アラヤCEO・金井良太

アラヤCEO・金井良太さんの本棚 自由な発想の源に

今日の日経朝刊に「身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放」というテーマに挑んでいるとあった人である。

脳を研究したいと考え、大学は理学部で生物物理学を学んだ。あるとき世界の文学を読み始める。

もともと文学は好きでした。大学2年のとき、外国語文学を読破しようと思い立ち、生協でみかけたのが『これから話す物語』です。古典ギリシャ語の教師が主人公で、文献に出てくる神々の体験と主人公自身が現実の世界で恋をする体験との対比がおもしろい。学んだ知識と生々しい体験の違いの描写が非常に興味深かったのです。

脳の中に浮かぶ主観的な意識である「クオリア」に興味があり、研究したいと考えていました。高校の国語の授業でソシュール言語学を学んだことがきっかけです。例えば、私たちが「赤い」と信じているものは脳がつくりだした幻想です。脳の神経細胞がつながり合っているだけですが、私たちは赤いと感じるわけです。従来は哲学や心理学で扱われていたテーマを科学として解けるのではないかと考えました。

クオリア – Wikipedia

この小説の「こういうことをテーマに書いている作家がいる国はおもしろそうだ」と思い、オランダに留学するきっかけになりました。ユトレヒト大学に交換留学生として7〜8カ月滞在し、卒業後もオランダに行って大学院に進み、博士号も取得しました。研究者への道を開いてくれたと思います。

人工知能(AI)に意識が生まれるのかに興味がある

自分は意識を研究したいのだと気づかせてくれたのが、大学4年のときに読んだラマチャンドラン博士の論文です。クオリアという言葉が出てきます。彼の論文は学術っぽくなく、ジョークをちりばめており笑えます。研究をまとめた『脳のなかの幽霊』は原著で読みました。脳の働きについていろいろな仮説を立て、それを立証するための実験と考察が参考になりました。

当時、大学では生命活動を分子レベルで解き明かす「分子生物学」が盛んでした。分子の働きによって記憶のメカニズムがわかることは可能ですが、このやり方では全体像がわかりません。オランダの大学院やその後にポスドクとして在籍した米カリフォルニア工科大学では「人はどうやってものが見えるのか」など脳科学と心理学の融合分野の研究をしました。

今は脳科学とAIに興味があります。米国の後、英国の大学で研究者や教員として働いた際、コンピューターに細かい情報を与えなくても自ら学ぶ深層学習(ディープラーニング)の威力を知りました。脳の働きや幻想、意識のメカニズムの解明に使えないかと考えており、意識を人工的につくることにも取り組んでいます。

一つの道を究めるのではなく、分野を変えながら、自由に生きていきたいと願う。

研究者は自由が一番です。ノーベル物理学賞を受賞したファインマン博士の本を読むと、本当にそう思います。自由な発想と行動が必要です。起業して収益を上げて会社を成長させる必要がありますが、社員には自由や楽しみを大事にしてほしい。だれもが好き勝手には生きられませんが、自分や社員は自由にやれているかを気にするようにしています。

池澤夏樹さんの『マリコ/マリキータ』の短編「梯子(はしご)の森と滑空する兄」に出てくる主人公の兄に憧れます。子連れ同士の再婚でできた年の離れた兄は家に寄りつかず、仕事を転々としながら生きています。はしごを上まで登ると、滑空して次のはしごに飛び移り、新しい世界に入り込みます。社会の枠組みから外れて自由に軽やかに生きています。

私も色々なものを手放してきたのかもしれません。日本、オランダ、米国、英国と転々とし、研究者として業績を上げた後に日本に戻って起業しました。最初はゲームでレベルアップしたのに振り出しに戻ったような気分でした。

色々な国を渡り歩いてきたことで、様々な価値観と出会い、学んできました。科学研究のやり方は文化だと思います。オランダは米国を眺めながら研究し、英国は雑ですが思想的だという印象です。人は死んでしまうのだから、人生で大事なのは体験の深さと多様性だと考えています。

(聞き手は編集委員 青木慎一)

かない・りょうた 1977年生まれ。京都大学卒業後に留学。英サセックス大学准教授を務めた後、2013年帰国、アラヤ創業。脳科学や人工知能の応用に取り組む。

【私の読書遍歴】
《座右の書》
これから話す物語(セース・ノーテボーム著、鴻巣友季子訳、新潮社)

《その他愛読書など》
『脳のなかの幽霊』(V・S・ラマチャンドランほか著、山下篤子訳、角川文庫)。実験に基づく脳機能に対する鋭い洞察が参考になった。
『言葉とは何か』(丸山圭三郎著、ちくま学芸文庫)
『存在と時間』(上下巻、マルティン・ハイデッガー著、細谷貞雄訳、ちくま学芸文庫)
『意識する心』(デイヴィッド・J・チャーマーズ著、林一訳、白揚社)
『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(上下巻、R・P・ファインマン著、大貫昌子訳、岩波現代文庫)
『マリコ/マリキータ』(池澤夏樹著、文芸春秋)。ある程度極めたら次の分野を開拓する自由さに憧れる。
『神は妄想である』(リチャード・ドーキンス著、垂水雄二訳、早川書房)

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