人生100年時代を見据えながら コロナ後の働き方を考える
リンダ・グラットン ロンドン・ビジネススクール 教授
森本 博行 :東京都立大学 名誉教授
本連載では『ハーバード・ビジネス・レビュー』を支える豪華執筆陣の中から、特に注目すべき著者を毎月一人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選します。彼らはいかにして、現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会として、ご活用ください。本稿では、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授についてご紹介します。
働き方の未来を考える
リンダ・グラットン(Lynda Gratton)は1955年、英国リバプールに生まれた。ロンドン・ビジネススクール(LBS)の経営実務教授を務める。専門は組織行動論。LBSのMBAプログラムでは「核となる組織行動」(Core Organisational Behaviour)、および選択科目の「働き方の未来」(Future of Work)を担当している。
グラットンは、リバプール大学で心理学の博士課程を修了後、ブリティッシュ・エアウェイズ(英国航空)に産業心理学者として就職し、チーフサイコロジストも務めた。その後、人事管理のコンサルティング会社であるPAコンサルティング・グループ(PAC)のコンサルタントで働き始めると、史上最年少でディレクターに就任した。その後、1989年にLBSの助教授として採用され、以降はアカデミックの世界を中心に活躍している。
昨今、コロナ禍によるさまざまな変化を通じて、未来社会における働き方の議論が盛んに行われるようになった。グラットンは、企業が働き方と組織のあり方を検討するサポートをするために、最先端の学際的研究を活用するコンサルティング組織HSM(Hot Spots Movement:ホット・スポット・ムーブメント)を創設した。
また、グラットンが中心となり、未来社会をより深く理解するための産学共同研究プロジェクトとして、世界中の多国籍企業とともに「働き方の未来コンソーシアム」をロンドン・ビジネススクール内に立ち上げた。働き方の未来コンソーシアムは、2009年から本格的な調査を開始している。
グラットンは人々の働き方を形づくる要因として、次の5つの要因を挙げる。すなわち、(1)テクノロジーの進化、(2)グローバル化の進展、(3)人口構成の変化と長寿化、(4)社会の変化、(5)エネルギー・環境問題の深刻化である。働き方の未来コンソーシアムは、それぞれに関するデータを参加企業や非営利団体に示し、2025年の労働者の日常がどう変わるかを検討することを目的とした。
2011年には、The Shift, 2011.(邦訳『ワーク・シフト』プレジデント社、2012年)を出版した。同書では、2025年の未来図を描き、働き方の変化が人々に何をもたらすのかを提起している。さらに、The Key, 2014.(邦訳『未来企業』プレジデント社、2014年)では、働き方の変化が企業経営とリーダーシップのあり方をどう変えるかを論じた。
現実的には、コロナ禍の影響が大きく、2025年を待たずにビジネスパーソンの働き方は著しく変化した。グラットンは、LBSのオンライン媒体『think』に寄稿した“The future of work came faster than we thought,” Think, 26 February 2021.の中で、働き方の未来の到来が加速したことに関する自身の考えを述べている。
シグニチャー・エクスペリエンスを提供し
自社で働き続ける人材を採用・育成する
グラットンは、“What It Means to Work Here,” with Tamara J. Ericson, HBR, March 2007.(邦訳「『理想の職場』のつくり方」DHBR2007年9月号)を通じて、組織で末永く働き続けたいという意欲を持つ人材を採用・育成するために、組織は何をすべきかを論じている。
仕事に見合う報酬や福利厚生を与えることは重要だが、人は条件だけで仕事を選ぶわけではない。そこで筆者らは、「シグニチャー・エクスペリエンス」を提供すべきだと主張した。
シグニチャー・エクスペリエンスとは、従業員がその職場だからこそ得られる経験を指し、筆者らの5年間にわたる調査から導き出された概念である。そのような経験は組織のルーチンから生み出されるものであり、ルーチンには組織の伝統と経営陣の理念が反映される。それゆえ、他社が模倣することは難しい。実際、筆者らの調査を通じて、このようなシグニチャー・エクスペリエンスは、従業員のやる気を維持・向上させるうえで欠かせない要素の一つであることが判明した。
シグニチャー・エクスペリエンスを具体化し、それをうまく伝えている企業は、すべての労働者が同じものを望んでいるとは限らないことを理解している。筆者らの調査によると、仕事熱心で生産性の高い人材の育成に成功している企業は、従業員たちに自社ならではのシグニチャー・エクスペリエンスをたえず提供し、それを支援するために以下の6つの原則を遵守しているという。
(1)潜在的な採用候補者にターゲットを絞る。
(2)具体的なビジネス・ニーズに対応する。
(3)自社の歴史を明らかにし、これを尊重する
(4)ストーリーを共有する。
(5)一貫性を追求する。
(6)臆することなく、おのれの信念を貫く。
これらの原則を守り、その組織で働くという経験が従業員の期待を裏切ることなく、その組織と従業員の価値観とタイプが一致すれば、従業員は長期にわたってやる気を損なうことなく、会社に貢献してくれると筆者らは主張する。
異分野間のコラボレーションを
どうすれば成功に導けるか
M&AやITシステムの再構築、新製品開発などのような大規模プロジェクトに取り組む際、企業内外の専門家を結集させることになる。メンバー同士が物理的に離れた場所で働き、オンラインでつながるバーチャルチームになることも珍しくない。
“Eight Ways to Build Collaborative Teams,” with Tamara J. Ericson, HBR, November 2007.(邦訳「協働するチームの秘訣」DHBR2008年3月号)は、多国籍企業15社を対象に、組織におけるコラボレーションの実行性を調査した結果をまとめた。
前述のようなプロジェクトチームには、「大規模チーム」「多様性」「バーチャル・コラボレーション」「教育水準の高さ」という4つの特徴を見出すことができる。ただし、筆者らの調査によると、これらの特徴はチームの任務を成功に導く要因であると同時に、失敗要因にもなるというパラドックスが存在することが判明した。
では、異分野間でコラボレーションできる能力を身につけるには、どうすればよいのか。また、大規模チームの力を最大限発揮させ、同時に悪影響を最小化するために、何をすべきなのか。筆者らの調査を通じて、チームを成功に導く以下の8つの取り組みを突き止めた。それぞれの詳細については、論文を確認いただきたい。
(1)「シグネチャー・プラクティス」に投資する。
(2)コラボレーションの範を垂れる。
(3)「ギフト・カルチャー」を生み出す。
(4)コラボレーション・スキルを習得させる。
(5)連帯感を育む。
(6)仕事も人間関係を大切にするチーム・リーダーを大切にする。
(7)息の長い人間関係を築く。
(8)個人の役割は具体的に、任務の遂行方法についてはあいまいにしておく。
これらを実践したうえで、コラボレーション能力を組織的に高めるには、長期的な視点からは、人間関係を築き、信頼感を醸成して、協力の重要性を示すような企業文化づくりが求められる。また短期的には、各メンバーの役割を定義し、課題や任務を具体的に示し理解させることが必要だと、グラットンらは主張する。
働き方が変わることで
マネジャーの役割も変わる
DHBR編集部によるインタビュー、“The Future of Work,” HBR, Autumn 2010.(邦訳「変わる働き方、変わるマネジメント」DHBR2013年5月号)の中で、未来の働き方が組織と個人に何をもたらすかを語っている。
たとえば、このインタビューが掲載された2013年の段階で、働き方の変化が確実に起きているとグラットンは語っている。その事例として、二酸化炭素排出量を削減する施策の一環として、オフィス通勤ではなく在宅勤務を推進するユニリーバに言及している。
また、企業と従業員の関係が親と子のような従属関係ではなく、大人対大人の対等な関係に変わると説いた。企業が圧倒的な力を持ち、企業が望む仕事を従業員にやらせる形態ではなく、従業員を個人として認識して、彼らがどのようなモチベーションで仕事に取り組んでいるかを、より敏感に察知することになると示唆した。
そして、多様性の大切さを指摘している。同質性は意思決定を容易にするが、新しいアイデアが生まれず、イノベーションが起こらない。多種多様な人材で構成されるチームをつくり、アイデアが生まれやすいようなチームのあり方を模索する必要性を訴えている。
このように働き方が変化し、多様なチームを率いるリーダーに求められるのは、メンバー間の対立をどのように管理していくか、メンバー間の相互理解をどのように助けていくか、チームが果たすべき使命について強い決意や覚悟を表明できるか、これら3つのスキルを発揮できるかが問われると、グラットンは主張した。
なお、 “Column: End of the Middle Manager,” HBR, January–February 2011.(未訳)では、産業革命により職人の仕事が機械化され、人々の働き方を標準化・画一化させた。いまでは技術革命によって生み出されたテクノロジーが、中間管理職の仕事を奪っていると指摘した。
テクノロジーを活用することで、これまでは中間管理職の仕事とされていた部下のパフォーマンス管理やフィードバックを代替できる。かつては自社に長年在籍にすることで培われる社内のネットワークが武器になったが、インターネットや検索エンジンが発達したことで誰もが知識を得られるようになり、マネジャーの競争優位ではなくなった。
中間管理職として活躍するためには、自分自身に2つの点で投資する必要がある。1つ目は、貴重かつ稀少な知識やコンピテンシーを獲得するための投資、すなわち「シグニチャー」の獲得に投資することである。2つ目は、仕事を通じて新たに熟練する分野を開拓したり、隣接する分野に移動したりするための投資である。これら2つ自己投資を実行することで、将来に備えることができるとグラットンは主張する。
知識労働のバーチャル化を
もたらした3つの波
コロナ禍で私たちの働き方は大きく変化したが、アフターコロナでどのような変化が生じるかを考えるうえで、“The Third Wave of Virtual Work,” with Tammy Johns, HBR, January 2013.(邦訳「バーチャル・ワーク 第3の波」DHBR2013年5月号)は参考になる。この論文では、1980年代以降、ナレッジワーク(知識労働)のバーチャル化をもたらした3つの波を振り返り、それぞれの波がどのように生まれ、企業はその波をどう活用すべきかを解説している。
ナレッジワークのバーチャル化をもたらした第1の波は「バーチャル・フリーランサー」である。インターネットが普及し始めた1980年代初頭、eメール・ネットワークを活用してバーチャルで働くバーチャル・フリーランサーが出現した。すると企業は、グラフィックデザイン、報告書作成、テープ起こしのように、共同作業の必要がない業務をバーチャルフリーランサーに委託するようになった。
この変化は、労使双方にメリットをもたらした。それまでのナレッジワーカーは、高いスキルで高収入の仕事を得る代償として日中は会社に拘束されていたが、働く時間や場所に縛られずに収入を得られるようになった。また、企業は過剰人員を抱えて固定費を増大させることなく、雇用を柔軟に調整できるようになり、かつ人件費の安い人材を雇えるようにもなった。
第2の波は「バーチャル社員」である。グローバル化が加速したことで、海外顧客や同僚と仕事をするために、フルタイムの社員に変則的な就業時間での労働を求めるようになった。さらに、9.11同時多発テロやSARS流行の脅威を受けて、オフィスに集まれなくてもオペレーションの継続性を保てるような働き方が求められてもいた。
このような変化を受けて、企業は、好きな時間に好きな場所で働ける自由を社員にも拡張するようになった。当初は従業員のエンゲージメントや生産性が低下することが懸念されたが、実際には高い生産性を実現でき、かつワークライフバランスを重視する従業員の離職率が下がることがわかると世の中に普及した。
第3の波は「バーチャル・コワーカー」である。第2の波が勢いを増すにつれ、企業はバーチャル化のメリットだけでなく、職場が伝統的に享受していたメリットの一部が失われることに目を向け始めた。分業が度を越すと、共同体意識や自然なコラボレーションが毀損される恐れがあると気づいたのだ。バーチャルワークの魅力を活かしながら、このような課題を解決するために、企業はコワーキング・スペースを採用し始めている。
現代の企業には、これら3つの波のすべてを活用することが求められている。筆者らは、働き方の未来コンソーシアムをはじめとする企業の取り組みを通じて、そのための5つの教訓を提示した。各詳細は論文を確認いただきたい。
(1)コラボレーションを重視する。
(2)リアルな作業空間を復活させる。
(3)リモート・ワークを行う人材を活用できるように業務フローを再構築する。
(4)直感的にわかる技術に投資する。
(5)個性を認める。
グラットンらは、3つの波に自社がどのように乗るかを理解すれば、自社の注意や資源を集中すべき課題、そしてチャンスを見極めるうえ役立つと主張する。
ハイブリッド型の働き方に移行する方法
グラットンは、コロナ後の働き方にも具体的に言及している。“How to Do Hybrid Right,” HBR, May–June 2021.(邦訳「ハイブリッドワークで理想の職場を実現する」DHBR2021年8月号)では、日本の富士通などの事例を挙げながら、コロナ禍が働き方にどのような影響をもたらすのかを論じた。
富士通をはじめ、多くの企業がコロナ禍を契機に、目覚ましいスピードでバーチャルワークのためのテクノロジーを導入している。そして、在宅勤務とオフィス勤務をミックスしたハイブリッド型モデルを採用し、働き方をリセットする千載一遇のチャンスだと捉える企業も多い。
ハイブリッド型モデルを構築するためには、場所と時間という2つの要素を考慮して、働き方の柔軟性を高める必要がある。コロナ禍で働く場所の制約は取り払われているが、これからは働く時間の制約(同僚と同じ時間に働く)も取り払い、いつでもどこでも働ける状況をつくることが求められている。
ハイブリッド型の働き方に移行する過程で、従業員の生産性と満足度を大幅に向上させるために、マネジャーは4つの視点で課題に向き合うべきだ。すなわち、(1)職種と業務の性格、(2)社員の個人的希望、(3)プロジェクトとワークフロー、(4)包摂と公平性、である。
たとえば、職種と業務の性格について考える場合、社内に存在する一つひとつの職種と業務において、集中、連携、協力、活力のいずれの要素が生産性向上の主たる原動力になっているかを考えることから始める。戦略プランナーを例に挙げると、彼らの生産性を高める重要な要素は、情報収集や計画立案のために集中することだ。またチームマネジャーにとっては、リアルタイムのフィードバックやコミュニケーションのために時間が重要な要素となる。
このように4つの視点を軸に課題を解決していくことで、いつでもどこでも働けるハイブリッド型への移行を進めることができる。どのような仕組みが最適かは会社によって異なる。そのため安易な結論に飛びついてはいけないと、グラットンは警鐘を鳴らす。
グラットンは、人々の働き方という議論を超えて、これからどのような時代が訪れるのかを示すために、The 100-Year Life, with Andrew Scott, 2016.(邦訳『LIFE SHIFT』東洋経済新報社、2016年)を著した。同書では、長寿化を社会や個人のやっかいな問題とするのではなく、その恩恵を活かすような個人の人生設計のあり方、政府や企業に問われる課題に言及している。
世界の平均寿命が延びるペースを考えると、これから先進国の人口の半数以上が100歳以上まで生きることになる。それゆえに、従来の「教育・仕事・引退」という3つのステージに縛られた人生から解放され、より柔軟に、より自分らしい生き方を選び、生涯を通じてさまざまなキャリアを経験する「マルチステージ」の人生を実践すべきだとグラットンは説いた。
そして、マルチステージ化する長い人生の恩恵を最大化するためには、「柔軟性を持ち、新しい知識を獲得し、新しい思考様式を模索し、新しい視点で世界を見て、力の所在の変化に対応し、ときには古い友人を手放して新しい人的ネットワークを築く必要がある」と語る。
なお、グラットンは、2017年に内閣府に設置された「人生100年時代構想会議」の中で、唯一の外国人メンバーである。また、『LIFE SHIFT』の問題意識をより深く掘り下げた著作として、The New Long Life: A Framework for Flourishing in a Changing World, with Andrew J. Scott, 2020.(邦訳『LIFE SHIFT 2』東洋経済新報社、2021年)を上梓している。