税や保険料の「国民負担率」が過去最大に。懸命に働く人が“報われない”日本は変われるのか
2022年に入ってから原材料などの価格高騰を理由として、マクドナルドやうまい棒といった食料品の値上げが相次いでおり、私たちの生活が圧迫されることは避けられない状況だ。
前々回・前回の記事と値上げの原因について、経済学者であり立命館大学教授の松尾匡氏に話を聞いた。
そこから見えたのは、食料品だけでなく日用品がインフレを起こし、私たちの生活がますます困窮する未来だった。しかし、生活費を圧迫するのはインフレだけではない。財務省は2022年2月18日、国民の所得に占める税金や社会保険料などの負担の割合“国民負担率”が過去最大の48%にのぼると発表。今回は国民負担率が上昇する背景、日本経済の行く末について、引き続き松尾氏に話を聞いた。
待ったなしの国民負担率上昇
松尾氏は、国民負担率が上昇している現状を、次のように分析する。
「2022年には高齢者の医療費の自己負担が2割上がることが決まり、国民健康保険料も引き上げられました。コロナ対策での雇用調整助成金の財源が枯渇した、という理由から雇用保険料も引き上げられます。岸田文雄政権の目玉政策と目されていた介護職の賃上げについても、介護保険料の引き上げで対応するようです。さらには、公的年金の受給額の引き下げも予定されています。
これまでも社会保険料率の引き上げや消費税の増税がなされましたが、この数年は国民負担率も上がり続けており、2021年度の国民負担率は過去最大を記録する見込みです。予定されている保険料引き上げがなされるとさらに高まるでしょう」
北欧諸国のほうが高いけど…
とはいえ、2018年時の日本(44.3%)の国民負担率は、フランス(68.3%)やスウェーデン(58.8%)、ドイツ(54.9%)と比較した場合、かなり低い。松尾氏は「確かに日本の国民負担率は先進国の中では低いです」としつつも、数字の裏に潜むカラクリを展開する。
「この指標は、租税や社会保険料全体を企業所得も含む国民所得全体で割ったものです。雇い主負担の社会保険料や大企業や大金持ちが払った税金も分子に含まれるため、算出された数字を鵜呑みにしてはいけません。
北欧諸国は日本より国民負担率は高いですが、社会保険料の雇い主負担が大きく、所得税の累進性も高いです。一方、日本は所得税・法人税の負担が年々軽減されるなか、逆進性の高い消費税が増加しています。つまりは日本の国民負担率は諸外国と比較した際、見かけほど低くはないのです」
国民負担率を安易に海外と比較するのは、リスクがあることを忘れてはいけない。
今後も国民負担率が上昇する可能性が
続けて、松尾氏は今後も国民負担率が上昇する可能性があると危惧する。
「岸田首相は2月14日、コロナ前に決めていた2025年のプライマリーバランス黒字化目標を維持することを表明しました。プライマリーバランスというのは、消費税や所得税などによって世の中から政府が吸収するお金と、公共投資などによって世の中に政府が出すお金の差を指します。
つまり、プライマリーバランス黒字化を掲げることは、『世の中に出回るお金の減少を目指す』ということです。新型コロナウィルスの影響により、プライマリーバランス黒字化は見直す方向に進んでいたのですが、結局変えないようです」
総需要が圧倒的に不足しているのに…
「それに先立つ2月10日、岸田首相の直轄する『財政健全化推進本部』にて、『次世代のための財政戦略検討小委員会』を立ち上げました。同会に名を連ねた議員は、緊縮財政を信望する方々ばかり。今夏に発表される政府の“骨太の方針”に反映させることを目指して、増税をはじめとした後ろ向きな議論を展開したいのでしょう」
前回の記事で、日本経済には緊縮財政とは真逆の積極財政が必要不可欠であると、松尾氏は主張した。しかし、岸田政権はますます財政出動を渋っているようだ。松尾氏は、国民負担率を今後も上げようとする岸田政権に疑問を呈す。
「日本はそもそも長期間のデフレに苦しんでおり、総需要が圧倒的に不足しています。現在も新型コロナウィルスの影響から脱却できておらず、人々の購買力が復活していません。加えて、燃料や原料が値上がりして利益が圧迫されたり、消費者の節約で売れ行きが落ちたりする業者は少なくないです。
このような状況下で、中小個人事業者のみなさんがコロナ対策で納税猶予されていた税金を払わなければならなくなったり、コロナ対策で緊急貸付した資金を返さなくてはならなくなったりする時期が近づいています」
深刻な格差社会の到来か
「そうなれば、たくさんの倒産やクビ切り、就職難が起きないか心配です。このままでは商店街の個人店舗や町工場など、ほとんどの中小個人事業者が消えてグローバル大企業と全国チェーン店ばかりが生き残ります。その結果、多くの人がそのような企業の下で、非正規労働者として生活せざるを得ない格差社会が訪れるでしょう」
とはいえ、2021年の総裁選や衆議院選挙の時、岸田首相は「新自由主義からの転換」をスローガンにしており、新自由主義を推進するような政策には違和感を覚える。
「岸田首相には確固とした経済政策理論を持っていません。コロナ禍によって政府債務が膨れ上がった現状に動揺して、『このままでは財政破綻する!』『増税はやむなし!』といった危機感を煽る議論に引っ張られているのでしょう」
参議院選挙で注目すべきポイントは
ディストピア化が止まらない日本を変えるには、やはり選挙しかない。2022年夏ごろに参議院選挙が行われるが、松尾氏に参議院選挙に向けての注目ポイントを聞くと「とにかく、すでに(前々回の記事)お話しした“コスト・プッシュ・インフレ”と“ディマンドプルインフレ”の違いを見極めることが重要です」という。
「現在は輸入コスト増によるコスト・プッシュ・インフレ型のインフレが起きているため、『今はインフレだから財政支出なんてしてはいけない』と主張する人が、政策の主導権を握れば日本経済の低迷は不可避。失業・倒産の連鎖の果てにスカスカの格差社会が完成するでしょう。
コスト・プッシュ・インフレに対処するには、同じコスト・プッシュ要因である消費税やガソリン税などの減税が王道です。そのうえで、コロナ対策や少子高齢化対策、防災など、やらなければならないことに財政赤字を恐れずに大胆に政府支出するしかありません。
その結果、国民の経済的な余裕を生み出せば、景気は回復して大幅な賃上げと安定した雇用を生み出せます。そんな政策を掲げる候補者、政党を国会に多数送り出さなければなりません」
懸命に働く人が報われない日本
続けて、インフレの理解度、消費税の扱い方などに注目すべきだと話した。
「輸入コスト増のインフレを解決するためには、国内の供給力の底上げ、自然エネルギー転換の推進などが必要です。これらの課題に対して、どのような取り組みを掲げているかは、投票先を選ぶ際の大きなヒントになります。
このコロナ禍で多くの人は、自分や大切な身近な人が命を落としたり、罹患して苦しんだりしました。医療関係者を筆頭に、介護士や運輸業者、小売業者など、私達の生活を直接支えるために、多くの人がコロナ感染のリスクを抱えながらも、対面の仕事に従事して世のため人のために闘っています。
ところが、これらの人たちは報われるどころか、まるで罰せられるように消費税を負担させられています。さらにはコスト・プッシュ・インフレによって生活費が圧迫され、社会保険料・本人負担の引き上げを強いられているのです」
大きくお金を取るべきなのは…
「そんななか、2020年6月に電通・パソナ・トランスコスモスの3社が設立した『サービスデザイン推進協議会』では、持続化給付金の支給事業を769億円で請け負い、それを中抜きしてこれら3社に外注して分け合っていることが報道されました。
竹中平蔵さんが取締役会長を務めるパソナは、コロナ禍で派遣業の仕事が減ったにもかかわらず、こうしたコロナ対策事業の請け負いにより、20年6月から21年5月の純利益が前年比約11倍の大儲けを記録。同様に電通グループも2021年12月期上期の純利益は同128.6%増となりました。このようなコロナを利用して安全なところで中抜きして大儲けしたところからこそ、大きくお金を取るべきです」
報われるべき人が報われない理不尽過ぎる現状に憤りを見せ、「法人税の増税や累進性の強化、消費税の減税・廃止を掲げている勢力が増えるように投票してほしいです」と最後に松尾氏は訴えた。
「貧困=自己責任」という意識が根強いが、松尾氏の話を聞けば、貧困は政府によってもたらされたものだとわかる。裏を返すと貧困脱却も政府が担うことができる。国に、政府に、行政に甘えられる未来を整備するために、今から参議院選挙を意識して各政治家・政党の動向を追いたい。
<取材・文/望月悠木 編集/ヤナカリュウイチ(@ia_tqw)>