第8回 記憶のしくみ Ⅰ -記憶と神経的基盤-

知覚・認知心理学(’19)

Psychology of Perception and Cognition (’19)

主任講師名:石口 彰(お茶の水女子大学名誉教授)

【講義概要】
人間は「考える」能力を持っています。考える能力には、大切な事柄を記憶する、問題を解く、どちらが良いか判断する、旅行の計画を立てるなど、意識的に考える能力のほか、見る、聞く、驚くなど、無意識的に考える能力があります。この「考えること」が、広い意味での、認知機能なのです。知覚・認知心理学は、このような、「考えること」の科学です。この講義では、認知の低次過程といえる感覚・知覚等の無意識的な機能から、問題解決や判断・意思決定などのより高次で意識的な認知機能のしくみを解説します。

【授業の目標】
知覚・認知心理学は、実証科学の一員です。実証科学とは、実験を通して得られた事実(エビデンス)に基づいて、仮説やモデルを検証する科学です。この授業では、単に、人間の認知に関する現象や事実を体験し理解するだけでなく、それらの背後に潜む人間の認知のメカニズムを、いかに実証するか、その方法論も併せて理解することが、目標となります。

【履修上の留意点】
履修にあたって、予備知識は特に必要としませんが、高校の生物学の知識があると、理解がより深まると思います。ただし、実証科学の一員として、論理的な思考は、不可欠です。レポートを書くうえでも、論理的なストーリー展開が、求められます。

第8回 記憶のしくみ Ⅰ
-記憶と神経的基盤-

記憶は脳でどのように形成・表現されているのだろうか。前半は、記憶のプロセスや特徴、分類について概観する。後半は、臨床研究を中心に解き明かされてきた脳と記憶の関係について、脳のマクロ(構造)とミクロ(神経)の双方の視点から概説する。

【キーワード】
マルチストアモデル、ワーキングメモリ、宣言的記憶、非宣言的記憶、海馬、前頭前野、認知症、ヘッブの法則、シナプス可塑性、長期増強


記憶の多重貯蔵モデル 感覚記憶、短期記憶、長期記憶という3つの貯蔵庫(登録器)によって構成される記憶のメカニズムのこと。
ワーキングメモリを構成する中央実行系と3つのシステム ワーキングメモリは、1974年にイギリスの心理学者Alan Baddeleyアラン・バドリー氏とGraham Hitchグラハム・ヒッチ

線条体 「被穀・尾状核」 ( 意思決定を司る部位 )

海馬傍回(かいばぼうかい)は、海馬の周囲に存在する灰白質の大脳皮質領域。この領域は記憶の符号化及び検索において重要な役割を担っている。この領域の前部は嗅周皮質 (perirhinal cortex) 及び、嗅内皮質 (entorhinal cortex) を含んでいます。

間脳 ( 自律神経の調節・中継部位 ) 視床、視床上部、視床下部、視床後部、脳下垂体に区別され自律神経の働きを調節、意識・神経活動の中枢をなしています。

シナプスの可塑性と記憶の形成とを結ぶショウジョウバエの摂食行動にかかわるコマンドニューロン

興奮性シナプス  興奮性シナプスとは、シナプス伝達によってシナプス後細胞を脱分極させ、活動電位の発火を促進するシナプス結合のことである。興奮性シナプスを形成するシナプス前細胞は、興奮性ニューロンと呼ばれる。

海馬の断面図  海馬の基礎知識


問題 1 次の①~④のうちから,正しいものを一つ選べ。

側頭葉内側部を切除した患者 HM は,顕在記憶だけでなく潜在記憶も形成することが困難となった。
単語完成課題は,意味記憶を調べるために用いられる。
シナプス可塑性には,伝達効率が低下する長期抑制もある。 正解です。
④ 認知症の行動・心理症状には記憶障害や見当識障害,失語・失認識・失行などがある。

フィードバック正解は③です。

【解説/コメント】

①印刷教材第 8 章第 2 節(1)のなかで,てんかん治療のために「海馬」を含む側頭葉内側部を切除した HM の症例を紹介しました。海馬の損傷では,前向性健忘を呈しますが,その障害は「顕在記憶」(意味記憶,エピソード記憶)の形成に限られます。手続き的記憶などの「潜在記憶」は損なわれません。顕在記憶と潜在記憶にどのような記憶があるか,印刷教材第 8 章第 1 節(4)も確認してください。

②印刷教材第 8 章第 1 節(4)を確認してください。単語完成課題は,潜在記憶の一種「プライミング」の検証に用いられます。プライミングの実験例は放送授業のなかでも紹介しています。

③よく理解しています。印刷教材第 8 章第 3 節(2)および放送授業をご覧ください。学習・記憶には神経細胞間の情報伝達効率が変化する「シナプス可塑性」が関わっています。シナプスの伝達効率が上昇する長期増強は「ヘッブの法則」と呼ばれます(印刷教材:図 8-3)。また,伝達効率が低下する長期抑制もシナプス可塑性の一種になります。

④印刷教材第 8 章第 2 節(5)や放送授業を確認してください。選択肢の説明は,行動・心理症状(BPSD : Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)ではなく,認知症の「中核症状」を示すものです。BPSD には,幻覚・錯覚,暴力・暴言,不安・抑うつなどがあります。BPSD は「周辺症状」とも呼ばれます。

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