「速い思考」と「遅い思考」 ノーベル賞学者ダニエル・カーネマンが解き明かす 「ファスト&スロー」という我々の脳の習性

 

突然ですが問題です。

Q:バットとボールの合計金額は1ドル10セントで、バットはボールよりも1ドル高いです。ボールの値段はいくらですか?

10セント! と即答してしまったあなた、残念。正解は5セントです。

少し考えれば分かることなのに…と落ち込む必要はありません。実はハーバード大やプリンストン大といったアイビーリーグの名門校の学生ですら、50%以上が「10セント」と答えたんですから。

こんなハプニングが起こるのは、脳に速い思考と遅い思考という2つの思考回路があるためです。これを提唱したのは、認知心理学者にしてノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマン。彼はその著書「ファスト&スロー」の中で、私たちにはシステム1(速い思考)システム2(遅い思考)があると述べています。

システム1の働き:


直感や経験に基づいて、日常生活で大半の判断を下しています。例えば物の距離感や音の方角の感知など、自動車の運転をする際に働く。

システム2の働き:


発動には集中力が必要とされる。例えば、たくさんの文字の中から必要な情報だけを抜き出す、聞こえてきた言葉が何語かを聞き分ける、といった働き。

冒頭ですぐに「10セント!」と自信を持って答えてしまったのは、速い思考が発動してしまった人。遅い思考を働かせた人は正解できたのでは?

速い思考はでしゃばり、遅い思考は怠け者

コンピューターに例えてみましょう。システム1は即座に単純な判断を下せるように常にオンの状態です。ところがシステム2は通常はスリープ状態のため、ボタンを押さないとオンになりません。

というのも、集中力を必要とするシステム2を常に作動させていると脳に大きな負担がかかるためです。システム1が常にオンなのは、省エネかつ素早い判断を下すためのトリックと言えます。

またシステム2は決断速度が遅いため、これが優勢だと日常生活に支障をきたします。飛んできたボールを避けるのに「左右どっちにどんな体勢で逃げるのがベストか」などと熟考していたら危険ですよね。

速い思考が招くバイアス=認知の罠

日常生活を快適に送るためには欠かせないシステム1ですが、困った欠点があります。それはすぐにしゃしゃり出てきて、遅い思考に付け入る隙を与えず、安易な結論に飛びつく傾向です。結果、システム1は以下のような「錯覚」をもたらす傾向があります。

フレーミング効果


以下の2つのりんごジュースなら、どちらを選びますか?

A. パッケージに「果汁90%以上」と書かれた商品
B.「添加物10%以下」と書かれた商品

どちらも言っていることは同じです。しかし、多くの人が速い思考の段階でAの商品を選ぶのではないでしょうか。というのも、一般的に「果汁はいいもの」「添加物は悪いもの」という刷り込みがあるため、字面の印象だけで直感的にAを選びがちになるからです。これはフレーミング効果と呼ばれ、宣伝広告ではおなじみのテクニックです。

アンカリング効果


アウトレットなどに行くと、商品「70%off!」などという大幅な値引き札が付いていますよね。例えば元値が2万円の靴が70%offなら6000円。その視覚的な印象だけで得をしたような気になって、ついつい予算オーバーの買い物をしてしまった経験はありませんか?

これはアンカリング効果と呼ばれ、元々の基準(アンカー)になる数字を示した上で、それより上や下の数字を提示すると、印象をコントロールしやすくなるというトリック。これに踊らされないためには、遅い思考を働かせて、「本当に値段に見合うクオリティか」「お得感を抜きにしても商品を魅力的に感じるか」を吟味してみましょう。

文化的なバイアス


以下の文章を読んで、どんな答えが浮かびますか?

父親とその息子が同時に交通事故があった。父親は即死だったが、息子は頭部重症で病院に運ばれ、緊急手術のために脳外科医が呼ばれた。しかし脳外科医は運ばれてきた患者を見て、「彼は自分の息子だから、冷静になれない」と言って手術を拒否した。
子供と脳外科医の関係は?

「脳外科医は男のはず」という刷り込みが強い文化では、速い思考の段階では「父親は死んだはずでは?」といぶかる人が多いのでは。その後遅い思考を働かせると、「生物学上の父と義理の父がいた」という答えが浮かぶかもしれません。

しかし男女の職業格差が少ない文化では、速い思考の段階で「脳外科医は患者の母親である」という答えが出てくるでしょう。

バイアスというのは概して、深層意識の刷り込みが速い思考の判断として表面化したものではないでしょうか。慣れ親しんだものを基準にして判断を下す方が脳にとって楽だからです。

「ファスト&スロー」を制してベストな判断を下すには?

 

 

人間が狩猟生活を送っていた頃は、速い思考が生き延びるために必要でした。しかし価値観や生活様式が複雑化した現代では、速い思考だけでは対応しきれないことが山ほどあります。

もちろん、小さな判断の度に立ち止まって遅い思考を作動させていたら、脳が疲弊しきってしまいます。ただし速い思考の直感的な判断を無条件で信用せずに、何か引っかかるな、と思ったら遅い思考のスイッチを入れる癖をつけてみると、より良い判断が下せるようになるかもしれませんね。

とは言え、「直感は7割正しい」と、かの羽生善治棋士も言ってますし、これに対して加藤一二三先生は「直感は9割正しい」と持論を述べています。直感はこれまでの経験から人が一瞬で弾き出す回答である、という話もありますので、直感の精度を上げる、というものとても大切であることは間違いないですね。

ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)氏のTEDスピーチに興味がある方は上記の動画をどうぞ。なんだかんだ言っても我々の感情は収入と密接に関係している、そうです。うーん、考えさせられます。。。

参照リンク:

面白すぎる心理学。名著ファスト アンド スローに学ぶ7つの心理効果
行動経済学の名著「ファスト&スロー」 by ダニエル・カーネマン の図解


瞳孔は魂の鏡だ」心理学者エッカード・ヘス

” You see, but you do not observe. The distinction is clear. ”

「君は見ている、でも観察していない。その違いは明らかだ」
(『ボヘミア王家の醜聞』Scandal in Bohemia より)

今日はシャーロック・ホームズ が、”観察” をいかに大切にし、自然に行なっているか、

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