リンダ・グラットンの勧める在宅勤務と家庭とのバランスの取り方

リンダ・グラットンの勧める在宅勤務と家庭とのバランスの取り方

パンデミックで世界中の多くの人が家で働くことを強いられ、家庭との両立に悩まされた Photo: La Bicicleta Vermella / Getty Images

パンデミックで世界中の多くの人が家で働くことを強いられ、家庭との両立に悩まされた Photo: La Bicicleta Vermella / Getty Images

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MITスローン・マネジメント・レビュー(米国)

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Text by Lynda Gratton

 

コロナ禍によって世界中で在宅勤務が広がり、家庭とのバランスが取りにくくなった人もいるだろう。『ワーク・シフト』などの著書で有名なロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットンは、仕事と家庭の境界をできるだけ保つことが重要で、経営者は各従業員のニーズを理解し、対応していくべきだと述べる。

現在も多くの人々は在宅勤務をしている。働く親にとって、テレワークには悩みがつきものだ。外出自粛状態が長く続くと、家庭内の混乱はさらに顕著になる。これは子どもにかかわらず、高齢者、障害者など、さまざまな人のケアをする人にも当てはまることである。

在宅勤務によって家庭が混乱し、生産性や創造性が低下しうるというのは、コロナ禍における重要な経営課題の1つであった。リーダーや企業は、社員を支援して仕事を管理できる体制を迅速に整え、長期的な変化に備えて基盤を整える必要がある。

在宅勤務の課題は、仕事と家庭の境界が薄らぐこと

2020年4月、私は仕事と家庭を両立させるための課題と機会に特化したウェビナーを開催し、ヨーロッパ、アメリカ、日本、オーストラリア、ニュージーランドから30社以上の企業の幹部たちの参加を得た。当時彼らの60%以上が家庭での責任を果たしながら在宅勤務をしていたが、その状況をより深く理解するため、その後7日間にわたるハッカソン(自由参加型の意見交換会)を開催した。経営幹部たちは自分たちの経験について語り、解決策について自由にアイデアを出しあった。

『ワーク・シフト』『ライフ・シフト』などの著書が日本でもベストセラーとなったリンダ・グラットン

『ワーク・シフト』『ライフ・シフト』などの著書が日本でもベストセラーとなったリンダ・グラットン Photo:Masataka Namazu / COURRiER Japon

仕事をするには境界が重要だ。心理学者は以前からそう主張していたが、在宅勤務中心の働き方が取られるようになって、それが非常に明確になった。企業幹部たちも日々の仕事と家庭を両立させるため、たとえばバリバリの営業マンと面倒見の良い父親という2つの側面の間に明確な境界を設ける。

その間の移行には、明確な変化や「通過儀礼」を行うなどして、精神的な壁をもうける。たとえばスーツを着る、通勤電車に乗る、会議前にコーヒーを飲む、新聞を読むなどの活動だ。同様に、長年自宅で仕事をしている人も仕事部屋に移動する、仕事と家庭生活のスケジュールを分けるなどの境界を設けている。

こうした変化をつけることで、自分が持つ別の側面を明確に分けて維持することができ、家庭と仕事の間の時間や認知、関係を変えられるのだ。境界を維持できれば、ある役割のオンとオフを明確にし、注意散漫になるのを最小限に抑えて能力を発揮できる。

一方、家族全員が家庭に留められると、働く人は仕事と家庭の境界を保つのが難しくなる。通勤していれば、家庭から職場、職場から家庭の間の2回の移動で済んだが、子供のいる家庭で仕事をするとなると、仕事、子どもの世話、仕事、昼食の準備、仕事、乳児と遊ぶなど、何度も仕事と家庭の間の行き来が求められ、集中力や生産性、創造性も低下する。

在宅勤務を効率的にするために今すぐできる3つのこと

ビジネスリーダーたちは、家で働く従業員が通常通りに境界を保てないことを認識しており、在宅勤務による課題にも高い関心を寄せている。ハッカソンでは、障壁やコストが少なく、すぐに導入できる、優れた3つの改善策が上がった。

1. 従業員一人ひとりの状況を理解し、それにあった対応をする

一部の企業では、在宅勤務者にアンケートを実施し、従業員がどのような状況に置かれているかをより詳細に把握した。そうすることで、従業員の多様な状況やストレスを理解できる。隔離された環境で働く独身者のそれは、幼い子どものいる家族を持つ人のものとはまったく異なる。

たとえば、あるグローバル企業は、社員の60%以上が一人暮らしか親やパートナーと同居する独身者で、孤独を感じていた。そのため、すぐに導入したのは、毎日11時半にオンラインで共通のコーヒーブレイクの時間を設けることだった。別の企業では、60%以上の社員が育児をしており、彼らの問題は疲労と通常勤務時間帯に仕事に集中するのが難しいことだった。その場合、通常とは異なる時間帯に働いてもよいことにすれば、社員のストレスは減るだろう。

2. 一緒に働く時間を作り、スケジュールを共有する

企業によっては、社員と一緒に新しいスケジュールを積極的に作っているところもある。たとえば、あるグローバルなテクノロジー企業の幹部は、社員とともに「オン」の時間帯と「オフ」の時間帯を決めている。そして、このスケジュールをチームメンバーと共有し、いつならタイムリーな対応ができるのかを明示した。

そうして新しい仕事のやり方を提供し、時間割を設置したことで各人の仕事と家庭の切り替え回数が制限された。この2つの効果により、社員の不安が軽減されたと経営陣は語る。

3. 同じような状況にある人々のコミュニティーを作り、助け合えるようにする

家庭生活にはさまざまな形態があり、ニーズや必要なサポートも人によって違う。画一的な対応ではうまくいかない。そのため、同じような状況にある社員同士が出会えるプラットフォームを作る企業もある。そこでは社員が互いに相談に乗ってアドバイスしあい、アイデアやおもしろい試みを共有できる。同様に重要なのは、こういう場があると、コミュニティーの持つ特定のニーズやアイデアを経営陣に伝えやすくなるのだ。その結果、非常にクリエイティブなものが生まれることがある。

たとえば、あるグローバルな保険会社の役員は、幼い子どもを持つ親たちのコミュニティーの発案によって、子供たちの自宅学習をサポートするための教材を、会社のイントラネット上で提供するようになったと語った。

パンデミック後も続く、働き方の4つの変化と求められる対応

ハッカソンでのもう一つの重要な話題は、コロナ禍で変わった働き方が、それ以降どう変化していくかということだった。長く在宅勤務をすることで人々は必然的に新しい習慣を身に着け、さまざまな期待を抱くようになる。パンデミックが収まって人と距離を取る必要がなくなったら、すぐになくなる習慣もあるが、明らかなメリットがあって継続的に仕事に取り入れられていくものもあるだろう。

この機会に、今後も残りそうな習慣を考えてみよう。ここでは、最も続きそうな4つの習慣を紹介する。

1. オンラインの会議は今後も続く

チームメンバーや顧客を世界各地から10人以上集めたようなオンラインの会議が効率的に開催されるようになった。この習慣は今後もなくなることはないだろう。経営幹部は、今後もより多くのテクノロジーを受け入れ、通勤や出張を減らすということを前提にしていかなくてはいけない。

2. 働く時間を柔軟にする

家庭内で複数の境界を管理するのは難しく、ストレスの多いことだ。しかし、時間を区切るなどの短期的な対策によってその負担は軽減され、新しい働き方を生み出すきっかけになっている。そして1日8時間、週5日働くという常識も崩れてきている。

今後また伝統的なモデルに戻るのだろうか? 私はそうは思わない。柔軟に時間を使うやり方を理解し、実践できるように経営幹部は受け入れるべきだ。週4日勤務にしたり、9時から5時以外の時間に働きたいという社員に応えたりすべきだろう。

3. 対面で働く良さを戦略的に考える

在宅勤務をしている人の多くは、明らかに同僚に会えないことを寂しがっている。彼らは、パンデミック後にも家に閉じこもりたいとは思わないだろう。スタンフォード大学の経済学者ニコラス・ブルームは、2010年から2011年の9ヵ月間に自宅で勤務した中国の旅行会社のコールセンター従業員に対して、継続的にその経験を調査した。

実験終了時には、半数の社員が1日に平均通勤時間80分かけてでも、オフィスで働きたいと答えた。社会的な交流を求めていたのだ。顔を合わせて交流することで組織にどんな効果をもたらされるのかを経営者はよく考え、そのメリットを最大限に生かす必要がある。

4. 子育てに励みたい男性が増えることに対応する

共働きの家庭では、子育ての大部分を担うのはいまだ母親だ。多くの調査結果によると、父親の家事・育児負担は増えているにもかかわらず、働く女性の方がより大きな負担を強いられている。

今回のハッカソンでは、いかに親たちがより平等に家事や育児を分担しようとしているか、いかに父親が子どもや家族との時間を大切にしようとしているか、熱い思いが語られた。在宅勤務のなかで彼らが感じていた家族への気持ちを、今後も持ち続けたいだろう。

このことは、父親の育児休暇や柔軟な働き方などの問題にどう取り組むべきか、経営者にはっきりと示している。

パンデミックで家にいることが増えたことで、家庭に対する意識も変わった男性も多い

パンデミックで家にいることが増えたことで、家庭に対する意識も変わった男性も多い Photo: Marko Geber / Getty Images

長時間労働は当たり前というのが過去のことになったパンデミック後の世界では、成果とは何を意味するのか。もしも人々がより柔軟に働くのならば、報酬は労働時間に対してではなく、達成した仕事に対して支払われるべきだろうか。

たとえば、ブルームの中国での調査では、在宅勤務をしていた人の方が生産性が13%高かったとされる。また、親の介護をしたいと考えている優秀な人材が、ペナルティを受けないようにするにはどうしたらいいのだろうか。

PROFILE

リンダ・グラットン
ロンドン・ビジネススクール教授。人材論、組織論の世界的権威。<プロフィール詳細>

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