第12回 遺伝子と行動
神経・生理心理学(’22)
Neuro- and Physiological Psychology (’22)
主任講師名:髙瀬 堅吉(中央大学教授)
【講義概要】
神経・生理心理学では、心の生物学的基礎についての学びを主題とします。講義では、知覚、記憶、学習、感情、意識などの心の働きを担う脳の機能を中心に学びます。また、睡眠、生体リズム、遺伝子と行動、心の発達、心の病気についても、その生物学的基礎を紹介します。これらの知見に加えて、心の生物学的基礎を明らかにするための研究手法についても触れ、神経・生理心理学の総合的理解を目指します。講義内容は、公認心理師試験出題基準(ブループリント)の項目を網羅し、臨床の現場に関連する話題も扱います。
【授業の目標】
神経・生理心理学の基礎的知見、考え方を身につけることを目標とします。具体的には、1)心の諸機能の生物学的基盤、特に神経系、内分泌系のつくりと働きを理解し、2)知覚、記憶、学習、感情、意識などの心の働きが、神経系や内分泌系の働きによってどのように営まれているかを学びます。そして、1、2の知見を明らかにするための研究手法も学び、神経・生理心理学の総合的理解を目指します。
【履修上の留意点】
心理学の概論的講義を履修済みであることが望ましいです。また、数学、物理学、化学、生物学の知識が受講者に備わっていると、講義の理解は容易になります。しかし、これらの予備知識については、放送授業や印刷教材で、そのつど説明します。
第12回 遺伝子と行動
親から受け継いだ遺伝子の情報に基づいて合成されたタンパク質が、私たちの身体をどのようにかたちづくるのか、そして私たちの行動にどのような影響を与えるのかについて学びます。
【キーワード】
染色体、デオキシリボ核酸(DNA)、RNA、タンパク質、遺伝子改変動物、光遺伝学
デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、遺伝子改変技術、遺伝環境論争、行動主義、環境主義、選択交配実験、交差里親コントロール実験、家系研究、双生児研究、一卵性双生児、二卵性双生児、分子遺伝学研究
デオキシリボ核酸(DNA) → 第2回 心の生物学的基礎(神経系①)
リボ核酸(RNA)
遺伝環境論争「遺伝か環境か」不毛な議論に終止符〜なぜその努力は報われないのか
行動主義
選択交配実験 遺伝の法則
・家畜動物はなぜ人になつくのか~人に近づくマウスをつくり …
・野生由来マウス系統の混合集団を用いた従順性行動の遺伝的 …
・従順か攻撃的かの遺伝子特定か、ペットのキツネで
家系研究 ゴダードと家系研究 (カリカックファミリー)
双生児研究
一卵性双生児
二卵性双生児
分子遺伝学研究
遺伝(heredity)
次の①~④のうちから、遺伝子改変技術が進歩する前に利用されていた、行動と遺伝の関係を調べる心理学研究法として正しいものを一つ選べ。
① ノックアウト法
② ノックイン法
③ ゲノム編集
④ 双生児研究 正解です。
フィードバック
正解は④です。
【解説/コメント】
遺伝(heredity)とは,親の形質が子に伝わる現象です。古典的な家系研究(biographical study)や双生児研究(twin study)の結果は、性格または気質などの特定の行動傾向、さらには精神神経疾患などの行動異常の発露に遺伝的要因が密接に関わることを示唆しました。そのため、心理学者は「遺伝」を極めて重要な概念と捉えてきました。科学的心理学の創成期に遺伝−環境論争が心理学の中心テーマの一つであったことからも、この概念の重要性を伺うことができます。
遺伝子に人為的に変異を引き起こす遺伝子改変技術が1980年代から1990年代中頃にかけて進歩し、酵母やミバエの遺伝子改変技術を応用して遺伝子改変マウスが造られるようになると、この状況は一変しました。マウスを対象とした遺伝子改変技術の発達は心理学の新たな研究領域を切り拓き、正常または異常な行動(心的過程)を制御する遺伝子の発見を目的とした研究が展開されるようになりました。その遺伝子改変技術の一つであるノックアウト法は、ゲノム上の特定の遺伝子の必須部分(遺伝子産物を作るために必要な部分)を外来遺伝子と置換し、その遺伝子がタンパク質合成機能を持たないようにする方法です。また、ノックイン法は、特定の細胞種に発現させたい遺伝子を、その細胞種に発現することが知られる遺伝子の3′末端部分などに挿入する方法です。
2012年以降に登場したゲノム編集(genome editing)という新たな技術は部位特異的な核酸分解酵素(ヌクレアーゼ)を用いて標的遺伝子を改変する技術です。既に紹介した従来の遺伝改変技術と比較して、より正確に、そして簡便に遺伝子改変が行えるため、非常に応用範囲が広いです。