夜に眠れない日本 睡眠負債が生産性や利益率押し下げ

日本の睡眠不足が国力をむしばんでいる。社員の睡眠時間の多寡で、企業の利益率に2ポイントの差が生じるという研究結果が出た。睡眠時間が米欧中など主要国平均より1時間近く短いことや、睡眠の「質」の低さがパワハラやミスの温床との指摘もある。睡眠不足を個人の問題と捉えず、欧米のように社会全体の課題として解決する必要がある。

「月40~50時間ほどの残業や、週に1~2回の飲み会で睡眠時間は6時間台になる」。ある商社の営業職として働く30代男性はこう話す。人手不足のため、見積書作成などの業務は勤務時間外でこなさざるを得ず、睡眠時間を圧迫している。「夜中3時ごろに目が覚めてしまい、眠りが浅くなってしまう」と質の低下も危惧する。

各種調査からは、睡眠を軽んじる日本の姿が浮かび上がる。仏ヘルスケアスタートアップのウィジングスが自社の睡眠計測デバイスで各国ユーザーの睡眠時間について調査したところ、2020年の日本人の平均睡眠時間は6時間22分と14カ国中最下位。フィリップス(オランダ)の21年の調査でも日本で睡眠に満足している人の割合が29%と低く、13カ国の対象国で最下位だった。中国(57%)やインド(67%)を大幅に下回る。

かつての日本では、受験勉強期間に平均4時間睡眠なら合格し、5時間睡眠なら落第することを表した「四当五落」という言葉が流行した。世界の研究では、むしろ短い睡眠時間は集中を妨げ、逆効果になるとの見方が強い。

睡眠時間が慢性的に足らず、ミスを誘発する状態は「睡眠負債」と呼ばれ、近年注目を集めている。米軍兵士の射撃能力を日々の睡眠時間ごとに比較した1990年代の研究では、7時間台の睡眠時間を確保した兵士は効率がそれほど下がらなかった。一方で、7時間を下回ると、睡眠時間が短ければ短くなるほど、日ごとに効率が下がる傾向が見られた。

日本の睡眠負債の悪影響は個人のレベルを超えている。日本生産性本部によると、2020年の日本の就業者1人あたりの労働生産性は7万8655ドルと38カ国中28位と低く、主要7カ国(G7)で見れば最下位になっている。働き方コンサルティングを手掛けるワーク・ライフバランス(東京・港)の小室淑恵社長は「睡眠を削って頑張った結果が企業としての成果につながっていない」と話す。

頭が回らない状態では新たなアイデアも出にくい。「怒りの発生源も睡眠。睡眠不足の上司ほど侮辱的な言葉を使う。自己コントロールができずパワハラの原因にもなる」(小室氏)など、職場の様々な問題を生む温床ともいえる。

企業業績に影響があるとの研究結果も出ている。日本経済新聞社などが実施した調査をもとに慶応義塾大学の山本勲教授が分析したところ、社員の睡眠時間が長い上位20%の企業と下位20%の企業で売上高経常利益率に3.7ポイントの差があった。睡眠以外の要素を統計的に除外して算出しても、1.8~2.0ポイントの差が生じた。

20年以降、新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務の導入が広がった。通勤が減り、睡眠に充てられる時間が増えると期待されたが、新たな問題として動画配信コンテンツ視聴やオンライン会議など、デジタル化の弊害が浮上した。

博報堂DYメディアパートナーズの調査では、21年と22年の1日あたりのメディア総接触時間はコロナ前から30~40分伸びた。勤務時間とそれ以外の時間のメリハリがなくなったことも影響しているとみられる。RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニックの白浜龍太郎院長は「夕方以降にスマホを見すぎてしまうとブルーライトをたくさん浴びてしまい、眠りの質を下げる」と指摘する。

慶大の山本教授は「睡眠を個人の問題だけに片付けるのは正しくない」とし、企業や政府としての対策が課題と話す。すしチェーンの銚子丸は閉店時間を1時間早めるなどの取り組みを導入し、コロナ影響を除いた18年5月期と20年5月期の比較で、社員1人が生む1時間あたりの売上高は500円近く高くなった。石田満社長は「社員の体を楽にしてあげて、生涯現役でも働けるような環境を整備しないといけない」と強調する。

政府の対応は欧米が先行する。欧州連合(EU)は退社から翌日の出社まで11時間空ける勤務間インターバル制度を企業に義務付ける。米国は時間外労働の割増賃金を通常の1.5倍に設定し、通常業務時間内で仕事を終わらせたほうが経営に有利な仕組みを導入している。眠れない日本を変えるには、企業の行動を変容させる仕組み作りに政府が本腰を入れて取り組む姿勢が欠かせない。

〈Review 記者から〉「スリープテック」に熱視線

睡眠の質を高めるための技術や製品を指す「スリープテック」に熱い視線が注がれている。米グローバル・マーケット・インサイトによると、こうした機器の世界市場は2030年に677億ドルと21年の4.5倍になるとする。

スマホやウエアラブル端末で睡眠状態を計測するのが最も身近だが、近年はモノとサービスの両面から睡眠の質向上につなげようとする事例が増えている。ストレス緩和や睡眠の質向上をうたうヤクルト本社の乳酸菌飲料「Y1000」は一時、スーパーの店頭で品薄が続いた。OKIと京都大学、同大学発スタートアップのヘルステック研究所は、スマホアプリで不眠症状を改善する実証試験に取り組む。

スリープテックが注目される背景には、睡眠の質を高めたいという需要が高いことが見て取れるが、本来は働き方そのものを見直さなければ根本的な解決にならない。日本では長時間労働をいとわないことで高度経済成長期に実績を上げてきた成功体験が足かせになっており、中堅層以上のビジネスパーソンでもこうした意識が拭いきれていない側面もある。欧米のように企業の戦略として対策する動きが弱く、睡眠は個人の問題として捉える動きが根強い。

働き方改革の結果として労働時間の削減は進んだが、睡眠改革にはどこまで踏み込めるか。日本の労働生産性の低さの弊害は座視できない。政府や企業の本気度が問われている。

(DXエディター 杜師康佑)

勤務間インターバル制度

仕事の終業から翌日の始業までに一定時間の休息を義務付けることで、社員の睡眠や生活時間の確保を促す制度。ドイツでは第2次世界大戦前に制度があり、欧州連合(EU)は1993年に制定した労働時間指令で、現行の最低連続11時間の休息付与の義務を定めた。日本では2019年から企業の導入が努力義務になっている。厚生労働省は25年までに導入企業の割合を15%にまで高める目標を掲げるが、21年の就労条件総合調査によると企業の導入率は4.6%にとどまっている。普及が進まない理由として、日本は努力義務にとどまるほか、インターバルを設けても業務量が減らない中、人手不足で追加の人員確保が難しいことが指摘されている。

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