「働き方劣化国家」日本が世界に取り残される理由
コロナ禍で必然的になった「ライフシフト人生」
「テクノロジー」と「長寿」の2つのトレンド
まず、私たちの暮らしを形作っていく2つのトレンドについて見ていきましょう。
1つは、テクノロジーが私たちの生活を動かしていくということです。私たちの生き方、働き方、そしておそらく愛し方さえも、です。
LIFE SHIFT2―100年時代の行動戦略
ごく近い将来には60%の仕事、つまり3つに1つの仕事は自動化されると考えられています。これからロボット開発、AI技術の分野はますます発展していくからです。
とはいえ、不安になる必要はありません。なぜなら、同時に多くの新しい仕事も生み出されていくからです。具体的には、2030年までに世界全体で5000万近くのデジタルな仕事が生み出されると考えられています。
だからこそ、スマートシティは大変重要なのです。そこが、都市を形成して新たな仕事を生み出す者たち、つまり起業家を生み出す場所となるからです。
もう1つのトレンドは、長寿化です。人々が長生きし、子どもが少ない社会は、平均年齢が上がります。高齢化社会になるということです。現在、人口12名につき1名が65歳以上。これが2050年までには、世界の6人に1人が65歳以上になるといわれています。
そうしたなか、世界中が、日本のこれからに注目しています。すべての年代の人々が健康に暮らすにはどうすればいいのか。生涯、健康的に暮らすことをどのように実現するのか。日本は今、世界に先んじてそれを示せる立場にあるのです。
もちろん、私たちの生き方を形作るのは、オートメーションや人口動態だけではありません。家族の形という点もあります。今、この点でも、世界的に変化が起きています。
例えば私の家族もそうでしたが、1950年代には、父は仕事を持ち、母は家族の面倒を見る役割を担っていました(キャリア+ケアラーの組み合わせ)。その後、1970年代には女性も働くようになります(キャリア+ジョブ)。しかし多くの女性は、子どもができると労働市場から去っていました。
現在では、日本でも、多くの家庭で父親も母親も働くようになっています(キャリア+キャリアの組み合わせ)。共働きは、働き方の柔軟性の重要度を高め、コミュニティーの力学を大きく変化させるでしょう。そうした中で、私たちは1人ひとりが「どのように生きたいか」を模索する必要があります。
「どのように生きたいか」とは、どういうことなのでしょうか。私からの提案として、2つのことをお話ししたいと思います。
1つ目は、長生きするということは、「生き方を変えられる可能性が大きい」ということです。私たちは皆、「ありうる自己像」を持っています。スキルやコネクション、友人や価値観など、私たちは自分のそれぞれのライフステージに応じて、自分なりのプラットホームを持ちます。
長く生きるとは、そこから抜け出し、何にでもなることができるということです。
新しい生き方、働き方に踏み出す社会的開拓者は、このように考えます。「人は人生のどのステージにあっても新しい生き方を模索することができる。伝統的な生き方に従う必要はない。さまざまなストーリー、自分の物語の可能性を手にしていいのだ」と。
長く生きるようになると、これまでのような「フルタイムの教育」「フルタイムの仕事」「フルタイムの引退」という直線的な3つのステージを生きることは不可能になる部分もあります。例えば100歳まで生きるとしたら、65歳で引退、ではなく、70~80歳まで働くことになるでしょう。
都市は変化の機会にあふれている
とてもできない、と思うかもしれません。ですが、今の日本で一般的となってきている働き方を見ると、これまでのやり方に変わる新しい働き方、新しい生き方を見つけていく必要があると思います。それにも、都市の役割が大きいと思います。
コミュニティーが持つ重要なパワーについてお話ししましょう。今回スマートシティについて話をさせていただく機会を得て、私はとてもうれしく思いました。今後私たちはコミュニティーやご近所付き合いのある社会に戻っていくと思いますが、そのためには、都市が重要な役割を果たすと考えているからです。
都市はまさに、今の私たちがそうであるように、人々を引き合わせ、知識を探求できる場となります。また、同じ志を持った人々が出会い、ビジネスを始めるための真のクラスターとなります。
さらに、多様な人々の中に飛び込んで自分と違うタイプの人に出会う場になりますし、そこで新しい結びつきも生まれます。つまり働き方や生き方を変えるのに役立つ機会がたくさん転がっているのです。
「どのように生きたいか」に関する私からのもう1つの提案として、「マルチステージの生き方」があります。これは何かというと、たとえば働いている最中に長期間の休みを取って海外に出かけたり、あるいは学び直しをしたりといったことです。
100年もあるのですから、いろいろなことができますよね。もしかすると、歳を重ねてから、起業するタイミングが訪れるかもしれません。実際、世界中で事業に成功しているのは、20代より50代の人のほうが多いのです。そこで、人生のポートフォリオを考えてみてはいかがでしょうか。
世界中の人々が新しい生き方を探し始めた
コロナ禍の前までは、私は「マルチステージの生き方」という人生がここまで人々に影響力を持つとは思っていませんでした。ですが、ポスト・コロナの時代に、世界中の人々が新しい機会を求めています。
実際イギリスでは、現在、約半数の人が新しい仕事を探しています。現在は比較的「普通の」生活に戻りつつありますが、同時に人々は「自分はどうしてこんなふうに暮らしているんだろう」「もっと違う生き方ができるのではないか」と自問し始めているのです。
つまり、コロナ禍を通して、私たちはこれまでとは違う生き方があることに気づいた。これは大変重要な学びでしょう。
健康に生きることもその1つです。長く生きるのであれば、多くの人が、できるだけ健康でいたいと願うでしょう。100年生きるのに、60歳で病気になって、その後の40年、病気を抱えて生きたいと思う人はいないはずです。
健康のために何をすればよいかは、皆が知っていることです。
1つ目は運動をすること。2つ目は健康的な食事をすること。3つ目は1日8時間の睡眠をとることです。そしてもし、あなたが健康的かつ幸福に生きたいのならば、4つ目のポイントは「友人、家族、そしてコミュニティーに目を向けること」になります。
多くの人が、「通勤がないことでより健康的に過ごすことができる」ことに気づきました。近所を散歩したり、子どもと過ごす時間を増やしたり、運動したりする時間ができました。私は1日1万歩歩くことに挑戦しましたが、1時間かかります。健康であるためには、時間がかかるのです。
「長く働く」ではなく「賢く働く」
だからこそ私は、コロナ後について、希望を抱いています。なぜならこのパンデミックは、私たち全員に、働き方を考え直す機会を与えてくれたからです。
私は5月に刊行された『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に書いた論文で、富士通の事例を紹介しました。富士通では、コロナ禍によるロックダウンの最初の1週間で、6万人の社員がオフィスから自宅勤務へと移行しました。
先日、担当者に確認したところ、富士通では今、職場を共同生活の場とするよう再設計しているとのことでした。同時に、社員が自宅に近い職場で働けるような機会の提供も行っています。言い換えれば、私たちは今、働き方を再構築する機会を与えられたということです。
これは日本において、非常に重要な事例でしょう。なぜなら、一般的に言って、日本は働く環境の柔軟性という点においては、ほかの先進国に後れを取っているからです。いうまでもなく、これは働く女性、子育て中の女性にとって大きな不利益となっています。
今こそ、「どこで働くのか」を柔軟に選べる生き方を模索するための真の機会と言えるのではないでしょうか。家で働くのか、オフィスで働くのか、そして「いつ働くのか」を選ぶということです。
イギリスでも現在、週の数日をオフィスで、ほかの数日を自宅で過ごすことが「ニューノーマル」だと考えられるようになってきています。すると、ご近所付き合いがとても大事になってきます。
また、労働時間について考える機会にもなりました。「こんなに長時間働く必要があるのか」「もっと生産的な働き方はないのか」といったことです。世界中の多くの企業が「生産性のために長時間労働は必要か」と自問し始めていますが、答えは「ノー」です。
私たちはこれから、「長く働く」のではなく、「賢く働く」のです。
柔軟性を軸にした人材獲得競争が始まった
人々だけでなく、企業の側も、働き方を模索しています。
西洋諸国では、企業同士が競い合って、従業員にとって最善な、クリエーティブな働き方の実現を目指しています。先ほどお話ししたように、欧州では多くの人が新しい働き方を模索しており、自分のニーズに対応してくれる柔軟性のある会社を求めています。
これからは、給与などの条件面だけでなく、柔軟性という基準で、有能な人材を獲得するための競争が起きるのではないかと考えています。
人と組織のつながりという点では、自分は会社とつながっていると感じるとき、会社の目的、つまりその製品やサービスが自分の価値観と一致しているということがあります。また、同僚たちのことが好きで、ここの一員でありたいと思えるコミュニティーであるということもあるでしょう。さらに、人は、相手が自分の成長をサポートしてくれていると感じるからこそ、その対象とつながっていたいと考えます。
テクノロジーが進化する時代、長寿の時代には、人は生涯、学び続ける必要があります。大学の卒業をもって学びを終えるのではなく、人生の最後まで学び続ける必要があるとき、私たちはそれを手助けしてくれる会社を求めます。
正しい目的を持ち、所属したいと思えるようなコミュニティーがあり、さらに従業員の人生をサポートできるような要素が、会社と個人を融合するための核心と言えるでしょう。
ひとりの「大人」として進むべき道を選択しよう
私はアンドリュー・スコットとの共著で『ライフ・シフト2』という本を出版しました。本書では、人々が新しい生き方・働き方に踏み出すために、政府や企業がどのような支援をしていく必要があるのかを取り上げています。
前作の『ライフ・シフト』を読んだ日本の読者から、「それはつまりどうすればよいのか」という声が聞かれました。『ライフ・シフト2』はそれについて答えるものです。政府や企業がどのように人々をサポートすべきかに加え、本書で私たちが最も伝えたいメッセージは、「自分自身の選択を始めよう」ということです。
私たちは、「会社は親で、私たちは子ども」という考え方から、「どちらも大人」という考え方に変わらなければいけません。従業員も大人で、会社も大人。私たちはもっと自分たちで進むべき道を選択するべきであり、また自分の人生について責任を持つ必要があるということです。
これまでお話ししたとおり、生き方にはたくさん選択肢があります。私たちはこれらの選択肢を自分自身で探索しなければならないのです。
(構成:笹幸恵)