第15回 社会心理学のこれから

第15回 社会心理学のこれから
社会心理学の特徴を改めて振り返るとともに、その将来的展望について、近年、注目される3つの研究アプローチを通じて考える。また、社会心理学がどのような「知」を私たちに提供するのかについても議論する。
【キーワード】
メタ理論、社会的認知アプローチ、進化論的アプローチ、脳神経科学アプローチ、マイクロ-マクロ、実践的な知、人文的な知


1.社会心理学の多様性

社会心理学の定義
ゴードン・オルポートは、「他社が実際に存在したり、想像の中で存在したり、あるいは存在することがほのめかされていることによって、個人の思考、感情、及び行動がどのように影響を受けるかを理解し説明する試み」(Allport,G,W.,1954)

第1回 社会心理学とは何か

実践知(実践的な知)

メタ理論あるいはグランドセオリーをもっていない。

2.社会心理学の研究アプローチ

(1) 社会的認知アプローチ

認知心理学

社会的認知による(社会心理学の)の統治(The Sovereignty of Social Cognition)

アロンソン「ザ・ソーシャル・アニマル」

(2) 進化論的アプローチ

進化論、進化心理学

社会脳仮説  社会脳仮説(マキャベリ的知能仮説)とは,生態学的環境ではなく,集団内における複雑な社会的環境が脳を急速に進化させたという仮説である.ロビン・ダンバー  ダンバー数  人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数の認知的な上限である。ここでいう関係とは、ある個人が、各人のことを知っていて、さらに、各人がお互いにどのような関係にあるのかをも知っている、というものを指す

進化的適応環境(EEA:Environment of Evolutionary Adaptedness)

第4回 感情の機能的側面、第5回 態度、第11回 社会的葛藤での内集団ひいき

(3) 脳神経科学的アプローチ

脳神経科学

脳というハードウェアを通じて、心というソフトウェアの機能を統合する可能性を持っているといえる

(4) 社会心理学の重層性: マイクロ - マクロ

日本社会心理学会 会長挨拶

日本社会心理学会は、1960年に発足し、社会心理学および関連諸領域の研究者や実践家の方々の活動を支える組織として運営されてきました。この間、社会心理学は、ヒトの生理的過程から、個人の認知や感情、対人関係、集団過程、社会、文化に至るまでの、幅広い現象を扱う学問としてその研究領域を広げていくとともに、神経科学、認知科学、哲学、言語学、教育学、法学、経済学、工学、理学などの多様な領域とも交流を深め、学際的な議論の場を生み出すことに中心的な役割を果たしてきました。

「クロスロードの社会心理学」

社会的認知 脳から文化まで  社会的存在である人間はどのようにして自己や他者についての理解を形成し,意味を見出すのか。その解明をめざす領野の欧米での代表的テキスト第3版。個人内の認知過程に重点を置いていた構成から,脳神経科学や文化心理学の最新知見を取り入れ,研究の進展可能性を示唆。認知がいかに社会的なものであるかがわかる良書。ゅ

(5)社会心理学の学際性

3. 社会心理学がもたらすもの

(1) 実践的な知

(2)人文的な知

社会心理学と人間観(メタファ) (Fiske & Taylar 2016)

年代        メタファ       代表的な理論・モデル

1950年代〜60年代 一貫性を求める人間 認知的不協和理論(態度)  第5回

1970年代     素朴な科学者    共変モデル(帰属)  第3回 原因帰属

1980年代     認知的倹約家    ヒューリスティック(意思決定) 第3回 社会的推論

1990年代     動機を持つ戦術家  二重過程モデル(特にステレオタイプ)

2000年代     駆動される行為者  潜在的連合 第5回 潜在連合テスト

社会的認知social cognition

社会的認知とは,社会心理学の分野においては,狭義には,対人認知person perception,対人知覚と同義,広義には,社会的対象の認知あるいは,社会的場面における認知について情報処理的アプローチの立場から行なわれる研究の総称である。現在,その研究の中心は,対人認知,ステレオタイプ,自己,態度,コミュニケーションなど広範囲にわたり,消費者心理学,経済心理学,政治心理学,文化心理学などにも広く影響が見られる。発達心理学の分野においては,道徳性や共感性の発達など社会的・対人的場面における認知を指す用語として用いられ,さらに比較心理学,進化心理学,心の理論においても,他個体視線の認知や共同注意,行動の予測,意図の推測など多岐にわたる研究において用いられている。近年は,心の理論などの研究を媒介として,他者,他個体についてのあらゆる推測や認知を対象としてさまざまな立場から研究を進める領野を指し示すようになってきている。本項では,情報処理的アプローチに基づく社会心理学研究に焦点を当てて説明する。

【歴史】 認知心理学分野での認知革命の影響を受け,1970年代後半から,印象形成,対人認知,自己過程,集団認知などの分野において,情報処理的な観点から研究が開始されるようになった。認知の対象にかかわる情報を刺激情報の入力ととらえ,それを生体が情報処理したり,記憶したりすることによって出力としての記憶想起や印象判断が見られるというようにプロセスを描き,その内容よりも処理の進行プロセスのメカニズムの解明に比重をおいた研究が展開されるようになった。

これらの研究は,認知心理学でも用いられていた概念である精緻化,活性化,意味ネットワークモデルなどを活用し,「初期印象と矛盾する情報はより精緻化されるために,後の記憶が優れる」「印象判断は事前に活性化した特性概念に同化する方向にバイアスがかかる」などの基本知見を産出した。後者は,社会的プライミング現象としてその後大きく発展し,概念が活性化している状態をアクセシビリティ(接近可能性)が高いと表現し,アクセシビリティ効果ともよばれるようになった。この活性化の概念はとりわけ現在,社会心理学の全領域に進出し,現象を説明する一つのキーワードとなっている。さらに,アクセシビリティ効果が閾下のプライミングでも効果のあること,そして効果は行動にまで及ぶことが知られるようになり,そこから自動性研究,非意識過程研究へと1980年代以降発展を遂げてきた。現在では,態度の潜在測定の活発化と相まって,人間の情報処理プロセスにおける非意識過程の探究に力が注がれている。

【研究方法】 社会的認知研究の特徴は,認知心理学の手法の援用により,記憶再生を観察したり,反応時間を測定したりなど厳密な測定を行なう傾向があり,実験パラダイムもプライミング効果や閾下提示,ストループ効果,潜在記憶の測定ツールなど認知心理学の中で発展してきた手法を活用するという特徴が見られる。近年では,認知神経科学の発展の影響を受け,fMRIなど脳画像解析を用いた研究も盛んに行なわれるようになってきた。

初期の印象形成やステレオタイプのモデルでは,しばしば人は簡易的な情報処理を行ない,そのため,バイアスやエラーが多く生じることを示してきた。そこに見られた人間像は,認知的倹約家cognitive miserとして人は認知資源を節約して,あまり消費しないように簡易的な処理を行なうことが描かれ,印象形成の連続体モデル,偏見・ステレオタイプの分離モデル,説得の精緻化見込みモデルのような二過程理論が提示され,1999年にはこれらを集大成したチャイキンChaiken,S.とトロープTrope,Y.による『社会心理学における二過程理論Dual-Process Theories in Social Psychology』が刊行された。これらのモデルは簡易的で自動的な情報処理と,より熟慮的で意識的な情報処理過程を対比させて,人の判断のバイアスなどを説明するモデルになっている一方,認知的倹約家のモデルから一歩進んで,状況や動機づけの違いによって認知的処理が調整されるという動機づけられた戦略家motivated tacticianとしての人間像を提示するに至った。このように近年では,認知過程を認知的に説明するだけでなく,動機づけ,感情要素を加味しながら説明を試みるという方向に移っている。さらに,現在では非意識過程研究の進展により,駆動される行為者activated actorという人間像も影響を与えている。

【研究の現状】 他者の特性の認識については,推論過程であるという立場から,さまざまな思考・判断の特徴を社会的推論として取り扱い,自己中心バイアス,ヒューリスティックス,ポジティブ・イリュージョン,平均以上効果,スポットライト効果,後づけバイアス,確証バイアス,流暢性効果,透明性の錯覚,合意性の過大視,将来の感情推測の過大推測など多くの現象を見いだし,概念化してきた。また,研究の対象は広く社会的対象に適用されるようになった。とくに,ステレオタイプや偏見ともかかわる集団認知研究は大きな発展を遂げ,社会的認知研究の中核をなしており,集団間関係の領野を広げて,密接なつながりを有している。さらに,認知過程のみによって説明する冷たい認知でもなく,強い情動,動機づけを重視する熱い認知でもない「温かい認知」として,認知と感情との相互作用が重視されるようになり,気分が記憶や社会的判断に与える影響,他者の感情の認知,推測,表情認知,自己の感情推測,集団間情動などの研究へとつながっている。

近年では,進化的アプローチの影響も受け,人のもつ生得的な認知・感情傾向の機能的意味への着目や,危険察知のためのネガティビティ・バイアス,嫌悪感情の道徳性判断への影響,怒りの適応的側面への注目,恥・罪悪感などの自己意識感情と修復的行動,報復的行動への影響など研究の射程は隣接分野と乗り入れながら広がりを見せている。とくに非意識的過程への着目では,IAT(潜在連合テスト),逐次プライミング法による態度・評価の測定,AMP(感情誤帰属手続き)などさまざまな潜在的態度の測定方法が盛んに提案されて用いられるようになった。また自動性研究は,自動的なコントロールなど自己制御の分野にも進出し,従来では考えられなかった統制過程における自動性の形成などの現象にも取り組むようになり,目標指向的行動への影響など研究の幅を広げている。また,情報処理スタイルが文化によって異なることや自己観へ影響を及ぼすことなどが提唱され,文化心理学領域にも大きな影響を与えた。そのほか,説得メッセージの処理や広告情報処理,行動経済学,感情やヒューリスティックに基づく消費者行動,政党スキーマやニュースのフレーミング,ポジティブ・イリュージョンや自己制御と健康,裁判・犯罪にかかわる判断,リスク認知など応用領域にも影響を与えており,今や社会心理学的現象を理解するための土台を提供しているものと考えられる。 →社会心理学 →対人認知 →文化心理学
〔北村 英哉〕


ザ・ソーシャル・アニマル―人と世界を読み解く社会心理学への招待 (第11版)


出版社内容情報

1972年の初版刊行から今日まで読み継がれる名著の新訳版.社会心理学のエッセンスを解説する大枠はそのままに,最近の新しい研究知見や近年重要度の増したトピックの解説を盛り込んだ.

内容説明

本書は、1972年の初版刊行から今日まで読み継がれる名著の新訳版です。この第11版では、社会心理学のエッセンスを解説する大枠はそのままに、最近の新しい研究知見や近年重要度の増したトピックの解説を盛り込み、事例として挙げるものには記憶に新しい事件や社会情勢、科学技術、文化、人物が追加されています。また、巻末に新設された「用語集」では、基本的用語の整理ができるよう配慮されています。社会心理学を学ぶ大学生はもちろん、人間社会に生きているすべての人にとっての必読の一冊です。

目次

第1章 社会心理学とは何か
第2章 同調
第3章 マスコミ、宣伝、説得
第4章 社会的認知
第5章 自己正当化
第6章 人間の攻撃
第7章 偏見
第8章 好意、愛、対人感受性
第9章 科学としての社会心理学

著者等紹介

アロンソン,エリオット[アロンソン,エリオット] [Aronson,Elliot]
1932年生まれ。カリフォルニア大学サンタクルズ校名誉教授。ブランダイス大学で学士号、ウエスレイヤン大学で修士号、スタンフォード大学で博士号を取得。ドナルド・キャンベル賞、ゴードン・オルポート賞受賞

岡隆[オカタカシ]
1983年東京大学文学部卒業。1988年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。現在、日本大学文理学部心理学科教授。博士(社会学)(東京大学)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

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