第9回 意識の生物学的基礎
神経・生理心理学(’22)
Neuro- and Physiological Psychology (’22)
主任講師名:髙瀬 堅吉(中央大学教授)
【講義概要】
神経・生理心理学では、心の生物学的基礎についての学びを主題とします。講義では、知覚、記憶、学習、感情、意識などの心の働きを担う脳の機能を中心に学びます。また、睡眠、生体リズム、遺伝子と行動、心の発達、心の病気についても、その生物学的基礎を紹介します。これらの知見に加えて、心の生物学的基礎を明らかにするための研究手法についても触れ、神経・生理心理学の総合的理解を目指します。講義内容は、公認心理師試験出題基準(ブループリント)の項目を網羅し、臨床の現場に関連する話題も扱います。
【授業の目標】
神経・生理心理学の基礎的知見、考え方を身につけることを目標とします。具体的には、1)心の諸機能の生物学的基盤、特に神経系、内分泌系のつくりと働きを理解し、2)知覚、記憶、学習、感情、意識などの心の働きが、神経系や内分泌系の働きによってどのように営まれているかを学びます。そして、1、2の知見を明らかにするための研究手法も学び、神経・生理心理学の総合的理解を目指します。
【履修上の留意点】
心理学の概論的講義を履修済みであることが望ましいです。また、数学、物理学、化学、生物学の知識が受講者に備わっていると、講義の理解は容易になります。しかし、これらの予備知識については、放送授業や印刷教材で、そのつど説明します。
第9回 意識の生物学的基礎
意識と呼ばれる主観的現象を科学的に明らかにする試みは、近年、目覚ましい発展を遂げています。
意識研究の歴史から、近年の前頭葉機能を中心とした最新の研究までを紹介します。
【キーワード】
意識の流れ、覚醒水準・意識レベル、クオリア・意識内容、言語野、海馬、視覚野、頭頂葉、前頭葉ロボトミー、実行機能、ブレインマシンインターフェイス、バイオフィードバック
意識、前頭葉、高次脳機能障害、リハビリテーション
意識研究の歴史
心理学の「意識」は、
・静的なもの 要素主義 ヴントと内観によって心を観察し、心の構造を捉えようとした。
・動的なもの ウィリアム・ジェームズ – Wikipedia
「意識の流れ」→意識は絶えず変化していながら同一の人格的意識を形成しており、そのなかでは意識もしくは思惟は連続したものと感取されている。
「変化しつつ連続している状態」→「意識の流れ」と呼んだ
・無いもの 「行動主義」 ジョン・ブローダス・ワトソン
「観察可能な刺激と反応に注目し、ほとんどすべての行動は条件づけと強化の産物である。」
1950年代 認知革命以降の認知心理学
1980年代 脳機能イメージング技術
1990年代 脳科学者の意識研究
association for scientific study of consciousness
journal of consciousness studies
意識の区分
・覚醒水準・意識レベルとしての意識
意識レベルの変化
・「クオリア」や「意識内容」としての「意識」
「意識」の機能を持った汎用AIの実現(4):クオリアのメタ表現理論
※意識的・主観的に感じたり経験したりする質感
錯視とクオリア 第3回 心の生物学的基礎(神経系②・内分泌系)
意識の座
分離脳手術(第10回)言語能力は主として左脳が担う
記憶の生物学的基礎(第6回) 意識にのぼる記憶には海馬に、
「外界を知覚する仕組み1」(第4回)、盲視、相貌失認、半側空間無視 →右頭頂葉
意識の最高中枢
前倒連合野
フィネアス・ゲージ フィネアス・ゲージ – 前頭連合野損傷の症例
前頭葉ロボトミー
前倒連合野が連絡をとる領域
「実行機能」
36種の動物を対象とした比較心理学研究から、実行機能は人特有の機能ではなく、チンパンジーやオラウータンなどの人以外の霊長類、鳥類、げっ歯類にも存在することが報告されている。
・関連記事
植物に「意識」はあるのか? – GIGAZINE
近年の前頭葉機能を中心とした最新の研究
ブレインマシンインターフェイス
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BMI技術 | 脳科学研究戦略推進プログラム | SRPBS
ブレインマシンインターフェース (BMI) とは? 注目の技術を解説
人間の意志を直接機械に伝えられたら—ブレインマシン …
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慶應理工の脳科学 | 慶應義塾大学理工学部
広がる軍事利用 「BMI」の行方は… – クローズアップ現代
バイオフィードバック
バイオフィードバック – Wikipedia
バイオフィードバック療法とは | 心理カウンセラーなら通信 …
次の①~④のうちから、意識の座に関わる脳領域として誤っているものを一つ選べ。
① 小脳 正解です。
② 言語野
③ 海馬
④ 前頭連合野
【解説/コメント】
左右の脳半球をつなぐ脳梁を切断する手術(分離脳手術)を受けた患者(分離脳患者)では、言語能力は主として左脳が担うことから、左脳で処理される右視野の入力や右手の感覚や行動計画などだけが、患者から言語によって報告されます。つまり、患者の意識には右視野の入力情報のみが上っているように思えます。しかし、ボタン押しや絵を描くなどの言語以外の手段を用いて報告してもらうと、右脳も左脳と同程度、タスクによってはそれ以上の処理能力を持っており、右脳は、言語を介在しない様式で左脳が担う意識とは異なる意識経験を生み出している可能性があります。いずれにせよ,左脳の言語野は我々が普段経験している意識を生み出す「意識の座」の一つであると考えることができます。
また、事実や出来事に関する情報の記憶である宣言的記憶(declarative memory)は意識にのぼる記憶であり、非宣言的記憶(nondeclarative memory)は意識にのぼらない記憶です。前者は海馬と呼ばれる脳領域に蓄えられることから、海馬もまた意識の座の一つと考えることができます。
前頭連合野は、ここを障害された症例や様々な先行研究から、意識の最高中枢と考えられています。前頭連合野の損傷例としてフィネアス・ゲージ(Phineas Gage)の症例は有名です。元来は理知的で仕事も極めて精力的かつ粘り強くこなす性格だったゲージは、大きな鉄の棒が頭蓋骨を突き破る爆発事故に巻き込まれ、前頭前野を中心とした脳部位に大きな損傷を受けました。事故後、彼の身体的な健康状態は良好でしが、知性と衝動とのバランスが破壊され、彼は無礼で時折ひどくばちあたりな行為に走るようになりました。このことから,前頭前野は理性と衝動のバランスを取ることや、将来の計画に関わることが示されました。