「将来の夢は会社員」そんな子どもたちは知らない、”粗大ゴミ”として扱われるシニア社員の末路

日本は「会社員崩壊時代」に突入している

 

今年3月に発表された「第33回 大人になったらなりたいもの」調査のランキングで、前年に続いて「会社員」が1位になった。なぜ子どもたちは会社員に夢を持つようになったのか。健康社会学者の河合薫さんは「これは『会社員になれれば大丈夫』と考える大人が、いまだ多いことの裏返しだろう。しかし、日本はすでに『会社員崩壊時代』に突入している」と指摘する──。(第2回/全6回)

 

新型コロナを言い訳にした切り捨て

コロナにおいて、非正規雇用者を雇い止めし、正社員の希望退職の年齢を下げ、募集人数を拡大させる動きが続いている。新型コロナを言い訳にした黒字リストラも増加中だ。

無節操にさんざん社員をけしかけ、走らせ、持ち上げ、何かあればある日突然はしごをはずす。それが日本の企業社会の現実である。

平成の30年間を経て、経営者と社員の蜜月の関係は完全に終わりを告げた。おそらく令和になった今後は、経営者と社員の関係はさらにドライになる。

フリーランスやら業務委託やら、雇用義務を放棄できる働き手をどんどん増やし、平成で増えた非正規よりもさらに不安定な働かせ方が当たり前になる。事実、すでに、正社員を一方的に業務委託に切り替える会社も出てきている。

会社員崩壊時代がやってきた…

私は常々「会社員は消滅する」と訴えてきた。だが現在は、「消滅」より「崩壊」という表現がより適切だと考えている。「会社員」という枠組みは残る。しかし、中身は私たちが知っている従前の会社員ではない。使い捨てで、いつでも代わりがきくロボットのような存在になった。まさに「会社員崩壊時代」に突入したのだ。

暗闇の中の刑務所のバー

なのに……パラダイム・シフトできないエリート会社員のなんと多いことか。

「ほかよりまし」
「なんやかんや言って、安定しているし」
「とりあえずつぶれていないし」

ぐずぐずしていられないはずなのに、いまだに過去の会社員像を追い続けている。しかも、その感度の低さが子どもたちの世代に伝播するという、厄介な事態まで起こっている。


子どもが将来なりたいものの1位は「会社員」!?

2021年3月、「大人になったらなりたいもの」ランキングで、「会社員」が男子の部で堂々のトップという目を疑うような調査結果が報じられた。さらに今年3月に発表された新規調査でも同じ結果となり、一過性のものではないことが明らかになった(第一生命保険「第32回 大人になったらなりたいもの調査」「第33回 大人になったらなりたいもの調査」)。

「会社員」を夢見る子どもは、男子の部では小学生から高校生のすべての部門で多く、その他の職業を抑えてトップだった。とくに高校生の部では、第2位の「公務員」をダブルスコア近く引き離していた。女子の部でも「会社員」は人気で、小学生でこそ第4位とふるわなかったものの、中学、高校生では断トツの1位だ。

この結果を微笑ましく受け止めた人もいたかもしれないが、私には異常事態にしか思えなかった。

子どもたちは「自宅で仕事をしているパパ(ママ)みたいになりたい!」と、リモート勤務する会社員の姿を無邪気に夢見たのかもしれない。だが、子ども社会は大人社会の縮図であり、この結果は、暗に「会社員という身分を得さえすれば大丈夫」と考える、パラダイム・シフトできていない大人の多さを反映したものにすぎない。

シニア社員を“粗大ゴミ扱い”するな

そんなお人好しだから、会社員はどこまでも会社から譲歩を迫られ、挙げ句の果てには定年を迎えるにあたって、会社側から「定年延長をしたのにシニア社員が会社の期待に応えない。定年延長は失敗だった……」などと“粗大ゴミ扱い”されてしまうことになるのだ。

「定年延長やめときゃよかった」というセリフは、ある企業の役員から私が直接聞いたものだ。

定年延長を選んだ社員の側が嘆くならわかる。しかし、社員を「人」として見ず、まるで会社の部品のように扱ってきたことを棚に上げ、「ベテラン社員が期待を裏切った」と会社側が定年延長を嘆くとは合点がいかない。パラダイム・シフトできない社員の弱みに付け込んでいるとしか思えない。

そもそも、かつて上司が部下を育て、先輩が後輩を育てたのは「会社のために」というコミットメントが存在したからだ。社員の「会社への思い」を著しく減退させたのは、長期雇用(Lifetime Commitmentの筆者訳)や年功序列などの制度崩壊そのものではない。会社側の心理的契約の不履行にこそ原因がある。

会社の利益だけを考え、社員を単なる労働力として扱い、社員の生活を守るという経営者の責任を放棄してきた。その結果が現在である。なのに、「経営者」には、社員の信頼を破り続けてきたことがわからない。

 


雇用流動性の低い国では長期雇用がベスト

1993年にOECD(経済協力開発機構)が行った労働市場の調査では、アメリカやイギリスでは流動的な労働市場が成立している一方、ドイツやフランスは企業定着率の高い長期雇用慣行が形成されていることがわかっている。

流動性の高い労働市場が成立している国では、「リストラ」は文字通りの「リストラクチャリング(事業の再構築)」として、個人、会社、マーケットの最適化・活性化に寄与する。

ところが、流動性の低い労働市場の国では「リストラ」とはすなわち「首切り」以外の何物でもなく、雇用不安や消費者の購買力の低下を招くだけであって、そこから社会を活性化するような新たなムーブメントが生まれることはほぼ期待できない。

日本のように流動性の低い国では、明らかに長期雇用慣行を維持することが適しており、それが世界の趨勢なのだ。

成功への鍵を選ぶ

産業構造が変化し、競争相手も増え、バブルも弾け、日本企業は窮地に追い込まれ、経営能力が試される時代に突入した。そこにコロナ禍が襲った。しかし、怠慢な経営のツケを払わされているのが現場の会社員だけとは、あまりに酷い仕打ちではないか。

「働かないおじさん」問題は本当か

働く側はずっと譲歩し続けてきた。ずっとずっと譲歩し続けてきた。ある程度は、仕方ない部分もあったかもしれない。しかし、本来「働く」という行為は、人の尊厳を守るためのものだ。人は生きるため、幸せになるために働いている。働くことは人生を豊かにする最良の手段だ。なのに、今の働き方に尊厳はあるだろうか。

「海外に比べ、日本の中高年は給料をもらいすぎだ」と批判されたり、一部の50代社員の代名詞に「働かないおじさん」という切ないフレーズが多用されたりするが、これは幻想にすぎない。

アメリカ以外の先進国、すなわち欧州も日本同様、勤続年数で賃金が上がるし、長期雇用も決して珍しいことではない。中でも「日本型雇用に近い」とされるドイツでは、勤続年数10~20年までの賃金上昇率は高い。「勤続1~5年」と「勤続30年以上」の比較も、日本の1.8倍に対し、ドイツは1.7倍とさほど変わらないのだ(労働政策研究・研修機構「データブック国際労働比較2019」)。

それだけではない。1997~2019年までの22年間の男性大卒者の賃金変化率を見ると、25~29歳は2.2%上昇しているのに対し、55~59歳は11.3%も下降している。他の年齢層も同様に、35~39歳6.9%、45~49歳9.6%と、軒並み減っているのだ(日本労働組合総連合会「連合・賃金レポート2020」)。


50歳を過ぎたからといって、突然「働かないおじさん」になるわけではない。歳を取るほど、若い社員よりも能力が低くなり、新しいことへの適応力が劣るようになり、仕事に取り組む意欲が乏しくなるというエビデンスはどこにも存在しない。

なのに、「50代より、若手」「そうそう、使えるのはZ世代!」だのと、あたかも年齢が能力を左右するがごとき言説が繰り返される。50代は厄介者扱いされ、若手からの突き上げは大きくなるばかりだ。

ビジネスの論理からいえば、年寄りは嫌われる。悔しいけれど、これも「あるがままの現実」である。どんなメリトクラシー(能力主義)社会の勝者であれ、老いから逃れるのは無理だ。

「パラダイム・シフト」はすでに起こっている

コロナ禍で一気に加速したリモートワークの環境やロボット化により、求められる人材、評価される人材はこれから大きく変わる。

世界経済フォーラム(World Economic Forum)の報告書では、「ロボットの導入が進めば、2022年までに7500万人の雇用がなくなる」と警鐘を鳴らす一方で、「今後5年間で、正味5800万人の新規雇用も創出される」と試算している。今や「45歳定年制」すらささやかれ、50代はおろか40代もお荷物扱いされかねない状況だ。パラダイム・シフトの入り口でまごまごしている時間はない。手遅れになる前に具体的に動く必要がある。

人生には、放っておいても勝手に起こる出来事と、自分から仕掛けて起こる出来事の2つの種類がある。今こそ、50歳の意地を見せ、アクションを起こす時だ。「強い心、知性、勇気があれば運命の力を阻み、しばしばそれを逆転することが可能である」と言ったのは、フランスの作家、アルベール・カミュだったか。

企業経営の世界にパラダイム・シフトの概念を普及させたアメリカのコンサルタント、ジョエル・バーカーは、「パラダイム・シフトとは、新しいゲームに移行すること、ゲームのルールがすっかりかわってしまうことだ」と定義した(『パラダイムの魔力』)。

人生は一本道ではない

日本では今まさに、働く人々のパラダイム・シフトが進行中だ。

“新しいゲーム”は、「あなた」が想像する以上に厳しく、困難を伴うかもしれない。しかし、想像を裏切るほど「面白い!」ことが待っている可能性も高い。

実際、シニア転職で新しいチャンスをつかむ人も多くなってきた。人生は一本道ではない。いくつもの曲がり角を抜けて、「私」だけの生き方を作る“ゲーム”なのだ。

そのためには「私」が変わること。「私」の思考を変えることで、“ゲーム”は俄然面白くなる。

それは果たしてどんな“ゲーム”なのか。そして、どうすればその“ゲーム”を生き抜けるのか。その答えを探して、今回『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』という本を書いた。読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思う。

 

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