さんま、鶴瓶も驚いた…タモリが32年も「いいとも」を続けるために絶対にやらなかったこと

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タモリ 本名=森田一義 タレント、司会者(サントリーの缶コーヒー「BOSS(ボス)」の新CM発表会=2014年8月28日、東京都港区) – 写真=時事通信フォト

 

「森田一義アワー 笑っていいとも!」は1982年から2014年までの32年も続いた生放送のバラエティー番組である。司会のタモリ(森田一義)はこの番組を続けるために、絶対にやらなかったことがある。ライターの戸部田誠さんは「笑福亭鶴瓶も明石家さんまも『そんなことができるのはタモリしかいない』と驚きを隠さない」という――。

※本稿は、戸部田誠『タモリ学』(文庫ぎんが堂)の一部を再編集したものです。

■笑福亭鶴瓶が驚いたタモリのある言動

笑福亭鶴瓶は以前、伊豆にあるタモリの別荘に招待されたことがある。そこにはたくさんの木の切り株があり、座るためのものかと鶴瓶が思っていると、タモリは横で「あ、切ったんだ」とつぶやいた。

実はタモリは10本の古い木を気に入って土地を買い、その木を活かした設計で別荘を建てていた。そして鶴瓶を招待するにあたり、枝を手入れしてもらうつもりで「木、切っておいて」と管理人に連絡をしていたのだ。

しかし管理人は勘違いをし、あろうことか10本の木そのものをすべて切り倒してしまった。「切っちゃったもんは、しょうがない」と執着しないタモリに「普通、怒るでしょ」と呆れる鶴瓶[1]。

■さんまが驚愕したタモリの特異性

しかしタモリは「キチンと説明しない自分が悪かった」と逆に鶴瓶をなだめたという[2]。

こうしたタモリの執着のなさには驚嘆させられる。明石家さんまはタモリの特異性として、「われわれのようなお笑い芸人からすると信じられない切り替えの早さ」をあげている。

■「あの人しか『いいとも』はできない」

「タモリさんは演芸場にも出てらっしゃらないし、そういう意味では畑違いのところがありますから。普通、前のコーナーがウケないとわれわれお笑い芸人は引きずるんですよ。次のコーナーに入った時も汗かいて、『あかんかったなー』って取り返そうとするんですけど、タモリさんは取り返そうとしない(笑)。あのドライさは凄い。あの人しか『いいとも』はできないと思います。あの切り替えの早さと引きずらない凄さ」と。

しかしさんまは「でも……俺は引きずりたい」と言い、こう続けた。「僕たちは引きずりたいし、背中にイヤな汗をかきたい。それで『なんとかしよう』と思って挽回したときの嬉しさもあるし」[3]

■反省なんかしたらやっていけませんよ

だがタモリは「ダメ出し、やりませんね。もうダメ出ししたらキリがないですからね。終わったものは仕方がない」と言い[4]、反省をしないことが「いいとも」のような長寿番組を続ける秘訣(ひけつ)だと、事あるごとに語っているのだ。

「反省なんかしません。反省なんかしたら毎日やっていけませんよ。悪いこといっぱいあるんだもの。俺が自分の番組一切見ないのも、悪いことばっか見えちゃうから。自分の番組見てたら自分大嫌いになりますよ。自分のこと大嫌いですから。番組中は自分のこと忘れて結構やってるから、後でああいうことやってる自分を見たらいやだもの」[5]

「僕はあれ毎日こうやって(自分の番組を)見てたら絶対反省して、こんなに長くは続けられないと思ってますよ」[6]「毎日反省してたら生きた心地がしない」[7]

夜の新宿ALTA前

写真=iStock.com/TkKurikawa
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/TkKurikawa

■真面目な人は芸能界に向いていない

タモリは岡村隆史との対談で、「終わったものはしょうがないと思っていても、寝られなかったりする」という岡村に「真面目な人は苦しいと思うよ、この業界は」と語ったうえで、自身の「反省しない」スタンスを実践的に語っている。

「反省と一口に言っても、勝手に自分だけが悪いと思っている場合があるからね。そこでもう一回、その反省をもとにして、同じ状況に立って、こうすれば良かったと思ったことを再びやったときに、それがその場にそぐうかそぐわないかは、また疑問だからね。そんなことのために反省してもしょうがないものね」[8]

そしてタモリは、「俺なんか毎日が上出来だもん。今日も良かったって」と語るのだった。

■「計画」も「目標」もいらない

過去を反省しないタモリは、未来に対する展望も持たない。

「人生成功せにゃいかん、ナンバー1にならなきゃいかん、それには何歳までにこういうことをやっておかないといかん(笑)。ダメだよ、それじゃあ。苦しくなるから」[8]「ご利用は計画的に」と消費者金融のCMで呼びかけているタモリだが、実はそれは自身の考え方とは真逆なのだ。

「計画」を立てないタモリは「目標」も作らない。岡村隆史に「30歳でデビューして、この世界で天下とってやるんだ! という気持ちはなかったんですか」「大きなビジョンとかもなかったんですか。『タモリの~』という冠番組やろうとか」と矢継ぎ早に問われた時も、タモリは「あんまり思ったことはないね」と笑う[8]。

「結構大変だったんだよ。俺、30歳で芸能界に入って『いいとも』が始まったでしょ。だから、毎日その日その日のことをやっていかないといけなくて。将来の夢なんていうのは、ほとんど考えられなかったね」[8]

MANZAIブームの時は「俺なんかまったく顧みられなかった」と述懐する。そうした番組に呼ばれはしても、周囲にはまったく期待されていない。

「そしたら、なんだ? と思わせるような、難しいことをやるしかないんじゃないか」「ちょっとした反骨心もあるからね。何が漫才だ、という気持ちで、ウケないのが気持ちいい。お前らどっちみちわかんないだろうって」と、「誰でもできるチック・コリア(ジャズ・ピアニスト)」などの芸を披露していた[8]。

■ハングリー精神なんて邪魔

やがて37歳で「いいとも」が始まり、約1年で軌道に乗った。しかし自分はすでにその年齢を過ぎてしまった──と嘆く岡村に、タモリは「だから、そういうふうに考えないのよ」と諭す。

「他のことに興味が出てくると、ちょっとは自分を見る見方も変わってきて、それは余裕になると思うよ」と[8]。そしてこの岡村との対談の前年に行われたインタビューでは、もっとはっきりと、このように述べている。

「ハングリー精神なんて邪魔。この世界ハングリー精神じゃダメだと思うんですけどね。笑いなんか人間の精神の余分なところでやってるわけでしょ」[9]

■「目標なんて、もっちゃいけません」

タモリの座右の銘が「適当」であることは有名だ。

他にも「現状維持」「俺は努力ということをしない」などをあげることもある。共通点は「頑張って向上する」ということを拒否した言葉であるということだ。

「向上心なんてなかったですからねぇ。今もないし」とタモリは言う[10]。「なんかいつも、みんな何年後かに私はこうなりたいとかいうでしょ。目標を持って努力して頑張ることが、いいことのようにいうけど、いつも違和感があったんだよね」[5]「目標なんて、もっちゃいけません」とタモリは言う。

その理由はこうだ。「目標をもつと、達成できないとイヤだし、達成するためにやりたいことを我慢するなんてバカみたいでしょう。(略)人間、行き当たりバッタリがいちばんですよ」[11]

■夢なんて無くたって生きていける

タモリが支持されたのは、そういったスタンスが時代のニーズにあったからではないかと自身も分析している。

そしてタモリはまた、「夢」を無条件で賛美する風潮にも異議を唱える。

戸部田誠『タモリ学』(文庫ぎんが堂)

戸部田誠『タモリ学』(文庫ぎんが堂)

「努力すれば夢は叶う」とマスコミは喧伝する。しかし例えば自分は中学の時に短距離の選手になりたかったが、どんなに頑張っても世界記録は出せないだろう、と。「やっぱり、中学の時に勉強できない奴がいっぱいいるんですけれども、勉強できない奴にどんなに勉強さして、尻を叩いても、先生方は『みんな勉強する能力は同じだよ』と。違うんですよ。だから勉強できなくてもいいわけです」[12]

にもかかわらずこのような状況に陥っているのは、「資本主義という全体主義」が元凶であり、しかしそれはもはや行き詰まりを見せているのだとタモリは語る。

タモリの根幹には「なるようにしかならない」という思想があるのだろう。過去の自分にも、未来の夢にも執着しないで、現状を肯定する。大学でトランペットを志したタモリは、先輩の言葉によってその夢が断たれた。

しかしその先輩の勧めで始めた司会業こそが天職だったように、タモリは流れに身を任せて生きてきたのだ。「夢なんて無くたって生きていけるんだよ」[13]

[1]「FNS27時間テレビ」フジテレビ(12・7・22)
[2]「ざっくりハイタッチ」テレビ東京(13・11・9)
[3]『本人』vol.11/太田出版(09)
[4]『対談「笑い」の解体』山藤章二/講談社(87)
[5]「エチカの鏡 ココロにキクTV」フジテレビ(09・2・1)
[6]「徹子の部屋」テレビ朝日(05・12・23)
[7]「笑っていいとも!」フジテレビ(11・12・9)
[8]『パピルス』幻冬舎(08・10)
[9]『STUDIO VOICE』INFASパブリケーションズ(07・3)
[10]「タモリ先生の午後2007。」「ほぼ日刊イトイ新聞」(06~07)
[11]『MINE』講談社(98・8・10)
[12]「はじめての中沢新一」「ほぼ日刊イトイ新聞」(05~06)
[13]「笑っていいとも!」フジテレビ(04・12・20)

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戸部田 誠(とべた・まこと)
ライター
1978年生まれ。ペンネームは「てれびのスキマ」。『週刊文春』「水道橋博士のメルマ旬報」などで連載中。著書に『タモリ学』『コントに捧げた内村光良の怒り』『1989年のテレビっ子』『人生でムダなことばかり、みんなテレビに教わった』『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』など。

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(ライター 戸部田 誠)

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