)
・情報処理のしやすさの副産物?
3.再現性の危機と進化心理学
(1)再現性の危機
(2)再現されなかった進化心理学の知見
第8回 子育て – LIFE-SHIFT (lifeshift.site)
進化的ミスマッチ仮説 ヒトが甘未を好むのは現代では肥満の原因になり非適応的だか、進化的適応環境では有利だったという説明。
近年の医学の進歩によって、人類はいくつかの病に打ち勝ったかのように見える。ところが、よく目を凝らすと、パワーアップした耐性菌が現れたり、別の”敵”が台頭したり、がんや糖尿病、骨粗鬆症、アレルギー疾患といった現代病に悩まされたり。人類は「進化」しているどころか、脆弱化してきているのではないか、とさえ勘ぐりたくなる。人類の身体はこの先、どこへ向かっていくのだろうか。
「進化生物学」あるいは「進化医学」という観点から、人類の身体と病気との関係を探求したのが、本書『人体600万年史』(上・下巻)である。
近代の医学では、病気を治すために、病気の直接的要因と症状への対処法を考える。これに対し、進化医学では、生物の長い進化の過程に病気の遠因を見出そうとする。
著者のダニエル・E・リーバーマンは、ハーバード大学の人類進化生物学教授。ヒトの頭部と「走る能力」の進化を専門領域とし、靴を履かずに走る「裸足への回帰」を提唱している。本書でも、「足にやさしい」とうたう靴が、いかに足の発達を妨げ、足を傷つけているかを説く章がある。
人類が類人猿と分岐した600万年前、すなわち、われわれの遠い祖先が直立二足歩行を始めた瞬間にさかのぼって、新しい行動様式とともに人類が獲得してきた適応構造を見てくると、「裸足の教授」の主張がすとんと腑に落ちる。
400万年前にはアウストラロピテクスが、250万年前にはホモ属が登場して地球上の各地に散らばった。さらにずっと後の20万年前にようやく、われわれの種であるホモ・サピエンス(現生人類)が出現した。この長い長い進化の時間に、自然選択の作用を受けて、われわれの身体の基本的な仕組みがかたちづくられてきたのである。
われわれの身体をこしらえてきた600万年という歴史を考えれば、次の革命的変化が起きた1万年前というのは、つい最近のことといえる。すなわち、農耕が始まって、それまでの長い狩猟採集生活から定住生活へ移行したときである。
農耕への移行が“ミスマッチ病”の遠因に
著者は、ジャレド・ダイアモンドの言葉を借りて、「農業は『人類史上最大の過ち』だった」と語る。
<農耕牧畜民は狩猟採集民よりも多くの食物を手に入れられて、それゆえに多くの子供を得られるが、その代わり、総じて狩猟採集民よりも必死に働かなくてはならないし、食事の質は低く、洪水や旱魃などの天災に見舞われてせっかくの作物が台なしになることもあるため、飢餓に直面する機会も多くなる。また、人口密度の高い集団で暮らしているため、感染症が流行りやすく、社会的ストレスも発生する。農業は、文明やその他の「進歩」につながったかもしれないが、かつてない大規模な苦難や死にもつながった。>
いまわれわれを苦しめている「ミスマッチ病」の大半は、もとはといえば、狩猟採集から農業への移行に端を発している、というのである。
つまり、労働事情や食生活など生活様式が劇的に変わったのに対し、身体の適応が追いつかず、人類はさまざまな健康問題を抱えるようになった。それが、著者のいう「ミスマッチ病」である。
農業によってもたらされたミスマッチ病に対し人類は、「文化的進化」という方法――たとえば、原始的な公衆衛生や歯科技術、製陶、家畜化されたネコ、チーズ――によって予防もしくは軽減してきた。
これらは、人類を自然選択から守る緩衝材となったが、なかには、真の解決策とはならず、「ミスマッチ病の症状に対処するだけのバンドエイドでしかない」ものもある。
ミスマッチ病の原因ではなく症状に対処することは時として、「ディスエボリューション」という有害なフィードバックループを生むきっかけになる、と著者は指摘する。一時しのぎの対処は、ミスマッチ病をいつまでも存続させ、場合によってはさらにひどくする悪循環を招くというのだ。
産業革命により増幅されたミスマッチ
農業によってもたらされたミスマッチ病は、250年前の産業革命による環境の激変により、さらに増幅される。それまでとは別の種類の、食べ過ぎや運動不足によるミスマッチ病で、たとえば糖尿病や心臓病、骨粗鬆症やアレルギー疾患、アルツハイマー病などである。
農業の発明は食糧の供給量を増大させ、質を低下させたわけだが、食の産業化はその効果をさらに大きくした。「人類はあまたのテクノロジーを開発して、桁違いの量の食品を生産してきたが、それらの食品はたいてい栄養的には貧しくて、豊富なのはカロリーだけだ」とは、なんと皮肉なことか。
しかも、産業革命は人類の身体活動のありさまを一変させた。われわれの多くは、職場ばかりでなく、一日のほかの時間においても動かなくなっている。
昔はほとんどなかった刺激(たとえば糖など)がありすぎることによって生じる「裕福病」、逆に、昔はありふれていた刺激がなさすぎることによって生じる「廃用性の病」。これらの疾患の原因を除去できなければ、「ディスエボリューションの致命的なフィードバックループが始まって、いまの環境をそのまま子供たちに受け渡すことにより、それらの疾患をいつまでものさばらせるばかりか、さらに広めてしまうことにもなりうる」と、著者は警告する。
おいしい食べ物があふれ、身体を動かさなくても支障なく生活できる環境は、快適で捨てがたい。それだけに、病気になると知ってはいても、是正することなく次世代へ伝えてしまう。そしてまた次世代が同じ病に蝕まれる。
この悪しき進化、著者のいう「ディスエボリューション」の拡大はすでに始まっており、「アメリカの次世代は、親より長生きできない初めての世代となる危険を冒している」という事実は、ショッキングだ。
<先進国における障害と健康不良はかなりの部分まで、この廃用性の病と呼ばれる疾患のせいだ。いったん生じてしまうと、この種の疾患はだいたい治療するのが難しい。しかし、私たちの身体がどう成長し、どう機能するように進化したかに注意を向けさえすれば、おおよそ予防が可能なのである。>
とすれば、本書を読むことが、ミスマッチ病を予防する一歩となるだろう。悪しき進化を食い止めるか、拡大するかは、われわれの選択にかかっている。