「世界一幸福な国」と言われるフィンランド その根幹にある「ウェルビーイング」の思想を探る

世界146カ国の2022年の幸福度をランキング化すると、日本は54位であるのに対して、フィンランドは5年連続で1位――そう言われると、フィンランドに対する関心や羨望、あるいは反発や懐疑を引き起こすのではないか。これは世界各国の幸福度を分析しランキング化した「世界幸福度レポート」の結果である。2012年に始まり、2014年を除いて毎年公表されてきた文書だ。

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※画像出典:世界幸福度レポート2022年版

世界幸福度レポートとは、「国連持続可能開発ソリューション・ネットワーク」が公開しているもので、様々な分野と出身国の研究者のネットワークによって書かれている。切り口は、ソーシャルメディアや投票行動、環境、都市など年ごとに異なるが、2021年と22年は、新型コロナが大きな関心事となった。

このレポートは、各国をランキング化すること自体が目的ではなく、地球上に生きる人々の幸福とウェルビーイングの諸相を考えるためのものと説明されている。しかし、順位ばかりが取り上げられ、「幸福」に注目することのより深い意図や目的は、必ずしも充分に理解されているとは言えない。ここでは、世界幸福度レポートが目指すものは何かという問いを通して、フィンランドのウェルビーイングについて考察したい。

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フィンランドと「ウェルビーイング」

フィンランドは、人口約550万人の北欧の小国である。簡単に紹介すると、人権と平等、ウェルビーイングを国の基本に据えていて、特に社会と教育における格差を嫌うことが特徴として挙げられる。小学校から大学まで教育が無償なのも、生まれによる格差を減らし、全ての人に平等な出発点を与えようとするためだ。経済の領域では市場競争を重視する新自由主義の影響を受けている一方、社会と教育に関しては平等を重視し新自由主義に抗う傾向があるとも言えるだろう。それは、社会格差の大きいアメリカやイギリスとの大きな違いである。

また政治においては、民主主義国家であり法治国家であることに政治家が矜持を持っていること、政治の透明性が高いことなども特徴と言える。政治への女性参加も多い。2019年の国会議員の女性の割合は47%、現首相は37歳の女性である。

※サンナ・マリン首相。(出典:gettyimages)

ウェルビーイングという言葉は、最近日本でもしばしば耳にするようになった。それは健康や幸福、福祉などと訳されることが多いが、あまり実感を伴っては理解されていないようだ。一方、フィンランドは「ウェルビーイング社会」「ウェルビーイング国家」と自称してきた。ウェルビーイングはとても身近であり、幅広く使われる言葉だ。それは健康、日常生活の快適さ、安全や安心、自己肯定感、人との心地よい繋がり、社会保障、貧困やハラスメントからの自由、平等、公平、諸権利が守られていることなども含んだ幅広い概念である。重要なのは、ウェルビーイングは個人的な体感であるだけではなく、国家が公共政策として尊重し進めていることだ。

具体的な例を2つあげると、出産後の女性、また両親が共に働きやすいように企業が様々な勤務体系をつくるのは、社員のウェルビーイングにつながることになる。仕事とプライベートのバランスを取ることは、ウェルビーイングを高めることになるからである。2020年には、約90%の女性と約75%の男性が育児休暇を取得している。それを可能にするのは法律である。

また、企業の管理職に女性を増やすことは、個人と会社だけではなく社会全体のウェルビーイングの向上につながる。女性だからと差別されたり、補助的な仕事や低賃金に甘んじたりするのではなく、男女がより平等に生きていける社会の方が、ウェルビーイングが高いからである。2018年の統計で、フィンランドの国営企業の役員に占める女性の割合は41%、株式上場企業では29%、非上場企業では19%である。それでもまだ不十分と考えられており、国としてもさらなる男女平等を目指している。

「幸福度の高さ」を測る複合的な評価基準

以上のような特徴を持つフィンランドが、世界幸福度レポートにおいて評価されている。そこで以下では、具体的な評価基準を確認してみたい。

世界幸福度レポートは、幸福という主観的な感情を客観的に測るために、①生活の評価、②ポジティブな感情、③ネガティブな感情という3つの指標を使っている。ランキングの基になるのは一つ目の生活の評価で、主にギャラップ世界調査の結果を使う。ギャラップ世界調査とは、経済、政治、宗教、市民の活動、教育、家族などに関して質問し、それに対して「キャントリルの階梯」 と呼ばれる方法で答えてもらう。回答者は 最低の0からトップの10の段階を想定し、自分がどこに当たると思うかを数字で答えるという方式だ。毎年約150カ国で約1000人が調査されており、世界幸福度レポートは、より正確な結果を得るために3年間のデータを使って分析している。

このレポートでは、特に1人あたりのGDP、社会的支援の有無、身体的・精神的な健康、生きる上での選択の自由、他人への寛容、政治への信頼度という6つの基準を重視している。それらは、ウェルビーイングに直接影響を与えると考えられるからである。北欧はその6つの項目での評価が比較的高いので、結果的に北欧の国々は幸福度が高くなる傾向があるのだ。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません(出典:iStock)

なお先ほど触れた他の二つの指標は、感情にまつわる体験を基準にするものだ。②のポジティブな感情は喜び、笑い、新しいことを学んだ/新しいことをした充実感等に関するもの。③のネガティブな感情は不安、悲しみ、ストレス、怒りで、どちらも質問にはイエスかノーで答えてもらう。前者が多く、後者が少ないほど幸福だと評価される。

また上記に加えて、国際的な研究団体が実施する「世界価値観調査(World Values Survey)」も活用されている。こちらは民主主義や寛容、ジェンダー平等、宗教、ウェルビーイングなどに対する価値観や信条に関する国際的な調査である。世界幸福度レポートは、こうした調査等による知見も複合的に活用し幅広いデータを使って、経済学や心理学、統計学などの研究者の手で執筆されている。誰でも無料で、簡単にダウンロードできるオープンアクセスになっている。

北欧諸国のどこが評価されているのか?

ここで2022年版の内容を簡単に紹介しつつ、フィンランドをはじめ北欧諸国がなぜ上位にランクインするのか考察してみたい。

2022年の世界幸福度レポートは6章から成り、各章では幸福への新型コロナの影響、ソーシャルメディアや遺伝学的要因などを分析している。新型コロナによるパンデミックは、世界中でたくさんの人々の生活と命を脅かした。しかし、政府への信頼度、また他人の善意への信頼度が高い国で、幸福度は維持され変化は見られなかったという。

また、最終章では「バランスと調和」をテーマにして、東アジア的とされている「和」を考察している。この章の著者6人のうち、2人は日本人研究者である。ただし意外なことに、「人生のバランス」という項目は東アジアで高く評価されているわけではなかった。バランスの1位はフィンランド。日本は73位である。ちなみに中国は13位、台湾は14位、韓国は89位だった。フィンランドでは常日頃、仕事と私生活のバランスや、人間関係、精神のバランスが重視されているので、トップにあることに違和感はない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません(出典:iStock)

以上が2022年版世界幸福度レポートだが、アンケート調査の結果も使われる一方、それ以上に統計学的でマクロなアプローチの比重が大きい。2022年版では、フィンランドが連続して1位であり、2位以下をスコアで大きく引き離していると述べられているが、より具体的にフィンランドのどういった点が評価されるのかは明示されていない。

ただし、それを考察する方法はある。このランキングでは、北欧5カ国(アイスランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド)がトップ10の常連である。その理由を、2020年のレポートは1章を割いて分析している。そこでは、「人口が少ないから行き届いた福祉が可能だ」などといったよく耳にする説明を、根拠のない「神話」として否定し、むしろ階級の分化が比較的少なかった歴史的背景などを考慮に入れている。そして、政府や公的機関の質の高さ、民主主義、市民の政治参加のしやすさ、法の支配、平等、選択の自由の多さ、他人への信頼、寛容でリベラルな文化などが北欧の幸福度の高さに影響していると論じている。その説明は、妥当性のあるものと思われる。

ウェルビー(WELLBY) というアプローチ

次に、 ウェルビー(WELLBY)という考え方についても手短にふれたい。2021年の世界幸福度レポート第8章で論じられているアプローチである。ウェルビーは、Well-Being-Yearの略語で、1年間に経験されたウェルビーイングの総体を数値化したものだ。

人は良く生きたいと思い、できれば長く良く生きたいと願う。ウェルビーは、ある社会でいかに長く良く生きられるかを測るツールであり、ウェルビーイングと平均寿命を関連づけた新しい尺度である。ウェルビーイングは、体重と同じように測ることができると想定する数学的なアプローチだ。

それに基づいて、西ヨーロッパや東アジアなど10に分けられた世界の各地域での2006〜2008年、また2017〜2019年の間のウェルビーが算出されている。また国別の数値も出されており、 フィンランドは2017〜2019年に総合で1位、日本は30位である。

ウェルビーは、世界、各国各地域の状況の鳥観、比較を可能にし、国ごと、地域ごと、さらに世界全体でどれだけ変化、また進歩したかも数値化できるようにするという。レポート内では数値を上げていくことが望ましいと考えられており、経済成長ではなくウェルビー成長へと方向転換を示すものになっている。

もちろん、様々な事象を数値化してランキングするのは新自由主義的な行為であり、繊細なニュアンスや感覚も数字に置き換えてしまうものと批判することもできるだろう。しかし、思想的な系譜として、啓蒙思想やイギリスの経済学者ベンサムの「最大多数の最大幸福」が言及されていることを含め、今後の進展は興味深くもある。

幸福とウェルビーイングの違い

フィンランドで、ウェルビーイングという言葉が持つ幅広い意味合いについては、前述した通りだが、世界幸福度レポートでは、幸福とウェルビーイングという言葉が同義語のように使われている。また、ウェルビーイングという英語表記にもwell-being と wellbeing という2つがあり、統一されていない。

しかしフィンランドにおいて、幸福とウェルビーイングには関連性があるとしても、同じものではない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません(出典:iStock)

フィンランドには、小学校から高校まで「人生観の知識」という選択科目がある。日本の「道徳」に当たる科目で、幸福とは何か、幸福になるにはどう生きるべきか、良い人生とは何かといった問いは、重要なテーマの1つである。その授業で生徒たちは、幸福とは古代ギリシャのアリストテレスに遡り、哲学や道徳・倫理に関わる問題であること、自分の生き方に責任を持ち、他人の生き方も認めることなどを学ぶ。幸福や良い人生について、より自覚的であることを促す科目と言えるだろう。

一方、ウェルビーイングという概念は、比較的新しい。フィンランドでは、第二次世界大戦後の1940年代後半に妊産婦や住居、教育に関して広がり、公共政策として力を入れるようになるのは1960年代後半である。そうした2つの言葉の違いからすると、今日のフィンランド的感覚では、哲学や道徳・倫理にも関わる「幸福」よりも、社会的、政治的な公共政策と結びついてきた「ウェルビーイング」の方がしっくりするかもしれない。しかしいずれにしても、フィンランドは前述したように「ウェルビーイング社会」「ウェルビーイング国家」を自認してきており、そのウェルビーイングの高さが幸福度にもつながっていることは納得できるのだ。

「経済」に対する考え方の変化

世界幸福度レポートが指摘する最も重要な論点は、各国が幸福ランキングで何位になったかではなく、経済パラダイムの転回である。世界幸福度レポートの前身として、2012年に 国連に「新しい経済パラダイムを定義して―ウェルビーイングと幸福に関するトップレベル会議のレポート」が提出された。これはタイトルの通り、従来のように経済成長ではなく、幸福とウェルビーイングを追求していくことを目指すべきだと主張したものだ。つまり現在、経済の捉え方において大きな転換が起きていることを示すものでもある。

こうした文脈では、前提としてさらなる人権や平等の追求が必要になる。それはジェンダーや障がい、社会的マイノリティであることなどを理由にした差別をなくしていくことでもある。そして、人権や平等が個人、引いては社会全体のウェルビーイングを高める力になるのだ。

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つまり、企業の活動においては働く人の、政治においては市民のウェルビーイングを高めていくことが目指すべき目標になる。さらに、ウェルビーイングを追求するには、持続可能な発展や地球温暖化への配慮も必要になる。地球のウェルビーイングも考えなければならないからだ。

世界幸福度レポートは、「幸福」と銘打ってはいるものの個人の幸福度を最大の関心事としているのではなく、むしろ実際には社会全体でのウェルビーイングを重視する方向への転換を誘うものであるだろう。それは、それぞれの国の社会的、政治的な公共政策に直接関わることである。

こうした潮流の中で、「ウェルビーイング社会」「ウェルビーイング国家」と自称してきたフィンランドは先駆者とも言え、日本も学ぶべき点は多いのではないだろうか。

【参考文献】

Helliwell, John F., Richard Layard, et al. eds. 2020. World Happiness Report 2020. https://worldhappiness.report/ed/2020/

———————————————–.2021. World Happiness Report 2021. https://worldhappiness.report/ed/2021/

———————————————–.2022. World Happiness Report 2022. https://worldhappiness.report/ed/2022/

Hill, Nicholas, Sven Brinkmann, Anders Petersen, eds. 2019. Critical Happiness Studies. Routledge.

岩竹 美加子(いわたけ みかこ)氏

東京生まれフィンランド在住。明治大学文学部卒業後、7年間の会社勤務を経て渡米。ペンシルべニア大学大学院民俗学部博士課程修了(Ph.D.)。早稲田大学客員准教授、ヘルシンキ大学教授等を経て、現在同大学非常勤教授(Dosentti)。著書に『フィンランドはなぜ「世界一幸せな国」になったのか』(幻冬舎新書)、『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』(新潮社)、『PTAという国家装置』(青弓社)、編訳書に『民俗学の政治性』

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