ロシア海軍120年ぶりの旗艦喪失 巡洋艦「モスクワ」沈没はダメダメな“ダメコン”のせい?
ロシア海軍の巡洋艦「モスクワ」が2022年4月中旬に沈没しました。ロシアは失火が原因とし、ウクライナは対艦ミサイルが命中したからだとしています。しかし、いずれにせよダメコンが上手く機能すれば、沈没は免れたかもしれません。
黒海艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「モスクワ」が沈没
2022年4月13日、ウクライナはロシア黒海艦隊の旗艦であるミサイル巡洋艦「モスクワ」に対艦ミサイル「ネプチューン」2発を命中させ、大損害を与えたと発表。翌14日、ロシア国防省は同艦が沈没したことを認めました。
しかし、このときロシア側は「モスクワ」の沈没原因について、火災が搭載弾薬に延焼し、乗組員退艦後の曳航中に天候の悪化で沈んだと発表しており、「敵の攻撃を受けて」搭載弾薬が爆発したとは言っておらず、ウクライナの攻撃によるものとは認めていません。
真相は不明と言わざるを得ませんが、筆者(白石 光:戦史研究家)なりになぜ黒海艦隊の旗艦という中枢的存在の「モスクワ」が沈んだのか、またそれがもたらす影響について考えてみます。
ロシア黒海艦隊の旗艦であるミサイル巡洋艦「モスクワ」(画像:ロシア国防省)。
まず、「モスクワ」の爆発はウクライナの攻撃によるものか、それとも、なんらかのアクシデントによるものだったのかについてですが、これはウクライナ側が発表しているように、ほぼ間違いなく「ネプチューン」が命中した結果と思われます。
「ネプチューン」は2021年からウクライナ軍へ配備が始まった最新の対艦ミサイルで、同国は、設計当初から輸出も視野に入れて開発していたはずです。もしそうだとするなら、現状でNATO(北大西洋条約機構)を始めとした西側の対艦ミサイルや関連システムを運用している国への売り込みも考えて開発したと推察でき、ゆえに技術上、西側のシステムとの適合性も十分に考慮して造られていたと考えられます。
それならば、NATO側の早期警戒管制機や戦場観測機(対地早期警戒管制機)などが捉えた「モスクワ」の位置に関するリアルタイム・データの提供を受けて、同艦を“狙い撃ち”したのではないかという推理が成り立ちます。
その証拠に「モスクワ」の爆発後、ロシア側は残る艦艇を150kmほど後方に移動させたといいます。「ネプチューン」ミサイルの最大射程は約300km未満といわれるため、これは射程外への退避とみなすこともできるでしょう。
一発の命中が大爆発に? 沈没へ至った経緯とは
では、ウクライナが主張するように「ネプチューン」対艦ミサイルが命中したのであれば、どのような形で、巡洋艦「モスクワ」に当たったのでしょうか。
既述したように、もし「モスクワ」の正確な位置が判明していたとするなら、「ネプチューン」に搭載されているだろう照準レーダーによる最終誘導段階での目標の標定は不要となり、そのための発見されやすい上空へのポップアップ(上昇)も必要なくなるため、海面スレスレを飛翔するシースキミング・モードで最後まで飛んで命中したとも考えられます。
そして、「モスクワ」の船体側面にずらりと並んで搭載されたP-1000「ヴルカーン」対艦ミサイルの連装発射筒を直撃し、それを誘爆させたと推理できるのではないでしょうか。
ウクライナ軍の地対艦ミサイル「ネプチューン」。写真は開戦前に行われた演習時のもの(画像:ウクライナ軍参謀本部)。
「モスクワ」の「ヴルカーン」は連装発射筒に収められているので、もし1基の発射筒が誘爆を起こすと、2発の「ヴルカーン」の燃料と弾頭が爆発する可能性が高いです。そして、この二次爆発または火災の延焼によって、前後にタンデム装備されているさらに別の連装発射筒の「ヴルカーン」まで誘爆したと考えると、2発の誘爆のみならず、よりいっそう大きな被害を生じさせたことでしょう。
この推理の傍証として、ウクライナ側が発表した「モスクワ」艦長アントン・クプリン大佐の戦死をあげることができます。「ヴルカーン」は艦橋サイド、左右に並んで搭載されており、もし誘爆を起こせば、艦橋が大損害を蒙る可能性がきわめて高いからです。
仮定の話ではありますが、ウクライナ側が放った「ネプチューン」ミサイルが舷側に命中し、一次爆発によって艦が損傷を被ったら、艦長が艦橋にとどまって指揮を続けるのは当然でしょう。そこに被弾で生じた火災などで「ヴルカーン」の誘爆が生じたと考えられます。
あるいは、艦橋に「ネプチューン」が直撃したか、「ネプチューン」の命中直後すぐに「ヴルカーン」が誘爆したのかも知れません。いずれにしろ、クプリン艦長の戦死は艦橋が破壊されたことを示唆しているのでは、と思えます。
このような被害に加えて、もうひとつ考えられる推論があります。それは、ロシア(旧ソ連)製軍艦のダメージ・コントロール能力についてです。
軍艦を設計する際には、戦争などで敵にやられた際の損害を局限できるような構造に加えて、もしやられてしまった場合、どのような対策によって被害を最小に止めるかということも講じられており、これをダメージ・コントロール、略して「ダメコン」と称します。
このダメージ・コントロールは、設計上組み込まれている構造や機能に、ダメージ・コントロール要員(応急員)の能力や練度などが組み合わされるため、対応いかんで、同じレベルの被害であっても、沈没するかそれとも損傷を被っても自力航行できるのか、大きく差が出るほど重要なポイントです。
ロシア水上艦にダメコンの概念は生きていたか?
かつて第2次世界大戦中、太平洋で激しく戦ったアメリカと日本の海軍は、経験則でダメージ・コントロールの実情を理解しており、特にアメリカ海軍のダメージ・コントロール能力は、今日では世界一とされています。
これに対して、20世紀初頭の日露戦争で日本海海戦を戦って以降、第1次、第2次の両大戦ではほとんど海戦を経験しなかったロシア(旧ソ連)海軍は、その後も大きな海戦を経験しておらず、戦訓をほとんど蓄積できていないといえるのではないでしょうか。
ロシア黒海艦隊の旗艦であるミサイル巡洋艦「モスクワ」(画像:アメリカ海軍)。
なお、ロシア(旧ソ連)海軍は、原子力潜水艦については原子炉事故や火災事故などを経験していますが、これらは水上戦闘艦とは異なる「損傷」であり、水上戦闘艦のダメージ・コントロール能力については未知数とはいえ、経験値が決して高くないことは想像できます。
今回、ロシア側の発表では、搭載弾薬の火災をおおむね封じ込めた後にミサイル巡洋艦「モスクワ」の乗組員は離艦。曳航して移動させている途中で天候悪化により沈んだとされています。ちなみに沈没前には、機器類は無傷という発表もなされていたようです。
もしロシア国防省が発表したように「モスクワ」の被害が小康状態になっていたとするなら、無用の乗組員の離艦は促しても、ダメージ・コントロール要員は艦に残り、引き続き、復旧や維持のための作業や曳航状態の確認などに従事すると思われます。
それならば、仮に悪天候になったとしても、ダメージ・コントロール要員が努力するでしょうから、今回の沈没という「最悪の結末」が解せません。この事態からは、ダメージ・コントロール要員が艦に残っていようがいまいが、本当にギリギリの状態で「モスクワ」はかろうじて浮いていた可能性も推察されます。
首都の名を冠した大型艦が沈没した意味
こうして見てみると、いちばん考えられるのは、前述したように「ネプチューン」ミサイルが巡洋艦「モスクワ」の船体側面に命中し、それによって搭載していた「ヴルカーン」ミサイルなどが誘爆、舷側に大破孔を生じ、さらに天候の悪化でそこから艦内への浸水が増大。その結果、船体が大破孔側に傾斜してさらに浸水量が増加し、転覆沈没に至ったという推理です。
あるいは、天候の悪化がなかったとするなら、浸水を完全に抑えることができず、じわじわと続く浸水によって船体が大破孔側に傾斜し、同様の結果になったのかも知れません。
ミサイル巡洋艦「モスクワ」に対峙するウクライナ兵を描いた切手(画像:ウクライナ軍参謀本部)。
なお、この「モスクワ」、1982(昭和57)年に竣工した当初は、「スラヴァ」級ミサイル巡洋艦の1番艦として「スラヴァ」という艦名でしたが、1995(平成7)年に「モスクワ」へと改名されています。
つまり艦齢約40年という老朽艦ではありますが、その間に改修も施されており、一説によると防空システムは最新のものが備えられていたといいます。ならば自艦へと接近するウクライナの「ネプチューン」ミサイルを探知できそうなものですが、前述のとおり「ネプチューン」が終始シースキミング・モードで飛来すれば、その探知は難しかったとも考えられます。
あくまでも、これらは事実を基にした筆者の推察です。ただいずれにしろ、艦名をわざわざ首都の名前に変更した黒海艦隊の旗艦を撃沈されたロシアとしては、「ミサイル巡洋艦1隻喪失」という数字上の実害以上に、大きな間接的被害を被ったことは間違いないでしょう。
「モスクワ」撃沈のウクライナ製ミサイルより優秀? 陸自12式SSM 離島防衛の切札
ウクライナ製最新対艦ミサイルが挙げた大戦果
ロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから早2か月が経とうとしています。そのようななか、2022年4月14日には、ロシア海軍の黒海艦隊旗艦であるスラヴァ級巡洋艦「モスクワ」が、ウクライナ側が放ったとされる地対艦誘導弾によって深刻なダメージを受けたと報道されました。その後、巡洋艦「モスクワ」は海中に沈みましたが、それほどまで脅威となった地対艦誘導弾とは、いったいどんな兵器なのでしょうか。
陸上自衛隊の12式地対艦誘導弾の発射シーン(画像:防衛装備庁)。
そもそも、今回沈んだ「モスクワ」は、ミサイル巡洋艦というカテゴリーに含まれる大型軍艦です。1979(昭和54)年に進水した古い設計の船ですが、改修と改良を重ねることで2040年頃までは第一線での任務に就くハズでした。また、「モスクワ」は長距離対空ミサイルを搭載していることから、ウクライナ南部の防空網を形成する役割も持っていました。ウクライナ軍にとっては、自国南部を飛行するにも空域制限を設けるほど警戒していた、いわば「目の上のタンコブ」と形容できる軍艦でした。
だからこそ、ウクライナは巡洋艦「モスクワ」の脅威を排除することを求めたといえるでしょう。そのために今回、用いたと主張しているのが2021年に実戦配備されたばかりの最新鋭装備「ネプチューン」地対艦誘導弾です。
これは巡航ミサイルの一種で、システムとしては陸地に設置したレーダーが目標を発見すると、管制センターからの指令によって離れた位置に設置してある発射器からミサイルが発射されるというものです。
「ネプチューン」ミサイルが挙げた大きな戦果に世界中が驚きましたが、実は陸上自衛隊にも、最新鋭のシステムを搭載した地対艦誘導弾が配備されています。それが「12式地対艦誘導弾」です。
陸自期待の新ミサイル 12式地対艦誘導弾の性能は?
12式地対艦誘導弾は、英名の「Type 12 Surface-to-Ship Missile」から「12SSM」とも呼称される大型の陸上発射型ミサイルです。既存の「88式地対艦誘導弾(88SSM)」の後継で、88SSMの射程が150km程度だったのに対し、12SSMではその距離を200km以上に伸ばしているのが特徴です。
ちなみに、2020年12月の閣議では、この射程を当初900kmまで延伸させ、最終的には1500kmにまで伸ばして事実上の巡航ミサイルに改良するという案が浮上しました。この背景にあるのはロシアや中国の台頭です。
最新型の12式地対艦誘導弾。88式地対艦誘導弾のベース車体が6輪駆動トラックだったのに対して、8輪の重装輪車両をベースにしている(武若雅哉撮影)。
数年ほど前より、陸上自衛隊は冷戦時代の北方重視施策から、離島防衛に軸足を移した西方重視を提唱してきました。そこで必須となるのが、我が国への上陸を企図する敵の舟艇を攻撃する能力です。その際、打撃力の主役となるのが12SSMで、実際に奄美大島と宮古島には、各1個中隊ずつ配置されています。なお、これら2個中隊の上級部隊は、熊本市の健軍駐屯地に所在する第5地対艦ミサイル連隊になります。
近隣国とは海で隔てられた日本の場合、仮に周辺諸国の軍隊が我が国へ侵攻しようとするならば、まずは航空戦力同士の戦いが行われるのは間違いないでしょう。航空自衛隊の戦闘機と海上自衛隊のイージス艦などが敵の航空機を撃ち落としますが、それでも圧倒的な物量差で日本に襲い掛かってきた場合、たとえば広い範囲で波状攻撃を仕掛けてきたとすると自衛隊が不利な状況になるのは確実です。
そうなったときに登場するのが航空自衛隊と陸上自衛隊の地対空ミサイル部隊です。ここまでくると敵は航空優勢(制空権)を取りつつ大規模な上陸作戦を仕掛けてくるでしょう。
陸自の地対艦ミサイルが持つメリット
本格的な上陸作戦はある程度の航空優勢を獲得したのちに行われます。なぜならば、敵は自衛隊の防空網を破壊して自分たちの輸送機などを日本に着陸させたいからです。その一方で、敵の揚陸艦なども近づいてきます。飛行機では運べる量に限りがあるため、大部隊や重物量の輸送には船が欠かせないからです。
それに対抗するのが88SSMや12SSMなのです。仮に、日本が航空優勢を奪われた場合、航空自衛隊のF-2戦闘機は対艦ミサイルを4発積めるとはいえ、自由に飛び回ることが難しくなります。海上自衛隊のミサイル艇なども敵機の脅威があるなかで敵艦の攻撃に向かうのは厳しいでしょう。
演習場を走る12式地対艦誘導弾(武若雅哉撮影)。
ただ、陸上から対艦ミサイルを発射する88SSMや12SSMなら、事前に陣地展開することさえできれば山地や森林地帯に潜み、敵の不意を突いて攻撃することができます。そのような形で、敵地上部隊の上陸を阻止するか、もしくは遅延させることができれば勝機が見えます。
日本はウクライナのように隣国と地続きではないため、洋上で撃破できれば敵の戦車や装甲車などは海の底へと沈むので、純粋な損耗を敵に与えることができます。もし、敵の地上部隊が上陸できなければ、日本は占領されることはありません。
というのも、いくら敵の航空機が自由に飛んでいても、彼らには土地を占領する能力がないからです。土地を占領するには、必ず地上部隊が必要になります。また、たとえ航空優勢を取られたとしても、敵の戦闘機や爆撃機は長く日本上空に滞空することはできませんし、その隙をついてアメリカ軍の支援を受けることもできるでしょう。
アメリカのように敵を圧倒できるほど、強力な空軍力や海軍力を持っていない日本にとって、88SSMや12SSMは非常に有効な装備です。陸上自衛隊でも203mm自走りゅう弾砲や多連装ロケット弾発射機、155mmりゅう弾砲FH70など、かつての主力装備については軒並み削減が進められる一方、地対艦誘導弾だけは増勢が続いています。
そこから鑑みると、12SSMのような地対艦誘導弾は、離島や海峡防衛という観点から、今後も増えることはあれど、減ることのない装備ともいえるのかもしれません。