「日本人は自分の人生に向き合えていない?」という疑問
「日本人は自分の人生に向き合えていない?」という疑問
「キャリア」「海外大学院への進学」「出産・子育て」 どの道を選ぶか、悩んで出した答え
0歳の第1子と共に渡米し、コロンビア大学教育大学院へ進学した保倉冴子さん。安定志向だった保倉さんにとって、会社員を辞めることは人生の大きな選択だったと言います。第2回は、学んでいる学問と、それを目指すきっかけについて。そこには保倉さんのキャリア観がひもづいていました。
新卒で入社した企業が合わず、キャリアを見つめ直す
まさか、会社を辞めて海外大学院に進学するなんて――今、安定志向だった過去の自分ではまったく想像できなかった未来にいます。
私は新卒で大手企業に入社しました。就職活動では無意識的に「自分が何をしたいのか」より、「安定した環境で働けるか」を重視して選考を受けていました。この考え方は、昔から母が「女性も男性と同じように収入を得て、経済的に自立すべきだ。そのためには、女性が男性と肩を並べられる環境で仕事をしたほうがいい」と、話していたことが脳裏にあったからだと思います。だから私も、男性と同じ待遇かつ、安定した環境で働くことができる大手企業を中心に就職活動をしていました。
実際に入社した企業は超の付くホワイト企業で、両親や友人からは「とてもいい会社だね」と褒められましたし、自分でもそう思いました。
入社後は、新製品の開発チームでプロジェクト推進を担当しました。海外企業との打ち合わせをしたり、世の中にない製品を生み出す開発チームと関わったりすることに、とてもやりがいを感じました。
しかし、しばらく経つと、恵まれた環境のはずなのに、なぜか心がワクワクしないことに気づきました。1日のうち、少なくとも8時間は費やす仕事の内容に、ときめきを持てないことが苦しく感じるようになりました。
このような気持ちが芽生えた背景には、「自己理解を深められていなかったこと」があります。就職活動の時に行った自己分析では、「人生で成し遂げたいことは何か」「何にときめくのか」「何を大切に生きていきたいのか」「何に価値を感じるのか」など、自分にとって豊かな人生を送るために必要な自分自身についての理解をできていませんでした。自分のコアにある価値観に触れることができないまま、生活の大部分を費やす「働く」ということをスタートしてしまっていたのです。
この経験は大きな挫折でしたが、後にコロンビア大学教育大学院で「Adult Learning」を学ぶ理由のひとつになります。
ウエディングプランナーに転身して生まれた新たな思い
その後、ある書籍との出合いをきっかけに、完全オーダーメードの結婚式「CRAZY WEDDING」を提供するCRAZY(東京・渋谷)へ転職しました。(CRAZYへの転職経緯は、第1回・子連れでコロンビア大学教育大学院に留学 決意の裏には参照)
私はウエディングプロデューサーとして結婚式に携わり、やりがいのある日々を過ごしていました。結婚式を通じて新郎新婦の人生に触れて、人生の美しさや価値を伝え、人生に変化を生み出していくーー言葉では表現しきれないほどに喜びに満ちた仕事でした。さらに仕事に熱中していくと、同時に自分の視野も広がり、「もっと多くの人たちの人生を豊かなものに変えたい」と思うようになりました。
しかし私が担当できる結婚式は、多くても年間で30件ほど。世の中には結婚という選択肢を選ばない人も、結婚式を挙げないカップルも、法律上で結婚が認められない人もいるので、この仕事を通して関われる人の数には限界があります。
仕事に忙殺されて人生と向き合えていない人が多い
そこで、「Adult Learning」という学問に興味を持ちました。「生涯学習」「成人学習」などと訳されることが多いですが、大人になっても自分自身のことをより深く理解し変化し続けることを、組織心理や成人発達理論といった側面から学ぶことができる分野です。
Adult Learningを本格的に学びたいと思ったのは、新卒で入った大手企業と転職したCRAZYでの経験がきっかけでした。自分の社会人経験を通じて、「日本では社会に出ると『自分がどのように生きて、どのような人生を送りたいか』について深く考える機会が少ないこと」に疑問を持つようになりました。
日本人の多くは、新卒で企業に就職します。入社後は目の前の業務をこなすことで必死になり、振り返る余裕もない毎日を送っています。そうすると、自分が大切なことを認識する暇がなく、「自分の人生で何をしたいのか」より「これをしておけば大丈夫だろう」という無難な選択をしてしまいがちです。
私自身も、大手企業で働いていた時は「自分が人生で何をしたいのか」の答えが見えず苦しみました。どうすれば「自分の価値観を知ることができるのか」「自分が望んだ人生を歩めるのか」が分からなかったのです。周りで同じ悩みを持つ人がいたとしても、仕事に忙殺され、うやむやにしたまま働き続けていることがほとんどだったように思います。しかし私は諦めが悪いので(笑)、この分野についてきちんと学びたいと考えるようになりました。
また、このような自分のビジョンやバリュー(価値)を理解することは、仕事に関わることのみのように思われますが、実は人生の大きなテーマである「パートナーシップ」や「お金」などにも大きく関係しています。結局のところ、「自分がどうありたいのか」「どのようなことに価値を見いだして生きていきたいのか」を知らなければ、生活のすべてに軸が通らないと思うのです。個人が持つ価値観は、すぐに理解できるものもあれば、自分でも気づけないままのものもあります。Adult Learningを学ぶことで、「一人でも多くの人に自分の人生を自分らしく生きるための機会をつくれるようになりたい」と思い、専門的に学べる海外大学院へ進学することを決意しました。
受験勉強中はつわりがひどく、留学が不安に
「海外大学院を受験する」と決めたとはいえ、もともとは超安定志向だった私。まさか、人生の中で働かない時期が来るとは思ってもみませんでした。仕事をしていない自分が想像できず、キャリアを中断して留学することに後ろめたさがありました。
しかも、勉強を始めて、あと少しで受験を申し込もうとするタイミングで妊娠が判明! さすがに「進学を諦めないといけないかもしれない」と2~3カ月ほど悩み続けました。出産も子育ても未経験。その上、もし海外大学院の学生になったら、異国で子育てと両立しなければいけません。そんなこと、できるのだろうか。
さらに妊娠初期はつわりがひどく、勉強に集中ができませんでした。多くの悩みにぶち当たり、受験に必須であるTOEFLの点数も全然上がりませんでした。「私の人生もうダメかもしれない……」とベッドの上で涙を流すこともありました。
しかし、最終的には「出産も、受験も、今後のキャリアも諦めない」という道を選びました。その決断の背中を押してくれたのは、そばで見守っていたパートナーです。「人生一度きり。自分の中にやる気がまだ残っているなら、挑戦してみたら」と、前向きに考えられるような言葉をかけてくれました。彼もかつて海外大学院へ通っており、その経験が後の人生に大きな影響を与えたという経験談にも、説得力がありました。
それに妊娠・出産を理由に受験を諦めたら、すごく後悔するだろうと思いました。子どもができたから諦めるのではなく、「あなたがいたから一生懸命に頑張れた」と言える人生を歩む。そう決めてからは勉強に集中することができました。パートナーが背中を押して、子どもがアクセルを踏ませてくれたんです。
覚悟を決めたら後はやるだけ。毎日、TOEFLの勉強をコツコツと続けました。1日のうち平均5時間は勉強に費やし、TOEFLの過去問は30回分を2回ずつ解きました。出願直前の12月のTOEFLで106を取ることができた時は嬉し泣きするほどに、全身全霊を費やしました。
海外大学院を卒業後のキャリア設計についてはまた改めて。次回は「コロンビア大学教育大学院での学校生活」についてお届けします。
取材・文/松永怜 写真提供/保倉冴子さん