プーチンが「極悪非道」を尽くしても、世界にまだ「親ロシア国」が少なくない理由 鍵を握る「グローバル・サウス」
世界情勢を左右する「グローバル・サウス」
「ウクライナ戦争後の世界」は、どうなるのか。欧米では「自由主義と専制主義の陣営に分裂する」という見方が多い。だが、そう単純ではないかもしれない。「グローバル・サウス」と呼ばれる新興・途上国が両者の間に立って、揺れ動く事態の鍵を握る可能性がある。
「グローバル・サウスが鍵を握る」という見方は、ウクライナ戦争の長期化に伴って、急速に強まっている。1月にスイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)や、2月にドイツで開かれた安全保障会議でも、大きな焦点になった。
ロシアによるウクライナ侵略戦争は、自由主義の欧米をウクライナ支援で結束させた。「ロシアに懲罰を与えなかったら、別の侵略者に『オレたちもできる』というメッセージを与えてしまう」(アントニー・ブリンケン米国務長官)という危機感からだ。一方で、専制主義のロシアと中国、北朝鮮なども連携を強めている。では、両陣営に属さない「その他の国」はどうなるのか。これが「グローバル・サウス」だ。
欧州のシンクタンク、欧州外交問題評議会(ECFR)は2月22日、興味深い世論調査の結果を発表した。それによると、グローバル・サウスの代表国であるインドやトルコは「問題ごとに自国の国益に照らして行動し、両陣営に縛られない」というのだ。
ECFRは昨年12月からことし1月にかけて、米欧と中国、ロシア、インド、トルコなど計15カ国で調査を実施し、約2万人から意見を聞いた。
ウクライナ戦争については、インド(54%)とトルコ(48%)で「ウクライナが一定の領土をロシアに譲っても、早期に停戦すべきだ」という回答が多数を占めた。同じ答えが少数にとどまった欧州9カ国(30%)や英国(22%)、米国(21%)とは対照的だ。欧州9カ国(38%)や英国(44%)、米国(34%)では「たとえ戦争が長引いても、ウクライナはすべての領土を取り戻す必要がある」という回答が多数を占めている。
インドが「親ロシア」な理由
各国はロシアという国を、どう位置付けているのか。
インド(80%)や中国(79%)、トルコ(69%)は「ロシアを利害や価値を共有する同盟国」ないし「戦略的に協力しなければならない不可欠のパートナー」とみている。これに対して、米国(71%)、欧州9カ国(66%)、英国(77%)は「戦っている敵国」ないし「競争しなければならないライバル」と認識している。真逆と言ってもいい。
中国は当然としても、インドやトルコでは、ロシアを「仲間」とみている人が多数派なのだ。とくに、インドの80%という高さには驚かされる。インドは米国、オーストラリア、日本とともに、4カ国の戦略的枠組みクアッド(QUAD)の参加国である。これは、対中包囲網の一環だ。
インドは、なぜ「親ロシア」なのか。
答えは、中国と緊張関係にあるからだ。インドと中国は昨年12月、国境の山岳地帯で衝突した。2020年にも衝突し、双方に計24人の死者を出した。インドは中国をけん制するためにも、ロシアとの関係を悪化させたくないのだ。
インドは、ウクライナ戦争が始まってから、ロシアとの貿易を5倍に増やした。3月3日にニューデリーで開かれたクアッド外相会議の共同声明は「ルールに基づく国際秩序の尊重」や「核兵器の使用や威嚇は許されない」と記した。だが「ロシア」の国名は出さなかった。インドに配慮した結果である。
逆に、ロシアの側もインドを「同盟国ないし戦略的に協力しなければならない不可欠なパートナー」(80%)とみている。
民主主義と世界の行く末
民主主義の考え方についても、米欧と中ロ、インド、トルコでは大きな違いがある。
中国(77%)やインド(57%)、トルコ(36%)は「自国こそが真の民主主義国」と考えている。米欧から見れば、異常な高さと言ってもいい。ロシア(20%)はさすがに、それほど高くない。
ロシアの国力に対する評価も、欧米とそれ以外の国では異なる。欧米では「戦争前に比べて国力は衰えた」とする見方が多数派だが、逆に、インドやトルコ、中国、それにロシア自身も「戦争前に比べて強くなった」という見方が多い。
「10年後に世界はどうなっているか」という設問では、どうだったか。
米国(26%)や英国(29%)、欧州9カ国(28%)では「米国と中国が、それぞれ主導する2つのブロックに分裂する」という見方が多い。これに対して、ロシア(33%)と中国(30%)、トルコ(23%)は「世界のパワーは複数国によって、より均等に分割される」。中国とロシアの政権は「世界の多極化」を目指しているが、国民も目標は達成可能と感じているのだ。インド(31%)は「米国による世界支配」である。
ただ、米国(28%)と英国(39%)、欧州9カ国(34%)は「分からない、どれでもない」が最多を占めている。ここは、やや意外だ。欧米は、実はあまり自信がないようだ。
NATO加盟国のはずだが…
他国はトルコを、どうみているか。
ロシア(74%)やインド(59%)、中国(55%)はトルコを「同盟国ないし戦略的に協力しなければならない不可欠なパートナー」とみているのに対して、米国(39%)や英国(37%)、欧州9カ国(39%)は、それほどでもない。
トルコが北大西洋条約機構(NATO)の加盟国であることを考えれば、これは驚くべき結果だろう。西側の同盟国としてみられて当然なのに、ロシアや中国は「トルコは、むしろ中ロ側」とみているのだ。
逆に、トルコが相手国をどうみているか、と言えば、欧州9カ国(73%)やロシア(69%)、米国(65%)を「同盟国ないし戦略的に協力しなければならない不可欠なパートナー」とみている。ここで、ロシアは欧米並みに扱われている。
昨年10月30日付のニューヨーク・タイムズによれば、トルコは開戦以来、ロシアとの貿易量を3倍に増やした。この増加幅は中国の64%増を、はるかにしのいでいる。トルコはウクライナに武器を供与しているが、ロシアにとっては、もっとも信頼できる貿易相手の1つになっている。
対ロ制裁に参加しないブラジルと南アフリカ
この調査は対象にしていないが、忘れてならないのは、ブラジルと南アフリカである。
ブラジルはロシアの侵攻を非難しているが、インドや南アフリカとともに、経済制裁には加わらず、ウクライナに武器供与もしていない。一方、ロシアとの貿易量は開戦以来、2倍に増やした。
南アフリカはロシア、中国とインド洋で軍事演習をした。旧ソ連は人種差別が残っていた時代に、南アフリカを支援した。国民は「その恩を忘れていない」という。南アフリカはロシア寄り、とみていい。
グローバル・サウスの人々は、欧米に対して「二重基準」も感じている。ウクライナには莫大な支援を続けているのに、新型コロナの感染拡大では、なぜ途上国に十分な支援をしなかったのか。あるいは、なぜウクライナの難民には暖かく、アフリカや中米の難民には冷たいのか、といった疑問だ。
戦争でエネルギーや食料価格が上がったが、それも、ロシアの侵攻が理由というより「西側の制裁のためだ」という見方が多い。
どうすれば引き寄せられるか
こうしてみると、グローバル・サウスと呼ばれる国の人々や政府は、さまざまな気持ちや事情を抱えて、いまの世界を眺めている。彼らは1枚岩でもない。問題によって、こちら側にもあちら側にも動く可能性がある。グローバル・サウスは、彼らの内側でも「多様化、流動化」している。
西側は、それらを汲み取ったうえで「どう、彼らを自由と民主主義の側に引き寄せるか」が問われている。自由や民主主義、国際ルールの尊重といった「イデオロギー」を唱えるだけでは、まったく不十分だ。きめ細かで、多様な戦略と戦術が必要になる。
にもかかわらず、日本の林芳正外相は国会審議を理由に、先の主要20カ国・地域(G20)外相会合を欠席した。ここで触れたインドやブラジル、トルコ、南アフリカなどグローバル・サウスの重要国は、みなG20のメンバーである。せっかくの重要な機会を、自ら手放してしまった。この調子では、5月の先進7カ国(G7)首脳会議(広島サミット)でも、日本の活躍は大して期待できそうにない。