仕事は見返りのない苦しみ?「働くのやめた」若者が世界で増加中のわけ
コロナ禍の休業やステイホームを経て、世界中で働き方の見直しが進む。転職や副業の検討を始める人々は多く、FIRE熱も加速。資産がなくても、ストレスから逃れるために働かない生き方を選択する人々が各地に現れている――。
「素人の乱5号店」店主・松本 哉氏(@tsukiji14)、株式会社クリプタクト代表アミン・アズムデ氏(@aminimaz)、社会学者の酒井隆史ら各界の専門家にきいた。
アメリカでは「大退職時代」が到来
昨年マイクロソフト社が世界31か国の3万人超を対象に調査した結果、世界中の労働者の41%がコロナ禍で退職を検討したという。
アメリカでは昨年4月から退職者が急増して「大退職時代」と呼ばれる事態が発生。全労働人口のうち、在職か職探し中の人の割合を示す労働参加率の2021年11月の数値は61.9%。コロナ禍前の2020年2月より1.5ポイントも低い。240万人が働くのをやめた計算だ。
コロナ前から問題視「世界の働かない若者」
働かない、もしくは働けない若者たちの存在は、コロナ禍以前から多くの国で問題視されてきた。若年層は不況の煽りを受けやすく、満足できる環境を求める「自発的失業」も多い。加えて近年では、よほどのエリートでない限り明るい将来像が描けず、働くことを諦める世代も現れている。
【イタリア:バンボッチョーネ】
大きな赤ん坊の意味で両親と同居し援助を受ける成人男性。18~34歳の男女6割以上が親と同居(2017年)
【ギリシャ:700ユーロ世代】
2010年の経済危機で20~30代の若者の半分が失業。職にありついても月給700ユーロの低賃金を余儀なくされた
【日本:パラサイト・シングル/ひきこもり】
学校卒業後も親と同居し、親に依存している未婚者/半年以上家にこもり家族以外と交流がない状態にある人。日本全国で100万人以上いる
【韓国:3放世代/N放世代】
2010年代に恋愛、結婚、出産の三つを諦めた若者。諦めるコトが増えるにつれ7放世代、N放世代へと進化
【フィリピン:タンバイ】
職を得られない若者や失職者が路上で時間をつぶしている状態。「就職するためのスタンバイ状態」を意味する
【シンガポール:BBFA】
BB(Bui Bui)は寝そべっていることで、FAはForever Alone。永遠に孤独に寝そべる低所得な若者を指すスラング
ロックダウンが働き方を改めて考える契機に
それがいまでは、職場への不満や辞める際上司に送ったテキストメッセージのスクリーンショットを添えた辞職報告などの投稿で溢れ、連日活発な議論が行われている。管理者の一人、Botdefense氏が参加者の急増を説明する。
「ロックダウンが働き方を改めて考える契機となり、アンチワークの基盤となっているコミュニズムやアナキズムに着目し始めた人が多い印象です。日々の投稿からは資本主義社会の問題が炙り出されている。特に大企業・有名企業で働く人たちのクレームは、今後のアメリカ社会を変えていくための良いサンプルになるでしょう」
「いまは企業と労働者の根比べの状況」
2010年代、米国で経済的独立を達成し、早期リタイアを目指すFIREムーブメントが起きた。働かない点は同じでも、FIREが「不労所得者」を指すのに対し、アンチワークに関わる者は巨額な資産保有に否定的だ。
では、仕事をしないでどうやって食べていくのか。運動参加者には自営業を勧める人もいる。また、搾取的でない働き方は否定しないという意見もある。各々に合った働かない生き方を模索しているようだ。かつてゴールドマン・サックスでヘッジファンドマネージャーを務めたアミン・アズムデ氏は、働かない人の増加がアメリカ経済に及ぼす影響に懸念を示す。
「株式などリスク資産が増加した影響もあり、アメリカ人の仕事と賃金に対するマインドの革命的な変化が起きた。劣悪な条件では働かない人が増えた結果、30年ぶりの賃金上昇がインフレを招き、不安定要素になっています。米企業は好調だが、労働者の要求を呑みすぎれば生産性は下がる。いまは企業と労働者の根比べの状況です」
企業側が大幅に譲歩すれば、仕事復帰も増える。働かない生き方はどこまで広がりを見せるのか。
仕事は対価のない労苦。逃げ出すのは自然な動き
現代の労働のあり方を鋭く批判した文化人類学者デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』(岩波書店)は、2020年夏に日本でも発売され話題となった。アンチワーク運動でも参照される重要なテキストだ。
同書の翻訳を手がけた大阪府立大学の酒井隆史氏が、寝そべり族やアンチワーク運動に共感を示す人々の増加を読み解く。
「この30年、世界で労働条件がどんどん悪化していき、かつ見返りも期待できなくなった。もはや仕事は対価のない労苦でしかない。そんな実感が強まっていたために、コロナ禍で一度仕事を離れたら、マラソンで一回歩くともう走れないといったような心境に陥ったのではないか」
そんな状況に追い打ちをかけるように、多くの仕事がAIに置き換えられることが予想され、労働者の不安を増大させている。
「AI化によって仕事がなくなることは、本当に困ったことなのか。約90年前、経済学者のケインズは100年後の人類は科学と技術発明によって労働から解放され、初めて自分の人生を生き始めることができると書いた。ところがAIによってそれが実現しそうになったいま、我々は『仕事が無くなる。地獄だぞ』と思わされているわけです」
資本主義自体が末期?
これは資本主義から派生する考え方だが、酒井氏によると、その資本主義自体、末期症状を呈しているという。
「ダボス会議の昨年のテーマは社会・経済システムの抜本的転換を促す『グレート・リセット』とされ、資本家や投資家のなかには『バブルは今回が最後』とも言う人もいる。もしグレート・リセットが実現すれば、FIREを可能にしている金融資本主義も一挙に崩壊するかもしれない。それが、いま世界のトップエリートに共有されている認識。労働からのエクソダスは、沈んでいく船から逃げ出すという自然な動きなのでしょう」
アフターコロナのパラダイムシフトに順応する自信や気力がなければ、FIREなりアンチワークなり、働かない生き方の検討が必要なのかもしれない。
<取材・文/池田 潮 取材・翻訳/ディーン 春菜>
【松本 哉】
古物商、「世界マヌケ革命」を目指す東京・高円寺のリサイクルショップ「素人の乱5号店」店主。海外のオルタナティブスペースとも交流が深い。著書に『世界マヌケ反乱の手引書』(筑摩書房)など
【アミン・アズムデ】
エンジニア。起業家。ゴールドマン・サックス東京支店にMDとして勤務。2017年に退社後、「投資SNS」と「仮想通貨の自動損益計算」サービスを提供する株式会社クリプタクトを起業し代表取締役を務める
【酒井隆史】
社会学者。大阪府立大学教授。専門は社会学、社会思想。著書『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論 』(岩波書店)、訳書『負債論 貨幣と暴力の5000年』 グレーバー(以文社)など