トークン

トークン

コンピュータ

定義
厳密に言えば「トークン」は「暗号資産」や「仮想通貨」と同義語です。しかし、次第に文脈によっては、他の2つのより具体的な意味を持つようになってきました。第一に、ビットコインおよびイーサリアム(厳密にはこれらもトークンですが)以外のあらゆる暗号資産を指します。第二に、多くの分散型金融(またはDeFi)トークンがそうであるように、他の暗号資産のブロックチェーン上で動作する特定の暗号資産を指します。トークンには、分散型取引を実現することからビデオゲームの希少アイテム販売まで、多岐にわたる潜在的な機能があります。それと同時に、どのトークンも他の暗号資産のように取引したり保有できます。

その他


Token:文字誕生の原点

2018年5月1日

前回は絵文字から表意文字、表意文字からRebusとよばれる表意文字の表音化(万葉仮名やベトナムのチュノムにあたる)、そして表音文字の誕生と、紀元前3000年頃以降エジプトやメソポタミアで起こった文字の発達過程の全てが、日本語では今も生きて使われていることを説明した。今回から視野を世界規模に広げ、文字誕生の過程を説明する。

音節やジェスチャーに依存した言語の始まりと違って、文字は遺物として残されるチャンスが高くエビデンスに裏付けられた話をすることができる。これまで出土した遺物で見る限り、絵文字も含めて、文字と呼べるものは早くても紀元前3000−4000年頃に始まったと考えられる。音節によるS言語誕生時期について特定されているわけではないが5万年前後とすると、文字が誕生するまでかなり時間がかかったことになる。S言語誕生から文字誕生まで、人類は農業や離れた集団間の交易を始め、この過程で個人の貧富の格差がはっきりと見える国家が形成されていった。事実、エジプトのヒエログリフや、メソポタミアの楔形文字、そして中国の漢字など、出土する場所から考えても、文字が国家の形成とともに発生したことは間違いない。

文字は様々な機能を持つが、最も重要なのは長期間維持できる記録だと考えると、国家のような複雑な人間関係に基づく社会の形勢に文字が必要なのは直感的にもよくわかる。従って、文字の歴史を考えるうえで最も重要なことは、人類進化のどのような状況が記録を必要としたかを考えることだ。

さて、前回日本語で使われる文字のルーツ漢字が絵文字から生まれた漢字であることを強調したため、全ての文字の起源は絵文字であるような印象を与えたかもしれない。実際、漢字だけでなく、エジプトのヒエログリフやインカの文字をみると、これらが絵文字から始まっていることは間違いない。このため、メソポタミア地方での発掘が進むまで、文字の紀元は絵文字だと考える人は多かった。

S言語とともに、人類は絵をコミュニケーションの手段に使う能力を持っていたことは、ラスコー(2万年前)やアルタミラ(1万8千年)の洞窟に残された絵の素晴らしさを見ればわかる(図1)。このような絵を、より使いやすい形に変形して絵文字が生まれ最初の文字になったという考え方だ。

図1:2万年ごろの現生人類により描かれた鹿の絵。上がフランスラスコー洞窟、下がスペインアルタミラ洞窟。(写真出典:Wikipedia)

しかし現在この考えを持つ言語学者は少ない。というのも、最初に文字が発生したメソポタミアで、エジプトの代表的絵文字ヒエログリフより古い時代の遺物をしらべても、エジプトのように絵文字だけで書かれたタブレットを発見することが難しいからだ。もちろん絵文字も存在するが、文章の一部に使われる程度であることがわかっている。このことから、記録が最初に必要とされる状況では、絵を用いて表現するよりもっと簡便なアイテムの表現方法が必要とされていたことを示唆している。この絵よりも先に利用されていた記録が、今日紹介したいと思っているトークン(Token)だ。

さてトークンとは何か?私自身トークンと聞いて何が頭に浮かぶかと問われれば、ニューヨークの地下鉄で切符代わりに使われていた代用通貨のことを思い出す(図2)。現在ではすでにメトロカードに置き換わっているので、おそらく若い方は聞いたこともないかもしれない。

図2 ニューヨーク地下鉄で切符代わりにつかわれるトークン
私の世代が、トークンと聞くと最初に思い浮かべる、NY メトロで使われていたトークン。何かの代用をするという意味で使われるもので、今日紹介するトークンも何かのアイテムを代用しているが、アイテム特異的で、あらゆるアイテムを代表できる通貨とは違っている。(写真出典:Wikipedia)

今日紹介するトークンとは、BC8千年以上前(まだ文字が使われているという証拠のない時代)から、文字が日常使われるようになる時代まで、最初メソポタミアで、その後様々な地域で使われていた、農産物など、生産されたアイテムを数え記録する時に使われた一種の道具のことだ。トークンに関する私の知識はトークン研究の第一人者デニス シュマント=ベッセラ(Denise Schmandt‐Besserat)の著書『How writing came about』(University Texas Press)から仕入れたもので(図3)、訳本はないがこの分野に興味のある方はぜひ読んでほしい本だ。

図3 今回の原稿を書くにあたった最も参考にしたSchmandt-Besseratの『How Writing Came About』。(写真出典:Amazon.co.jp)

巻末に様々な時代に、様々な場所から出土したトークンを網羅した図鑑が掲載されており、トークンのことを知るには最適の一冊。

この表紙の写真に示されているのが、最も古いトークンと、それをしまうエンベロップと呼ばれるコンテナーで、たとえば丸いトークンが酒一升、四角いトークンが米一俵といった具合に考えて貰えばいい。

ここでちょっとみなさんがものをどう数えているか思い出してほしい。たとえば、今部屋に何脚椅子があると聞かれたとする。今これを書いている顧問室には、総計8脚の椅子があり、数えなくとも頭に入っている。しかし初めての部屋だと「一、二、三….」と指差しながら心でつぶやいて数えるはずだ。ただ、これは私たちが言葉としての数字を使い慣れていないとできないことは明らかだ。もし全く数字の概念がなかったら、どう勘定すればいいのだろう?

「そんなことはない、文字を持つ前から数の概念は必ず存在したはずだ」と言われるかもしれないが、数の概念は抽象的で、よほど必要にかられないと、数を正確に数えることが必要ないことは、原始的生活をおくっている少数民族の言語を見るとよく理解できる。最も有名なのはスリランカの少数民族Wedda(Vedda:図4)で、彼らは、one, twoの次にはmanyしか数の概念がなく、4本でも5本でも、たとえば木の数は、manyと表現されてしまう。

図4 スリランカのWedda
2以上の数の概念がないことで有名な少数民族。
(写真出典:Wikipedia)

おそらく我々文明人でも同じで、数字に関する言語的表現を完全にマスターしていないと数を数えるのは難しいことは、幼児を観察しておればわかる。ましてや、せっかく苦労して手に入れた穀物の量を数えるだけでなく、それを長期間記録することは、文字を持たない時代にはほとんど不可能だったと推察できる。

チグリス川、ユーフラテス川に囲まれた肥沃な三日月地域とその周辺では、少なくとも1万年以上前、文字のない時代から農耕が行われていたことは間違いがない。農業は、長期間保存が必要な穀物を生み出す。また、農業を支えるためには、様々な道具やインフラ、さらには狩猟採取民の生活よりはるかに複雑な人間関係が必要で、これらの活動を支えるために、数え、記録することが必要になったことは想像に難くない。

ではこの課題を、文字や数字のない時代にどう解決したのか?その切り札として登場したのがトークンというわけだ。粘土で簡単な形を作り干して作られた小さな陶器で、特定の形のトークンを、数を数えて記録したいアイテムに対応させる。そして、アイテムの数に合わせたトークンの数をまとめてどこかにしまっておくことで、そのアイテムを今いくつ持っているのか記録するという仕組みだ。たとえば通貨のように交易に使われたものではなく、あくまでも個人や集団の記録として利用されたと考えられている。

同じような目的に使われる他の記録方法には、ノッチと呼ばれる動物の骨や木切に切れ目を入れて数字を記録する方法や、Tallyとよばれる線を足していく方法がある。


図5 NotchとTally

しかしこの方法だと、記録するためのアイテムの数が増えると簡単には対応ができない。実際社会が複雑になり、様々なものが生産されるようになると、単多くのアイテムを数える必要が出てくる。その点トークンだとその形を複雑にしたり、あるいはトークンの中に図を入れることが可能だ(図6)。


図6:メソポタミアUruk時代後期(BC3300年ごろ)に使われていた様々なトークン。すでに、この時代には文字も使われ始めているが、トークンも併用して使われていることがわかる。(NYメトロポリタン美術館で筆者撮影)。

トークンが使い始められるのはBC8000年頃と推定されているが、最初は数えるアイテムが少なかったためか、図3や図6の両端にあるような単純な形のトークンだけが使われていた。トークンが開発されて以降、ほぼ5千年近くはこのような単純な形のトークンのみが使い続けられていたことから、農耕社会ではそれほど多くのアイテムの記録の必要がなかったことがわかる。ところが、BC3000年頃のUruk時代のように、都市が形成されだすとそこで作られるアイテムの数は増大していく。その結果、図6で示すような様々な形のトークンが開発されていく。

以上、トークンとは何かについてかなりお判りいただいたと思うが、まとめておくと以下のようになるだろう。

  1. 1)トークンは具体的アイテムに対応させたシンボル。
  2. 2)決して交易に使われる通貨ではない。通貨は、アイテムを選ばない。
  3. 3)作成したトークンの一部を記録としてコンテナーにしまっておくため作られる。コンテナーに5つのトークンがあれば、たとえば米5俵と記録したことになる。まとめて置いておくことが重要で、コンテナである理由はない。図6の中の、中心に穴が開いたトークンは紐を通してまとめられていたと考えられる。
  4. 4)記録に残した実際のアイテムを使ってしまうと、トークンは必要なくなり破棄された。
  5. 5)トークンの形や装飾を変えることで、対応できるアイテム数を増やすことができる。その意味で一種の抽象的文字の機能をもっていた。
  6. 6)文字が誕生した後も使い続けられていることから、文字自体ではないが、文字誕生のきっかけになった可能性が高い。

トークンは当時の人たちにはとても便利な方法だったようで、メソポタミアだけでなくエジプトをはじめとする他の文明にも伝えられていく。そして、伝えられた先々で、文字の誕生を促したのではと考えられるが、それについては次回に回す。

[ 西川 伸一 ]

Pocket
LINEで送る