The SQUARE AND The TOWER ネットワークが作り変えた世界
本書は『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、今、世界で最も優れた知性の一人といわれる歴史学者ニーアル・ファーガソンが、過去500年にわたる世界の歴史を、国家や企業など「垂直に伸びる階層制組織(タワー)」と、革命運動やSNS(交流サイト)など「ヨコに広がる草の根のネットワーク(スクエア)」という斬新な切り口で読み解いた画期的な本である。
ファーガソンは、ニクソン政権とフォード政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャーの伝記を書いているときに、彼はなぜあれほどまでに国際政治の舞台で影響力を持ち続けられたのかという疑問を抱き、本書の構想を思いついたという。
古代から中世まで、人類は階層制社会の中で暮らしてきた。ルネサンスに至ると、世界はネットワークを形成し始め、近代世界はさまざまな社会変革に直面するようになった。そして今、「アラブの春」やトランプ政権の誕生に見られるように、SNSが世界を揺さぶり始めている。
階層制の世界では、人は国家や企業など垂直に序列化された組織の中で占める階級に応じて力の大きさが決まるが、ネットワークの世界では、水平に構成された社会集団に占める位置に応じて力の大きさが決まる。
大企業の内部に、公式の組織図とはまったく違うネットワークが存在するのは、サラリーマン経験者なら誰でも理解できるはずだ。
そして、本書を読めば、企業の組織改革がなぜうまくいかないのか、なぜ年功序列の打破や女性の登用が進まないのかの理由が垣間見えてくる。
ファーガソンは、ネットワークが人間の歴史のほぼすべてにおいて見いだせること、そして、それは一般に理解されているよりもはるかに重要な意味を持っていることを、ルネサンス、印刷技術、宗教改革、産業革命、ロシア革命、フリーメイソン、イルミナティ、メディチ家、ロスチャイルド家、スターリン、ヒトラー、ダボス会議、キッシンジャー、アメリカ同時多発テロ、リーマンショック、フェイスブック、トランプなど、数々の事例を用いて説明している。
ただし、ここで注意が必要なのは、階層制とネットワークは二者択一ではないということである。両者は交わりながら、相互に作用する。
分散化された構造を持つネットワークには、軍隊、官僚制、工場、垂直統合された大企業のような、組織の内部で時間的・空間的な資源の集中が必要になる共通の目的への統合が容易ではないという問題点がある。
SNSのような分散型のネットワークが、これからの世界を大きく変えようとしているのは事実だが、ネットワークは創造的ではあっても戦略的ではない。
したがって、国家に見られるような垂直にそびえ立つ階層制がなければ、ネットワークが内包する脆弱性ゆえに社会は崩壊しかねないとファーガソンはいう。
階層制の秩序と分散型のネットワークとの間の緊張関係は、人類の歴史と同じくらい古い。世界はこれからも、広場(スクエア)と塔(タワー)の2軸が交叉しながら展開していくのである。
※週刊東洋経済 2020年2月15日号
世界を動かすのは、垂直に延びる階層制組織の頂点に立つ権力者か?
あるいは、水平に延びる草の根のネットワークをもつ革命家か?
「人的ネットワーク(スクエア)」と「階層制組織(タワー)」の視点から歴史を捉え直した、比類なき試み。
フリーメイソンからジョージ・ソロス、トランプ大統領まで
「いま最もすぐれた知性」による文明を見る眼
ルネサンス、印刷術、宗教改革、科学革命、産業革命、ロシア革命、ダヴォス会議、アメリカ同時多発テロ、リーマン・ショック、フリーメイソン、イルミナティ、メディチ家、ロスチャイルド家、スターリン、ヒトラー、キッシンジャー、フェイスブック、トランプ……
社会的ネットワークが世界を変えたと言ったならば、一握りの集団が世界を動かしているといった陰謀論を思い浮かべることだろう。
だが、歴史にネットワーク理論をもちこめば、さまざまな人物のつながりが、どのように世界を動かしてきたのかが明らかになる。
人類の歴史におけるさまざまな変化は、階層制の秩序に対する、社会的ネットワークに基づく挑戦とも言える。
イノベーションは異なる組織に属する人々のネットワークから生じ、アイデアはネットワーク内の弱いつながりを通して、水平方向に広がる。近代文明はそのネットワークの力によって、爆発的に発展したのである。
しかし一方で、国家に見られるような垂直にそびえ立つ階層制がなければ、ネットワークが内包する脆弱性ゆえに、社会は崩壊しかねない……
タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、「いまもっとも優れた知性」と目される歴史学者が、ネットワークと階層制というかつてない視点で世界を読み解く!
【推薦の言葉】
「ファーガソンはシリコンヴァレーが必要とする歴史を提示してみせた」――エリック・シュミット(元グーグルCEO)
「歴史の知識を大きな問題へと関連づける」――インディペンデント紙
「魅惑的で人の心をつかんで離さない」ーーニューヨーク・タイムズ紙
「彼が捉えなおした歴史は、今後何年も影響を与え続けることだろう」ーーガーディアン紙
「ニーアル・ファーガソンは再び素晴らしい本を著した」ーーウォールストリート・ジャーナル紙
「スクエア・アンド・タワー」、直訳すると「広場と塔」というのは不思議な書名だが、これはそれぞれネットワーク型と階層型の社会や人間関係全般をさしている。
たとえば、人間の暮らしはこれまで多くの場面において階層型の構造が支配的であった。上に立つ人間が下の人間に情報や命令を伝え、それが下の人間へと広がっていく「塔」の構造。一方近年はネットワーク優位な時代といわれる。単純に階級に応じて力の強さが決まる階層型に対して、水平に広がった集団の中での力関係は、複数の社会集団の中で占める位置に応じて力の強さが決まる。これが本書の言う「広場」だ。
とはいえ、その二つは明確に分かれているものではない。階層型の集団の中にも無論ネットワークはあるし、ネットワーク型の集団の中にも階層構造は存在している。たとえば、ほとんど誰もが一つの国の国民であるし、多くの場合は一つの企業に雇われている(階層構造の中に組み込まれている)。同時に我々はみな何らかの水平なネットワークの中にいる。友人たち、親戚ら、何らかのファンコミュニティなど。
本書は、そのあたりを注意深くおさえながら、階層制とネットワーク制が歴史の中でどう機能してきたのか、どのような力を持ってきたのかを丹念に解き明かしていく。『すでに述べたとおり、従来、歴史家は過去のネットワークを復元するのがあまり得意ではなかった。ネットワークが顧みられなかったのは、1つには伝統的な歴史研究が、原資料として、国家のような階層制の組織が生み出した文書に大きく依存していたからだ。ネットワークも記録を残すが、その記録を見つけるのは容易ではない。』
本書は、そのような手落ちの罪を贖う試みだ。これから、古代以来ごく近年に至る、ネットワークと階層制との相互作用の物語を語る。そして、経済学から社会学まで、神経科学から組織行動学まで、という具合に、じつに多様な分野の理論的見識を1つにまとめ上げる。中心テーマは社会的ネットワークであり、社会的ネットワークはこれまでの歴史でずっと、国家のような階層制の組織に執着してきた大方の歴史家が認めているよりもはるかに重要だったというのが私の見方だ。
著者によれば最初のネットワーク化時代は15世紀の後期、ヨーロッパで印刷機が使われ始めてからのことである。それ以後ずっとネットワーク化の時代だったわけではなく、18世紀の後期から20世紀の半ばまでは全体主義体制と総力戦の時代──階層構造の制度や組織が再び主導権をとり、その後は、著者がいうところでは、”階層構造の制度や組織の危機の原因というよりもむしろ結果として”、ネットワーク化時代がやってきたとする。もちろん、そこにはインターネットが関わってくる。
本書は階層構造が弱く、ネットワークが強い、素晴らしいと単純な主張をする本ではない。いうまでもなく現代はネットワーク社会ではある。通貨が国家の階層的な支配から逃れつつあり(仮想通貨)、グーグルやフェイスブック、ツイッターなどのグローバル企業はネットワークを駆使することで国家を揺るがしつつある。本書は、はたしてそれは世界を良い方向へ向かわせるのか? それとも悪い方向へ? これから先、階層構造の制度や組織が猛威をふるうことはあるのか? と問いながら、広場と塔、それぞれの利益と不利益を挙げながら近年の歴史を語り直す本である。
正直ネットワークと階層は先にも書いたように明確に分かれているものでもないし、良い面も悪い面もあるよね、という話にならざるをえないので、いまいち歯切れが悪いといえば悪い本だ。とはいえ、それは誠実な研究と、歴史の描き方をしている証であるともいえる。たとえば、歴史の主要なポイントをネットワーク分析──雑な印象論ではまったくなく、書簡や情報の交流を地道にあぶりだし、定量化できる形で関係性を描き出している──で捉え直してくれるので、大変に読み応えがある。
アメリカのキッシンジャーがその(最高位というわけではない)地位に対して、なぜあれだけの力を持っていたのか、というのもこのネットワーク分析からある程度客観的に理解できるようになるのもおもしろかった。他にも、病気の感染からイギリスの東インド会社の交易ネットワーク、宗教布教のネットワークがどのように広がっていくのか。ボストンの革命における人間関係のネットワーク、科学の実践が「どこで」行われていたのかという場所のネットワーク、スターリンやヒトラーがどのような人的ネットワークを築いていたのか──と大小様々な分析がなされている。
おわりに
これ一冊でとてもネットワークの観点から歴史を捉え直した決定版といえるほどの密度ではないけれども、示唆にとむ本である。奇しくもというか順当というか同じ訳者によるハラリの『サピエンス全史』以後、新しい観点から人類史を捉え直す! 的な本が増えたような気がする。そして、申し訳ないけど何の面白みもなくただ情報密度の低い人類史になっている本が多いなか、(本書がハラリ以後のラインナップに連なるかどうかはともかくとして)きちんと独自性が出ていて、ちゃんとおもしろい。