第13回 文化心理学

心理学概論

第13回 文化心理学

従来の心理学は、人の行動や心の働きの普遍性を明らかにすることを目的としてきた。一方、20世紀の終わりごろに成立した文化心理学では、心の働きや行動における文化的文脈の重要性を強調し、心と文化の相互構成的関係を追究している。この回では、文化心理学の主要な研究成果について概説する。

【キーワード】
個人主義と集団主義、相互独立的自己観と相互協調的自己観、分析的思考と包括的思考

向田 久美子(放送大学准教授)


1. 文化心理学の成り立ち
2. 文化差を捉える枠組み
3. 文化と自己
4. 文化と認知
5. 文化比較の方法


1. 文化心理学の成り立ち
(1) 心の普遍性への疑問
文化心理学が台頭したのは1990年代だが、ルーツは[ヴント]晩年の[民族心理学]
文化心理学:
・高次の精神機能(言語、神話、宗教、芸術、習慣など)
・集団や民族によって生み出され、共有されていることから

ロシアの[ヴィゴツキー](→第8章 発達心理学)のように人の行動における社会や文化の影響を重視する心理学者もいた
心理学の主流は「人間の心の働きは普遍的である」ということを前提に進められた
1960年代以降、比較文化研究を通して心の普遍性の前提に異議
発達段階を普遍的なものとしていた[ピアジェ]の[認知発達理論]や[コールバーグ](ローレンス・コールバーグ)の[道徳性理論]は、異なる文化圏では必ずしもその理論(特に最終段階)が当てはまらないことが示された
ミュラー・リヤー錯視(→第3章 知覚心理学)などごく単純な知覚においても文化や民族によって異なる
[自己高揚動機](後述)や[基本的な帰属のエラー](→第11章 社会心理学)など社会心理学の代表的な知見が必ずしもアジアでは強く見られない
理論そのものが文化的な偏り(欧米・白人中心的、男性中心的)を持っているとして批判されるようになった
当初は文化の成熟度として解釈
1960年代以降の[文化相対主義], [多文化主義]の台頭、[フェミニズム]の興隆、アジア圏の経済発展、異文化交流の広がりなども関係
1991年の東西冷戦の終結とその後のグローバル化の進展も文化心理学の追い風となった

(2) 文化心理学の誕生
[認知革命]をリードしてきた一人である[プルーナー]は、認知主義は人間を情報処理者として見るあまり、意味を求める存在としての側面を軽視し、結局は行動主義と同じ轍を踏んでしまったと述べている(Bruner, 1990)
人の認識には2種類ある
論理―科学的様式: ものごとの因果関係や真実を探求するための認識
ナラティブ(物語)様式: 自他の行為や人生の意味を理解するための認識←文化的存在としての人間を探求するにはこちらに焦点を当てることが重要だと主張
[シェウェーダー]は自然科学をモデルとした実証主義的アプローチを取る伝統的な心理学に対して、心のプロセスと文化的文脈の相互関連性を解釈学的アプローチによって明らかにする心理学を[文化心理学]として位置づけた。(Shweder, 1990)
その後の研究では実証主義的アプローチを摂ることも多くなっている
初期の比較文化研究が陥りがちであった「文化は原因([独立変数])、行動はその結果([従属変数])」とする考え方ではなく、「人が文化を作り、文化が人を作る」という相互構成的な観点に立脚した研究活動が展開されている

2. 文化差を捉える枠組み
(1) 個人主義と集団主義
文化差を理解する枠組みとしての
[個人主義]: 集団よりも個人の目標を優先する傾向
[集団主義]: 個人よりも集団の目標を優先する傾向
[ホフステード](Hofstede, 1991)の世界50カ国と3地域のIBM社員を対象にした調査
ホフステードって誰? – Hofstede Insights Japan

個人主義の高い国として英米圏が上位
日本は真ん中くらいで個人主義が強いとも集団主義が強いとも言えない
1960年代以降、[高度経済成長]や[日米貿易摩擦]などを背景に「日本人は集団主義的である」といった日本人論が多く生み出された
これらの議論の多くは個別のエピソードを恣意的に積み重ねていったり、他の文化圏との適切な比較を欠いていたりと実証的な裏付けに乏しいものであった(高野, 2008)
1990年代以降のメタ分析から、日本人は集団主義的と言えないばかりか、場合によってはアメリカ人よりも個人主義的な傾向を示すことが明らかにされている(Oyserman, et al., 2002: 高野・纓坂, 1997)
この二分法は個人主義の方が優れていて文化的にも進んでいるというニュアンスが含まれ、個人主義文化圏に該当するのは北米と北西ヨーロッパで、それ以外はすべて集団主義文化圏とするなど、欧米先進国を中心とした見方だった

(2) 文化的自己観
[文化的自己観](Markus & Kitayama, 1991)
特定の文化圏内で歴史的に作り出され、社会的に共有されている暗黙の人間観であり、「人間とはこういうものだ」という見方
[相互独立的自己観]
自己を周囲と切り離された独立した主体とみなす
西洋で優勢
自己を定義づける要素は個人の内部にある
それらの属性(能力やパーソナリティ、信念など)を実現することが重要な課題となる
ユニークであること、自己表現、自己実現
[相互協調的自己観]
人を他者や周囲と結びついた関係志向的存在とみなす
東洋(特にアジア)で優勢
自己の定義は社会的文脈に依存し、他者との調和や場に応じたふるまい、与えられた役割の遂行などが重視される
[マーカス]らの文化的自己観と個人主義・集団主義の見方の違い
・個人や社会が選び取った立場(主義)としてではなく、歴史的に培われた人間観(主体の捉え方)の違いとみなしている
・集団というよりも他者との関係性を重視している
・相互背反的な枠組みで文化を捉えない

3. 文化と自己
(1). 自己概念
[自己概念]: 人が自分について持っている知識やイメージのこと
[20答法]: 「私は…」で始まる文章を20個作成し、自己概念を測定する方法
日本とアメリカの学生に20答法を行ったところ、
アメリカでは抽象的な心理特性(陽気、活動的など)によって自己を語ることが多いのに対し、
日本では社会的位置づけ(学生、女性、n歳など)への言及が多くなっていた(Cousins, 1989)
一方、「家庭で私は…」といったように文脈を特定すると、日本人のほうが心理的特性によって語る傾向が強くなった
また20答法で自己に対する肯定的な記述はアメリカで多く、否定的な記述や矛盾した記述は日本や中国で多いことが示されている(Kanagawa, et al., 2001; Spencer-Rodgers, et al., 2009)

(2) 自尊感情
[自尊感情]: 自分に対する感情や評価のこと(→[第14章 心理統計学の役割])
・東アジア(特に日本や韓国)はアメリカを含む諸外国の人と比べると概して低いことがわかっている
・北米では[自己高揚動機](自己の良い側面を肯定的に評価し、それを維持したり高めたりする傾向)や[ポジティブ幻想](自己を実際以上に肯定的に捉えること)の存在が確認されているが、東アジアでは余り見られず、むしろ自己批判的な傾向(自己の欠点に着目する傾向)が強く見られる
自尊感情は適応や精神的健康と関連が深いとされる
東アジアではなぜ自己批判的な傾向が見られるか
「謙虚な人」として社会に受容されやすく、関係性を維持するのに有用
自分のことを低く評価する一方で、友人や家族については高く評価し(唐澤, 2001)、彼らが自分に対して肯定的な評価をしてくれることを暗黙のうちに期待している(Muramoto, 2003)
相互協調的自己観が優勢な文化圏においては、身近な人と互いにサポートし合うことによって、間接的に自尊感情を維持し、高めている可能性があると考えられる
[ハイン]らは日本人大学生とカナダ人大学生を対象に架空の創造性テストを実施(Heine, et al., 2001)
カナダ人は肯定的フィードバックを受けたとき、日本人は否定的フィードバックを受けた時に、それぞれ次の課題に長く取り組む傾向が見られた。
日本人に見られる自己批判傾向が反省や努力によって克服していこうとする姿勢(自己向上)につながっていることを示唆する

4. 文化と認知
(1) 知覚と原因帰属
[ロールシャッハ・テスト]の刺激(→[第10章 パーソナリティ心理学])に対する反応にも文化差が見られることが示されている
中国人は刺激全体に対して反応を示すのに対して、アメリカ人は部分に着目する傾向がある(Abel & Hsu, 1949)
下の絵のような刺激を提示し、中心人物の表情を判断してもらうと、
アメリカ人大学生は中心人物を見続けるのに対し、
日本人大学生は中心人物から周辺人物へと視線を動かし、周辺人物の表情を考慮した上で判断するという([Masuda, et al., 2008])
視覚刺激に対する反応だけでなく、[原因帰属]においても見られる(→[第11章 社会心理学])
実際に起きた事件の報道を比較すると、
日本や中号の新聞では外的要因に原因を求める傾向が強いのに対し、
アメリカの新聞では内的要因に原因を求める傾向が強いという(Menon, et al., 1999; Morris & Peng, 1994)
[基本的な帰属のエラー]はアジアでは必ずしも強く見られない
オリンピック報道においても同様の文化差が見出されている(Markus, et al., 2006)
アメリカの報道では選手の個人的特徴に言及することが多いのに対し、日本ではそれ以外の側面への言及も多く、多様な視点から報道がなされている

(2) 分析的思考と包括的思考
[ニスベット]は知覚や原因帰属のほか、言語や論理などに見られる文化差を[分析的思考]と[包括的思考]に分けて整理している(Nisbett, 2003)
[分析的思考]
欧米で優勢
対象を周囲の状況から切り離し、その対処が持つ属性に焦点を当てる。
対象の属性を安定的で本質的なものとみなし、カテゴリーに分類したり因果的推論を行う
[包括的思考]
東アジアで優勢
対象は文脈とともにあると考え、ものごとを全体的・俯瞰的に捉えようとする。
対象の属性は状況によって変わるとみなし、その中に矛盾があっても許容する
[ニスベット]は思考様式の主なルーツが西洋と東洋の古代思想にあるとしている
日本とアメリカに加え、ヨーロッパの学生を対象にした研究では、分析的嗜好や独立性志向がアメリカで最も強く、日本で最も弱いこと、ヨーロッパはその中間に位置することを見出している(Kitayama, et al., 2009)
北山らは古代ギリシアに起源を持つ分析的嗜好や個人の独立性の強調が、アメリカの歴史(自発的入植やフロンティアの開拓)の中で、より一層推し進められたのではないかと論じている

5. 文化比較の方法
(1) 「国=文化」?
文化心理学の研究の多くが、文化を便宜上国または民族単位で捉え比較を行っている
こうしたアプローチに対する批判は少なくない
文化の単位は必ずしも国に限定されるわけではない
言語、宗教、生業、社会階層、地域などについて検討されている
社会階層については高いほど個人の主体性や独自性を重んじ、低いほど他者との関係性を重んじる傾向にあることが明らかにされている
生業については、牧畜業に携わっている人は分析的志向を示すのに対して、農業や漁業に従事している人は関係性志向的で包括的な思考を示す傾向がある
一方で、国は歴史的・制度的・地理的・民族的に多くの条件や遺産を共有しており、文化を構成する要素の有機的なまとまりとみなしうる(東, 2003)
ある国で得た標本がどのような下位文化(ジェンダー、世代、地域、階層、エスニシティなど)を代表しているのかを明確にし、一般化しうる範囲を限定しておくことで、比較的効率よく有用な知見を引き出せると思われる

ジェンダーとは – コトバンク
エスニシティとは – コトバンク

(2) 多文化間比較
3つ以上の[多文化間比較]をすることも有用である(東, 2003; 川田, 2008)
対象的な2つの文化圏の比較では、両者の差異のみがクローズアップされやすく、共通性や同一文化圏内での際は捨象されがち
多文化間比較をすることで文化差を絶対的なものとしてではなく、相対的に捉える視点が獲得される
「東アジア」「欧米」の中にも様々な違いが存在している
幼児教育を日本、中国、アメリカの3つの文化圏で比較した研究(Tobin, et al., 2009)
幼児に言葉で表現することを求める傾向は中国やアメリカで強く見られるのに対して、日本ではさほど見られない
東アジアとヨーロッパの7カ国の教科書を比較した研究からは、主人公が問題にぶつかったときに自分を変える物語は韓国や日本で多く見られるのに対し、自分ではなく周囲を変えていく物語は中国やヨーロッパで多いことが示されている(塘, 2008)


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