日常記憶
日常記憶
everyday memory
日常記憶の研究手法としては,実験室研究に日常的材料を用いる手法,実験室研究にコンピュータによる仮想現実virtual realityを用いる方法,現実生活における自然実験,観察がある。また,記憶質問紙さらに社会調査,日誌研究,インタビューなどは,自己報告や内観に基づいている。日常記憶は多岐にわたり,研究領域の境界は明確ではないが,主要なトピックには,自伝的記憶,フラッシュバルブ記憶,偽りの記憶,展望的記憶,目撃者の証言,個人差(例:加齢,卓越した記憶保持者,音楽家・棋士などの熟達者),メタ記憶meta-memory(人が記憶に関してもつ知識や信念,日常的に用いる方略),記憶と文化などがある。以下に三つの主要なトピックを紹介する。
【自伝的記憶autobiographical memory】 自伝的記憶とは,自分が生まれてから現在に至るまでに経験した出来事の記憶であり,超長期記憶,エピソード記憶の一部でもある。アイデンティティと自己概念を形成・維持する機能をもつ。成人期以降に自伝的記憶の想起を求めると,どの年代の人でも青年期の出来事の想起が多いという現象がある。この現象を,レミニセンスバンプreminiscence bumpとよぶ。これはライフスクリプトlife scriptを構成する人生の典型的かつ重要なライフイベントlife event(大学入学,恋愛,結婚など)の多くが,青年期に起こるためである。これらの出来事は強い感情を伴い,意図的あるいは無意図的に繰り返し想起されやすく,アイデンティティの形成と維持を支える重要な役割を果たすため,アクセスされやすい。また,衝撃的な出来事に接したときにそのときの状況がフラッシュをたいた写真のように細部まで記憶され,時間を経ても鮮明に再生される現象をフラッシュバルブ記憶flashbulb memoryという。こうした現象の背後には,状況を鮮明に刻印するような特殊メカニズムがあるという説と,何回もリハーサルするという一般的な記憶メカニズムで説明できるという説の二つが主に考えられている。フラッシュバルブ記憶は鮮明ではあるが,必ずしも正確ではないことから考えると後者の説明の方が有力である。
楠見孝らによると,自伝的記憶には,想起とともにノスタルジアnostalgia(懐かしさ)の感情が伴うことがある。ノスタルジアを引き起こすには,そのトリガー(引き金)になる事柄(昔のヒット曲,旧友,光景など)の反復経験と現在までの長い空白期間が必要である。また,懐かしさのトリガーには,世代や社会・文化的に共有された記憶表象(日本人にとっての田舎の田畑の風景,アメリカ人にとっての開拓時代)がある(Kusumi,T.et al.,2010)。
また,デジャビュdéjà vuは,初めて訪れた場所や初めて会った人に対して,強い既知感とともに懐かしさを感じる記憶現象である。反対に,ジャメビュjamais vuは,既知の場所や人に対して,既知感がなく初めての場所や人のように感じる記憶現象である。
【偽りの記憶false memory】 偽りの記憶(虚記憶)とは,経験していない出来事が,鮮明に想起される現象である。強い想起意識を伴う点で,新項目を旧項目と誤判断する現実性識別reality monitoringの失敗がかかわる。DRMパラダイム(DRMはDeese,J.,Roediger,H.L.,McDermott,K.B.の頭文字である)では,主として連想関係をもつ言語材料を用いて,提示語と連想関係をもつテスト語に対して,強い想起意識を伴う旧判断が生起しやすいことを見いだしている。子どものころの偽りの記憶を植えつける手法に,イマジネーション膨張imagination inflationがある。これは,実際には経験していない子どものころの出来事(例:駐車場で千円札を拾う)について,熟知した場所や人物を入れて,鮮明で詳細なイメージを思い浮かべさせる実験操作を行なうと,その後,実際には経験していないにもかかわらず,実際に起こったという判断を引き起こすというものである。このことに関してアメリカで1990年代から社会問題になっている現象に,幼いころのトラウマの記憶の抑圧-回復repressed/recovered memoryがある。これは長い間意識的には想起されていなかった過去の虐待などに関する主観的経験が,心理療法の過程でよみがえる現象である。この場合,心理療法家が用いる催眠,イメージを促進する技法,記憶に焦点化する技法が,真偽が定かでない記憶を「回復」させた可能性があり,訴訟にまで発展することがある。偽りの記憶研究のほかの実践的応用研究として,目撃証言eyewitness testimonyがある。ここでは犯罪や事故の記憶の正確さに及ぼす要因について,多くの自然状況を用いた実験が行なわれている。
【展望的記憶prospective memory】 展望的記憶は未来のある時点や事象が起きたときに,行為の意図を想起する記憶である(たとえば,9時に電話をする,ポストを見つけたら手紙を出す)。展望的記憶はプランや意図の実行を支える機能をもつ。展望的記憶の忘却から起こる失敗にはいくつかの種類があるが,なかでも,し忘れのエラーが起きやすい。その理由は,第1に別の活動をしているときに,適切な時点で自発的に行為の意図の想起をしなければならない点,第2は,行為の内容を合わせて想起しなければならない点である。そのため,想起手がかりとして,手帳やアラームなどの外部記憶の補助を意図的に使うことが多い。
【日常記憶研究の課題】 日常記憶研究は多岐にわたり,日常生活の記憶にかかわる多くの現象が取り上げられている。しかし,一部の研究で明らかにされた事実が,一般的に起こりえないことであったり,符号化や保持における条件統制が明確でないために,知見を一般化できない場合もある。日常記憶研究と実験室記憶研究は相補的な関係をもつ。実験室研究によって明らかになった事実を,現実世界において検討したり,日常記憶研究で見いだされた事実を,統制された実験研究で検討することが必要である。また,日常記憶研究は,社会心理学との融合研究によって社会・文化的要因を取り込んだ,さらなる展開が考えられる。 →顔の認知 →記憶 →記憶術 →空間認知 →注意 →目撃証言
〔楠見 孝〕
目撃証言
eyewitness testimony
【目撃証言にかかわる要因の分類】 目撃証言は,視覚情報処理に基づいて記憶され,それが想起されることでなされる供述であるから,出来事の経験時における符号化段階の要因,保持段階の要因,検索段階の要因それぞれが,その正確さに影響する。また目撃者に固有の要因である発達的要因,知的要因,性格要因,知覚能力要因,被暗示性要因もここに関与する。つまり,目撃証言の心理学は一般心理学が対象とする多くの研究対象がかかわることになる。
ウェルズWells,G.L.(1978)は目撃証言について推定変数とシステム変数という分類を提案した。推定変数estimator variableは,目撃時にかかわる変数のことで,その変数の影響やその程度は事後に推定する以外にない。たとえば事故を起こした車の走行速度に関する目撃者の報告は,もはや客観的には測ることはできず,推定に依存する以外にない。システム変数system variableは,司法制度によってコントロールできる要因のことである。システムとは司法制度のことである。犯人識別における写真の選び方や写真の作り方,その写真の見せ方などは司法がコントロールできるものであり,システム変数の例である。このシステム変数にかかわる研究はその成果が直接司法の目撃証言の取り扱いに役立つので,冤罪防止という観点からはきわめて重要である。
【目撃時の要因】 目撃証言の正確さを規定する要因は数多い。まず目撃時における推定変数に分類される重要な要因としてストレス要因が挙げられる。これは,目撃者が強い情動を体験することで生じる生活体の歪みのことである。この情動的体験は体験された出来事の記憶遂行を抑制する。ストレスの影響はとくに,出来事の中心的な情報よりも周辺的な情報で大きく,周辺の事実についての報告が貧しくなる。しかし,この効果には個人差があるし,次に述べる凶器注目効果のように,目撃者が何を注視したのかによって,記憶遂行の水準が異なることも知られている。
目撃者は事件に巻き込まれて,犯人の持つ凶器を目撃する場合がある。この凶器の介在が目撃者の記憶遂行に影響する。この凶器を目撃することで起こる影響が凶器注目効果weapon focus effectとよばれる。犯罪において凶器が介在した場合,それを目撃した人物の注意がそれを所有している犯人の凶器に注がれてしまい,後にそのシーンの詳細を報告するように尋ねられると,凶器の介在しない場合に比較して,記憶成績が低下するという現象である。この現象に関しては,複数の研究結果のメタ分析によっても確認されている。たとえば,ロフタスLoftus,E.F.,ロフタスLoftus,G.R.,メッソMesso,J.(1987)は,凶器が介在することで,その凶器に視点が繰り返し,しかも長く固定されることを,眼球運動の測定によって示した。この効果を説明するために,いくつかの仮説が提供されている。たとえば,⑴凶器が目撃に介在すると覚醒が高まり,注意の容量が減少するという仮説がある。そして注意が凶器に注がれると,周囲の詳細は無視されたり,フィルターにかけられてしまう。また,⑵凶器のもつ脅威的な情報が注意を引き,そのために他の対象や出来事に注意が向けられなくなって,記憶成績が低下するとの仮説もある。さらに,⑶凶器のもつ脅威的な情報だけではなく,その凶器が現われるシーンとの不適合性(料理場で料理人が持つ包丁は自然であるが,銀行にいる人物が包丁を持つと不自然であり,脅威になる)が高いほど,凶器に対して注意が向き,周囲の情報が処理されなくなるとする仮説などがある。
【目撃時から供述までの間の要因】 事件や事故の目撃から,その目撃内容を供述したり,犯人識別を行なうまでには時間的な経過が存在する。この間に目撃者の記憶に影響する要因として,事後情報の存在がある。この事後情報によってもたらされる効果を事後情報効果post event information effect(誤誘導効果,誤情報効果ともいわれる)とよんでいる。この効果は,出来事を経験した後で,その出来事に関係する誤った些細な情報に接すると,その誤った情報が記憶に組み込まれて,あたかもそれを実際に経験した内容であるかのように想起する現象をいう。これを最初に報告したのはロフタス,E.F.,ミラーMiller,D.G.,バーンズBurns,H.J.(1978)である。彼らは,交通事故を写した一連のスライドを提示した。そのスライドには停止標識が映されていたが,その後の質問では,徐行標識ということばを使ってこれに言及した(事後情報)。この事後情報の提示後,記憶テストで,停止標識と徐行標識が映っているスライドを見せ,先に見たのはどちらかを示すように尋ねられると,多くの参加者が誤って徐行標識を見たと報告した。そして,この事後情報の効果は,記憶テストの直前に挿入することで大きくなる。この実験が報告された後,この事後情報効果にかかわる要因を明らかにする多くの研究が行なわれた。その結果,この効果に個人差があること(被暗示性,年齢,ワーキングメモリ容量,性格特性,イメージ能力)が明らかになってきた。またこの効果が現われやすいのは,想起までの期間が長い場合,事後情報の情報源が信用がおけると判断される場合,想起の折に議論する場合,経験した出来事と事後情報との違いが検出されにくい場合などが挙げられる。
またこの効果を減ずるには,事前に誤った事後情報が与えられるとの警告を与える,想起方法としてソースモニタリングテストを採用する,心理学的に作用するという偽薬を与える,などの方法があることが明らかにされている。
【供述や同一性識別の段階で影響する要因】 目撃者が対象となる出来事を想起するのは捜査段階での事情聴取である。そこで重要なのは,その出来事にかかわる人物,とくに犯人の同一性識別identificationである。この目撃者による識別は,犯人の逮捕や起訴に決定的な役割を果たす。しかし,目撃者による犯人の同一性識別は,誤りやすいことが過去の誤起訴・誤判研究から明らかになっている。とくにこの点に関しては,アメリカのイノセンス・プロジェクトという訴訟組織による活動が注目されている。このプロジェクトでは,冤罪を主張する当人のDNAを採取し,犯人が残した体液などのDNAと対照することにより,真犯人かどうかの検証を求めてきた。その結果,これまで犯人とされた多数の人物が無実を証明されて,釈放されている。では,なぜ,それらの人は誤って裁判において有罪となったのか。プロジェクトが分析をすませた239人の無実ケースのうちのほぼ75%は目撃者の誤識別が原因であることがわかった。目撃者の誤識別が冤罪の最大の原因で,さらには38%のケースで複数の目撃者が誤っていたことも明らかになった。
同一性識別が誤るのは,目撃証言の推定変数の影響もさることながら,司法関係者がコントロールできるシステム変数の影響が大きい。システム変数については,具体的な心理学研究の成果を直接方法に反映させることができるため,それを捜査手続きに取り入れることが重要である。
【ラインナップとその実施方法】 この同一性識別を実施する際に採用されるのが,ラインナップline-upで,容疑者をそれ以外の複数の人たちの中に並べて,目撃者がそこから容疑者を選ぶことができるかどうかを見る。このラインナップには,写真によるもの(フォトラインナップ),実際の人物によって行なうもの(ライブラインナップ),ビデオ映像によって行なうもの(ビデオラインナップ)などがある。ラインナップの作成方法や実施法に関しては,心理学の研究が行なわれる以前から,実務として警察で伝統的な方法で行なわれていたが,従来の方法では多くの識別の誤りが起こったことに鑑み,識別の正確さを保証する方法の検討が盛んに行なわれてきた。それらの研究に基づいて,誤識別の可能性を低減させるために次のような実施規則が提案されている。
規則⑴ラインナップの実施者について:ラインナップの実施者はそのラインナップのメンバーのだれが容疑者かを知っていてはならない(ダブルブラインド・メソッド)。規則⑵ラインナップの教示について:目撃者には,問題となっている人物(つまり,目撃した人物)がラインナップの中にいるかもしれないし,いないかもしれないとはっきり伝える。また,ラインナップの実施者は容疑者を知らないことを目撃者に伝える。規則⑶ラインナップの構成について:ラインナップを構成するメンバーは,目撃者の供述に合致するように選ばれ,また容疑者がラインナップの中で,容疑者以外の人たちからとくに目立つようにしてはならない。規則⑷識別した後,またなんらかの情報がフィードバックされる前に,識別した人物を犯人だとする確信度を,明瞭なかたちで聞いておく。
規則⑴に関しては,だれが容疑者かを実施者が知っている場合,その期待が言語的にも非言語的にも相手に伝わりやすく,それによって目撃者が誘導されやすいことが知られている。規則⑵については,当該人物がいないかもしれないと伝えることで無実の容疑者を選ぶ確率が低下することが実証的な研究で示されている。また,実施者も容疑者がだれかを知らないと伝えることで,目撃者が実施者からなんらかの手がかりを得ようとしないためである。規則⑶は,ラインナップを厳格な実験とみなすべきという要請に基づいている。具体的には,ラインナップの容疑者以外のメンバーが,容疑者に似ていれば似ているほど(それは当然,目撃者の事前の供述に基づく特徴でなくてはならないが),そのラインナップは厳しいテストになる。規則⑷に関しては,識別の後に起こる,目撃者の記憶とは無関係なさまざまな出来事によって,目撃者の確信度が劇的に影響を受けることが,研究によってわかっている。さらに,最近では,ラインナップのメンバーを一人ずつ見せて(継続的ラインナップ法),そのつど判断を求めることが,誤った識別を低減させることも明らかになり,この方法を採用するアメリカの諸州も出てきている。
近年,目撃者への識別後のフィードバックpost identification feedbackがきわめて危険な結果をもたらす要因となることが知られるようになった。この効果を最初に示したのがウェルズとブラッドフィールドBradfield,A.L.(1998)である。全員が誤った識別をするように誘導され(参加者はそのことに気づいていない),識別後に肯定的な情報(「正しい容疑者を選んだね」)を与えられる参加者と,否定的な情報(「x番の人を選んだの。でも本当は○番ですよ」)を与えられる参加者を比較すると,前者は後者より,①犯人がよく見えた,②顔の詳細も見えた,③注意も払っていた,④識別もしやすかった,⑤識別に時間もかからなかった,⑥進んで法廷で証言する,と回答した。
このような識別後のフィードバック効果は社会的影響という大きなカテゴリーの要因群に属する。社会的影響とは,社会心理学の領域では,個人間あるいは集団間において一方が他方の態度,感情,行動を変化させることをいうが,この社会的影響は記憶をも変化させてしまうことがある。
【目撃証言におけるエピソード記憶と意味記憶】 目撃証言は記憶に基づく証言である。記憶について現在ではさまざまな理論化がなされているが,なかでも目撃証言に重要な概念はエピソード記憶episodic memoryである。エピソード記憶は,タルビングTulving,E.によって提唱された長期記憶の区分法で,意味記憶semantic memoryとともに,宣言的記憶に位置づけられている。意味記憶が現実世界の知識の貯蔵と考えられているのに対して,エピソード記憶は個人の出来事の体験の記憶であり,いつ,どこで,というような文脈情報を含んだ意識的に想起できる記憶である。たとえば,「日本でいちばん高い山は何といいますか」というような質問に代表される,知識を尋ねる質問に回答するときに使用されるのが意味記憶であるのに対して,「昨日の朝ご飯は何でしたか」というような質問に回答するときに使用されるのがエピソード記憶である。後者の記憶では,それを食べた時間,場所,その味などの文脈情報が付着している。
このエピソード記憶はまさに体験に基づく記憶であるが,さまざまな要因によって影響を受け,再解釈や再構成によって作られてしまう側面をもつ。結果として現実には起こらなかった出来事を記憶するという偽記憶すら生み出してしまうことがある。エピソード記憶に意味記憶が侵入し,実際には経験しない出来事であっても,起こることが期待されるような事態に遭遇すると,スキーマの影響や期待によって,起こったことや存在したこととして記憶が形成されてしまうのである。
【偽りの記憶false memory】 偽りの記憶(虚記憶,偽記憶)とは,人びとが出来事を思い出すときに,経験された出来事とは異なって内容を想起したり,実際にはなかった出来事を想起する現象を指す。この偽記憶を巡って,実際に大きな社会問題が引き起こされたことがある。アメリカを発端として,精神医学や心理学にしろうとのセラピストたちが,うつの傾向にある相談者に対して,その原因が幼児期に受けた性的虐待にあるとしたために,この説が流布され,多くの人が実際には経験していない出来事を想起するようになって,親を告訴し,裁判が行なわれて,親子で出来事の有無を争う,記憶の戦争とよばれるような社会現象が起こったのである。この現象はアメリカからさらにヨーロッパ,オーストラリアなどへと広がっていった。
この問題に対して,記憶心理学の研究者たちが,実際には経験していない出来事を想起したり,経験した出来事を異なって思い出してしまうという現象が,容易に作り出せることを実験的に示し,1990年代以降,偽記憶の研究が盛んに行なわれるようになった。ロフタス,E.F.らは子どものときに迷子になったことを想定して,実際には起こらなかったことを,親からの情報として実際に起こったことだと伝えると,いとも簡単にその記憶を植えつけることができることを示した。またローディガーRoediger,H.L.らは類似した単語のリスト(ベッド,枕,毛布……)を参加者に1単語ずつ提示したのち,最後にそれらのことばと提示されていない単語(睡眠)を混ぜて提示し,そこから前に提示された単語を選ぶように指示した。その結果,類似した単語(睡眠)はそれが提示されていないにもかかわらず,提示されたものとして想起されることを示した。
【耳撃証言ear-witness】 目撃証言の正確さについてと同様に,声の同一性識別の正確さが問題となるケースがあって,これが心理学から検討されている。耳撃証言の心理学である。耳撃証言の心理学的研究は目撃証言の研究に比較して,その規模が小さいのが現状である。ヤーミイYarmey,A.D.(2007)は,多くの耳撃証言の心理学研究から,未知の人物の,一度だけの,短時間の声の聴取では,声の同一性識別の正答率が50%を下回ることを指摘している。また既知の人物の声同一性識別でも,未知人物のそれよりも識別成績が良くなる場合があるものの,誤識別の確率は高いことに警鐘を鳴らしている。つまり,耳撃証言の場合には目撃に比較して,誤識別の確率が高いことに注意を払うべきで,この識別を証拠として採用する場合には,きわめて適切で公平な規則に従って識別が実施されなくてはならないことを指摘している。耳撃証言については,たとえばストレスと識別の正確さなどに関しても,ほとんど研究がなされておらず,目撃証言の心理学研究で明らかにされた影響要因に関しても今後研究が進められなくてはならない。 →記憶 →供述 →裁判心理学 →日常記憶 →認知心理学
〔厳島 行雄〕