リンダ・グラットンが長寿化社会、日本へ語る。一人ひとりが「社会の開拓者」になるために
進化する個人の働き方、変革を続ける企業、変化する個人と組織の関係性、この3者の交差点は、いまどこにあるだろうか。4月24日発売のForbes JAPAN6月号では「新しい働き方・組織」論を特集。それぞれ異なる方向性で進んでいたように見えた議論が、コロナ禍の新常態にリンクをしはじめた。本誌掲載記事から一部をお届けする。
2016年、『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)で、日本の読者の心をわしづかみにしたロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットン。従来の「学生」「仕事」「老後」の3ステージ型人生から「マルチステージ型人生」への脱皮を提起。「人生100年時代」という概念を広め、一大旋風を巻き起こした。
そして、20年12月、『The New Long Life: A Framework for Flourishing in a Changing World』(『ニューロングライフ──変わりゆく世界で活躍するための枠組み』仮題)を上梓。長寿化という、「Technological Ingenuity(技術的創意工夫)」の恩恵を受けるには、「Social Ingenuity(社会的創意工夫)」が必要だとし、国内総生産(GDP)ではなく、国民の幸福度に基づく政策や柔軟性のある勤務・賃金体系、生涯教育など、官民学の変革を訴える。
「新刊では、日本について多くのページを割いた。できるだけ早く渡日したい」。そう語る親日家のグラットンは日本の読者に対し、新しい生き方を目指す「『社会的開拓者』になれ」と呼びかける。邦訳版出版に先駆け、ロンドン在住の彼女に話を聞いた。
『LIFE SHIFT』の英語版、『THE 100-YEAR LIFE』。日本でもベストセラー。
新刊『The New Long Life: A Framework for Flourishing in a Changing World』。カメレオンの尻尾をモチーフにしている。
━━新刊の執筆背景を教えてください。
リンダ・グラットン(以下、グラットン):まず、『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』について話そう。同書のポイントは、「長寿化で健康寿命が延びると、人生自体が様変わりする。だから、自分の人生を再考・再構築しなければならない」という点だった。
70~80代まで働き続けることになれば、人生を「エクスプロア(探求)」したり、事業を起こしたりと、人生の異なるステージについて考える必要が出てくる。お金では測れない「無形資産」も重要だ。スキル・知識などの「生産性資産」、心身の健康・幸福を意味する「活力資産」、新ステージ移行のための意思・能力といった「変身資産」である。
一方、『The New Long Life』では、『LIFESHIFT』で十分に取り上げなかった、長寿化が世界に及ぼす影響について書いた。女性の社会進出や少子化などの社会トレンド、テクノロジーの発達についても論じている。『ワーク・シフト──孤独と貧困から自由になる働き方の未来図』(プレジデント社)の刊行から約10年。新刊では、この10年間で何が変わったのかを追った。
長寿化が世界を変容させるなか、日本の若い夫婦など、若者が変化にどう対応しているかも描いた。だが、日本だけが少子高齢化という過渡期を迎えているわけではないことも伝えたかった。日本は、人工知能(AI)やロボットを駆使し、前向きな人生を送る方法を世界に先駆けて示すことができる。
グラットン:前向きなメッセージを送りたかった。人間主義にのっとる心理学博士として、私は、人々を善的存在だと考える。家族の世話や仕事に精を出し、充実した人生を送りたいと願うのが人間だ。人生をよりよくするために何ができるのか━━これが共通の問題意識だ。新刊では、企業や大学、政府が何をすべきかについて、たっぷり紙幅を割いた。
実は博士論文で、人間は自己実現のために成長し続けるものだという、米心理学者アブラハム・マズローの「欲求階層説(5段階説)」について書いたのだが、すでに博士論文のなかで、自著で説いたアイデアの幾つかを展開している。自著に共通する問題意識は、長年温めながら膨らませてきたものだ。
━━『ワーク・シフト』出版から時を経て、あなたの考え方はどのように変わってきましたか。
グラットン:当時の予想より変化が速かったものもある半面、遅かったものもある。テクノロジーの変化の速さを予測するのは至難の業だ。家族についても、男性は、子どもともっと長い時間を過ごすようになると思ったが、コロナ禍でも女性が子どもの面倒の大半を見ていることがわかり、驚いている。
一方、コロナ禍を境に、日本企業が仕事の未来について考え方を変え始めたのは素晴らしい。その筆頭が富士通だ。同社は国内の従業員、約8万人の在宅勤務を決行した。オフィスでの長時間労働が当たり前だった日本企業では女性が幹部になりにくかったが、この変わりようは見事だ。企業が組織のあり方や働き方について、真剣に考え始めている。
━━テクノロジーの発達による長寿化をプラスに捉えられないのはおかしいという考えが、執筆背景にあるのでしょうか。
グラットン:『LIFE SHIFT』では、寿命が100年に延びると何が起こるのかという問題に絞った。だが、新刊では、テクノロジーが私たちの人生を一変させている点に着目し、充実した人生を送るには何をすべきか、いかなる社会変革が必要なのかを問いかけたかった。年齢やテクノロジーの話にとどまらず、家族に関する問いも投げかけた。
新刊では、人生100年時代を迎え、考えるべきポイントを3つ挙げた。1つめは、自分の人生をストーリー化する「Narrate(ナレート・物語る)」。2つめが、人生のステージを模索する「Explore(エクスプロア・探求)」。3つめが、密な人間関係を築き上げる「Relate(リレイト・結びつく)」。
まず、どのような人生を送りたいか、どのように、その考えを広げていくか。次に、どのように学び、異なるステージへと移行し、自分を変革していくか。最後に、そうした人生を送るには、どのように家族や隣人、コミュニティとの関係を深めていくべきか。これが新刊の核となる部分だ。
そして、人々が「Social Pioneer(社会的開拓者)」になって上記3点を実現するには、企業や教育機関、政府による「Social Ingenuity(社会的創意工夫・知恵)」が必要だ。企業や大学、政府が何を変革すべきなのか、アジェンダを提起した。
グラットン:Ingenious(インジニアス・独創的な)」という言葉は、異なる発想をするという意味だ。長寿化に伴い、私たちは人生を再考・再構築し、独創的でイノベーティブ(革新的)になる必要がある。ワクチン開発など、テクノロジーによる驚くべきイノベーションを見るにつけ、そうした発明や知恵をロボットやAIに振り向けるだけでなく、人生の再構築に使ってはどうか、というのが私たちの提案だ。
━━企業のアジェンダについて説明してください。
グラットン:ポイントは3つ。まず、人々が70代まで働き続けられるよう支援すること。そして、従業員に学びの場を提供し、年長者が取り組めるような仕事を創出すること。3つめは日本企業にとって重要な点だが、労働時間や勤務場所など、柔軟性のある働き方を提供すること。この点では、コロナ禍が推進役になった。企業は従業員教育に及び腰だったが、オンライン学習の普及で、研修コストが下がった。これは企業にとって、重要な意味をもつ。
メッセージは「勇敢であれ」
━━「誰もが『社会的開拓者』になる心構えを持たねばならない。これが本書の核となるメッセージだ」と、書いていますね。
グラットン:3冊の本を通し、人生や仕事、現役で働き続ける年数、家族などに関する思い込みを変えねばならないというメッセージを送ってきたが、問題は、どのようにそれを実現するかだ。例えば、私のように本を書き、人々がよりよい人生を送れるよう励ます方法もある。だが、大半の人々は、ほかの人が変わるのを見て、自分も変わろうと思うものだ。誰もが同じ人生を歩んでいる限り、誰も変わらない。
そこで、「社会的開拓者」の存在が重要になってくる。例えば、最高経営責任者(CEO)を目指す40歳の日本人女性幹部や、大企業志向の日本で起業する人々がそうだ。人と違う生き方をするには大いなる勇気が必要だが、開拓者の後には道ができる。社会的ムーブメントを起こすのは、決まって勇敢な人々だ。
━━「老犬に新しい芸を教えられない真の理由は、犬が年をとったからではなく、新しい芸を学び続けていないからだ」という一文についてはどうですか。
グラットン:年を重ねると何も学べないと考えがちだが、それは思い込みだ。私は66歳だが、常に新しいことを学んでいる。もちろん、ほかの人々にもできる。そのためには、学ぶ習慣を身につけることだ。
学校というコミュニティに属していた15歳の頃と違い、年齢とともに学びのコミュニティは減っていく。だから、努力が必要だ。自らの脳に学ぶ必要性を刻み込まねばならない。企業や政府、大学は、人々が何歳になっても学べるよう支援すべきだ。
━━老犬が新しい芸を学ばないのは彼らの責任でしょうか。従業員教育を渋る企業や、学ぶ必要性・意欲・競争力を低下させがちな年功序列制や終身雇用制など、日本型雇用制度のせいでしょうか。
グラットン:心理学者の分析は2派に分かれるだろう。老犬に非があるとする一派と、環境が原因だとする一派だ。しかし、実際には双方の責任だ。老犬に学ぶ意欲があるか、企業や政府がそれを支援しているか、だ。誰もがエベレスト登頂を目指すとは思わないが、目指す人もいる。それが社会的開拓者だ。「勇敢であれ」というのが新刊のメッセージだ。
企業や政府、大学は変化が遅い。最も変化が速いのは個人だ。まずは、自分が変わろう。ほかの人が後に続けば、企業も耳を傾け、いずれは変わる。
グラットン:そもそも、パンデミックが起こっていたら、コロナ問題にかかりきりで、この本は執筆しなかっただろう。とはいえ、パンデミックを契機に、今後、仕事がどのように変わっていくかを予測する記事は書いている。世界の企業に対し、変革に向けたアドバイスも行っている。ポイントは2つ。パンデミックは、テクノロジーによって働き方の「柔軟性」と「生産性」を高める好機だということだ。
━━コロナ禍で、個人のあり方や働き方、個人と企業の関係などはどのように変わると思いますか。変化にかかる時間軸は速まるのでしょうか。
グラットン:働く場所と働く時間の柔軟性がカギになる。パンデミックで、私たちが働く場所について柔軟性のある対応ができることがわかった。特に日本では、長時間労働の必要性を問い直す好機だ。
変化の速さは確実に加速する。パンデミックの影響は計り知れない。2年前だったら、典型的な日本企業である富士通が、あれほど迅速に在宅勤務制を決行するなどとは予想もできなかった。在宅勤務は不可能だという思い込みに疑問が呈された。川に物を投げると時間とともに流れていくように、企業が、もはやコロナ禍前の状態に戻らないのは確実だ。
私たちは、テクノロジーを人間の役に立つようにつくらねばならない。人間には、それができる。私たちを待っているのは、とても明るい未来だ。
20年9月にオンラインで掲載した記事内で、新入社員に向けて、趣味を含めて、仕事から離れた「金曜日のコミュニティ」をつくる努力をすることなど、4つのアドバイスをしている。
リンダ・グラットン◎ロンドン・ビジネススクール教授。1955年生まれ。人材論、組織論の世界的権威。組織イノベーションを促進する企業Hot Spots Movement創始者。「働き方の未来コンソーシアム」を率いる。著書に、日本でもベストセラーとなった『ワーク・シフト』『LIFE SHIFT』などがある。