第2回 感情はなぜあるのか

感情・人格心理学(’21)

Psychology of Emotion and Personality (’21)

主任講師名:大山 泰宏(放送大学教授)、佐々木 玲仁(九州大学大学院准教授)

【講義概要】
本講義では感情心理学および人格心理学について論ずる。ここで取り扱う感情とは「そのときどきの気持ち」のことであり、人格とは「それぞれの人がら」のことである。これらのことについて、どのような概念なのか、あるいはどのように測定するのか、そしてどのように発達していくのかなどについてそれぞれの観点から述べる。また、感情については、その種類や表し方、記憶との関連など、人格については、それをどのように記述するのか、環境との関連、心理療法との関連など、様々なテーマで論じていく。また、感情と人格の繋がりや日常生活との関連についても取り扱う。

【授業の目標】
感情および人格という日常でも出会う概念について、心理学上の様々な論点から考察できるようになること、また、学術的な理解を得るだけでなく、その理解が日常生活とどのような繋がりがあるのかかについての知見を得ることを目標とする。

第2回 感情はなぜあるのか

そもそも感情というものはなぜあるのかについて、それが自分自身について及ぼす影響と、他の人とのつながりに及ぼす影響の観点から論じる。

【キーワード】
感情の機能、感情が及ぼす影響


1.我々に感情がある「理由」

2.感情がそれを持っている人自身に及ぼす影響

(1)安定した状態への作用

a)安定した状態を崩すこと

定常状態→急激な変化や突発的な出来事→「日常の定常状態を解除する機能」

b)崩された安定状態を回復すること

(2)優先順位の変更

「割り込み」・・・・・感情が生じることによって、そこまで継続していた状態における心理的な優先順位を変更してしまうことがある。

(3)記憶への作用

a)記憶の検索速度を上げる

ものを覚えるプロセス・・・・・「記銘」

貯えておく・・・・・「保持」

呼び出す・・・・・「想起」 → 感情は想起に影響する。

b)強く記憶させる

何らかの感情が生起しているときの方が強く記憶されるということが知られている。・・・・・「記銘」

3.感情がそれを持っている人以外の人に及ぼす影響

(1)感情が生起した人の状態についての情報を他の人に与える

(2)他の人に感情を生じさせる

(3)他の人に行動を起こさせる

(4)感情におけるぼポジティブバックループの生成

あることの結果が、その結果を引き起こした原因を生む、つまりあることの結果自体がその原因の原因となる。・・・・・ポジティブバックループ

ポジティブフィードバック – Wikipedia

4.感情はなぜあるのか

機能の問題・・・・・感情があることで、人は自分自身の安定状態を崩したり戻したり、また、対応の優先順位を変更して目の前の状況に対応することができる等


出典:『新世紀エヴァンゲリオン』より

石川 エヴァンゲリオンが出てきた(笑)。

北川 今年は、映画『シン・エヴァンゲリオン』の最新作が発表されるということで、過去の話を観直していました。

主人公の碇シンジが「動け、動け…っ!」と言っているのを見て、ふと思ったわけです。

「感情とは何か?」と。

「感情とは何か?」〜人間を理解するために〜

北川 感情には、2つの側面があるかなと思います。

出典:『新世紀エヴァンゲリオン』より

まず一つは、経営だとアンガーマネジメントの話もありますが、怒りなどの「コントロールしないといけない厄介なもの」という側面です。

反面、恋愛やWell-beingなど、人生を豊かにしてくれる最高のご褒美という側面もあります。

なぜ人間は、これら相反するような感情を持つようになったのか。

これを疑問に思い、解き明かしていこうというのが今日の主旨です。

石川 なぜ、アメとムチを与えるのかということですね。

北川 その通りです。

僕が感情に興味を持ったのは、(井上)浄さんと全く同じ理由からです。

それは「ワクワク」つまり「やる気」です。

出典:『新世紀エヴァンゲリオン』より

井上 やっぱりこれですよね!

▶編集注:本セッションのPart1〜3では、井上浄さんに「ワクワク感こそが、人間の行動を突き動かす動力源である」とする説を、実際の研究成果とともに解説いただきました。

北川 やる気こそが人類の価値の源泉であり、イノベーションにおいてはこれを最大化することが最も大事だと誰もが思っています。

また、僕は理論物理学者だったので「エネルギー保存の法則」などをずっとやっていました。

エネルギーは代替して保存されるので、ゼロイチなんて言葉は許せない!

写真左から、リバネス井上さん、楽天 北川さん

井上 なるほど(笑)。

北川 ゼロイチなんてないんです!でもゼロイチがあるのがやる気なんですよ!

一同 (笑)。

井上 かなり前にとったメモを最近見返したのですが、「喜怒哀楽を鍛える」と書いてあって(笑)。

石川 鍛えるものなんだ(笑)。

井上 感情は鍛えるものなんだなあ、と思って(笑)。

怒り狂う時に、きちんと怒り狂えることが大事だなと。

北川 まさに!その通りです。

怒り狂えた碇シンジ君(主人公)だからこそ、お父さん(碇ゲンドウ)に「なぜ、ここにいる」と言われた時に、「僕は…僕は、エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジです!」と。

(壇上沈黙)

井上 今日は、それを言いに来たんですよね(笑)。

北川 まあつまり、やる気が大事だということです(笑)。

皆さん、ぜひエヴァンゲリオンを観てください。

プルチックによる感情の8分類

北川 さて前回、理解するとは「分類、予測、実現」だという話をしましたので、まずは分類からいきましょう。

北川 拓也の主張① ともに「人間を理解するための研究所」を創ろう!(ICC KYOTO 2020)

感情の分類については世界的な合意が取られているものがあって、このような図(プルチックの感情の輪)で表すことができます。

怒り、嫌悪、悲しみ、驚き、恐れ、信頼、喜び、予期です。

それぞれ必ず相反する感情がある不思議な構造になっていることに、僕も驚きました。

そして先ほどの碇シンジ君をプロットすると、こうですね。

…やりたかっただけです。

井上 げきおこシンジを載せたかっただけですよね(笑)。

北川 そうです。次行きましょう(笑)。

感情と行動はフィードバックループでつながっている

楽天株式会社 常務執行役員CDO グローバルデータ統括部 ディレクター 北川 拓也さん

北川 進化論上、なぜ僕らが感情を持つことになったのかが大事だと思います。

犬も怒ったり喜んだりしますが、人類の進化上間違いなく役立ったからこそ、我々は感情を強く持つようになったというのが僕の仮説です。

井上 確かに。

北川 さらに僕の仮説は、人類が繁栄する上で、最高に効率の良い学習システムを提供したのが感情ではないかということです。

それを図にしたのが、こちらです。

感情が行動を起こし、行動が感情を作ってゆく。

このフィードバックループを考えることで、先ほどの矛盾が解決されるのです。

つまり、感情が行動を起こすところ(左向きの矢印)が「やる気」になるところ。

怒りであり、ポジティブな感情であり、要はドライバーです。

そして、それに対する報酬(右向き矢印)として、喜びのような感情が生まれると。

このように、因果関係ではなくフィードバックループとして理解することで、相反する状況を1つの図として説明することができます。

今後のAIの理解においても、それを因果関係として読み解くのではなく、必ず強化学習のフィードバックループとして理解すべきだと思っています。

そして経済学など全ての学問を、このように書き換えてゆく必要があるというのが第一の提言です。

石川 進化となると、短期的な利益だけではなく長期的利益も合わせて調和させなければいけないですよね。

北川 そうです、多様性を調和する必要があります。ネガティブな感情が残った理由はそこだと思います。

井上 なるほど。

「感情とは何か?」理解するための必読書

北川 そして閑話ですが、このセッションのためにあるような本があります。

『感情とはそもそも何なのか』(乾 敏郎/著)です。

石川 これは名著中の名著ですよね。

北川 必ず読んでいただきたいのですが、この本に結論が出ています。

「感情とは、フリストン自由エネルギーの最小化メカニズムである」という答えです!

井上 なるほど、分かりやすい!

一同 (笑)。

北川 前回のセッションでも出てきましたが…。

石川 善樹の「概念進化論」②「概念」が物事の処理を容易にし、世界の見方を変える(ICC KYOTO 2020)

石川 これは去年、拓也(北川さん)と僕が一番興奮した理論ですよね。夜な夜な、勉強会を開いたくらいですから。

一同 (笑)。

石川 難しすぎるんですよ(笑)。

北川 簡単に言うと先ほどのフィードバックループの図で、数学的・理論的な原論もあるということです。

福田 感情と行動がフィードバックループしているのはよく分かったのですが、最初はどこから始まるのでしょうか?

北川 それがないのがポイントなのです!常にくるくる回っている。

福田 でも、最初の力は必要なのではないでしょうか?

北川 いえ、人が存在する限り、常に共にあるのです。

福田 なるほど。

石川 同時にあるんですよね。どちらかではなくて、どちらもある。

福田 生まれた瞬間にどちらもあるということですか?

石川 そうです。

北川 必ず、両方あります。それが、身体知ということです。

井上 分かるような、分からないような(笑)。

6. 北川拓也が解説「人生を豊かにする感情の使い方」

本編

人生を豊かにする感情の使い方

北川 ここまで、感情を分類しそれがどういうものかを理解しましたが、一番興味があるのは「感情をどう使えばより良い人生が送れるのか」という、実現の部分ですよね。

「人生を豊かに生きる、感情の使い方」ということで、先ほどの図をもう少しブレイクダウンしました。

行動を起こすと結果が生まれ、結果が脳で報酬と解釈され、報酬が感情を引き起こす。

左が体の外にある世界で、右が人間の脳の中です。

これらの各ステップに名前をつけると、行動が結果を生むのは「因果」、結果を報酬と理解するのは「知覚」、報酬を感情として呼び起こすのが「脳回路」、そして感情が行動になるのは「やる気」です。

それぞれをドライブできれば、人間は学習ができる、より良い人生を生きられるということです。

① 行動→結果:科学により因果を理解する

北川 一つずつさらっと説明していきたいと思います。

行動が結果を生むという「因果」の部分は、これこそ科学が行ってきたことです。

200年の人間の科学史はまさに、世界の因果関係を正確に理解するためのものでした。

② 結果→報酬:知覚することで価値を理解する

北川 次に結果から報酬を読み解く「知覚」の部分で、思い出すものはありませんか?

2018年のセッション「知性の核心とは何か?」で話したのは、まさにこれなのです。

89.1%が“最高だった”と評価した伝説のセッション「知性の核心とは何か?」(ICC FUKUOKA 2018)

「知性とは知覚である」と安宅(和人)さんが言っていましたが、「世の中で起こっている結果について、どういう価値があるかを脳が解釈すること」が知覚です。

福田 例えば、「お金には価値がある」と認識するということですね。

北川 そうです。「○○がある」という事実を知っているだけでは、それが自分のためにどういう価値があるかは認識できません。

だからこそ我々は、ビジネスモデルを勉強したり、色々なメディアに触れたり、こういったセッションを聴いたりして、価値を刷り込んでいるのです。

結果から報酬へと脳内変換をするのが、知覚であるということです。

石川 なるほど。

③ 報酬→感情:脳回路が価値を感情に変換する

北川 次に報酬から感情の部分ですが、価値を認識した後の嬉しい、悲しい、怒りといった感情への変換は、意識せずとも脳回路において一瞬で行われます。

これも、何かを思い出しませんか?

井上 何ですか(笑)? なぞなぞが多いなあ(笑)。

北川 青春って、そういうことじゃなかったですか?

『青春と僕』――楽天CDO・北川拓也は今、科学者として「青春」を理解する(ICC FUKUOKA 2019)

井上 青春、そうだった!

北川 報酬を得た時にどう興奮するか、というのがシーズン1での青春の話でした。

青春時代の定義は「小さい報酬には怒りを覚え、大きな報酬には異常な興奮を覚える時期」です。

子どもの頃はどんな大きさの報酬でも同様に喜ぶけれど、大人になると身の丈に合うレベルでしか興奮しない。

報酬を感情に変える「脳回路」こそが、青春を理解する根源にあったわけです。

石川 同じレベルの報酬でも、子どもと青春と大人では反応感度が違うという話でしたね。

福田 人によっても違うのですよね。

北川 その通りです。そして同じ人間でも、大人になると変わっていきます。

僕は「感情レベルの学び」と呼んでいますが、これを鍛えることがすごく大事だと思っています。

報酬をいくら価値だと認識したところで、興奮しなければ行動に移せません。

人類が陥っている問題は、例えば、1,000万や2,000万円の収入を受け取った時にあまり興奮しきれず、「あれ?これって嬉しいんだっけ?」と思ってしまうことです。

今の人類は、脳回路構築に苦労しているのです。

石川 色々な報酬や刺激がありすぎて、麻痺してしまっているのでしょうね。

インドまで行かないと、人生観を変えられないとか(笑)。

一同 (笑)。

石川 でも、近所のコンビニに行って人生観変わってもいいじゃないかと。

井上 報酬の設定の仕方にもよるでしょうね。

ドーパミン(快楽を司る脳内物質)が出た際に、得た報酬について自分が予測したものからどれだけ外れているかがとても重要で、それをどう自分でプロデュースするかですよね。

北川 そうですね。ただ報酬から感情への変換はかなりの部分が脳回路に埋め込まれてしまっているので、変えるのはなかなか難しいのです。

脳回路を鍛えるには「Being」を追求し、旅をせよ

北川 ハーバードビジネススクールの教えは、「Knowing」から「Doing」に、そして最近は「Being」に移ってきていますが、今の話はまさに「Being」の学びです。

自分がどういう存在でありたいかは、どの報酬をどの感情につなげるかということです。

石川 Knowingは、こうしたらこうなるという因果ですよね。Doingは、結果から報酬。

北川 まさにそうです。そしてBeingは、報酬から感情へ。

井上 なるほどー!

北川 最後のピース、つまり脳回路を鍛えることの大切さが、ようやく体感として理解されてきたと思います。

これが、今アートが流行っている理由でもあります。

そして(石川)善樹さんと話しているのが、「青春と白秋をし、旅をせよ」ということです。

井上 白秋って言ってみんな分かるのかな(笑)。

▶編集注:シーズン1では、人生100年時代の新たな青春として「白秋」を定義し、その脳機能を解析することの重要性が議論されました。

北川 脳回路を鍛えるのは容易ではありません

(小林)雅さんが実施しているこのICCサミットは、良い例です。

ICCサミットは一見、Knowingを鍛えているように見えますが、違います。

僕らはここに、Beingを鍛えに来ているんです。脳回路を書き換えに来ているんです!

石川 Well-beingを鍛えに来ていますね。

井上 まさに。

北川 これはすごく大事な学びです。

福田 雰囲気としては分かるけど、頭で理解するのが難しい(笑)。

北川 (笑)。

福田 分かるけれど分からない、みたいな感じです(笑)。

楽天CDO・北川が掲げる「人間理解の統合理論」

北川 というわけで僕は今日、新しい学問体系として、この「人間理解の統合理論」を提案したい。

石川 めちゃくちゃ面白いね、これは新しい。

北川 新しいでしょう。しかも、今まで話した内容が全部つながっています。

井上 感情から行動のところは、僕がワクワクについて(Part1〜3参照)お話しさせていただきましたしね。

北川 まさに!浄さんは、分かっていらっしゃる!

井上 前打ち合わせなしなのにね(笑)。

福田 ここに腸内細菌(Part4参照)も入れてくださいよ(笑)。

一同 (笑)。

北川 脳回路に腸回路も加えなきゃですね(笑)。

これからのイノベーションを考えたときに、僕らはやる気を起こすところに重要性を見出しながら、どうすればいいのか分かりませんでした。

でもこの3つを理解することで、世の中のイノベーションのスピードを一気に上げていきたい!

そしてそれらを学問体系としてきちんと理解するために、自然科学、知性、脳科学、そして腸科学を組み合わせて学ぶ方法を、僕らは学問として成立させなければいけないのです。

石川 めちゃくちゃ良いじゃないですか。

福田 人間理解の統合理論。

石川 では僕は最後に、我々日本人はどういう脳回路を発達させてきたのかをお話ししましょう。

井上 いいですねぇ。

(続)

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