第14回 心理学研究の倫理1:基礎的研究の実施のために
心理学研究法(’20)
Psychological Research Methods (’20)
主任講師名:三浦 麻子(大阪大学大学院教授)
【講義概要】
心理学の諸領域で用いられている基礎的な研究法について講義する。学習者が自らテーマを設定して研究を計画し、一連の科学的実証手続きを経てそれを遂行できるようになることを目指して、心理学の研究者・実践家としての心構えを含めて、スキルとテクニックを教授する。
【授業の目標】
心理学の諸領域で用いられている基礎的な研究法を学び、それらをふまえて自らテーマを設定して研究を計画し、収集したデータを分析・考察するという一連の科学的実証手続きを遂行するためのスキルとテクニックを習得することを目指す。
第14回 心理学研究の倫理1:基礎的研究の実施のために
心理学研究のプロセスで「なすべきこと」を参加者への配慮を中心に、「やってはいけないこと」をデータ収集や分析段階に犯してしまいがちな行為を中心に、具体的に紹介する。科学としての信頼性を守るための取り組みにも触れる。
【キーワード】
倫理審査、QRPs、再現可能性、オープンデータ
1. 研究における倫理
2. 研究実施に際して「なすべきこと」
個人の尊厳と人権を尊重
研究に関わるコストやリスク
「負のフィードバック」
説明責任
インフォームド・コンセント
デセプション 研究の性格上,十分な事前説明ができない場合もあります.例えば,本来の目的を知ることが結果に
影響を与える可能性がある場合は,事前にはその可能性の少ない虚偽の目的を伝えることがあります.
デブリーフィング 事後に,デセプションが行われたこと,その必要性について丁寧に説明してから,データ使用について同意を得る手続きが必要です.
個人情報やデータの保護
• 研究上知り得た対象者の個人情報について秘密を守る
成文化された「なすべきこと」
「倫理規程」「倫理綱領」「行動規範」といった文書です.日本あるいは世界の主要学会や専門職団体(日本心理学会,アメリカ心理学会など)によって策定・公開されています.
倫理審査
ある研究が,参加者への配慮を中心とした「なすべきこと」を着実に遂行するものであることを公に説明し,それを保証する手続きが倫理審査です.倫理審査を行う委員会のことを英語で Institutional Review Boardということから IRBとも称されます.
3. 研究実施に際して「やってはいけないこと」
次のような研究実践のうち,正しいものを①~④の中から一つ選べ。
① ある調査のデータを分析したところ,興味深い結果を発見し,それをうまく解釈できる理論も見つかった。そこで,その理論にもとづいた仮説を立て,データによってそれが検証できた,という論文を書くことにした。
② 参加者を男女各 40 名と決めて実験を実施し,性差を統計的に検定すると有意確率が有意水準をわずかに上回り,差があるとは言えなかった。男女各 1 名のデータを足して再度検定をしたところ,有意確率が有意水準をわずかに下回ったので,そこで実験を終了した。
③ ある実験のデータを分析したところ,あらかじめ立てていた仮説とは逆の結果が得られた。よく考えてみるとその結果の方が理に適っているように思われたので,仮説を変更して論文を書くことにした。
④ 先行研究にもとづいてデータを取る人数を決めて,1 ヶ月の予定で実験を開始した。思いのほか集まりが悪かったので,実施期間を 1 週間延長して決めた人数までデータをとった。
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正解は④です。
【解説/コメント】
①これは「仮説の後付け(HARKing)」行為にあたります。心理学研究は仮説検証を行うことが多いですが,その前提として仮説探索のための研究も重要です。こうしたケースでは,この調査が探索的なものだという位置づけは変えずに,事後に立てた仮説を検証する研究を改めて実施すべきです。
②これは「p 値ハッキング」と呼ばれる,有意確率を有意水準未満に導くためにデータを取り足していく行為にあたります。有意確率が有意水準を下回るケースがたった 1 回生じただけで,それを安定した結果であると見なすことはできません。
③これは「仮説の後付け(HARKing)」行為にあたります。もちろん「意外な」結果が得られることはありますが,ある仮説検証のために始めた研究をデータ分析後に「ひっくり返す」のは適切ではありません。仮説を変更するならば,それを検証するための研究を改めて実施すべきです。
④先行研究など何らかの基準でデータを取る人数(サンプルサイズ)を事前に決めたら,途中で状況に大きな変化が生じてそれが到底不可能になった場合などを除いて,その人数のデータを取るのが基本です。
オープンデータに関する記述のうち,正しいものを次の①~④の中から一つ選べ。
① 研究の実施手続きは研究者の創意工夫が凝らされたものである。研究は何よりオリジナリティが重要なので,みだりに他の研究者と共有するべきではない。
② 研究に用いたデータの公開は再現可能性の検証のために有用なので,どんな場合でも必ず公開すべきである。
③ データ解析にあたり,既製のソフトウェアで実施可能な枠組みを超えた分析を研究者自身がプログラムを組んで実施する場合もある。こうしたプログラムは必ず公開すべきである。
④ 研究に関する公開情報はすべて論文に含めるべきであり,付録として公開することは推奨されない。
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正解は③です。
【解説/コメント】
①研究結果の再現可能性を検証する主要な手段は,元の研究の手続きを踏襲した追試(直接的追試)を実施することです。そのためには,いかに創意工夫を凝らしたものであったとしても,積極的に公開・共有すべきです。
②データの公開は研究の発展のために大変有用ですが,データ取得対象からあらかじめ公開許可を得ておくべきです。また,公開許可を得たとしても,個人が特定できないよう匿名化処理が必要です。
③読者が分析の内容を知り,理解するために,できる限り詳細な情報を提供することが求められます。既製ソフトウェアを用いたのであれば名称とバージョン等を明記するのが通例でしたが,自らプログラムを組んだ場合は,それを公開する必要があります。
④学術誌に掲載される論文は紙幅の上限が決まっていて,研究に関する情報のすべてを含められない場合が多いです。そんな時は,紙幅の制約で公開情報を取捨選択するのではなく,付録を大いに活用しましょう。