「コロナ第8波」で中年男性が「鬱」にならないためにできること
「国会議員の水道橋博士さんが『鬱』であることを理由に議員活動を休止しました。これは、とても意味のあることです。辞職ではなく、休止。鬱は病気ですから、症状を感じたら受診、治療をするのは当たり前のこと。その間、仕事を休むのは当然です。国会議員という地位のある人が病気を隠さず仕事を休んだことは、同じ症状の多くの人の励みになるでしょう。病気への理解も深まります。医師としても個人としても、僕は、とてもいいことだと思います」
精神科医の和田秀樹さんは、こう言う。
「鬱症状の訴えがあるとき、大きく分けて『鬱病』と『双極性障害』『適応障害』の3つの病気が考えられます。WHOの統計で、鬱症状の人は人口のおよそ3%、もともとは中高年の病気で、中高年者に限れば人口の5%ともいわれます。よくある病気なんです。
でも、とくに日本では、こういった心の病を公表したくない空気があります。そのため受診を躊躇い、治療が遅れることで悪化させたりするんです。数年から数十年、鬱に悩んでいる人もいます」
安倍元首相が「鬱」を公表していたら…
「かつてノルウエーのボンディビック首相が鬱病になって、職務を離れて休養することを発表しました。辞任ではなく、休養です。4週間の休養ののちに復帰し、首相を務めあげました。そのあと、なにが起きたと思います? ノルウエーで、自殺者が激減したんです。偉い人でも鬱になるんだ、鬱になっても治るし人生終わりじゃない、死ぬ必要はないという強いメッセージが国民に伝わったんですね。啓蒙です。すばらしいことです。
日本でも、たとえば安倍晋三元首相が、腸の病気を理由に総理大臣を辞めたことがあります。あのとき、辞任ではなく、病気療養をしていたら? また、腸の病気ではなく精神的な疾患であることを公表していたら? 日本の精神医療の空気はずいぶんと変わっていただろうなと思います」
「鬱」で疑われる3つの病気
「鬱病には『DSM−5』という診断基準があります。2013年に改定されたアメリカの診断マニュアルです。気持ちが沈む、不眠、疲労感、体重の減少、意欲の減退などの具体的な9項目があり、これらのエピソードのうち5つが2週間続いた場合、鬱病と診断します。ひとつ重要なのは、気持ちが沈むなどしても、逆に元気すぎる『躁状態』に一度でもかかっていたら『双極性障害』と診断します。また、会社や学校にいくと気持ちが沈むけど、家にいれば大丈夫っていう場合は『適応障害』の可能性があります。一見、似たような症状ですが、治療の方法は異なります。なので、自己判断はとても危険なんです。自己判断をせず、専門医を受診して適切な治療を受けることが大切です」
この3つの病気は混同しがちで、誤った治療をすると悪化することもあるという。病気を隠さず受診を勧めるのはそういったマイナスを警戒するからだ。
「鬱病の場合は、まず認知療法。それに薬が有効です。20代くらいまでの場合はちょっと違っていて、鬱というより適応障害のことが多い。薬は効きません。でも大人の鬱病の場合には、セロトニンが効果的です。40代50代になると、加齢とともにホルモンバランスが乱れて、体内のセロトニンという物質が減っていきます。そこに、外からセロトニンを投与するんです。これは、非常によく効きます」
数週間から数ヶ月、薬を飲むことで、すっきり治る患者さんも少なくないという。
「なりやすい人」には特徴がある
「鬱病になりやすい人、典型的なのは考え方が硬い人です。どう硬いかっていうと、この道しかない!って思ってる。真面目なんですね。
この道しかない、でもうまくいかない。そうすると、あーもうだめだってなっちゃう。この道がだめなら、あっちの道で、なんて考えられる人は鬱にはならないんですよ。
政治家でいうと、小泉純一郎さん。総理大臣だった時、郵政民営化なんてできるんですか?って聞かれて、やってみなきゃわかならいって答えた。人生いろいろなんてことも言ってましたよね。ああいう人は鬱にはならないです。安倍晋三元首相や、岸田文雄首相とは別のタイプですよね。
水道橋博士さんの場合も、国会議員になって、議員らしくしなくちゃとか、かくあるべし、みたいなことを考えてしまったんじゃないでしょうか」
コロナの行動制限は害悪しかない
「男性は、男性ホルモンの低下でセロトニンが不足すると意欲が低下して、人付き合いがウザくなるんです。女性関係だけでなく、人付き合い全般に。すると、アルコールに依存したり判断力が低下したり…。とくに双極性障害の場合は、気持ちの上下が激しくて、やけくそを起こすこともあります。高じて、えいやと自殺してしまうことも。自死までいかなくても、なにもかも面倒くさくなって、セルフネグレクトのような状態になることもあります。生き方が雑になってしまう。
コロナ禍で外出の機会が減ったことは、それに拍車をかけました。セロトニンは太陽の光をあびることで生成されるので、家に閉じこもっていちゃだめなんです」
新型コロナ「第8波」がきたといわれるが、行動制限が強まることは「マイナスしかない」と和田先生は言う。
「外出しないこと、人と会わないことが、どれほど人間を弱めるか。病院や高齢者施設の面会禁止…このコロナ禍に、年間100万人のお年寄りが、身内に看取られることなく亡くなっているんです。政府の対策は人を不幸にしています。新型コロナを2類から5類変更すればいい。でも、かくあるべしの硬い思考、決めつけがそれを妨げています。鬱になる人と同じ思考法ですね」
大切な人が鬱になったら…
それでも、我々は決められたルールのなかで生き延びるしかない。コロナ禍も不況も避けられないなか、気持ちが沈むことは少なくない。
「大切な人がそうなったら、安易な励ましより受診を勧めることです。よくやるのが、励ますつもりでがんばれ、って。よけい自己嫌悪になってしまう。夫とかパートナーとか身近な人なら、あなた最近ちょっとおかしいわよ、って言って、精神科に行ってみましょうよというのが正解です。
これは日本人の思い上がりだなと思うことがあって、本来専門家に任せなきゃいけないことを自分でやろうとする。自己判断とか、自分でなんとか治そうとか。介護なんかもそうですよね。
負担を自分ひとりで受け止めようとせず、プロの手に任せる。自分のメンタルヘルスが最優先です。仕事のためとかなにかのために生きるより自分のために生きる。休みたければ休めばいいんです。こうでなきゃ、なんて考えず、人生いろいろと笑い飛ばす。笑顔を取り戻せるようにね」
最近、イライラして怒りっぽくなった、眠れない、なんてことは誰にでもあるだろう。笑顔で生きたい。水道橋博士はじめ、心の病に悩む人から学ぶことは、けっして少なくないようだ。