貧困より恐ろしい死に至る病…40代50代のサラリーマンを襲う「絶望死」のハイリスク

40代50代が迷っている。給与アップや出世の望みは絶たれ、「45歳定年制」「役職定年」「年収激減の定年延長」と暗い未来しか描けない。「働かないおじさん」以前に「居場所がない」のだ。約900人のインタビュー調査をした健康社会学者の河合薫さんは「この世代は若い頃の感覚のままの人が多い。すぐに意識変革をしなければ、絶望死の恐れがある」という――。(第1回/全5回)

※本稿は、河合薫『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

報われない時代

今、「私」たちが生きているのは、魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこし、幸せへの道しるべがありそうでない複雑な社会だ。「自分らしく生きる」という美しい言葉が闊歩かっぽするも、何が自分らしさなのかも定かじゃない。

もはや「社会的成功」という言葉が何を意味し、人生に何をもたらしてくれるかさえわからない。単に「個人的資産や収入の多さを意味する言葉ではない」ことはわかる。持てる者が常に豊かというほど簡単じゃないこともわかる。

しかし、ちっとも報われないのだ。普通に、ごくごく普通に「幸せになりたい」と頑張っているのに、ちっともカネは増えず、不安ばかりが膨らんでいく。

削られ続けるサラリーマンの収入

平成元年(1989年)以降、労働者の賃金が減少傾向に転じていることはご承知の通りだ(「平成29年賃金構造基本統計調査」)。OECD(経済協力開発機構)の分析では、1997年を100にした場合、スウェーデンの138.4を筆頭に先進国は軒並み130前後まで上昇しているのに、日本だけが89.7で低賃金先進国を爆走中だ。

赤いネクタイをゴミ箱に投げ込む

写真=iStock.com/komta
※写真はイメージです

退職金も1997年の2871万円をピークに年々下がり続け、2003年には2499万円、13年には1941万円、18年には1788万円まで下がり、20年間でなんと1000万円も減ってしまった(厚生労働省「就労条件総合調査」)。

一方、日本国内の富裕層と超富裕層の割合は、「アベノミクス」が始まったあとの2013年以降、広がり続け、クレディ・スイス「2016年度グローバル・ウェルス・レポート」によれば、日本の超富裕層(純資産5000万米ドル超)は世界最大の伸び率を記録しているという。

 

「悠々自適」は死語

若い頃に夢見た「悠々自適」という言葉は死語と化し、もはや「人生の後半戦はいかにうまく下山するかが大事」との高度成長期を生きた諸先輩方の教訓もまったく役に立たない。

私たち今を生きる世代は、“下山”する余裕すらなく、ひたすら細い綱の上を歩かされている。なんで、この歳にもなって風が吹くだけで大きく揺らぎ、突風ですべてが吹っ飛ぶような綱渡り人生を歩まなきゃいけないのか。

“脳内テレビ”には「老後破産」「下流老人」「介護崩壊」「孤独死」などのテロップが入れ替わり立ち替わり流れ続け、先を考えれば考えるほど気が滅入る。

へたすりゃ、100歳まで生きるかもしれない残りの人生を、どうしたら穏やかに過ごせるのか? どうすれば幸せになれるのか? 必要なものは何か? 先のことなど考えても仕方がないと思いながらも、はたして自分がやっていることは正しいのか? 自分の考え方で大丈夫なのか? と、悩み、苦しみ、迷いが尽きず、なんだかとても「生きづらい」。

人間には「幸せへの力」がある

しかし、健康社会学の研究者の端くれとして意見すれば、どんなに報われない陰鬱な世の中でも、「私」たち人間には、「幸せへの力」がある。どんな時代、どんな環境に生きようとも「幸せ」を作り出し、前を向いて歩いていくことができる。

そして、その不思議なパワーは、後天的に強化され、環境との相互作用で引き出されることが科学的に証明されている。

歴史を振り返ると、人間に内在する不思議なパワーに着目する潮流は、1970年代後半から1980年代にかけてもあった。

当時、世界は、未来学者アルビン・トフラーが定義した「第三の波(The Third Wave)」と呼ばれる新しい生活様式をもたらす時代に直面し、従来の価値観がいたるところで否定され、さりとて明るい未来をも期待できず、混迷の様相を呈していた。

ユダヤ系アメリカ人の健康社会学者アーロン・アントノフスキーは、私が専門とする健康社会学の祖であるが、彼の「健康生成論」とその中核概念である「SOC(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)」が、そうした社会の流れの中で登場した(※) 。

※“Health, stress, and coping” “Unraveling the mystery of health: how people manage stress and stay well” Aaron Antonovsky

ユダヤ系アメリカ人の健康社会学者アーロン・アントノフスキー(Aaron Antonovsky)が提唱した理論。健康生成論では、従来の医学が取ってきた、病気の原因となるもの(=リスクファクター(喫煙、飲酒、肥満など))を解明しそれを取り除くという考え方とは逆に、健康になるための要因(=サリュタリーファクター(適度な運動、良好な人間関係など))を解明し、それを強化するという立場を取る。

 

ナチスの強制収容所を生き抜いてなお「健康」な人々

健康社会学は、人と環境の関わり方に注目し、人の幸福感や生きる力を研究する学問である。心理学が「個人」が強くなれることを前提にしているのに対し、健康社会学は「人は環境で作られ、人は環境を変えることもできる」ことを前提にする。

1960年代、アントノフスキーは、ユダヤ大虐殺の生存者を対象に行った大規模調査で、極限のストレスを経験しながら、心身の健康を守ることができているばかりか、その経験を人間的な成長や発達のかてにしている人々に出会った。

ナチスの強制収容所に収容された人々は、財産を奪われ、家族から引き離されて家畜同様の扱いを受け、満足な食事も与えられず、極寒の中で過酷な肉体労働を強いられた。まさに耐え難い環境であった。調査対象者の多くは、戦争が終わり、収容所から解放されたあとも難民生活を送り、その後、三度にわたる中東戦争まで経験していた。

アントノフスキーは、「こんな経験をした人たちが、正気でいられるわけがない。心に深い傷を負い、社会に適応はできない」という仮説のもと調査を実施した。

有刺鉄線

写真=iStock.com/ChiccoDodiFC

「世界は最終的に微笑んでくれる」という確信

なぜ、元気でいられたのか?

なぜ、過酷な経験を振り返って「意味がある」などと言えたのか?

もしかすると、人間には困難をパワーに変えてしまう力があるのではないか?

ならば、「前向きに生きている人」に共通する特性とはいったい何か?

このような健康の謎に惹きつけられたアントノフスキーは、10年以上の歳月をかけてさらなるインタビュー調査を行った。そうしてたどり着いたものが、前述の「SOC(首尾一貫感覚)」だったのだ。

人間には「自分を取り巻く環境との相互作用」で高められる力があり、それは危機でこそ引き出される不思議な力だとして、「健康と健康破綻はたんは連続体上に存在する」とする新しい考え方「健康生成論」を提唱し、SOCをその中核概念に据えた。

SOCといっても、日本のみなさんにはピンと来ないかもしれない。私の言葉で日本語的にごくわかりやすく表現すれば、「世界は最終的に微笑んでくれるという確信」だと考えている。

「半径3メートル世界」にヒントがある

SOCが高い人は、困難や危機にうまく対処できる。また、そうした環境下でも成長し、精神的にも肉体的にも社会的にも、健康で幸せな人生を送ることができる。

どんなに厳しい環境に置かれても、自分を取り囲む「半径3メートル世界」「私が生きにくいと思わない世の中」を作る、あるいは身を置くことができれば、「私」はしなやかに、たくましく、そして幸せに生きることができる。

半径3メートル世界とは、アントノフスキーがSOCで定義した「生活世界one’s internal and external environments(自分の内外の環境)」という概念を、私なりの言葉にしたものである。

「国家」「社会」「会社」といった大きな環境ではなく、自分という個人を取り囲む「半径3メートルの小さな環境」で共に暮らす人々といい関係が構築できれば、どんなに生きづらい世の中であっても、どんなに険しい壁にぶち当たっても、それを乗り越えられる。そのためのパワーが「私」たちには秘められているのだ。

絶望死の正体

逆に、「私にとって生きにくい世の中だ」と慢性的に感じていると、その状態が人を“死”に向かわせることが最新の研究で確認されている。いわゆる「絶望死」だ。

絶望死は原語では Death of Despair と呼ばれ、2015年に「consumption, poverty, and welfare(消費、貧困、福祉)」の分析でノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートンと夫人のアン・ケースが提唱した現象である。

ディートンとケースは「幸福と自殺」との関係を調べるために、「不幸せな場所」で自殺者が多いかどうかを調べた。ここで「不幸せな場所」の指標に用いたのが、「私の人生はうまくいっていない」と思うかどうかだった。

その結果、中年の白人アメリカ人男性の自殺率と罹患率が増えていることがわかったのである(『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』)。

増加する中年白人の自殺率

医療の発達や生活の改善により、世界中で病気による死亡率が減少して平均寿命が延びているのに対し、先進国のアメリカでは中年の白人の自殺率と、薬物の過剰摂取アルコール性肝疾患を死因とする死亡率が増加していた。そして、そのほとんどが大学の学位を持たない人たちだった。

ディートンらは、それを「社会への絶望による死」として、「絶望死」という衝撃的な言葉で表現したのだ。

たとえば、ケンタッキー州では、1990年以降、大卒白人の死亡率がほとんど変わらないにもかかわらず、非大卒白人のそれは、1995年から2015年の20年間に10万人あたり37人から137人へと約4倍に増加した。

アメリカでは、非大卒の場合、仕事につける割合が低く、運よく仕事につけても低賃金だった。ディートンらは、彼らの人生の軌跡に注目し、暮らしがどのように転落したか、コミュニティや価値観の喪失はあったか、文化の機能不全はあったかといったことについて詳細に調べた。そこでわかったのが、賃金の低さ、すなわち貧困だけが絶望死の原因ではないという事実だった。

学位を持つ人と持たない人の間には、賃金のみならず、仕事、家庭、コミュニティなど「生活世界」を分断する壁がいくつもあった。かつて非大卒の白人たちの生活世界に当たり前にあったものがなくなり、仕事の誇りや人生の意義を失い、生きる光が奪われていた。そんな痛みのある人生から逃れるために、薬物やアルコールにおぼれ、死に急ぐ人が量産されていたのだ。

人は幸せになるために生まれてきた

「絶望死」は資本主義や民主主義が生んだひずみが原因である。日本や日本のサラリーマンにもすぐそこに迫っている。

ガラスのハート

写真=iStock.com/Olga Evtushkova

しかし、格差社会の象徴である収入や学歴、失業者数などの客観的な数字ではなく、人生に対する包括的な自己評価、すなわち「私の人生はうまくいっていない」という「生活世界」に対する意味づけが、自殺や病に影響していると発見した意義はきわめて大きい。

ディートンらが、人を絶望させるのは単に経済的な問題だけでなく、家族やコミュニティという半径3メートル世界の他者との関わりの喪失と関連づけた見解は、健康社会学に通じるものだと私は理解している。

そこで今回、この混迷の時代を「豊かで幸せな人生を手に入れる最高のチャンスにしてほしい」という思いで筆をとり、『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』を著した。肉体的にも、精神的にも、社会的にも、豊かで幸せな人生を手に入れる方法を“あなた”にお伝えするのが本書の目的である。

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50歳は、まだ人生の途上なのだ──。

「45歳定年制なんて聞いてない」
「役職定年こんなはずじゃなかった」
「定年延長やめときゃよかった」

必死に走り続け、気がつけば「働かないおじさん」扱い。
五十にして天命を知るどころか、迷い、戸惑い、恐れている……。
「サラリーマン“無理ゲー”社会」をこれからどう生きる。

気鋭の健康社会学者にして、Web連載コラムがビジネスマンに大人気の著者が、最新研究の知見、直接インタビューをした約900人のビジネスマン、みずからの実体験を通して語る、まったく新しい“幸福を手にする”ための生存戦略。

50歳は、まだ人生の途上なのだ──。
サラリーマンは必ず終わる。肩書は無意味になる。
だからこそ、どう生きるか。
序章 50歳、このまま終わりたくない……
第1章 「働かないおじさん」とパラダイム・シフト
第2章 「ゆるいつながり」のススメ
第3章 幸せへの6つの力
第4章 幸せへの第1の思考:自己受容 self-acceptance
第5章 幸せへの第2の思考:人格的成長 personal growth
第6章 幸せへの第3の思考:自律性 autonomy
第7章 幸せへの第4の思考:人生の目的 purpose in life
第8章 幸せへの第5の思考:環境制御力 environmental mastery
第9章 幸せへの第6の思考:積極的な他者関係 positive relationship with others
第10章 「HOPE」を探せ
終章 私たちの「幸せ」って何?

著者について

健康社会学者(Ph.D.)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。2004年東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、2007年博士課程修了。産業ストレスやキャリア発達、健康生成論の視点から調査・研究を進め、働く人々のインタビューをフィールドワークとし、その数は約900人。
著書には『コロナショックと昭和おじさん社会』『他人の足を引っぱる男たち』『他人をバカにしたがる男たち』(以上、日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)などがある。
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