日銀「事実上の利上げ」の先に待つ4つのシナリオ
金利なき世界」から金利のある未来へと転換
日本銀行がついに動いた。
日銀の黒田東彦総裁は12月20日の会見で、長期金利操作の許容変動幅を従来のプラスマイナス0.25%から同0.5%に引き上げると表明した。このサプライズニュースは世界中を駆け巡り、12月20日の為替相場は1ドル=137円台から132円台まで円高が進み、日経平均株価は一時800円超も下げた。
日本は世界でも数少ない、金融緩和を続ける超低金利国だが、今回の政策変更は「金利なき世界」から「金利のある世界」へと、大きく方向転換したかもしれない。
一方、黒田総裁は、記者会見で「長短金利操作の修正であって、金利引き上げではない。金融緩和の出口でもない」と強調した。アベノミクスが始まって10年、ついにその終焉かと思ったものの総裁の口からはそういう言葉はついに出なかった。今回の金融政策の修正の意味とその影響を考える。
日銀ショックとは何だったのか?
日銀ショックといわれた今回の金融政策修正、まずはそのポイントをまとめてみよう。
日本の金融政策は、極めてイレギュラーな政策を続けており、中央銀行が10年物国債の金利をコントロールする「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=以下YCC)」を続けている。そのYCCがコントロールできなくなって、10年物国債利回りの許容変動幅を0.25%から0.5%に拡大した。これが今回の日銀ショックの全貌だ。当然ながら10年物国債の金利は、0.25%から一気に0.5%に上昇することになった。もっとも、日銀が主張するYCCの「歪み」は、修正後も残ったままだ。
一部にはYCCの「フォワードガイダンス(中央銀行が前もって金融政策の方針変更を示唆すること)」は難しい、といった指摘もあったが、黒田総裁や日銀関係者は、一貫して「YCCの上限引き上げは利上げにあたる」と述べてきた。今回の突然の変更は、明らかにマーケットとの対話を軽視していると言っていいだろう。
たとえばアメリカの中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)は金利を引き上げても大きな混乱が起きないように、市場に前もってヒントを与え続けてきた。ECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁も、ことあるごとに3カ月先、半年先の見通しを述べている。黒田総裁にそういった意識がなぜないのか、疑問だ。
2015年にスイス国立銀行が為替政策を突然変更したときに、スイスフランが大きく乱高下し、ヘッジファンドがいくつか閉鎖に追い込まれたことがある。日銀には、日本の銀行を守るという使命がある。今回のサプライズで銀行は保有する債券価格の下落リスクに直面することになった。「バズーカ砲」と呼ばれた異次元の金融緩和導入時も唐突な発表で市場を驚かせた。
市場の圧力に負けた?
昔から金融市場には「中央銀行には逆らうな」という格言があるが、今回はマーケットが日銀に勝ったと言っていいだろう。ここ数カ月、日本の10年物国債の取引は「取引成立せず」が続いていた。10年物国債に限っては、日銀が金利の上限を0.25%と定めていたために、日銀しか国債の買い手がいなくなり、その反動として8年や9年物国債に対して、10年物の金利が低いままとなり、歪んだ形になってしまっていた。
今回の政策修正の背景には、アベノミクスの継続にこだわる勢力と終わらせたい勢力との力関係があったのではないか。安倍元総理なき後のアベノミクスの行方がどうなるのか。もともとは安倍政権と黒田日銀総裁との共同声明からスタートしたアベノミクスだが、今回もまた政治の力が背景に見え隠れする。
アメリカのFRBは、トランプ政権であろうが、バイデン政権であろうが、政権によって金融政策の姿勢を変えることはなかった。中央銀行には常に独立性が求められる――という考え方は国際的には常識だが、日本の中央銀行にはその独立性に疑問が残る。
日銀の金融政策決定会合後の記者会見でも質問が飛んでいたが、「金利引き上げのたびに、市場が次の利上げを催促するのではないか」という疑問がある。黒田総裁は「そのようなことにはならない」と否定したが、その根拠はまるでない。
ウォール・ストリート・ジャーナルが「日銀が市場に屈した日」(12月21日配信)の中で「日銀は、いずれすべての債券を購入するか、白旗を掲げるかの選択を迫られることになりそうだ」と締めくくっている。一度市場に屈服してしまった中央銀行は、次も屈服を余儀なくされる。状況はやや異なるが、イギリスの中央銀行であった「イングランド銀行」とヘッジファンドの著名投資家「ジョージ・ソロス」が戦った1992年のときも、結局は中央銀行が敗北してイギリス・ポンドを引き下げざるを得なくなった。
そもそも日銀のYCCは、かつてアメリカのFRBが実施した1940年代のYCCをモデルにしていると言われているが、「中央銀行が市場をコントロールするには、債券を買い続ける以外に方法がない」ことはすでに歴史が証明している。FRBも最終的には、1951年にYCCの終了に追い込まれている。日本のインフレが続く限り、マーケットは日銀の金利を引き上げようとし、国債を売り続けて金利の上昇にチャレンジしてくるはずだ。
FRBのYCCは、1942年から1951年にかけて第2次世界大戦に必要だった莫大な戦費を調達するものであり、現在日本が行っているような「デフレ脱却」を目的としたものではなかった。その内容も幅広い金利の管理であり、日銀のそれとはやや異なるものの、当時のアメリカのYCCは成功したという見方もある。しかし、FRB側からすると「政府に従属を強いられた苦難の9年間」というとらえ方もある(NRI、コラム「米国の経験に学ぶ日銀イールドカーブ・コントロールの構造的欠点」、2022年7月21日配信)。「中央銀行の独立性を阻害するもの」と考える歴史的評価のほうが多いようだ。
最終的には、当時のトルーマン大統領がマッケイブFRB議長に対して、「国債価格の暴落は、(当時敵対していたソ連の)スターリンが望んでいることに他ならない」という手紙を書いたことで、YCCが終了したと言われている(日本銀行「イールドカーブ・コントロールの歴史と理論」2017年1月11日より)。YCCの継続には、国債の暴落がつきものなのかもしれない。
「財政ファイナンス」のツケをどうするのか?
日銀のYCCは、とりあえず来年3月の黒田総裁の辞任までは継続される、とする見方が一般的だ。周知のように、日銀はYCC継続のために大量の国債を買い続けてきた。中央銀行が政府発行の国債を直接引き受ける「財政ファイナンス」と指摘され続けてきた。財政ファイナンスは、国債の貨幣化であり、法律で禁止されている。
実際に、日本銀行が12月19日に公表した資金循環統計(速報)によると、日銀が保有する国債保有比率は9月末時点で「50.26%」となり、初めて5割を超えている。日本政府が発行している国債の半分を、日本銀行が保有していることを示している。アベノミクスの大きな副作用といっていいだろう。
いずれにしても、「日銀が金利を上げても、すぐにまた金利が高くなるだろう」というイメージが定着してしまう可能性が高い。「金利上昇=債券価格が下がる」とわかっている債券を買う投資家はいない。結局、国債を買うのは日銀だけになってしまい、日銀が財政ファイナンスをやるしか、政府は債券を発行できなくなってしまう。政府が国債を発行できなければ、予算が使えずに、政府機関が閉鎖され、公務員や国会議員にも賃金が支払われなくなる。
黒田総裁は「財政ファイナンスではない」と主張するが、その言葉をそのまま鵜呑みにする市場関係者は少数派になりつつある。FRBが国債価格の暴落を恐れて中止にしたYCCを、日銀は今後も続けていかざるをえない。未来に控えている日本の悲劇ともいえるが、その結果がどうなるのか……。そろそろきちんとしたシミュレーションをしておく必要があるだろう。
日銀なしでは国債が発行できない?
1951年にYCCをやめたときに、FRBは財務省と金融政策について協議し、共同声明を発表している。いわゆる「アコード」と呼ばれるものだが、日銀も最終的には政府との間で共同声明を出してアベノミクスを終了させ、「金融緩和の中止」→「金融引き締めへの転換表明」→「金利引き上げ」、といったプロセスになるはずだ。もともとアベノミクスは、財務省と日銀との間で「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政府・日本銀行の政策提携について」という共同声明を出すところからスタートしている。
はっきりしているのは、今後は日本国民全員がアベノミクスによって膨らんだ国債残高を、何らかの方法で返済もしくは処理しなければならないということだ。「日本政府は日銀なしでは国債の発行ができなくなりつつある」という現実は、極めて重い。
FRBがYCCを廃止したことで学んだことは「金融政策は政府から独立した機関が担うことが適切である」という貴重な教訓だったとされている。「日本銀行は政府の下請け」といった間違った考えを持った日本のトップが、日本政府を機能不全に陥らせる状況を作ってしまった、と言っても過言ではないだろう。
岸田政権は、おそらくこのままアベノミクスを継続せず、金融緩和を中止する総裁を選ぶことになるのではないか、と筆者は見ている。早ければ次の新しい日銀総裁が決まった途端に、アベノミクス終焉となる可能性もあるだろう。場合によっては、新総裁就任と同時にYCCは中止になるかもしれない。
金利のある世界とはどんな世界なのか?
FRBのYCCは、第2次世界大戦という非常時の安定的な資金調達、そして戦後の国債価格管理のための政策だったのに対して、日銀のYCCはあくまでも「デフレ脱却」のためのものだ。日銀のYCCが適切な手法だったのかは、今後検証されることになるはずだ。日銀のYCC終了後、ざっと次のようなシナリオが考えられる。
YCCを廃止して政策金利を引き上げると、金利が大きく上昇することは避けられない。インフレ次第だが、2~3%上昇する可能性もある。その場合、すでに発行されている国債(既発債)の価格は下落することになる。日本銀行も含めて、債券を多く抱える銀行や保険会社、そして年金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人など、さまざまな運用機関や基金は会計上の含み損を出すことになる。実際に、日銀は2022年4~9月期決算で、保有する国債の含み損が8749億円になったと発表している。
日銀や銀行は、途中で国債を売却せずに償還日まで保有し続けるから問題ないという姿勢だが、帳簿上はずっと含み損を抱えるために、決算の悪化は避けられない。企業は株価に影響が出て、日銀はバランスシートが悪化して信頼度が悪化する。日銀が発行する「日本銀行券=円」が慢性的に下落することになる。企業も資金調達が難しくなり、景気後退につながりかねない。
さらに、住宅ローンを返済中の個人、借り入れを抱える企業にも大きな影響が出てくる。変動金利で住宅ローンを抱えている人は金利の上昇でローンの返済金が増える、もしくは返済期間が長くなる可能性が出てきた。そうなれば不動産市場に影響が出る。これまで政府の救済措置などで生き残ってきたゾンビ企業も、一斉に破産するというシナリオが浮上する。
30年ぶりに「1ドル=151円」まで円安が進んだ今年の為替変動も、日銀だけが世界の趨勢に逆らって金融緩和を続けたことが要因と見られている。
短期的には金利の上昇=円高となり、場合によっては円高が進むこともありうる。しかし長い目で見たとき、ヘッジファンドなどが金利や為替の先物などを使って、市場の歪みに懸けてくる。円安を誘導し、国債金利の引き上げを狙うわけだ。日銀のバランスシートは徐々に悪化し、円は売られる展開になる。短期的には超円高、長期的には超円安のシナリオがありうる。
今後は、日本国債の格付けが下落するリスクにもさらされる。国債の格付けが下落すれば日本企業の格付けも下落し、海外で外貨を調達する際に金利が高くなるなどの不利益を受ける。国債の格下げが海外で活動する日本企業の成長を阻害することになる。しかも、現在の日本国債の格付けは「シングルA+(S&P、長期発行体)」。Aランク陥落も視野に入ってきた。
金利が上がれば株価は下落する。リスクのない預金などにマネーが回避するからだ。そこに加えて、日銀はこれまで「ETF(上場投資信託)」を通じて日本の株価を買い支えてきた。アメリカなどの株価は3割程度下落しているが、日本だけは超低金利だったこともあって株価は下落してこなかった。その背後には、日銀がいたわけだ。
しかし、アベノミクスが終了し金融緩和から金融引き締めへとシフトすれば、このETF=株式も売却していくことになる可能性は高い。実際に、最近は株式の「売り越し」が目立ってきた。金利上昇は株価を下落させるが、日銀がその下落をさらに推し進める存在になるかもしれない。
「日本」の信用が生命線
いずれにしても、日本政府が財政規律を守り、財政再建の姿勢を示さなければ、日本は再び円安が進み、悪性のインフレに見舞われることになる。最近も、イギリスが安易に財源なき予算を拡大したことで、イギリス・ポンドが売られて、就任したばかりの首相が交代に追い込まれた。岸田政権にも財政再建の道筋を示す姿勢が求められる。
防衛費の膨張によって来年度の予算案は総額で114兆円となり、史上最大の歳出がまた求められる。その半分以上は国債発行に頼らざるを得ず、財政ファイナンスへの道につながっている。
日銀は、アメリカが戦費調達のために実施した“切り札”ともいえるYCCの手法を、すでにデフレ脱却のために使ってしまった。次の手はあるのか。経済は信用で成り立っている。国家を崩壊させないために、信用を守ることが生命線だ。