「有事の円」買いから売りへ 経常赤字、円キャリー低調
FXの売りポジが耐えられない状態になってきた。
どうしよう。
外国為替市場で円安が加速している。15日には対ドルで一時1ドル=118円台半ばを付けた。1週間あまりで3円ほど下落し、主要通貨のなかで下落幅が大きい。世界一の対外純資産国の通貨として戦争や自然災害の「有事」に買われた過去の傾向はみられない。輸出主導だった経済構造が変わり、資源高の環境下では経常赤字になりやすくなった。円安が一段と経常赤字を拡大させるスパイラル的な円安への警戒感が強まっている。
円相場は2月24日のロシアによるウクライナ侵攻直後は1ドル=114~115円程度で推移していた。7日に原油など商品価格が急騰すると下落のスピードを速めた。
主要通貨が7日から15日まで対ドルでどう動いたかを比較すると、円は2.6%の下落と弱さが目立つ。トルコのリラや韓国のウォンなど資源を輸入に頼る国の通貨が下落の上位に並ぶ。
日本は世界一の対外純資産国で、市場に不安が広がると膨大な対外資産を日本の投資家が円に避難させるとの思惑から、外為市場では「リスク回避の円買い」が定着していた。2008年9月に発生したリーマン・ショック後の3カ月間で1ドル=106円台から87円台まで円高・ドル安が進んだ。11年3月の東日本大震災後は、1ドル=83円前後から80円割れまで円高が加速した。
ところが今回のロシア有事を受けた円高・ドル安はほぼ生じていない。「日本の経常収支が悪化し、需給面で円が買われにくくなっている」(みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミスト)ためだ。
財務省によると1月の経常収支は1兆1887億円の赤字で、赤字額は過去2番目に大きい水準だった。輸出から輸入を差し引いた貿易収支の赤字幅が拡大した。
海外に進出する企業が増えて、国内からの輸出で稼いだ外貨を円に交換する円買いのフローが縮小している。海外子会社からの配当など所得収支は増加したが、外貨のまま置かれることが多い。経常赤字が続けば、潤沢な対外純資産も減少する。「安全通貨」としての円の地位は揺らいでいる。
「円キャリー(借り入れ)取引」の巻き戻しによる円買いも起きにくくなった。同取引では、低金利の円を借りて金利の高い通貨や他国のリスク資産に投資して利ざやを稼ぐ。リーマン前は、日本やスイスの金利が突出して低く、円やスイスフランが調達通貨となっていた。市場が混乱すると円キャリーを手じまう円買いの動きが広がった。
新型コロナウイルス危機後の緩和局面ではドルもゼロ金利通貨の仲間入りをしたため、ドルを売って高金利通貨などを買う「ドルキャリー」が中心になった。米国が利上げに向かい、再び円がキャリー取引の調達通貨として注目されつつあるが、取引が増える段階では円安圧力になる。
市場関係者の間では円相場の一段の下落を予想する声が増えている。
SMBC日興証券の野地慎チーフ為替・外債ストラテジストは「原油価格が1バレル110~120ドルという高水準で定着するならば経常収支の悪化が続き、1ドル=125円や130円への到達が現実味を帯びる」と指摘する。
15年に黒田東彦日銀総裁が国会で円安けん制と受け止められる発言をした時の相場は1ドル=124円台半ばから後半だった。当時の水準への下落も視野に入ってきたが、日銀は大規模な金融緩和を続ける姿勢を崩していない。17~18日には金融政策決定会合を開く。欧米が金融政策の正常化に進むなか「日銀が政策修正を行うにしても(円安を止める力には)限界がある」(BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミスト)。
円安は輸入製品の値上がりに直結し、資源高と円安は物価に二重に響く。政府は石油元売りに支給する補助金の上限を引き上げたものの、レギュラーガソリンの店頭価格は08年以来の高水準が続くとみられる。国際的な資源高に対応するため財政支出を増やせば、円への不安は高まる。金融・財政政策のかじ取りは難しさを増している。
(学頭貴子、田村匠、中元大輔)
有事の円買いが見られないだけなら、特段気にすることもないかもしれない。だが、市場価格は需給で決まる。誰も円を欲しがらない、ことの証左なのだとしたら、市場からのメッセージとして大きく受け止めるべきではないか。日本の債務残高がなぜこれだけ巨額でも問題にならないかといえば、ホームバイアスがしっかりあるからだ。だが、円安が進み、多くの日本国民が円建てから外貨建て資産に入れ替えようとすれば、日本国債のファイナンスは持続可能だろうか。地政学的リスクをきっかけにして、エネルギーミックス、サプライチェーンの在り方、適正な防衛費などに加え、円の価値の行方とその影響にもシミュレーションが必要である。