心はどこにあるのですか?

心はどこにあるのですか?

大学に入って心理学を勉強し始めました。「私には心がある」という感覚に疑いはないのですが,その心はどこにあるのでしょうか。やはり脳でしょうか。

A.森 直久

心の場所探しの歴史は古く,たとえばアリストテレスは胸(心臓)にあると考えました。好きな人を想像して胸がドキドキすることがありますよね。医術の祖ヒポクラテスは脳にあると考えました。あなたを含めた現代の多くの人たちと同じです。これに対して,心を別個の存在として認めようとする立場もありました。中世の哲学者ルネ・デカルトは魂の存在を公言しました。でも脳とは別の心って何なのでしょう。どこにあるのでしょう。そもそも場所探しという問いかけが間違いだと言ったのは,ギルバート・ライルという哲学者です。心の場所探しをするのは,大学を構成する建造物と大学という機能を同一視する誤り(カテゴリーミステイク)であるという,比喩を使った彼の主張は説得的です。これは機能主義という立場です。心とは脳というハードウェアを基盤として成立するソフトウェアであるとみなす,初期の認知科学で散見された見解もこれです。でも結局,外側から人間の振る舞いを見たとき,心があるように見えるだけであって,実際には物理的実体である脳だけがあるのではないかと反論がなされるかもしれません。特定の精神活動と対応して活性化する脳の特定部位があったり,脳細胞の変質と精神機能の低下が相関したり,近年の脳研究の成果は,心とは脳であるという言明を強く支持しているようにみえます。これは還元主義という立場です。心理学は脳科学に吸収されてなくなってしまいそうですね。でもちょっと考えてみてください。心の境界はどこになるのでしょう。心が物理的作用だとすると,物理的作用は脳内部にとどまらず,脊髄,末梢神経,感覚運動器官へ,さらに皮膚からそれと接する環境へとつながっています。どこで区切ればよいのでしょう。脳科学者である大谷悟さんは,ためらいながらもこのように言います。「(こころという感じは)からだと環境にまたがって発生・存在している」(大谷,2008, p.226)。心は身体―環境システムの別称である。これをあなたの質問への回答としておきましょう。このシステムを構成する一部として,脳はどのような役割を果たしているか。脳科学はこのように位置づけられることになります。この方向での探求は,ジェームズ・ギブソンに始まるアフォーダンス理論(Gibson,1979 古崎他訳 1985など)や,河野哲也さんらの「拡張した心論」(河野,2005など)で知ることができます。最終的な答えではないし,異論もあるでしょうが,有望な心理学的問いかけだと私は考えます。

文献

Gibson, J.J.(1979). The ecological approach to visual perception. Boston : Houghton Mifflin.
(ギブソン, J. J. 古崎 敬・古崎愛子・辻敬一郎・村瀬 旻(訳)(1985).生態学的視覚論―ヒトの視覚世界を探る― サイエンス社)

河野哲也(2005).環境に拡がる心 勁草書房

大谷 悟(2008).心はどこまで脳にあるか 海鳴社

もり なおひさ
札幌学院大学人文学部教授
専門は,認知心理学,社会心理学。

主な著書は,『心理学者,裁判と出会う』(共著,北大路書房)など。

心理学ワールド第50号掲載
(2010年7月15日刊行)

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