日銀は1月決定会合で「YCC撤廃」に踏み切れ、元日銀理事が警鐘鳴らす構造的欠陥
YCCの長期金利変動幅拡大
サプライズとなった「事実上の利上げ」
日本銀行は昨年12月20日、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)の長期金利(10年物国債金利)の上限を0.25%程度から0.5%程度へ引き上げた。
事実上の利上げである。
「事実上」としたのは、日銀が、長期金利の誘導目標の運営方針の変更であり、「利上げではない」と説明しているからだ。
長期金利を0.25%に抑え込むことの弊害が大きくなっていたのは明らかなので、日銀はやるべきことをやっただけとも言える。
ただ、今の日銀はやるべきこともやらないのではないかと考えていた多くの市場関係者にとって、このタイミングでの修正はサプライズだった。
今回の「利上げ」は、内外の経済情勢の変化によりYCCの構造的欠陥が露呈したことによるものであり、YCCという枠組み自体が限界に来ていること示す。
情勢変化で「苦肉の策」限界に
国債市場の機能壊れいびつな金利形成
通常の利上げは、景気の過熱やインフレを抑えるために行われる。しかし、日銀の黒田東彦総裁は12月の政策修正を説明した際、経済や物価情勢に関する慎重な見方は変えなかった。
物価上昇率が2023年度に低下する見通しであることや、日本経済を巡る不確実性が極めて高いことを、記者会見で強調した。
必要なら「ちゅうちょなく追加的な金融緩和措置を講じる」という常套(じょうとう)句にも変化がなかった。
経済物価情勢に応じて金利を上げていくような局面ではないと日銀は判断しており、その判断自体は正しいと筆者は考える。その意味で12月の措置は、やはり通常の意味での「利上げ」ではなく、あくまで「金融緩和の持続性を高める」措置だったと受け止めるべきだ。
だがそれにしても、「金融緩和の持続性を高める」ためになぜ金利の引き上げが必要なのだろうか。
そもそもYCCは、16年9月に導入されたが、それはその手法が優れていたからというわけではない
経緯をたどれば、13年4月から続けていた日銀の国債買い入れが行き詰まり、その打開策として16年1月にはマイナス金利政策が導入された。
ところが、今度はそれが長期金利の下がりすぎという別の問題を招き、その対策として導入されたのがYCCだ。
このようにYCCはもともと、異次元緩和が短期決戦に失敗し、その過程で連鎖的に起きた問題を直して長期戦に切り替える際に、「苦肉の策」として導入されたものなのだ。
当時の日銀は目先の窮地への対応がすべてであり、YCCが持つ欠陥については「割り切った」のだと思う。
最大の欠陥は、長期金利の市場実勢が日銀の目標水準と乖離(かいり)した時に、国債市場の機能が損なわれることだ。
その問題が5年半にわたり露呈しなかったのは、物価目標の2%からは遠い低インフレが続き、長期金利の市場実勢自体が上がらなかったからだ。
しかし22年に状況は一変した。米欧ではインフレが激しくなって急速な利上げが続き、日本でも消費者物価の上昇率が41年ぶりの高さになった。
0.25%程度という10年物国債金利の上限は、実態と合わなくなった。イールドカーブは10年の部分にくぼみができる形状へとゆがみ、国債金利を基準とする社債の条件設定にも影響が出た。
政策修正がサプライズになる欠陥
事前に予想広まると市場が混乱
YCCには、別の問題もある。
日銀が金融政策の考え方や当面の見通しについて、正直に市場と対話しにくいことだ。
米欧の中央銀行は、政策の考え方や近い将来の見通しについて、なるべく正確に市場に伝えようと努力する。
そうした透明性の高い政策運営は、独立性のある中央銀行としての責務であると同時に、サプライズの要素を減らすことを通じて、政策変更が市場で円滑に消化されることを助ける。
これに対し日銀の昨年12月の措置は、冒頭に述べた通り市場にはサプライズだった。
その結果、長期金利や円相場は急上昇し、株価は大幅に下落した。世界の金融市場に衝撃が走り、海外の金利や株価にも影響が出た。
そうした影響が生じ得ることは、日銀もわかっていたはずだが、それでもこの政策修正を事前に織り込ませる努力を、日銀は市場に対して行わなかった。
それは日銀が意地悪だからでも秘密主義だからでもない。政策修正の可能性を事前に示唆しにくい点は、YCCが持つ固有の特徴なのだ。
長期金利は本来、市場で決まるものなので、近いうちに日銀がその上限を引き上げるとの予想が市場に広まった場合、その段階で長期金利に猛烈な上昇圧力がかかってしまう。
国債の緊急買い入れで日銀がそれを強引に抑えつけることも可能だが、そこまでやると国債市場の機能はいよいよ崩壊する。
そんな状態が、正式な政策修正まで続いてしまうわけで、市場を何週間もそのような機能停止に追い込むことは、どこの中央銀行でも避けたいものだ。
そのためには、日銀は政策修正のその日まで「政策修正はしない」と言い続けなければならない。
YCCはある意味、中央銀行が市場に対して不正直にならなければ成り立たない政策手段だとも言える。
日銀の情報発信にもバイアスかかる
円安是認や値上げ許容でも「問題発言」
日銀の情報発信がゆがむのは、政策修正の直前だけではない。
YCCを安定的に維持したいという誘因が常にある以上、日銀の情報発信には普段から、「現状維持」を正当化するバイアスがかかりやすくなる。
2022年12月の政策修正について黒田総裁が「利上げではない」と説明した際、以前、黒田総裁を含む日銀幹部が、技術的な変動幅の拡大も利上げに当たると発言していたことが、記者会見でも問題になった。
12月の政策修正を「利上げでない」と説明すること自体は間違いではないが、過去の発言との整合性は明らかに欠ける。
そこを問われた黒田総裁は、質問をはぐらかすしかなかった。
ここからは筆者の推測になるが、「変動幅の拡大も利上げに当たる」という日銀の過去の説明は、「利上げなど行うはずはないのだから、それと同じ結果になる変動幅の拡大だって行うはずがない」と市場を説き伏せるためのものだったのだと思う。
いかなる理由であれ、長期金利の上限は引き上げないと強めに言うことで、長期金利の上昇圧力を抑えたかったのだろう。
一部の投機筋は国債先物取引などで逆の動きをしたが、多くの市場関係者はその言葉を信じ、結局12月に裏切られたことになる。
為替の変動についても日銀は昨年前半、「円安が全体としてプラス」という発言を繰り返し、それが円安をさらに勢いづけた。
世間や市場の空気を読まずに「円安はプラス」と言い続けたことについても、円安に利上げで対応する可能性を否定して長期金利の上昇圧力を抑えたい、という気持ちが日銀にあったと考えれば合点がいく。
値上げに対する家計の許容度が増しているという発言も、ネットで炎上するほど大問題となった。
これも、「金融緩和がデフレマインドを変えつつあると前向きに語って低金利を正当化したい」という意識ゆえの日銀の勇み足だったのではないか。
「変えない」と市場に信じ込ませないと本当に維持できなくなる危うさは、YCCが持つ構造的な欠陥だ。
2022年に日銀幹部から頻繁に飛び出した「問題発言」は、単純な不用意と言うよりも、YCCという異形の政策手段が生んだ「情報発信のゆがみ」だったのだと思う。
海外投資家、上限破る動き活発に
時間がたつほど運営の困難増す
10年物国債金利は、その上限が2022年12月に引き上げられた後も、市場実勢になお追いついていない。
今の日本は米欧とは景気の位相がずれている。米国経済は景気後退への懸念が強くなる一方、日本はインバウンドの回復もあり、これから賃金の上昇に期待が持てる局面に入る。
海外投資家は、日銀のさらなる政策修正に間違いなく賭けてくる。
すでに10年金利は0.5%に達しており、1月17~18日の金融政策決定会合の前は、YCCの長期金利の上限0.5%を破ろうとする動きが強まるだろう。
仮に1月会合で日銀が動かなくても、投資家たちがそこであきらめるとは考えにくい。
春には黒田総裁の任期切れで日銀総裁が交代し、いやが上にもレジームチェンジへの期待は高まる。折しも、政府と日銀が共同声明を見直して金融政策を柔軟化するとの報道も出ている。
日銀が今後の利上げを否定しても、昨年12月に日銀がサプライズで動いたので、市場はもはや日銀の言動を信じない。時間がたてばたつほど、日銀のYCC運営は難しさが増す。
市場機能を損壊し、日銀自身の情報発信をゆがめ、サプライズで市場の急変動を生む。YCCはすでにその役割を終え、今や弊害のみが目立つ状態になった。
日銀は1月決定会合ですみやかにYCCを撤廃し、海外の中央銀行と同じ普通のやり方での金融緩和に移行すべきだろう。
日銀はまず政策の枠組みを無理のないものに切り替えたうえで、あとは2%物価目標の達成が視野に入るまで、透明性の高い情報発信をしながら、じっくり金融緩和を続ければよい。
それは異次元緩和の「敗退」には当たらず、むしろこの局面で求められる「進化」である。
(みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト 門間一夫)