第05回 生理心理学

心理学概論

第05回 生理心理学

心理学は、哲学と生理学をつなぐ学問だという見方がある。実際、心の中枢とされる脳神経系への関心は、現代心理学が誕生した当初より非常に高かった。人間の脳の活動を測定することは、ごく最近までは容易ではなかったが、それでもこれまでにさまざまな研究が行われてきた。それらの知見を解説しながら、心と脳との関係を探っていく。

【キーワード】
神経細胞(ニューロン)、脳神経系、側性化(ラテラリティ)、機能局在論、fMRI

森 津太子(放送大学教授)


1.心と脳の関係
2.脳損傷患者の研究
3.近年の生理心理学の研究


1.心と脳の関係
(1)生理心理学とは
アメリカ心理学の父・ジェイムス(William James)『心理学原理』 (第1回)
カナダの脳外科医ペンフィールド (第3回知覚心理学)
動物を用いた脳研究 (第6回)
人間を対象とした脳研究 (3)

(2)脳神経系のしくみ
神経の基本単位は、神経細胞(ニューロン)である。
人の脳全体にある1000億のニューロンのうち、800億は小脳にあり、残りの200億が大脳(皮質・視床系)にあるそうです。
単に細胞の多さが意識を生み出すのであれば、人の意識は小脳にあるはずなのですが、
小脳は逆に意識の及ばない運動などを制御しています。
つまり、意識が大脳(皮質・視床系)に宿るなら、意識に必要な神経細胞(ニューロン)は200億程度で良いのか?
意識が大脳にあるものとして、大脳がどのような状態にあれば意識があるとし、
その状態にないとき意識はないということを証明できるか。

神経細胞間での信号の伝達 へップ「学習」(第4回学習心理学)

2.脳損傷患者の研究
(1)言語中枢の発見
神経心理学
フランスの医師ブローカ
ドイツの医師ウェルニッケ ウェルニッケとは – コトバンク

(2)よく知られる症例
フィネアス・ゲージ ヒトの前頭連合野損傷の症例(フィネアス・ゲージ)
HM (患者) HM (患者) – Wikipedia

(3)脳の側性化
ヒトの運動や感覚は左右の大脳半球が分担し左右等しく機能していますが、高次脳機能は左右どちらかの半球にその主要な機能が限局しており、処理しています。
高次脳機能の中でも言語中枢が側性化の代表例です。
研究では右利き失語症の方の約99%は左半球の損傷であり、また、左利き失語症の方で約60%で左半球の損傷で生じます。
行為障害である失行も多くは左半球の損傷で生じます。
このように割合は違いますが、利き手が違うことで側性化も変化することもありますが、多くは利き手に関係なく、左右半球どちらかに機能局在があることが高次脳機能の特徴です。
これに対し、半側空間無視などの空間に対する注意機能は右半球が役割を担っています。右半球は左右への空間に注意を向けることができますが、左半球は右への空間にしか注意を向けれません。
この側性化により左への空間認識は右半球でしか行えないため右半球損傷で半側空間無視が生じます。
しかし、この空間性注意機能の側性化は個人差が大きく、その障害の程度も軽度な場合から重度の場合と様々なことも特徴です。
連合型視角失認や相貌失認は両側どちらの障害でも生じてしまうのも特徴です。
このように、側性化は高次脳機能一つ一つで限局してる場合も程度に個人差があるため、脳血管疾患を診る場合は側性化の特徴を知っておくと障害された高次脳に対し、麻痺側からか、または非麻痺側からか、両側からのアプローチが良いのか判断できる評価になると思います。

スペリーとガザニガの分割脳実験 自分で自分の行動・判断についてどのくらい正しく知る事ができるか?

3.近年の生理心理学の研究
(1)非侵襲的手法の発展
EEG
MEG
PET
fMRI
ERP
空間分解能がPET 10mm³に対してfMRIは数mm³程度まで抽出可能
空間分解能(脳の異なる部位が同時に2箇所活動した場合に、それぞれを活動部位が異なる独立した脳活動として測定できる最小の距離)
時間分解能もPETがせいぜい分単位なのに対し、fMRIは秒単位であり、より早い血流の変化を測定できる
時間分解能(脳の同一の場所が短期間に2回活動した場合に、それぞれを時間的に独立した脳活動として測定できる最短の時間間隔)

(2)fMRIを使った研究例
社会心理学者 アイゼンバーガー

愛は苦痛を緩和する:研究結果

社会心理学者でもあるアイゼンバーガーらは実験参加者にコンピュータ・ゲームを体験させ、その間の脳の働きをfMRIによって観測した(EisenBerger et al., 2003)

ボール回しで仲間はずれにされる際の参加者の脳の反応を見ると、前部帯状皮質(前帯状皮質,anterior cingulate cortex;ACC)の特に前帯状皮質背側部(dorsal anterior cingulate cortex;dACC)の活性化が大きくなることが明らかになった
これは人間が身体的な痛みを経験しているときに活性化するのと同じ部位
人間は集団生活を営むことで自然からの脅威を回避し、ここまでの繁栄を築くことができたのだと仮定するなら(第6回)、社会的孤立はかつて身体的な損傷に匹敵する危険であり、それゆえに2つの心的機能は同じ脳部位を共有するのに至ったのだと考えられている(Lieberman, 2013)

(3)脳の機能局在論
様々な心の働きがそれぞれ、脳の特定部位に局在化しているという考え
19世紀初頭ドイツ人医師の[ガル](Franz Gall: 1758-1828)は心の働きは大脳の表面の働きによるもので、異なる部位は異なる精神活動を担っていると主張した([Gall, 1835])
人の能力や性格の違いは、脳の大きさや形状として表れ、それは脳の入れ物である頭蓋を測定することでわかるとする骨相学も主張
骨相学は当時は一世を風靡しヨーロッパを中心に多くの骨相学者が骨相を診た
現代では科学根拠に乏しい俗説とされており、特に頭蓋骨の隆起と脳の機能との間には何の関係性もないことが明らかにされている
脳の様々な部位が異なる心的機能に対応しているという考え方自体は今も健在
ある心の働きがある脳部位に完全に対応しているというのは稀
多くの場合、心の働きは単一の仮定ではなく、複数の下位の過程から成り立つもので、それらが同時並行的に、あるいは一連の段階を経て働くことで、複雑な心の働きが実現する
脳機能の局在は固定されたものではなく、変化しうるものだという指摘もある。脳を損傷し、言語や運動機能を失った患者でも、リハビリによってその機能を回復できる場合がある
当初とは別の脳部位が損傷部の機能を肩代わりしていることがある。
さらには経験によって脳の部位の大きさに変化が生じることもある。ロンドンでタクシーの運転免許所得に成功したものは、後部海馬の容積が相対的に増加していたことが報告されている([Woollett & Maguire, 2011])。 最近はこのような脳の可塑性にも関心が集まっている

 


「妻を帽子と間違えた男」
妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ文庫NF)
相貌失認 – Wikipedia


心理学概論
目次
1 心理学とは
2 心理学の研究方法
3 知覚心理学
4 学習心理学
5 生理心理学
6 比較心理学
7 教育心理学
8 発達心理学
9 臨床心理学
10 パーソナリティ心理学
11 社会心理学
12 産業・組織心理学
13 文化心理学
14 心理統計の役割
15 心理学を学ぶということ

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA