日本人の「勤め先に期待しない割合」は世界最悪…経産省が「これはヤバい」と顔面蒼白になった衝撃データ
「日本企業の部長の年収は、タイよりも低い」。そんな刺激的な文句の並んだレポートが、今年5月、経済産業省のサイトに掲示された。省内に設置された「未来人材会議」がまとめたもので、結語では「旧来の日本型雇用システムからの転換」を求めている。壮大なレポートの狙いはどこにあるのか。取りまとめた経済産業政策局長の平井裕秀氏に聞いた――。
【図表】日本は課長・部長への昇進が遅く、部長の年収はタイよりも低い
■いまの人材投資のありかたでは日本の未来はない
――なぜ「未来人材ビジョン」を発表したのですか。 いま、世界ではデジタル化や脱炭素化などが急速に進んでいます。この流れは今後ますます加速し、2030年、2050年には産業構造や労働需要が根本から変わるでしょう。しかし、日本の教育界・産業界を振り返ると、こうした未来を見据えて変化に対応しうる人材を育成しているところは決して多くありません。
特に産業界では、最近はDX化を進める企業が増えていますが、その割にDX化後の世界で求められる人材の育成は進んでいません。さらに、日本はこれから生産年齢人口がどんどん減少するのに、海外の高度人材から選ばれない国になりつつあります。この状況に、私たちは「いま人材投資のありかたを変えなければ日本の未来はない」と危機感を抱きました。
そこで、今後の人材政策を検討する「未来人材会議」を省内に設置し、未来を担う人材の育成のありかたを提示しようと、調査や議論を重ねました。その結果をまとめたものが「未来人材ビジョン」です。ここでは、2030年、2050年の労働需要を推計するとともに、これからの人材育成の方向性や具体策を示しました。
■日本企業の従業員エンゲージメントは世界最低水準
――たくさんのデータが紹介されていますが、平井さんが最も危機感を抱いたデータはどれでしょうか。 一番ショックだったのは日本企業の従業員エンゲージメントは世界でも最低の水準だというデータです。ギャラップ社の2021年の調査によると、従業員エンゲージメント(個人と組織の成長の方向性が連動していて、互いに貢献し合える関係がある従業員数の割合)の世界平均は20%ですが、日本はわずか5%でした。米国/カナダが34%、中国が17%、韓国が12%で、日本の低さは突出しています。
さらにパーソル総合研究所の2019年の調査によると、「現在の勤務先で働き続けたい人の割合」で、日本は52%と調査対象国の中で最低水準です。同じ調査では、転職意向のある人の割合は25%、独立・起業志向のある人の割合は16%で、やはり最低水準です。
つまり日本人は、自分の勤め先に不満があり、ずっと働き続けたいとは考えていないが、転職するつもりも、起業するつもりもない、ということです。
■なぜ日本人は「人づくり」に消極的なのか
しかも企業は人に投資せず、個人も学ぼうとしていません。
人材投資(OJT以外)のGDP比を比較すると、アメリカが2.08、ドイツが1.20、イギリスが1.06であるのに対し、日本は0.10です。また社外学習・自己啓発を行っていない人の割合は、日本は46%でダントツに高い。グラフをみると、諸外国との違いは歴然です。
それはなぜか。転職が賃金増加につながらず、また企業内での昇進も遅いからです。
リクルートワークス研究所などの「転職前後の賃金変化の国際比較」によると、転職で給与が増えた人の割合は、中国が76%、アメリカが55%であるのに対し、日本はたったの23%です。
さらにリクルートワークス研究所の調査によると、日本は課長の昇進年齢が38.6歳、部長の昇進年齢が44.0歳ですが、アメリカは課長34.6歳、部長37.2歳、タイは課長30.0歳、部長32.0歳です。また、別の調査では、日本企業の部長の年収は、アメリカはもちろん、タイよりも低いことが示されています。
かつての日本は、新卒を一括採用することで「求められるものを安く大量に作れる人材」を多く育ててきました。それが世界経済における強みになっていたわけですが、いまは逆に弱みになってしまっているのではと感じます。低成長期に入っているのに、新卒一括採用や長期雇用のシステムはいまだに変わっていません。結果として、従業員の給料は上がりにくく昇進スピードも遅くなっています。
■1980~90年代の成功体験から抜け出せていない
――日本が経済先進国だったのは過去の話であり、このままではむしろ後進国になりかねないと。
その通りです。日本はもはや経済規模では中国に、一人当たりの購買力平価GDPでは韓国に抜かれ、企業の給与額の面でも両国にはかないません。どの側面から言ってもすでに「The 先進国」の座にはおらず、アジア諸国のセンター位置から引きずり下ろされつつあります。まずはこうした現実を直視していただくことが出発点だと思っています。
いままで通り求められるものを安く大量に作っているだけでは、2030年、2050年に経済競争の土俵に立っていることはできません。これからは、一人ひとりのアイデアや行動力がより試される時代になっていきます。そこで求められる人材も従来とは大きく違ってくるでしょう。ゲームに例えるなら、もはや高度経済成長期とはルールもプレイヤーもまったく変わっている。私はそう実感しています。
海外を見渡すと、多くの企業はこの「新しいゲーム」にすでに対応しています。私が思うに、日本は1980~1990年代の成功体験が強烈すぎて、それゆえそのやり方から抜け出せないのではないでしょうか。 本来、日本人は熱心に働くのが特徴で、イノベータースピリッツや上昇志向も持ち合わせていました。もともとの国民性や能力から言えば、海外企業に太刀打ちできないはずがありません。時間はかかっても、新しいゲームに対応できるマインドを養っていくことは可能だと考えています。
■人材投資は「コスト」ではなく「アセット」
――企業のトップは何をするべきでしょうか。
経営戦略と人材戦略がしっかり紐づいているかどうか、そこに企業の命運がかかっていると認識していただきたいと思います。多様な人材の採用や育成、賃金アップなど、人材にかかる資金は、カットする対象の「コスト」ではなく、投資する対象である「アセット」として見るようマインドを変えていっていただきたいですね。これは、私たちがいちばん訴えたいメッセージでもあります。
経営トップが、いまの組織の中で、自分で自分を変えていく──。この難しさは重々承知しています。しかし、未来人材ビジョンではあえて「そこにチャレンジしましょう」と提言しました。私たちはそれほどまでに、日本の未来に危機感を抱いています。
人材は、投資すればしただけのリターンを生んでくれる存在です。次の時代も自社を存続させていくにはすぐにでもイノベーションが必要で、それには多様な人々の能力やアイデアを引き出すための投資が欠かせません。そうしなければ生き残れない時代が、すでにやってきているのです。
■人材投資しない企業は生き残れないというムードを醸成
――企業の人材投資をどのように後押ししますか。
人材投資に乗り出している企業やその投資家など、同じ危機感を抱いている人同士で集まりをつくって、具体的な取り組み事例や対策案などを発信していく予定です。また、人的資本経営を行うための具体策を掲載した「人材版伊藤レポート2.0」も作りました。
これは、ROE経営の機運を高めた「伊藤レポート」で知られる一橋大学の伊藤邦雄先生の手によるものです。こうした発信を継続しながら、企業の方々と人材投資のアイデアを共有していきたいと考えています。
経営者の方々には政府の余計なお節介だと思われるかもしれません。実際そうなのですが(笑)、人材投資は産業界の未来のために欠かせないのです。そしてその意義を広めるには、ルールをつくるよりムードを変えていくことが重要だと思っています。
日本人の国民性から考えると、行動変容を促すうえでは「皆がそうしている」という環境をつくるほうが効果的でしょう。事例が増えるように後押しをして、かつ実践事例もどんどん発信する。そうして、人材に投資しない企業は生き残れないというムードを醸成していきたいですね。
■自分の会社は若い人たちにどう評価されているか
──日本企業の内部からは「変わりたくても変われない」という愚痴をよく聞きます。
まずは、いま自社が新卒採用市場でどう評価されているか、そして採用した若者が自社からどれだけ逃げていっているかを知る必要があると思います。その現状を知ったうえで「2030年、当社は生き残れているだろうか」「2050年、当社はどうなっているだろうか」と想像してみてください。
その未来の世界に、わが社は存在していないかもしれないと思えてくるのではないでしょうか。では、それを防ぐためには何をするべきか。このように順を追って考えていけば、おのずと答えが出てくるのではと思います。
中長期計画を立てるとき、もう少し先まで見渡してみれば、取るべき手段の中に必ず人材投資も入ってくるでしょう。すでにこの点に気づいている経営者も多いはずです。ぜひ行動に移して、そして社員に強力なメッセージを発信してください。
■経営トップは変革の後押しや精神的支柱の役割を
──経営者の意識改革が重要なのですね。
どんな組織でもいきなり変えるのは難しいものです。ですから、変革には継続的なチャレンジが必要です。しかし、放置しておくと人は易(やす)きに流れるものなので、挑戦の継続には強力な後押しや精神的支柱が欠かせません。それこそが経営トップの役割ではないでしょうか。
現状では、日本の大きな組織は社員が勝手なことをしないようにできています。それぞれが勝手に動くと業務に支障をきたすためで、こうした組織では社員が自力で組織変革を始めることなど期待できません。
だからこそ経営者の発信が必要なのです。確固たるメッセージを発信し、ときにはある程度の強制権も発動する。いつしかチャレンジし続けることが社風になり、変革の効果が表れてくるまで、経営者の方々にはぜひコミットし続けてほしいと思います。
■投資家も企業の人づくりを注視している
──人材投資を進めるためには、まずは大企業が動くべきでしょうか。
ムード醸成のうえでは、やはり大企業が果たす役割は大きいと思います。いまの中心選手がもう一度新しいゲームに挑戦できるよう、次のイノベーターが育つよう、ぜひ積極的に人材投資に取り組んでいただきたいですね。
株式市場では、主要株価指数の構成企業でみると、株価純資産倍率(PBR、株価が「1株あたり純資産」の何倍であるか)が1倍を下回っている日本企業(TOPIX500)が約4割も見受けられます。アメリカ(S&P500)では約1割、ヨーロッパ(TOXX600)では約2割なのに、これは非常にさびしい数字です。
いま、投資家が中長期的な投資・財務戦略において最も重視すべきだと考えているものは人材投資ですから、大企業こそそこに取り組んでほしいところです。
もちろん中小企業にも期待しています。経営者と社員の距離が近く、メッセージもダイレクトに伝わるでしょうから、変革や業態転換も比較的早く進むのではないでしょうか。現状が大企業の下請け的存在であれば、コストダウンを要求されることも多いでしょう。しかし、これからはコストダウンではなくアイデアで勝負する時代。ぜひ、下請けから脱するためのイノベーションに挑戦してほしいと思います。
一方、大企業も中小企業から「どうむしり取るか」ではなく、「どうパートナーとして一緒に発展していくか」という方向へ考えを変えていくべきです。ドイツでは、中小企業が独創的なアイデアを生かして、大企業に押しつぶされることなく元気にやっています。日本も見習っていかなければなりません。
■普通の経営者で終わるか名経営者になるか
──経営者が自社の底力を引き出すには、どうすればいいのでしょうか。
日本の大企業には、新卒で入社した人間が経営者となるケースがほとんどです。その場合、自社のカルチャーやシステムに誇りを持っているはずで、そこに踏み込んで変革を行うのは自己否定にも等しい行為です。
そうした自己否定をできるかどうかが、名経営者になれるかどうかの分かれ目ではないでしょうか。われわれはその手伝いが出来ればと考えています。この「未来人材ビジョン」はその一歩です。
すでに投資家たちは「人材投資を重視する企業に投資したい」と言っています。こうした外部の声に耳を傾けて、ぜひ人材投資に舵を切ってもらいたいと思います。
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平井 裕秀(ひらい・ひろひで) 経済産業省 経済産業政策局長 1987年、東京大学法学部卒業。通商産業省に入省し、産業政策局企業行動課に配属される。その後、通商政策局、製造産業局、大臣官房政策企画室、資源エネルギー庁、大臣官房審議官(経済社会政策担当)、商務情報政策局長などを歴任。2021年、経済産業政策局長。2022年7月より経済産業審議官。 ———-
経済産業省 経済産業政策局長 平井 裕秀 構成=辻村洋子