“生みの親”であるサム・アルトマンが語る「ChatGPTがこの世界に誕生するまで」

ChatGPTの生みの親であるサム・アルトマンは、AI抜きでは人々が「少し自分に何か欠けている感じ」がする未来を想像するPhoto: Clara Mokri for The Wall Street Journal

ChatGPTの生みの親であるサム・アルトマンは、AI抜きでは人々が「少し自分に何か欠けている感じ」がする未来を想像するPhoto: Clara Mokri for The Wall Street Journal

 

サム・アルトマンが備える絶妙なバランス感覚

人工知能(AI)ブームの最前線に立つ米新興企業オープンAIのサム・アルトマン氏(37)は、コンピューターが人間のように会話し、学習する未来を長い間夢見てきた。米ミズーリ州セントルイス郊外にある自宅の寝室で、8歳の誕生日に買ってもらったアップルのパソコン「マッキントッシュLC II」で夜遅くまで遊んでいたとき、ふと気づいた。「いつの日か、コンピューターが考えるようになる」と。アルトマン氏が率いるオープンAIは、昨年11月に生成系AI「ChatGPT(チャットGPT)」を発表。人間のように文章を書くことができる並外れた能力を持ち、テクノロジー史上最も流行した製品の一つとなっている。同社は小さな非営利法人から瞬く間に数十億ドル規模の企業へと成長した。この記録的な成長は、投資家資料によると、部分的には、マイクロソフトからの130億ドル(約1兆7000億円)の資金提供を可能にした営利部門を立ち上げたことによる。成功はアルトマン氏の絶妙なバランス感覚のなせる業と言える。強力なAIモデルを開発する上で利益を主な原動力とすることは危険だと主張し、8年前に非営利の研究団体としてオープンAIを共同設立した。AIを開発する上で利益をインセンティブとすることを非常に警戒し、自身は直接金銭的な利害関係を持たないとアルトマン氏は言う。金銭的な利益ということなら「他の多くの人と同じように、私も数字が積み上がっていくのを見るのが好きだ」と同氏。「だが、そんなことはまったく重要ではない」と言う(オープンAIはアルトマン氏の給与について「ささやかな」ものだとしているが、その額については明らかにしなかった)。アルトマン氏によると、オープンAIに投資したベンチャーファンドに少し出資しているが、それは「取るに足らない」ものだという。

目標は「新しい世界秩序」を築くこと

アルトマン氏は社会に出たばかりの頃、スタートアップ企業に投資して大もうけし「自分が一生で必要とする以上のお金」を稼いだという。サンフランシスコのロシアンヒル地区にある豪邸とナパバレーの週末用の住宅など、家は3軒所有。その管理と投資のためのファミリーオフィスや非営利法人の運営のため、数十人を雇用している。昨年亡くなった祖母を訪れた際には食料品を買ってあげ、後で母親に、過去4~5年は食料品店に行っていなかったと明かしたという。同氏の目標は、機械が人々を解放し、より創造的な仕事を追求できるような新しい世界秩序を築くことだ。ユニバーサル・ベーシックインカム(無条件で誰にでも現金を支給する概念)が、AIに取って代わられる仕事の収入を補うのに役立つと考えている。人類はAIを愛するあまり、高度なチャットボットが「あなたの意志の延長」となる可能性があるとさえ同氏は考えている。長期的には、AIの未来に関する決定を監督するグローバルな統治機構を立ち上げ、オープンAI経営陣の力を徐々に弱めていきたい考えだという。アルトマン氏の支持者は、同氏が信奉する社会意識の高い資本主義を挙げて、同氏がオープンAIのリーダーとして理想的な人物だと主張する。一方、アルトマン氏は非常に商業志向が強く、シリコンバレーの考え方にどっぷり浸かっており、すでにビジネスや社会生活を変えつつある技術革命を率いるには無理があると指摘する向きもある。その中には同氏の下で働いたことのある人たちも含まれている。投資家資料によると、オープンAIは1月にマイクロソフトと100億ドルの契約を結び、マイクロソフトがオープンAIの営利部門の株式49%を所有することになっている。この提携は、オープンAI設立当初のリーダーたちを幻滅させた。株主の影響を受けずにAIを開発するという当初の誓約に違反していると感じたのだ。

ChatGPTに対するイーロン・マスクの批判

米電気自動車(EV)大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)もその一人。2015年にオープンAIを共同設立したが、管理と方向性を巡る論争の末に2018年に袂を分かった。マスク氏は2月、オープンAIがオープンソースの非営利団体として設立されたのは「グーグルに対抗するためだったが、今ではマイクロソフトに事実上支配されたクローズドソースの、利益を最大限に追求する企業と化している。私の意図したところとはまったく違う」とツイートしている。アルトマン氏はマスク氏からの批評について聞かれると言葉に詰まり、「私はイーロンのことが好きだ。彼の発言には注意を払う」と答えた。マスク氏をはじめ、アップルの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアック氏らシリコンバレーの有力者は公開書簡で、制御不能に陥りかねない技術競争を食い止めるため、オープンAIが3月に発表した最新のGPT-4より強力なAIの開発を6ヵ月間停止するよう求めた。アルトマン氏は、人間のように(あるいは人間の能力を超えて)理解したり学習したりできる「汎用AI(artificial general intelligence、AGI)」を必ずしも最初に開発する必要はなく、オープンAIの究極の使命はAGIを安全に構築することだと述べている。投資家資料によると、オープンAIは投資家に利益の上限を設定し、一定の水準(投資した時期によって投資額の7~100倍)を超えるリターンは非営利の親団体に振り向けるとしている。オープンAIとマイクロソフトは、アルトマン氏とマイクロソフトのケビン・スコット最高技術責任者(CTO)らで構成される合同安全委員会を設立。同委員会は、製品が危険と判断された場合、その発表を撤回する権限を持つ。AGIの可能性から、アルトマン氏は、何か似たような技術によって宇宙は創造されたという考えを抱くようになった。同氏の親しい友人で富豪のベンチャーキャピタリスト、ピーター・ティール氏はそう話す。ティール氏はオープンAI設立初期に寄付している。オープンAIは設立趣意書の中で、他のプロジェクトが自分たちより先にAGIの構築に近づいた場合、研究活動を放棄することを約束している。その目的は、競争によって危険なAIシステムを構築する競争を避け、人類の安全を最優先するためだとしている。

サム・アルトマンが父親から教わったこと

カリフォルニア州サンフランシスコにあるオープンAIの本社は、世界を救おうとする非営利団体というよりも、裕福なニューエイジ文化のユートピア(理想郷)を思わせるような雰囲気だ。

サンフランシスコにあるオープンAIのオフィス

サンフランシスコにあるオープンAIのオフィス Photo: Clara Mokri for The Wall Street Journal

アルトマン氏は、400人のスタッフが毎日顔を合わせることができるように、あるいは少なくとも出社することが決められている月曜から水曜までは直接会って仕事をすることができるようにと、自ら考案した曲がりくねった中央階段のことを話してくれた。オフィスには、大学のようなカフェテリアやセルフサービスのバー、パリのお気に入りの書店とスタンフォード大学最大の図書館の最上階にある静かな学習スペース「ベンダー・ルーム」をモデルにした図書室がある。グレーのパーカにジーンズ、真っ白なスニーカーという典型的なハイテク業界CEOの装いに身を包んだアルトマン氏は、慎ましい生い立ちについて語った。アルトマン氏は4人きょうだいの長男として、セントルイス郊外で育った。母親は皮膚科医。父親(5年前に他界)は弁護士などさまざまな職業についたが、家族によると、天職は手頃な価格の住宅を提供する非営利団体の運営だった。長年にわたり、セントルイスのダウンタウンを活性化しようと尽力したという。「常に人を助けること。たとえ時間がないと思っても、どうにかすること」。父親から教えられたことの一つだとアルトマン氏は話す。母親によると、アルトマン氏は2歳で家のビデオデッキを動かし、13歳でキャンプから帰る航空券を自分で予約し直していた。小学3年生になると、地元の公立校でコンピューターのトラブルを解決するのを手伝った。中学時に私立校に転入した。

高まっていくイーロン・マスクとの緊張関係

アルトマン氏はスタンフォード大に進学し、AI研究所で研究を行った。2年生になる頃には、位置情報に基づくソーシャルネットワーキングサービス「Loopt」を共同設立。起業家育成プログラム「Yコンビネーター」の出資を受ける第1期生となった。アルトマン氏は大学を去った。「Loopt」は軌道に乗らないまま2012年に4340万ドルで売却されたが、その後、同氏はベンチャーファンドを立ち上げ、ティール氏やYコンビネーター共同創業者のポール・グレアム氏といった強力な味方を得た。グレアム氏の招きで、Yコンビネーターに入ることになったアルトマン氏は、同社をシリコンバレーのパワーブローカーへと成長させた。アルトマン氏はYコンビネーターを経営しながら、2014年にグーグルに買収されたディープマインドのような大きな研究所が、危険かもしれないAI技術を人目につかないところで開発していることに不安を募らせるようになった。マスク氏も、強力なAIに支配されたディストピア(暗黒世界)的な世界について、同様の懸念を表明していた。

両氏は自分たちで研究所を立ち上げる時期が来たと判断した。2人とも非営利団体のオープンAIに10億ドルの寄付を約束したグループに名を連ねた。マスク氏はコメントの要請に応じなかった。初期のオープンAIは苦戦した。研究者は、AGIを実現するための最も有望な道は大規模な言語モデル、つまり人間の読み書きを模倣するコンピュータープログラムであるとの結論に至った。このようなモデルは大量のテキストで学習させるため、大規模な演算能力を必要とした。だが、非営利団体のオープンAIではその資金を工面できなかったとアルトマン氏は言う。「このプロジェクトにどれだけ多大な費用がかかるのか、直感的に理解できていなかった。今でもそうだ」進展の遅さにいら立ち、組織に対する支配力を強めようとするマスク氏との緊張も高まっていったと、事情に詳しい複数の関係者は明かす。オープンAIの幹部は、非営利の親団体の傘下に営利部門を置くという、以前に浮上していた一風変わったアイデアを復活させた。リンクトインの共同創業者で、当時オープンAIの顧問や役員を務めたリード・ホフマン氏は、このアイデアが投資家を集め、オープンAIの発展を加速させるためのものだったと述べている。この決定はマスク氏をさらに遠ざけたと、前出の関係者らは話す。同氏は2018年2月、オープンAIを去った。

マスクの退職、そしてサティア・ナデラとの出会い

マスク氏は全社ミーティングで退職を発表したと、出席した元従業員らは言う。同氏はその際、より大きなリソースが利用できるテスラは、AGIを生み出すチャンスにより恵まれていると考えた、と説明したという。また、安全性についてよく考えたかどうかとインターンの若い研究者が疑問を投げかけた際、マスク氏は見るからにいら立ち、そのインターンを「jackass(アホ)」と呼び、周りはあぜんとしたという。その後まもなくして、このインターンは「jackass」トロフィーを贈呈された。「少しは楽しまないとね」とアルトマン氏は言う。「これぞカルチャーの原点だ」マスク氏の退職は転機となった。2018年の暮れ、アルトマン氏がオープンAIを率いることが発表された。正式にCEOに就任し、2019年初めに営利部門の設立を完了した。

パリの書店とスタンフォード大の自習スペースをモデルにしたというオープンAIの図書室

パリの書店とスタンフォード大の自習スペースをモデルにしたというオープンAIの図書室 Photo: Clara Mokri for The Wall Street Journal

アルトマン氏は投資家探しを始めた。チャンスは2018年夏に訪れた。アイダホ州サンバレーで開催されたアレン・アンド・カンパニーの年次カンファレンスに出席した際、階段の踊り場でマイクロソフトのサティア・ナデラCEOにばったり会い、話を持ちかけた。ナデラ氏は興味をそそられたと語った。その年の冬、話は進んだ。「このパートナーしかいない、とチームに言ったことを覚えている」とアルトマン氏は言う。「安全性にも、汎用人工知能にも強い。彼らは資本を持ち、計算の実行能力を備えていると」交渉が行われているさなか、アルトマン氏は従業員と契約内容を共有した。全社ミーティングなどを開催し、パートナーシップは実業界から離れてAIを開発するというオープンAI設立当初の誓約と矛盾しているとの懸念払拭に努めたと、元従業員らは言う。

マイクロソフトとの提携に対する懸念

それでも、この提携を(悪魔に魂を売って享楽と知識を得た)ファウスト的だと考える従業員もいた。オープンAIで安全性を任されていたダリオ・アモデイ氏と部下たちは、この提携によって、マイクロソフトが十分な安全性テストを行う前に強力なオープンAIの技術を使った製品を販売することを恐れていた。元従業員はそう明かす。彼らは、オープンAIの技術が大規模なリリースには程遠く──ましてや世界最大級のソフトウエア企業であるマイクロソフトと提携してなど──予測できない方法で誤作動を起こしたり、悪用されたりすることを懸念していた。アモデイ氏はまた、この提携によってマイクロソフト1社に縛られることになり、オープンAIが最初にAGIの開発に成功したら、他のプロジェクトを支援するという設立趣意書に忠実であることが難しくなると懸念していたという。マイクロソフトは当初、オープンAIに10億ドルを投資した。オープンAIは必要な資金を得たが、そこには独占という難点があった。オープンAIは、マイクロソフトのクラウドサービス「Azure(アジュール)」を通じて、同社の巨大なコンピューターサーバーのみを使用してAIモデルを訓練すること、そして、将来の製品についてオープンAIの技術ライセンスを独占的に取得する権利をマイクロソフトに与えることに同意した。ナデラ氏は最近のインタビューで「崖から飛び降りて、着地することを祈るようなものだ」と語った。「プラットフォームの変化はそのようにして起こる」「この提携は、非営利団体たらしめている信条を完全に損なうものだ」。ニューヨーク大学のゲイリー・マーカス名誉教授(心理学・神経科学)はこう指摘する。同氏は機械学習の会社を共同設立している。アルトマン氏はこれに反論する。「マイクロソフトがパートナーになったことで変わったことは、われわれのミッションにとって重要だと思われるすべての信条を維持させてくれたことだ」

ピーター・ティールもアルトマンを高く評価

マイクロソフトから得た資金によって、オープンAIの開発は加速。すぐにGPT-3と呼ばれるより強力な言語モデルを開発し、2020年6月にアプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)を通じて開発者がこの技術を利用できるよう商品化した。元従業員によると、このAPIの発表を巡ってアルトマン氏とアモデイ氏は再び衝突した。アモデイ氏は、より限定的かつ段階的なリリースを望み、安全性チームがより少人数のユーザーでより多くのテストを実施できるようにしたがったという。アモデイ氏は数ヵ月後、他の数人と共に退職し、ライバルとなるアンソロピックというAI研究所を設立した。「安全なAGIを実現するための最善の方法について、われわれとは異なる意見を持っていた」とアルトマン氏は言う。投資家資料によると、提携を結んでからの3年間で、マイクロソフトはオープンAIに計30億ドルを投資した。昨年11月の発表から5日間で100万人以上のユーザーがチャットGPTに登録し、そのスピードはアルトマン氏も驚くほどだった。UBSのアナリストによると、2月までにユーザー数は1億人に達し、消費者向けアプリとしては史上最速ペースでその大台に乗った。アルトマン氏に近い人たちは、オープンAIの優先順位についてバランスを取る同氏の能力を高く評価している。「誤った理想主義のスキュラ(ギリシャ神話に出てくる女の怪物)」「近視眼的な野心を持つカリュブディス(同)」の間を(アルトマン氏ほど)上手に行き来できる人はいないと、ティール氏は言う。アルトマン氏は、最新版のGPT-4の発表を昨年から今年3月に遅らせたのは、安全性の追加テストを行うためだったとしている。マイクロソフトの検索エンジン「Bing(ビング)」に統合されたこのモデルは、答えをでっち上げるなど、ユーザーから気がかりな体験が報告されていた。不吉な警告を発したり、脅しをかけたりすることもあった。アルトマン氏は「これを解決するには、人が関与し、システムを調べて研究し、安全性を高める方法を学ぶことだ」と述べている。投資家資料によると、マイクロソフトは初期投資を回収した後、オープンAI営利部門の利益のうち、自社が得られる利益の上限に達するまで49%を取得することになる。以前の取り決めでは21%だった。残りは非営利の親団体が得ることになる。アルトマン氏は近年、流動資産のほとんどを2社につぎ込んでいる。二酸化炭素(CO2)を排出しないエネルギーを核融合から生み出そうとするヘリオン・エナジーに3億7500万ドルを出資しており、「実際のテストでまっとうにネット・ゲイン(正味のエネルギー利得)を達成するエネルギー」を生み出すところまで来ていると同氏は言う。もう一つはレトロ社で、1億8000万ドルを投資。同社は古くなって傷ついた細胞の一部を再利用することで、人間の寿命を10年延ばすことを目指している。アルトマン氏は、これらの課題がAIよりも道徳的にいかに簡単であるかを指摘。「核融合は利点ばかりだが、AIの場合は非常に良くも悪くもある」

Pocket
LINEで送る