脳は世界をどう見ているのか ジェフ・ホーキンス著
脳は世界をどう見ているのか ジェフ・ホーキンス著
あとで、読むために備忘録として保存しておく。
型破りな脳科学者の挑戦状 [有料会員限定]
何を隠そう、読み始め当初は難儀した。本書が、脳科学者一般への挑戦状とも言うべき衝撃作だからだ。利己的遺伝子のドーキンス博士も冒頭に寄せた解説のなかで著している。ぜひとも本業の研究者に読ませたいと。
著者のホーキンス氏は型破りな脳科学者だ。大学院進学を断念し、画期的な情報端末を携えてパーム社を興した後、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て50歳手前で自身の脳科学研究所を開設した。脳への思いは学生時代から並々ならぬものがあったが、氏の博士研究案に担当教授が尻込みした末の廻(まわ)り道だったらしい。
氏のセンセーショナルな提案は、大脳新皮質にまつわるものだ。脳を餃子(ぎょうざ)に喩(たと)えるなら、新皮質はまさに皮の部分に相当する。その構造は見事に一様で、進化の過程でコピペされるかの如(ごと)く肥大し、頭蓋の中に折り畳まれてきた。
氏はこのことに着目し、感覚運動処理や意思決定など多くの機能を司(つかさど)る新皮質が、唯(ただ)一つの計算原理に基づくと考えた。その原理とは、新皮質の厚さ方向に沿って柱状に立ち並ぶ「コラム」の一つ一つが知覚や認知の対象をまるごとモデル化し、さらに座標系を共有するというものだ。地図に喩えるなら、一つのコラムは一つの区画に相当し、それぞれにランドマークと他区画への道標をもつ。
最初、私のなかに職業病的に刷り込まれた定説が邪魔をして、素直に受け入れることができなかった。やがて、はっとする記述に出くわした。人間を人間たらしめる高度な思索が、新皮質に広がる地図上の散策によって実現されるというのだ。その刹那、抵抗していた私の脳は屈服し、氏の主張を海綿のごとく吸収し始めた。気がつくと、真の汎用人工知能に向けて、氏の座標系こそがブレイクスルーをもたらすに違いないと夢見がちに呟(つぶや)いていた。
ただ、私の本業にも関連するところで、如何(いか)なる方式の「意識のアップロード」も当人の死を避けられないとの主張には反対だ。遡ること2013年、氏の主催するUCバークレー校の研究会にて発表し、議論する機会があったのだが、ぜひ再戦をお願いしたい。
本書を手にとり、スイカにまぶす塩よろしく、より一般的な脳読本も横に携え、革命前夜の興奮を味わってほしい。
《評》東京大学准教授 渡辺 正峰
原題=A THOUSAND BRAINS(大田直子訳、早川書房・2860円)
▼著者は57年生まれ。「PDA(携帯型情報端末)の生みの親」といわれる。