元公安捜査官が教える「人脈構築術」、諜報心理を使った“5ステップ”とは

公安捜査官と
スパイの共通点

「A社と取引をしたい。A社担当者と人脈を構築し、取引を成功させよ」

もし職場において、このようなミッションを与えられたら、皆さんならどうするだろうか。

こうした非常に難易度の高いミッションがうまくいくかどうかは、諜報(ちょうほう)心理を利用した人脈獲得法が大きく関わってくる。

そこで、長く諜報活動の捜査や情報収集を行ってきた公安部外事課元捜査官であり、日本カウンターインテリジェンス協会代表理事である筆者が、スパイが使う諜報心理を利用し、相手方と関係性を深めていくテクニックを解説する。

そもそも、スパイの職務をご存じだろうか。多くの方が私の前職である公安=スパイというイメージを持たれていると思う。そのイメージは大きくは間違っていない。

スパイの定義は「政府等のために、秘密裏に敵や競争相手の情報を得る人のこと」であり、一方、公安捜査官(=公安)の定義は「暴力主義的な破壊活動または国益を侵害するような行為および諜報活動に関する情報収集や取り締まりを行う捜査官」と、筆者は説明している。

つまり、スパイも公安捜査官も、情報収集をその主たる目的の一つとして日々活動している。


 では、どのように情報を収集するのだろうか。以下、具体的な方法について、紹介したい。

諜報活動における
情報収集の五つの方法

諜報活動における情報収集の代表的な手法は以下の通りである。

(1)OSINT(Open Source Intelligence):メディアやSNSなど公開情報から収集
(2)SIGINT(Signal Intelligence):通信・信号などの傍受
(3)COLLINT(Collective Intelligence):利害関係を同じくする組織の協力・情報連携
(4)IMINT(Image Intelligence):衛星画像などの分析
(5)HUMINT(Human Intelligence):人的情報源から収集

これらの手法以外にも、多数の~Intelligenceと呼ばれる手法がある。

だが、9.11同時多発テロではHUMINTを含む複数のルートからイスラム過激派によるテロが画策されているとの情報をCIAが得ていたにもかかわらず、その情報を軽視したことでテロを未然に防止できなかったことから、以降教訓としてHUMINTによる情報収集が再評価され、現在でも重要視されている。

実は、このHUMINTにおいて、鍵となるのが“人脈の獲得”である。

解釈の仕方にもよるが、例えば「X国の原子力関連設備の内部体制の情報」を収集するためには、ピンポイントで原子力関連設備に勤務する人物と関係を築いて情報を収集する手法もある。また、一方で多数の情報源=協力者を日頃から抱えていることで、収集すべき情報へのアプローチを容易にするという手法もある。

いずれにせよ、人脈を獲得する上でまず知るべきは、人間関係の構築法である。

金銭による買収が
効果的ではない理由

諜報活動においての鉄則がある。それは、情報源となりうる人物=協力者と関係を構築するには、「信頼関係を構築」するということである。

スパイの手法としては、至極まっとうであると思われるかもしれない。

きっと皆さんの中には、金銭での買収、ハニートラップ、もしくは拷問のようなセンセーショナルな方法を思い浮かべる方もいるだろう。

しかし、仮に金銭で買収したとしても、情報源からは常に金銭的要求をされてしまい、それに応えなければ関係は途絶してしまう。そのような手法では、互いに疑心暗鬼になり深い関係は継続しないのだ(ただし、他国の諜報機関の中には、信頼関係を構築した後に重要な情報を引き出すために上記のような手法をとるケースもある)。

さて、人脈を構築するには相手と信頼関係を構築することが必要と述べたが、その具体的な手法について、諜報心理という心理操作を交えて説明していく。


人脈を築くための
「五つのステップ」とは

信頼関係を築き継続する方法として、各国の諜報活動にも共通するのが、以下の五つのステップである。

(1)選定=対象者を選ぶ
(2)基調=相手を知る
(3)接近=相手に近づく
(4)獲得=相手と信頼関係を構築する
(5)運営=相手を分析・評価しながら関係を続ける

(1)~(5)の各ステップで行うことは次の通りだ。

(1)選定では、人脈を構築したい相手方を選ぶ。ただし、相手方に直接アプローチをするのではなく、紹介者を通じて近づく。なぜなら、紹介であれば相手方の警戒心は弱まるからだ。

(2)基調では、OSINTを駆使して相手方の基本情報(職業、趣味など)を得るだけでなく、相手方の悩みや望みなど、複数の要素を見定める。

例えば、経営者であれば、悩みは基本的には「会社の安定」である。これは、財団法人防衛調達基盤整備協会(2012年4月に一般財団法人防衛基盤整備協会に改称)の調査研究からの引用(※1)だが、「小さな会社の経営者は、たとえいかに成功していたとしても、常に大きなリスクを背負っているし、常に彼の立場を強化しようとしているものです」と論じている。

スパイは基調の段階から、ある程度相手方の悩みを把握しているのだ。この基調では、特に相手方の「弱み=悩み」に着目する。その理由は(5)の獲得のフェーズで説明する。

※1 平成22年3月 財団法人防衛調達基盤整備協会「カウンターインテリジェンスの最前線に位置する防衛関連企業の対策について(平成21年度)」

(3)接近では、偶然の出会いを演出して相手方に出会う。

実際に日本で行われたハニートラップの例だが、某議員の目の前で美女がハンカチを落とし、某議員が拾った。この時、某議員には「きれいな人だな」くらいの印象しかなかっただろう。

しかし、ハニートラップを仕掛ける美女は前述の(2)の基調の段階で、某議員の行きつけのバーを把握しており、そのバーで偶然の再会を装うのだ。

美女から接近された某議員は、「あの時の……」とすっかり警戒心を弱め、後に男女の関係に進展し、美女を操る国家に対する便宜を図ってしまったのだ。

(4)獲得では、相手に先行して信頼を与え、安心させる。相手に対して決して見返りを求めず、相手方に「あなたを信頼している」と見せるために、一定の重要な情報を共有したり、悩みをこちらから先に打ち明けるのだ。

そして、会話や会食の中で、(2)の基調で見立てた弱み(=悩み)を確認し、手を差し伸べて寄り添う。この際、悩みに寄り添い、誠実に向き合うだけで、相手はあなたを信頼する。

例えば、あなたの家族の健康が芳しくなく、入院を控えていた場合、私なら入院前・入院中・退院時のそれぞれで手紙や入院中に役立つグッズ、退院時にささやかなプレゼントを贈るだろう。

受け取ったあなたは、「入院の件を覚えていてくれた、私の大事な家族を同じように大切に考えてくれている」とわずかにでも私に信頼を寄せるだろう。これを積み重ねるのである。

(5)最後に、相手との関係のメリット・デメリット、状況の変化などを分析・評価しながら関係を維持していく。これが最後のステップ「運営」である。

それでは、以降では(4)の獲得時に使用する具体的な手法を解説する。


相手の信頼を得るための
三つの具体的な方法

(1)空間の操作

相手方との何げない雑談の場や会食時において、主導権を得るために、その場の空間を操作する。

例えば、米国心理学者スティンザーによる「スティンザー効果」というものがある。あなたと対面に座る人物はあなたに敵対的であり、斜め前に座る人物は友好的であるという。

また、座り方には視線の交錯による緊張も作用する。正面だと視線の逃げ場がなく、緊張が生まれてしまうが、L字型(相手が斜め前)であれば、互いに視線が交差しながらも正面からぶつかることがないため、緊張がほぐれ友好的な関係を演出できる。

社長室ないしは役員への報告をイメージしてほしい。ほとんどが対面だろう。その場合、社長(役員)の正面と斜め前では、あなたはどちらのほうが報告しやすいだろうか。

さらに、会食時の店選びも重要である。人間にも帰巣本能があり、自宅に近い場所であれば心理的に安心する傾向にある。こうした人間心理を利用し、相手の自宅に程よく近い会食場所を選ぶことで緊張をほぐすという手法もある。

その他、相手との関係に応じた「距離の操作」や「温度の操作」もあるが、結局は相手にとって心地よい空間をつくり上げることが重要である。

(2)ミラーリング×声の操作

「ミラーリング」は心理学では一般的な手法で、相手の仕草や表情、話し方、行動をまねすることで、相手方に自身に似ていると思わせる手法を言う。

しかし、諜報心理における「ミラーリング」は、一般的なミラーリングとは「深さ」が異なる。相手のまねをするのではなく、相手が大切にしているものを同じように大切に考え、相手に共感する立場を口で示すことで弱みや悩みに寄り添うという手法である。前述した家族の入院の例を思い出してほしい。

さらに、家族の入院に際し、案ずる言葉を、声のトーンや声色を変えて感傷的に伝えるのだ。声のトーンは聴覚的情報において、さまざまな効果(=受け手の印象の操作)が可能となる。

例えば、家族の入院のケースでは、「落ち着き、安心」を印象付けるために低めの声でゆっくりと話してみてほしい。

「ご家族の入院でご不安かと思いますが、私も元気のないあなたが心配になってしまいます。何かお手伝いできることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」

あなたの声のトーンから、相手は安心と優しさを感じ、自分の大切な家族を同じように大切に考えてくれているという喜びや安心に加え、家族の入院に対する不安を理解してくれたと思い、小さな信頼を寄せてくれるようになるのだ。

ここで重要なのは、相手とその家族を本当に案ずることである。


(3)コールドリーディングによるコミュニケーションの操作

コールドリーディングという手法をご存じだろうか。

カウンセラーや占い師、時には詐欺師も使う手法で、さも相手のことを知っているかのように、誰にでも当てはまる事柄を示し、相手を理解していると見せることで、信頼関係を構築する手法である。

なぜ理解を示すのか。それは、人材系企業による「信頼関係の要素」や「組織内の信頼」に関する各種調査でも、「相手からの理解」が常に上位に位置していることからも分かるように、相手への理解を示すことは、信頼を得る上で重要な要素だからである。

コールドリーディングにおいて、例えば「あなたは、自分のやりたいことと実際にやらなければならないことの間でさいなまれ、我慢を強いられた経験があるかもしれません」といえば、誰にでも当てはまるが、受け手としては「私のことを理解してくれている」と思うのではないだろうか。

ただし、これではただのペテンに近い。諜報心理では、この手法を応用して、相手に「理解」を示しつつ、「肯定」し、相手の本質(悩み)を引き出す。

例えば、人脈拡大のために、あなたは大手メーカー勤務・所帯持ちである人物(X氏)と関係を構築したいと考えているとしよう。この人物は、基調の段階でその年齢と役職から昇任の遅さにいら立ちを覚えているようであった。そうであれば、あなたはX氏と一定の関係を築いた後、こういった言葉をなげかけてみてほしい。

「Xさんは“継続して努力できる人”のように感じます。私にはあなたの誠実さが感じ取れます(肯定を示す)。しかし、その努力とは裏腹に、これまで評価されていないと感じてきたこともあったのではないでしょうか(理解を示す)。社会ではそのようなことが往々にして発生します。というのも、こんなことがあったんです(基調で得ている相手の悩みに似た悩みを自ら打ち明け、相手が悩みを話しやすい会話にする)」

この言葉に対し、相手は基調で得た悩みを吐露するだろう。その悩みに寄り添うことで、相手はあなたを信頼し、あなたにとって有効な人脈となるのだ。

これまで長々と人脈の構築について解説したが、最たる部分は以下である。

「相手の弱み(悩み)に対し、人として寄り添い、手を差し伸べる」

ただし、その際、「私が解決しなければならない」などと傲慢(ごうまん)な考えを持ってはいけない。ただ一人の人間として寄り添い、手を差し伸べる姿勢を示すだけでよい。そうすれば、少しずつ、相手は心の内を明かすようになるだろう。

結局、人脈として有効な人物を得るためには、その人の本質に正対し、信頼を勝ち取らなければならないのだ。公安捜査官もスパイも、こうして日夜、人と「誠実」に「真摯(しんし)」に向き合っている。

(日本カウンターインテリジェンス協会代表理事 稲村 悠)

Pocket
LINEで送る