FIREを夢見るレバナス民が虫の息。最低限の資産「6250万円」に届かぬ若者たちがレバレッジをかけて人生滑落=鈴木傾城
一刻も早く資金を貯めて、一刻も早くFIREを実現したい……。焦燥感に追われ、夢に追われ、FIREを目指す彼らは今もすがる思いでレバナスを「ガチホ」して、転がり落ちていく相場に向き合っているはずだ。レバナスは彼らの夢を満たしてくれるだろうか。(『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』)
ケチケチ生活で良ければ「6,250万円」でリタイアできる
「とにかく一刻も早く資産を作って一刻も早くリタイアする」というのを格好良く言ったのが「FIRE」である。「Financial Independence, Retire Early」の略で、日本語で言うと「経済的自立と早期リタイア」となる。
若者の間では何年も前からFIREが憧れになっていて、いくら資産を貯めたらFIREできるのか、どうやったら手っ取り早く資産を増やせるのか、がネットで議論されたり、実践されたりしている。
こうしたFIREの方法論を見てみると、「年間支出の25倍の資産を年利4%の運用益で回せばFIREを実現できる」と述べられている。
2020年の日本人の平均年収は約430万円である。これで計算すると、約1億750万円あればFIREで生きていけるということになる。1億750万円を早期に貯めるのはさすがにキツいということであれば、年間支出を下げるしかない。
年間支出350万円なら8,750万円でFIRE。
年間支出300万円なら7,500万円でFIRE。
年間支出250万円なら6,250万円でFIRE。
ということになる。年間支出250万円では東京や名古屋や大阪のような都市圏で暮らすのは無理なので、郊外で暮らす必要がある。あるいは物価が日本よりも安い途上国で暮らすことになる。
そうだとしても、6,250万円でさっさとリタイアできるなら、そうしたいという人は山ほどいて、FIRE人気は上がっていくばかりだ。
届きそうで届かない「6,250万円」
しかし、若者たちはFIREに到達できるのだろうか……。
国税庁のデータによると、20代の平均年収は278万円(女性は248万円)、30代で470万円~528万円(女性は315万円~314万円)である。
毎年100万円の貯金をしたとしても、6,250万円に至るには約62年かかることになる。毎年200万円を貯金したとしても約31年である。
「6,250万円でいいから、さっさとリタイアしたい」と言っても、口で言うほどたやすいことではないのが分かる。
780万円の資金が「FIREの最低限6,250万円」にほぼ到達する計算
とすれば、普通に働いて平均の賃金をもらっている若者たちにとって、6,250万円の資産を貯金で貯めようとするのは、ほとんど不可能に近い状態であるというのが分かってくる。絶対に無理とは言わないが、凄まじいまでの節約と耐久の生活を長く続けなければならない状況になる。
そこで、FIREを目指す人々が目を向けるのが「投資」となる。机上の計算かもしれないが、投資でうまく立ち回ることができたら、資産は一気に2倍だとか3倍になってくれるからだ。
たとえば、である。普通のサラリーマンでも780万円を必死で貯めるのは不可能ではない。「780万円なら何とかなる」と思えるはずだ。
実際、FIREを目指すくらいの人なら780万円の貯金を持っている人はいる。以下の計算を見て欲しい。
780万円が2倍になると、1,560万円になる。
1,560万円が2倍になると、3,120万円になる。
3.120万円が2倍になると、6,240万円になる。
780万円の「2倍3回転」をやると、780万円の資金が「FIREの最低限6,250万円」にほぼ到達してくれるのである。もし、「2倍4回転」になったら、それこそ名実ともに億超えのFIREである。
金融相場の世界では、持ち株が2倍になることなんか奇跡でも何でもない。ごく「普通にあること」だ。さすがにテンバガー(10倍になる銘柄)を見つけて、実際に10倍にするのは難しいかもしれない。しかし、2倍なら何とかできると思う人は大勢いる。
「なるべく早く2倍くらいになってくれる投資対象はないのか……」
そこで、FIREを目指す若者たちが次に考えるのが、「なるべく早く2倍くらいになってくれる投資対象はないのか……」ということだ。
FIREという言葉が広がる前は、単純に「アーリーリタイア」という言葉が流行っていた。このアーリーリタイアを目指す若者たちが飛びついていたのはFX(外国為替証拠金取引)だった。
なぜFXだったのか。日本国内では、FXは最高で25倍ものレバレッジがかけられるからである。
レバレッジをかければ、保証金の何倍もの金額を取引することができる。しかし、当たれば大儲けする反面、外れれば資金を全部失う危険性がある。レバレッジが高ければ高いほどそうだ。
「さっさと資金を作って、この資本主義から悠々とリタイアしたい」
FX(外国為替証拠金取引)はエキサイトな市場だったが、相場を当てるのは非常に難しく、億を稼げる人よりもロスカットされて退場する人間が続出した。
こうしたことから、次第に「これはただのギャンブルではないのか?」と警戒されるようになってアーリーリタイアを目指す若者たちは二の足を踏むようになった。手っ取り早いかもしれないが、資金が吹き飛んだらFIREどころか無一文だ。
次にアーリーリタイアを目指す若者たちが飛びついたのは、ビットコインを始めとした仮想通貨である。仮想通貨は「新しい通貨だ」と喧伝され、新しいものに敏感に反応する若者たちのシンボルと化した。
そして、仮想通貨熱がパンデミックのように広がるにつれてそれぞれの仮想通貨の価格も暴騰するようになり、若者たちが「アーリーリタイアを実現するためのステージ」として仮想通貨に願いを託すようになった。
しかし、2017年12月に仮想通貨バブルは崩壊した。そして、アーリーリタイアを目指していた多くの若者が夢破れて去っていった。
現実は甘くなかったのだ。FX(外国為替証拠金取引)も仮想通貨も手っ取り早くFIREを実現させてくれるどころか、逆にすっからかんにされる世界だったのだ。仮想通貨市場は今も乱高下を繰り返しているのだが、もう2017年頃の熱気はない。
断っておくが、FXで億を作った人もいれば仮想通貨で億を作った人もいる。
だからこそ、「次に続け」と多くの若者たちがなだれ込んだのだ。しかし、投機の世界ではごく一部の勝者が目立っても、その裏には死屍累々の光景が広がっている。
しかし、アーリーリタイアは「FIRE」という言葉に置き換えられて、さらにブームになった。この現象を見ても分かる通り、人々の「さっさと資金を作って、この狂った資本主義から悠々とリタイアしたい」という思いは消えなかったのだ。
むしろ、彼らの渇望になっているようにも見える。
とにかく一刻も早く資産を作って一刻も早くリタイアするという焦り
780万円の「2倍3回転」で「FIREの最低限6,250万円」になると言っても、FXや仮想通貨でそれを実現できた若者は少なかった。
しかし、FIREを目指すのであれば、とにかく投資で一刻も早く増やさなければならない。
そこで、彼らが次に目を付けたのが「レバナス」であった。レバナスとは「レバレッジをかけたNASDAQ市場の指数」であり、【iFreeレバレッジ NASDAQ100】や【楽天レバレッジ NASDAQ-100】などの商品がある。
いずれも「2倍」のレバレッジがかかっている。
そうなのだ。彼らは今度はレバナスで780万円の「2倍3回転」をやってFIREを実現しようと考えたのである。実際、2020年4月からNASDAQ100を指数化したETF【QQQ】は1年で2倍以上も暴騰していた。
そこで、「レバナスをガチホ(ガチでホールド)していればいい!」という人たちが出現し、彼らが「レバナス民」と言われるようになった。「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)はすごい。だからレバナスをガチホしていたらFIREを実現できる」というわけである。FIREを夢見たレバナス民が2021年に大量に出現した。
2020年ではなく2021年にその現象に気づいたとしても、2021年初頭は320ドル台だった【QQQ】は、年末には400ドル台を超えたのだ。率にすると25%の上昇である。レバナスはこれの2倍なので、2021年はレバナスをガチホしていると50%の利益を取れたことになる。
ところが、である。2022年に入って突如として様相がおかしくなった。
2020年のコロナショック時による金融緩和の弊害でインフレが発生し、そこに原油・資源の上昇や、ウクライナを巡るロシアとNATOの対立激化が重なって相場が荒れたのである。さらに、これから利上げも待っている。通常、利上げは株式市場にマイナスである。
そのため、レバナス民が強烈な打撃を受けることになる。
レバレッジは数倍の早さで資産を増やすことができるツールなのだが、逆に言えば数倍の早さで資産が吹き飛ぶリスクを抱える。
FIREを夢見たレバナス民は、「とにかく一刻も早く資産を作って一刻も早くリタイアする」という焦りがあるので、レバレッジの誘惑に勝てない傾向が垣間見える。
FXで資金を吹き飛ばし、仮想通貨で資金を吹き飛ばし、今度はレバナスで資金を吹き飛ばすFIREを夢見る若者たちの姿は無残だが、それでも彼らはすがる思いで、FIREの実現を目指すのだろう。
レバナスを「ガチホ」して転がり落ちていく
780万円が2倍になると、1,560万円になる。1,560万円が2倍になると、3,120万円になる。3,120万円が2倍になると、6,240万円になる……。そうやって計算してみると、とても簡単なことのように見えるが、この「机上の計算」の通りにFIREを実現できる人は果たしてどれだけいるのだろうか。
一刻も早く資金を貯めたい、一刻も早くリタイアしたい、一刻も早く競争社会のラットレースから抜け出したい、一刻も早く楽になりたい、一刻も早く何もしないライフスタイルに移りたい。
一刻も早くFIREを実現したい……。
焦燥感に追われ、夢に追われ、FIREを目指す彼らは今もすがる思いでレバナスをガチホして、転がり落ちていく相場に向き合っているはずだ。レバナスは彼らの夢を満たしてくれるだろうか。
FIREを夢見みているレバナス民よ、健闘を祈る。