見栄えがいいからと就職し、コスパが悪いと転職をやめ…「なにものかに早くなりたい」「ありのままの自分でいたい」が共存している若者の矛盾する仕事観

厚生労働省が発表している新卒の早期離職率(就職後3年以内の離職率)は、リーマンショック以降3割程度と一定の水準にあるが、近年、従業員が1000人を超える大企業に限れば離職率が上がる傾向にあるとリクルートワークス研究所主任研究員・古屋星斗氏は指摘する。最近では「私らしい働き方」の実現を謳うTVCMが流れ、若者もその手の話題に関心が高い。退職を選ぶ背景にある、現代の若者の心理とは――。

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若者のキャリアの悩み

就職活動中の20代の女性から、こんな相談をメッセンジャーで受けた。

「就職活動で会社をまわればまわるほど、自分にフィットする会社がわからなくなりました。働き方、待遇、理念、仕事、自分なりに考えていることはありますが、自分にフィットするかと言われると不安で情報を集めてもわからず、万策尽き果ててご連絡した次第です」。

大手金融機関に勤める20代の男性。「ずっと今の会社にいるつもりはないし独立したいと思っており、数年前から仲間と計画を練っているんです」と語っていた。

しかし翌年会った際にはそんな素振りもなく、不思議に思い彼の独立計画について聞くと「いろいろ話を聞くと、コスパが悪いような気がしてやめました」。

2度の転職を経て現在は大手不動産の事務職をしている20代後半の女性。「転職先選びは見栄え重視だった」そうだ。「好きなことというよりは、『どこで働いてるの?』と友達とか先輩に聞かれたときに、言えば『あ~!』と言われる会社を選びました」。「親も近所に自慢できてたし、親孝行」だと感じていた。

しかし最近、「やりたいことを真剣にやるべきなのではないか」と悩んでいるという。

ありのままの自分でいたい

誰もが知っている超大手企業で「転職する若手がとても多い」という話を聞くことはもはや珍しくない。「このままだと、いつまでも自分の名前で仕事できないモヤモヤ感を抱えながら働き続けることになる」、そんな気持ちで職を転ずる若手の声をたくさん聞くことができる。

大手企業で目の前の仕事に黙々と取り組む中で、SNSでかつての同級生が起業したり、副業で活躍をしていたり、メディアに出たりするのを見ることもある。そんなとき、モヤモヤ感は最高潮となる。

経済社会の急速な変化の中で、点描した若者の声は、”逃げ切り”が不可能だとわかっている中でもがいている姿である。

こうした中で、若者のキャリアづくりはどのように変わっているのだろうか。仕事に対する考え方や価値観について聞いていったところ、出てきたキーワードを2つのグループに整理できることに気がついた。

ひとつは「自分が良いと思ったものを大事にしたい」「”ありのまま”でいたい」といった意味の言葉、もうひとつは「なにものかに早くなりたい」という意味の言葉である。

1つ目の「自分が良いと思ったものを大事に」「”ありのまま”働きたい」。具体的にはこのように発言される。

「自分が好きな場所で働きたい」

「休みを好きなときに取れる職場で働きたい」

「自分が後悔なく仕事をしたい」

「30歳までには結婚したいのでそれができる仕事を」

「家族を優先するスタイルで仕事をすること」

「身近な人を裏切らない仕事」

こうした、自分が良いと思う仕事をありのまましたい、という声である。ナンバーワンからオンリーワンへと言われ、”個”を尊重しようとする時代の中で、そのままの自分で、自分が良いと思うものを軸にして、自分自身のままに、といった価値観を大事にしながら就業しているスタイルが見えてくる。

替えの効かないひとりの社会人になりたい

もうひとつの「なにものかに早くなりたい」は、以下のような声だ。

『ゆるい職場――若者の不安の知られざる理由』(著:古屋 星斗/中公新書ラクレ)

『ゆるい職場――若者の不安の知られざる理由』(著:古屋 星斗/中公新書ラクレ)© 婦人公論.jp

「専門家になりたい」

「この職種で一人前になりたい」

「なにかの分野の第一人者になりたい」

「自分はこの道の人間です、と言えるレベルに」

「30歳までにほかの人にはない、大きな成功体験をしたい」

「今は修業期間だと思っている」

こういった、早く社会から”いいね”と認められ、求められるようになりたい、という声も多くの若手から聞くことができる。

今はなにものでもない自分だが、社会の中でいつか組織ではなく自分の名前で、替えの効かないひとりの社会人になりたいという思いを持って仕事に臨むスタイルが見えてくる。

同様に、「自分だけが、まわりから置いていかれる気がしてしまう」といった焦りの声もこういった意識と表裏の関係にあると言えよう。

若者のこうした2つの声、価値観は、ともに現代社会からの要請でありながら、同時に彼ら・彼女らの心の奥底から湧き上がってくる感情でもあると感じる。

この「ありのまま」と「なにもの」、どちらが強いか、どのくらい強いかといったひとりひとりのバランスや気持ちの絶対値は異なるものの、両方の感情が共存していることが、現代の若者のキャリア観の基底をなしている。

矛盾する2つのキャリア感

こうした「ありのまま」と「なにもの」、この2つの言葉自体は、2010年代に流行した映画の楽曲や小説のタイトルなどにもなったように、盛んに訴求されている言葉であり目新しさはない。

「ありのままで生きていく」「好きなことで生きていく」といったストーリーは何度も発信され、また、若くして「なにものかになった」かのような無数の同年代の話も繰り返しシェアされている。若者にとって、当たり前の2つの価値観であると言えるかもしれない。

しかし、この2つのキーワードは、実は相互に矛盾する要素をたくさん持っている。

自分が良いと思うがままに働こうとすれば、「なにもの」かになるためには遠回りになるかもしれない。「なにもの」かになろうと思い最前線で必死に働きながら、自分が良いと感じたものだけを大事にし続けるのは難しいだろう。

おそらく、この「ありのまま」と「なにものかになりたい」は、二項対立ではなく、すべての若手社会人の中でグラデーションのように存在する要素である。

「30歳までに部長になりたい」という女子学生は、しかし一方でプライベートでもキラキラしたいと思っているかもしれない。地方へ移住してライフスタイルを追求した20代の男性が語っていたのは、「自分でないとできない仕事をしたい」であった。

「ありのままで生きていく」「なにものかになった」矛盾する2つの価値観は若者にとって当たり前の価値観なのだろう(提供:photoAC)

「ありのままで生きていく」「なにものかになった」矛盾する2つの価値観は若者にとって当たり前の価値観なのだろう(提供:photoAC)© 婦人公論.jp

“情報過多”な現代の若者

こうした「ありのまま」と「なにもの」の間に、キャリア観の無数のグラデーションがある。さて、それではその仕事やキャリアの実際はどうだろうか。

インタビューから見えてきたのは、多くの若者が、ひとつの決まった解答が存在しないこのグラデーションの中で、自分の最適解を見つけるために”情報過多”に陥っているのではないか、という仮説であった。

情報が大量にタダで獲得できる世の中で、キャリアや仕事、ワークスタイル、ライフスタイルに関する情報が肥大化している。このことが、職業生活上のアクションを起こすことの足枷になっている、ということはないだろうか。

例えば現代の若者にとって「あるある」な状況を想像してみよう。大手企業に入った20代後半の若手社会人がいる。優秀な大学を卒業しており、同期の繋がりなど様々なコミュニティも持ち情報のアンテナは高い。

ある日ふとチェックしたSNSで、大学時代の友人が起業し、数億円の資金調達をした話がシェアされていた。この若者はこのニュースを見てどう思うだろう。おそらくこの”情報”を見て、起業に向けたアクションなどの行動に繋がる例は稀ではないか。それどころか、「自分も起業に一歩踏み出そう」と思うケースすら稀かもしれない。

多くの場合では、「いいね」を押してそっとSNSを閉じるだろう。そこで生じる感情は率直に言えば、焦り、不安、無力感、さらには嫉妬である。

また、こうしたケースもある。必要性を感じて社会人大学院に通おうとする。しかし、ネットで情報を収集していたところ、意味がないという意見の文章や「コスパが悪い」といったネガティブな評判を複数見ることとなり、思い直して通うことを止めてしまった……。

行動を起こした個人を揶や揄ゆするような、「※※した人の末路」といったネット記事はいくらでも存在している(例えば「就職せずに起業した若者の末路」などの論調が存在する。現代社会は、何かをすることに対してネガティブな情報を取得することも容易である)。

大切なのは「スモールステップ」

どんなアクションにしろ、職業生活を直接変える力があるアクションには大きな労力がかかる。時間も必要になるし、お金も必要になるかもしれない。周囲を説得しないといけないかもしれない。実行までのハードルが高いからこそ、稀少性が高く効果が直接的であるとも言えよう。

では、若者がキャリアを変えるためにはどうすれば良いのか。立ちすくむ若者を変える可能性があるファクターは、「小さな行動(キャリアを直接変えるような大きなアクションとは別に、日常に潜んでいる活動)」によってそのハードルを越える前の準備をすることだと考えられる。

確かに、会社を横断した活動をしたり、副業をしたり、様々なコミュニティで行動したりといった「越境すること(社外で勉強会を企画した、企業横断のコミュニティに参加した等)」のような大きなアクションは、目に見える行動であり、耳目を引きやすい。さらに、その行動の内容は、SNSのプロフィールに書けるし、職務経歴書にも書けるかもしれない。

しかし、若手社会人のキャリア形成について行った調査の結果が示唆しているのは、そうした耳目を引くような行動だけにキャリアを変える力があるのではなく、その前の目立たない助走のような小さな行動に、実は大きな力があるという事実だった。

行動をするかどうかはもちろん重要であるが、「小さく段階を刻むような行動ができるかできないか」が若者の鍵となっている。この小さな段階を刻むような行動を、「スモールステップ」と呼びたい。

若手社会人のキャリア形成において、「スモールステップ」が鍵(提供:photoAC)

若手社会人のキャリア形成において、「スモールステップ」が鍵(提供:photoAC)© 婦人公論.jp

アクションと性質

若者のキャリアを変える、または成長するための重要なファクターと考えられるスモールステップについて、例を挙げておく。調査において表れていたのは例えば、以下のような小さなアクションであった。

・ やりたいことはみんなに話してみる:自分が挑戦したいこと、思っていることを知人・友人に話して、伝えること。自己開示すること。

・ 初対面の人とも積極的に会う:自分が日々接している人々だけではなく、全く付き合ったことのない人々とコミュニケーションすること。小さな他流試合をすること。

・ 友達に誘われたイベント等に行く:自分が自発的に実施する・参加するものだけでなく、他者の誘いの機会を利用して行動をすること。”他律”からはじめること。

・ LINEやメッセンジャーなどで目的に合わせたグループをつくる:その場でスマホで数秒あればできる小さな行動であり、今すぐできることを厭わずやってみること。

これらのスモールステップは、以下のような性質を持つと考えられる。

性質1: 目標が明確でないときでも起きる(しかし目標明確化後に役に立つ:潜在学習性がある)

性質2:必ずしも自律性は求められていない

性質3:それ自体では承認欲求など高次な欲求は満たすことができない

性質4:実は普通に行われているものであるが意図して行う人は少ない

夢や目標を持つことももちろん重要だろうが、性質1を考えれば、今自分ができる一番小さな行動をする、ということは目標が明確でない若者にとっての第一歩になりうる。

その第一歩については、性質2から、過剰に自律性に依拠する必要はなく、他者から誘われたり会社から指示されたことでも起こりうる。しかし、当然だが、小さな行動自体はそもそも誰にでもできるようなことであり、それを実行したことをSNSなどで自慢をしたり、職務経歴書に書くことはできない(性質3)。

ただ、普通に行うことができるアクションだからこそ、実は意図的に実行する人は少ない(性質4)。

スモールステップの3つの利点

小さな行動、スモールステップの利点はたくさんあるが、大きく3ポイントにまとめることができるだろう。

小さく始めることでリスクとコストを限りなくゼロにすることができる。ハードルが高いと感じるような大きなアクションは時間も勇気もいるし、会社の許可が必要なケースもあるかもしれない。しかしスモールステップにはそうしたリスクとコストがほぼゼロである。

また、小さく始めることで短い期間にたくさんのことを試すことができる。何が正解かわからない、何が自分にフィットしているのかわからない中、小さく試して大きく育てることの有用性はイメージできるだろう。

最後に、すぐにできないようなことではなく、今できる一番小さな行動に目標を絞ることができる。若者が夢や将来の目標に囚われすぎて、自分が行っていることの意味がわからなくなったり、情報を集めすぎて茫然とすることなく、ごくごく身近で今できる行動にエネルギーを集められるのだ。

※本稿は、『ゆるい職場――若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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