“ジョージ・ソロスの後継者”として財団トップに就任した息子アレックスの素顔
ウォール・ストリート・ジャーナル(米国)
Text by Gregory Zuckerman
ジョージ・ソロスより政治的な後継者
慈善家として活動し、右翼の標的にもなる伝説の投資家ジョージ・ソロス氏(92)が、運用資産250億ドル(約3兆4800億円)の「帝国」のかじ取り役を、息子の一人であるアレクサンダー・ソロス氏(37)に譲った。アレクサンダー氏(通称アレックス)は中道左派の思想家を自称し、一族の富をきまり悪く思いながら成長し、周囲から後継者候補と目されていなかった。
アレックス氏は後継者に就いてから初のインタビューに応じた。彼は父親のリベラルな目標を拡大する──ジョージ氏いわく「考え方が似ている」──と同時に、異なる大義も支持していると語った。そこには投票や人工妊娠中絶の権利、ジェンダー平等などが含まれる。アレックス氏は一族の資金力を生かし、米国の左派寄りの政治家を引き続き支援する考えだ。
「私は(父)より政治的だ」とアレックス氏は言う。一族の財団が取り組む問題を訴えるため、彼は最近、米バイデン政権の当局者やチャック・シューマー上院院内総務(民主、ニューヨーク州)、さらにはブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領、カナダのジャスティン・トルドー首相など各国首脳と会談した。
ソロス家のスーパーPAC(特別政治活動委員会)「デモクラシーPAC」は、受刑率を引き下げ、司法制度の人種的偏見を減らすことを目指す州検事や法執行当局者の選挙運動を支援している。右派はこうした取り組みに強く反発している。
アレックス氏は、ドナルド・トランプ氏がホワイトハウスに復帰する可能性を懸念していると語り、2024年の米大統領選で大きな資金面の役割を果たす意向をうかがわせた。「政治からカネを排除できれば本望だが、相手方がそうしているのだから、こちらもそうせざるを得ない」。同氏はソロス家の資産運用会社のニューヨークのオフィスで行われたインタビューでそう語った。
ジョージ氏が存命中にトップの座を譲ることがあるのかと疑う向きもあった。その上、本人はインタビューでこう語っていた。
「原則として、私は自分の子どもの一人に財団を継がせたくなかった。最適な人物の手で管理されるべきと考えたからだ」
ジョージ氏の周辺では何年も前から、アレックス氏の異母兄で金融業界の経験もある弁護士のジョナサン・ソロス氏(52)が明らかな後継者とみなされていた。長身でスポーツマンのジョナサン氏は、父親とテニスをし、一時期は財団で働き、混乱に陥ったヘッジファンド運用会社を安定させた。だがその後、両氏の関係は悪化し、心変わりが生じた。
昨年12月、OSFの理事会はアレックス氏を父親の後任となる会長に選出した。アレックス氏は現在、スーパーPACの代表として政治活動も指揮している。また同氏は、財団や一族の資金を管理する会社「ソロス・ファンド・マネジメント」の投資委員会で唯一のソロス家出身メンバーでもある。ソロス家の広報担当者によると、運用資産250億ドルのうち大半は今後OSFに振り向けられる。また約1億2500万ドルはスーパーPACに拠出されることになっている。
アレックス氏の財団での仕事ぶりは今のところ、父親とは違って対等な関係を重んじる経営スタイルのようだ、と同僚らは言う。彼らの話によると、アレックス氏は、父親なら通常無視するような細部にも注意を払う。また会議には小さなノートを持ち込み、大量のメモ書きをスタッフと共有するという。
「彼はあまりにも細部に口出しするので、財団の職員は頭にくることもある」。OSFの資金援助を受けている米国自由人権協会(ACLU)のアンソニー・ロメロ事務局長はそう話す。
“遊び人の息子”と揶揄されて
ヒップホップを愛し、米プロフットボールリーグ(NFL)ニューヨーク・ジェッツの熱烈なファンでもあるアレックス氏はかつて、後継者には到底選ばれそうにない存在だった。最初の頃は会議で発言することもなく、世間に知られていたのは派手な交友関係だった。
ジョージ・ソロス氏は1970年代から80年代にかけ、経済的・政治的変化に対する自らの予測に基づき、世界の株式や債券、為替の市場に賭けを行うヘッジファンドの先駆者として一財産を築いた。ジョージ氏は政財界に張り巡らした人脈から得た機密情報など、ありとあらゆる情報をふるいにかけた上で投資を行った。1992年に英ポンドが下落するという一つの賭けが、彼のファンドに10億ドルを超える利益をもたらした。
ジョージ氏を際立たせた要因は、投資の方向性を変えられる能力と「その確信が消えた時には先入観を持たずに撤退できることだ」。同氏のヘッジファンドで最高投資責任者(CIO)を務めたスタンリー・ドラッケンミラー氏はそう語る。
1989年のベルリンの壁崩壊後、ジョージ氏は旧ソ連圏などの民主主義を強化することに慈善活動の照準を合わせた。2004年にジョージ・W・ブッシュ大統領の再選阻止を人生の「中心テーマ」に掲げると発言したり、2008年の大統領選ではバラク・オバマ氏を支援し、医療用大麻の合法化を支持したりするなどして批判を浴びている。
それ以降も悪口雑言は後を絶たない。先月、実業家イーロン・マスク氏はジョージ・ソロス氏が「(マーベル・コミックのキャラクターである)マグニートーを思い出させる」とツイート。このキャラクターは、ジョージ氏と同じくユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の生き残りという設定だ。
後継者の本命から一転
ジョナサン氏は、父ジョージ氏が最初の妻との間にもうけた3番目の子で、兄と姉がいる。ジョナサン氏が7歳の時に両親は離婚した。
ジョナサン氏は1992年にウェズリアン大学を卒業した後、ハンガリーの首都ブダペストに新設されたソロス家の財団で2年間働いた。ハーバード大学で法律と公共政策の学位を取得した後、2002年に一族の投資会社に入り、投資責任者の辞任や交代が相次いだ会社を、社長として安定させた。ジョナサン氏は同僚の尊敬を集め、ジョージ氏の確実な後継者と目されるようになった。
ジョナサン氏も将来トップに就任する心づもりだったが、父親が方針転換を好むことも承知していた。「心変わりの可能性があるのは分かっていた。それこそ父がトレーダーとして名をはせた理由だから」
やがて2人の違いが権力継承計画を覆した。ジョージ氏は衝動的に動き、ジョナサン氏は分析や熟考を好むタイプ。2人と一緒に働いた人々によると、ジョナサン氏は父に敬意を表する一方で、父の決断に同意できないときは抵抗したという。二つの上級職の採用を巡って対立した際、ジョージ氏は自分の権威に盾突かれたと感じ、ジョナサン氏は自分が傷つけられたと感じた。
アメフト・哲学・政治に関心
アレックス氏は、ジョージ氏と2番目の妻との間に生まれた息子2人の兄だ。アレックス氏は子ども時代、父親と仲良くしたくても「彼はいつも上の空だった。四六時中マーケットのことを考えていた」と振り返る。
2004年に母親が離婚を申し立てた後、アレックス氏は父親との距離を縮めた。当時はニューヨーク大学に通う1年生だった。「父はある意味、離婚後に父親の役割を真剣に考え始めた」。アレックス氏はカリフォルニア大学バークレー校で歴史学の博士号を取得した。
アレックス氏は金融に関心がなかった。アメリカンフットボールを観戦するよう父親を説得することもできなかった。2人はその代わりに、思想や世界の政治について何時間も議論した。彼の卒論のテーマ「ユダヤのディオニソス:ハイネ、ニーチェ、文学の政治」は父親の興味をかき立てた。アレックス氏には「フットボール、哲学、政治が、その順に大切だ」と友人の一人、スバンテ・マイリック氏は言う。
アレックス氏は04~06年に財団でパートタイム勤務し、後にOSFの理事に就任した。一緒に働いていた人々によると、彼が印象を残すことはなく、ましてや有力な後継者候補には思えなかったという。
アレックス氏は、父親よりも国内政治に注力していると話す。同氏は民主党が中南米系有権者にアピールし、黒人有権者の投票率を向上させることを支援している。また民主党の政治家が発信力を磨き、党の魅力を拡散させるよう促している。
アレックス氏は父親のようにその場の空気を掌握する力はなく、大勢の聴衆の面前では落ち着かない様子だ、と同僚らは言う。また世界の舞台に立った経験が比較的少ないことが妨げになっている。だが彼がジョージ氏の後継者に選ばれたことは、ある重要な点で組織に貢献する可能性があるという。
「アレックス氏は右派にとって、ジョージ・ソロス氏のような格好の標的になりそうもない」。米国自由人権協会のロメロ氏はそう指摘した。
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