ミレニアル世代の「中年危機」はこれまでとどう違うのか?
ブルームバーグ・ビジネスウィーク(米国
Text by Mark Ellwood
2023年には360万人のアメリカ人が40歳を迎える。「ミレニアル世代」の第三陣がこの節目に到達するのだ。
だがこの集団は、40、50代でド派手なボートを買ったり、出世階段から飛び降りてバリ行きのフライトを予約したりした親たちのようには反逆しないだろう。
離婚することもなければ(そもそも結婚していない)、タトゥーを入れることもない(すでに入れている)。むしろこの世代は、中年危機をまた違った形で経験することになる。というか、それ以外の選択肢があるほどの余裕がないのだ。
1981年から1996年までに生まれたミレニアル世代の稼ぎは、「団塊の世代」(1946〜64年生まれの世代)が同年齢だったときと比べて2割少ないことが、シンクタンク「ニュー・アメリカ」が2019年に出した「ミレニアル世代の新たな貧富の格差」というレポートから示されている。
中年期を迎えるミレニアル世代が、前の世代よりこれほど貧しくなる羽目になった要因は数多くある。
稼ぎも貯蓄も少ないミレニアル世代
最も顕著なのは、ドットコム・バブル崩壊(2000〜01年)とその後の2008年金融危機が、彼らの職業人生の初期を決定づけたということだ。
「全米経済研究所」によれば、米国の個人が職業人生で経験するすべての賃金上昇の70%は、最初の10年間に起こるという。だが、その期間が景気の悪化と重なる場合、その割合は9%減となるようだ。
ボストン大学「リタイアメント・リサーチ・センター」が2021年に出したレポートによれば、28〜38歳のミレニアル世代の純資産所得比は、これまでのどの世代よりも低い。稼ぎも少なければ、貯蓄も少ないのだ。
われわれはみな新しいキャリアを12年くらいごとに見つけるべきだと口を揃える専門家の声はますます大きくなり、2021年の「大量離職時代」には、米国での月間の離職者数が史上最多を記録した。
『働き盛り──現代の成人期』(未邦訳)の著者で米テキサス大学オースティン校の歴史家スティーブン・ミンツは言う。
「ミレニアル世代は身動きがとれないと感じていて、それを不満に思っていますが、かといって選択肢がすごくたくさんあるわけでもない。ただ小切手を切って、立ち去ることはできないのです」
そもそも「中年危機」とは何か?
「中年危機」という言葉自体は、すでに中年の峠を越している。2023年で“58歳”になるのだ。
当時48歳だったジャックスの研究では、作曲家や芸術家など創造的な人たちが35歳くらいで急激な落ち込みや変化を見せることが示された。
ジャックスによれば、人間はその時点で時間の計り方を楽観的なものから悲観的なものに切り替え、それ以降は「生まれてからの時」より「死ぬまでの時」になるというのだ。
この論文はたちまち反響を呼び、関連書籍が続々と出版され、テレビでも特集され、中年男性の自殺について調査する政府の対策本部まで立ち上がった。
この現象にまつわるお決まりの修飾語は最初から確立されていた。これは明確に白人、男性、中流階級の心配事だったのだ。
世代ごとに異なる「中年危機」
ちょうど同じ頃、社会の大変動により、妻と離婚してもっと若い女性と結婚することがそれほどひんしゅくを買わなくなった(1960年から1969年までで、離婚率は2.2%から3.2%に上昇、1980年には22.6%とピークに達する)。
無制限の商業主義も真っ盛りになった。速い車を買う動機は、愛国心が半分、見栄が半分だった。そんな時代にふさわしく、「シボレー・カマロ」は1966年に発表された。
ジャックスが定義した中年危機を経験した最初の一群が、第二次世界大戦が始まる10年ほど前に生まれた「沈黙の世代」だった。その子供らである団塊の世代が1980年代に40歳を迎えたときも、親世代と大方同じ動きをした。
X世代が中年危機を迎えたのは2000年代だ。オルタナロックバンドの「ニルヴァーナ」にもろ影響されたこの集団は、その特徴的な反逆精神を、これまでの中年危機に注ぎかけた。
X世代のベン・アフレックが1960年代に40歳を迎えたとしたら、背中全面にタトゥーを入れようと思ったかは疑わしいだろう。
「人生の道筋が崩れてしまったのです。25とか35とか50歳で何をすべきかを教えるガイドブックは完全に消えました」
離婚する代わりに結婚のあり方を見直す?
では、こうしたできたてほやほやの40代たちは、人生をどうやって考え直しているのか? もちろん、支出を控えることによってだ。
新しい車を買う代わりに自転車を買い、道路へと繰り出すだろう。ついでに健康を増進させ、寿命を伸ばすというわけだ。整形手術を受ける代わりに、冒険的な趣味を選ぶだろう。
運動したり旅したりして若くいられるのだから、「中年期に老け込む必要はないという考え方があります」と言うのは、『破れた夢──中年危機の個人史』(未邦訳)の著者マーク・ジャクソンだ。
離婚する代わりに、多くのカップルが一夫一婦制や空間の共有の仕方を見直している。
ロンドンに暮らすインテリアデザイナーのフランシス・サルタナによれば、いわゆる“いびき部屋”とか第2寝室はいまや、長年の関係にある顧客のためにデザインする家々では標準的だという。
自身もパートナーも、少なくともこの10年はそれぞれの寝室を持っているとサルタナは言う。
「生活を管理するには幸せなやり方です。仕事や起床のサイクルが違うならなおさら。そもそも、昔は寝室を分けることが完全に標準的だったのです」
「中年危機」より「中年岐路」?
多くの人にとって肝心なのは、激しい変化ではない。自称「中年キャリアデザインのコンサルタント会社」を運営するルシア・ナイトは、顧客が自分の人生を吹っ飛ばすのではなく、徐々に微調整していけるよう相談にのっているという。
たとえば、ある銀行の常務は、不安を和らげるために身につけた趣味のかぎ針編みを、お金になる副業に変えた。またある看護師はパートタイムで働きはじめ、家具の布張り講座を受講して、家具作りに転職する可能性を検討している。
ナイトの顧客の4割が女性だという。この現象は「もはや、とても男性的なものではありません」とナイトは言う。
中年期にある女性向けのサイト「ミダルト」の共同創設者アナベル・リブキンは言う。
「1960年代当時は、誰も女性の中年危機にわざわざ目を向けなかったと思います。ただ取り残されてしまったので、主体的ではなく受け身的なものでした」
ミレニアル世代にとって、中年を迎えることがパニックの原因である必然性はまったくない。人生を吹っ飛ばすほどお金がないのはじっさい、解放的でありうるというアドバイザーもいる。
これからの「中年危機」のリズム
中年危機がひとつの概念として最初に提示されたとき、「それはまさに落ち込む時期として見られていました」と『破れた夢』の著者ジャクソンは言う。だが、われわれの期待は劇的に変わってきた。
「われわれは転職に慣れています。晩婚化し、子供も少なく、しかも出産年齢も高くなっています。そして、より長く生きるので、中年期は延長されているのです」
こうしたより長いタイムテーブルにより、中年危機が進行するリズムも変わることになる。
「Z世代」(1990年代後半〜2000年代前半生まれ)が最初に40歳を迎えるのは2037年になる。その頃には、彼らは中年危機に気づきさえしないかもしれないとリブキンは言う。
「Z世代は30秒ごとにアイデンティティの危機を経験しています。なので、いつ人生をリセットするか考えるうえでのルールはもはや多くないのです」
PROFILE
Translation by Yuki Fukaya