何のための増税だったのか…国民の不安を煽って消費税引き上げを断行した安倍政権の無責任

2019年の消費税の引き上げの際、当時の安倍政権は「増税分で社会保障を充実させる」と説明していた。鹿児島大学の伊藤周平教授は

「それは事実ではない。実際には社会保障は削られ続け、生活が苦しくなり、消費が低迷するという悪循環が起こっている」

という――。

※本稿は、伊藤周平『消費税増税と社会保障改革』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

■「訪問介護が消滅してしまう」現場から上がった悲鳴

「地方では、人手不足が深刻で、事業所が閉鎖に追い込まれている。(ホーム)ヘルパーの平均年齢は60歳近くで、若い人はほとんどいない。このままでは、ヘルパーは消滅してしまう」

消費税の増税から1カ月後の2019年11月1日、介護保険の訪問介護を担っているホームヘルパー(以下「ヘルパー」という)たちが、介護報酬の引き下げが続く中、労働基準法違反の状態に置かれているのは国の責任だとして、国家賠償請求訴訟を起こした。その原告の一人の言葉だ。

消費税の増税は、社会保障の充実のためといわれながら、社会保障費は削減され続けている。

なかでも、介護保険のもとで介護事業所などに支払われ、介護職員の給与となる介護報酬は、2000年に介護保険がはじまってから20年、基本報酬は平均で20%以上も引き下げられてきた(介護保険開始時が一番高い報酬だった! )。

いまや介護の現場では、安い給与と過密労働で介護職員の疲弊、離職が加速し、募集をかけても人がこないという状況が常態化している。中でも悲惨なのが在宅介護を支える訪問介護の現場だ。ヘルパーの高齢化が進み、全国的に三十代、四十代のヘルパーのなり手がなく、現状のままでは、10年もたたないうちに、ヘルパーは枯渇していく可能性が高い。

■本当は支援が必要な人ほどはまる「自己責任論の呪縛」

国家賠償請求訴訟の原告の言葉は、この危機的状況に何の手も打とうとしないばかりか、介護報酬の削減で危機を加速させている安倍政権の無策への怒りの告発といってよい。

「年を取っても少しは装いたいと思っても、美容院に4カ月に1回。……お化粧品は全然買いません。それで、お洋服もバザーで買ったりとか、全然買いません……(年金引き下げで)本当にお先真っ暗です。これ以上年金下がったら、預金もそんなにないし、治療費もかかって、そんなことを考えると心配です」 「(生活保護を受けたらと貧困状態にある知人に勧めたところ断わられ)、今の状態だったら病気になって(お金が払えず病院にも行けず)死ぬこともあるよという話をしましたけれども、それは自己責任だからしょうがないと言われました」

これは筆者が原告側の学者証人として陳述した年金減額違憲訴訟の福岡地方裁判所の公判での原告の陳述である(2019年11月25日)。

2013年10月から、特例水準(物価が下落した時期に特例として年金給付が据え置きとなっていた水準)の解消を名目に、老齢・障害・遺族年金が引き下げられ(13年から15年まで3年間で2.5%減額)、母子世帯などに支給される児童扶養手当や障害のある子どもへの手当なども減額された(同じく3年間で1.7%減額)。


生活保護“捕捉率”が先進国の中でダントツ低い

2015年4月には、年金給付額を物価・賃金の伸びより低く抑えるマクロ経済スライドがはじめて発動され、2.3%の物価上昇に対し年金上昇は0.9%増に抑えられた。

2020年度も、マクロ経済スライドが2019年度に続き2年連続で発動され、物価変動率に比べ年金給付は実質0.3%削減された。

消費税の増税の一方で、年金は削減されているのである。高齢者の生活は苦境に立たされ、前者の原告の陳述にあるように、衣類も満足に買えない生活状況だ。

高齢者の貧困が深刻化し、生活保護を受給する高齢者が増大しているものの、それでも、生活保護の捕捉率(生活保護基準以下の人で実際に生活保護を受給している人の割合)は、2割と推計されており、他の先進諸国に比べれば、日本は断トツに低い(イギリス87%、スウェーデン82%など)。

恥の意識(スティグマ)家族に迷惑をかけたくないという気持ちから生活保護を受給していない人も多数いる。深刻なのは、後者の原告の陳述にあるように、支援が必要な人ほど、国に助けを求めず、自己責任論の呪縛にとらわれていることだ。なぜ、こうした事態になったのか。消費税の導入から、その経緯をたどってみよう。

■消費税増税は、歴代政権を揺るがしてきた

1989年4月に税率3%でスタートした消費税は、8年後の1997年4月に5%に引き上げられ、さらに安倍晋三政権になって、2014年4月に8%に引き上げられた。この間17年かかっている。8%から今回の10%への引き上げ(食料品等は8%のまま据え置きとはいえ)までは、わずか5年半である。同じ政権(内閣)のもとで2回も消費税が引き上げられ、税率も倍になった(5%→10%)。

導入から30年余り、消費税は前身の売上税のときから、時の政権の命運を左右してきた。

税収における直接税(所得税や法人税など)の比率を下げ、間接税(消費税など)の比率を高める「直間比率の見直し」をはかるべく、大型間接税の導入が提案されたのは、1979年の大平正芳内閣の一般消費税にまで遡るが、法案として提出されたのは、1987年の中曽根康弘内閣のもとでの「売上税」が最初だ。

しかし、売上税は、国民の強い反対にあい、一度も法案が審議されないまま廃案に追い込まれ、中曽根内閣も退陣に追い込まれた。

売上税の頓挫に懲りた与党自民党と大蔵省(当時)は、売上税に反対した業界を懐柔するなど、周到に準備を進めて、売上税から消費税と名称を変え、竹下登内閣のときの1988年に法案を提出、衆参両院とも強行採決の連続で、法案を成立させた。

そして、1989年4月に、消費税が導入され、この暴挙のため、竹下内閣は、内閣支持率を一桁に落とし総辞職、かくして、しばらくは、自民党政権のもと消費税には手を付けないことが通例となった。


■現社民党の凋落原因もここにあった

1994年には、非自民の連立政権のもとで、当時の細川護熙(ほそかわもりひろ)首相が、7%の国民福祉税構想(実態は消費税の増税)を打ち出したが、すぐに頓挫した。

しかし、1995年に成立した、自民党と社会党および新党さきがけによる、いわゆる「自社さ政権」のもと、社会党の村山富市首相は、これまでの「消費税絶対反対」という方針をくつがえし、消費税率5%アップを決めてしまった。

これがきっかけとなって、自社政権は倒れ、現在に至るまでの社会党(1996年からは社会民主党)の凋落をもたらした。

その後、自民党単独政権となった橋本龍太郎内閣のもとで、1997年4月から消費税率が5%に引き上げられたが、アジア金融危機とも重なり、深刻な消費不況を引き起こし、橋本内閣も総辞職に追い込まれた。

自民党政権のもと、消費税はタブー視され、引き上げの議論は封印された。

■公約を覆し、増税に踏み切った民主党政権も瓦解…

2009年に成立した民主党政権でも、鳩山由紀夫首相は「消費税率は4年間引き上げない」とするマニュフェストを掲げていた。しかし、鳩山内閣退陣後の菅直人内閣は、突如、消費税率10%への引き上げを表明、2010年の参議院選挙で惨敗した。

その後を継いだ野田佳彦内閣は、2012年に、社会保障・税一体改革として、消費税率10%への段階的な引き上げを、当時野党であった自民党・公明党と結託し三党合意で成立させた。

消費税率を上げないとの公約を覆した民主党政権は、他の失策も重なり、国民の信頼を失い、2012年12月に瓦解(がかい)、自民党が政権を奪還、公明党との連立で安倍晋三政権が成立した。

まさに、消費税の扱いは政権の命運を左右する「鬼門」といえた。その後、民主党は、かつての社会党と同様、党名の変更(民進党)から分裂(立憲民主党と国民民主党)へと凋落の道をたどり、現在の「安倍一強」といわれる長期政権の出現を許すことになった(※) 。  (※)編集部註:出版当時(2020年)


■「子育て支援に」と10%に引き上げた

安倍政権は、2014年4月の消費税率8%の引き上げは三党合意どおり断行したものの、経済の悪化を理由に(実際は、2014年12月の衆議院選挙、2016年7月の参議院選挙に勝利するために)、2回にわたり10%への消費税率引き上げを延期した。

経済優先と「アベノミクス」と呼ばれる経済政策を全面に押し出し政権奪取をはかった安倍首相は、消費税増税が日本経済に壊滅的な打撃を与えることをある程度理解していたと思われる(安倍首相本人が「消費税は上げたくない」と言っていたという情報もある)。

安倍首相は、2014年11月の1回目の延期(2015年10月→2017年4月)の際に、消費税法の「景気弾力条項」を削除し、リーマンショック級の金融危機や東日本大震災並みの自然災害が起きた場合以外は再延期しないとしていた。

しかし、結局、2016年6月に、「新しい判断」と称する苦しい説明で、再延期(2017年4月→2019年10月)を余儀なくされた。さらに、2017年9月には、今度は増税延期ではなく、社会保障・税一体改革の際に定められた消費税率10%の引き上げによる増収分の使い道を変更し、幼児教育・保育の無償化など子育て支援に回し充実するとして、衆議院の解散・総選挙に打って出た。衆議院総選挙では、野党第一党であった民進党の分裂もあり、自民・公明与党が勝利した。

安倍政権の選挙公約であった消費税の使い道の変更と幼児教育・保育の無償化などは、同年12月に、閣議決定された「人づくり革命」において具体化された。すなわち、8%から10%への引き上げで、5兆円強の税収増になるが、そのうち軽減税率の導入に伴う減収が1兆円程度となるので、国債の発行抑制などの部分であった1兆7000億円程度を「人づくり革命」と称して、幼児教育・保育の無償化と高等教育の無償化、保育士・介護職員の処遇改善などの施策に用いるというものだ。

■年金政策を放置してきた安倍政権への怒りが噴出

安倍政権は、消費税率10%への引き上げに、よほど自信がなかったのだろう、2018年末には、増税による経済への影響を緩和するため、「消費税の増税分をすべて国民に還元する」として、総額6兆円にも及ぶ対策を打ち出した。

そもそも、丸ごと還元しなければならない増税分ならば、はじめから増税などしなければいいのだが。

参議院選挙前の2019年6月には、金融庁の金融審議会・市場ワーキンググループが、年金給付の減少で老後30年間に夫婦で2000万円の蓄えが必要などとする報告書を公表し、大きな波紋が広がった。

政府が、公の文書で、公的年金制度は頼りにならず、望むような生活ができなくなるから資産を運用しろと、国民にあからさまに自助、生活の自己責任を求める内容であり、年金を減額し続け、無年金・低年金受給者の問題を放置してきた安倍政権の年金政策への不信と批判が一挙に噴出したといえる。


■老後不安が増大、結果として増税正当化の材料になった

しかし、「老後2000万円問題」も、2019年10月からの消費税増税も、2019年7月の参議院選挙の大きな争点になることなく(安倍政権が巧みに争点化させなかったといえるが)、自民党は議席を減らし、選挙前の改憲勢力の3分の2の議席を確保できなかったものの、自民・公明両党の政権与党は71議席と過半数の議席を維持した。

各種の世論調査では、消費税増税に反対が過半数を占めていたのに、政権与党が過半数に達したのはなぜか。増幅する老後不安を解消するには、年金制度を立て直さなければならない、その財源確保のためには、消費税増税もやむを得ないと認識する人が増えたのかもしれない。

うがった見方をすれば、「老後2000万円問題」の発端となった金融庁の報告書自体が、消費税増税を正当化し、増税賛成に世論を誘導するために仕掛けられたものだったといえなくもない。

先の増税対策で安心したのか、それとも森友学園問題で財務省に恩を売られたためか、消費税増税の三度目の延期(もしくは凍結)はなく、ついに、安倍政権は、2019年10月から消費税率10%の引き上げを断行した。かくして、安倍政権は、二度にわたり消費税増税を断行したにもかかわらず、総辞職に追い込まれなかった初の政権となった。

■増税は最悪のタイミングだった

しかし、今回の消費税増税は、過去2回の延期時以上に、日本経済に陰りがみえはじめ、デフレ経済が続く景気後退局面で断行され、まさに最悪のタイミングの増税であった。

すでに警鐘はならされていた。経済の悪化を示す数値が相次いで発表されていたからだ。消費税率8%への増税(2014年4月)から5年半が経過しても、家計消費は回復どころか、増税前に比べて年間20万円以上も落ち込んだままで、消費の冷え込みが続いていた。増税前の2019年8月に、内閣府の発表した景気動向指数は基調判断を「悪化」に下方修正し、同じく内閣府の発表した消費者心理の明るさを示す消費者態度指数は、同年9月に12カ月連続で悪化し、過去最悪の水準に落ち込んだ。

増税後も経済の悪化は加速している。総務省が発表した2019年10月の家計調査では、二人以上世帯の消費支出は前年同月比5.5%減となった。減少は11カ月ぶりで、減少幅は2014年4月の前回増税時の4.6%減を上回った。

また、日本銀行が発表した「全国企業短期経済観測調査」(いわゆる日銀短観)でも、企業の景況感を示す業況判断指数(「良い」と答えた企業から「悪い」と答えた企業を差し引いた数値)が、大企業製造業でゼロとなり、前回調査から5ポイント低下、6年9カ月ぶりの低水準となった。さらに、内閣府の景気動向指数も、2019年10月は前月より5.6ポイント低下、これは東日本大震災のあった2011年3月やリーマンショック後の2009年1月に次ぐ下げ幅となった。


鹿児島大学法文学部教授 伊藤 周平

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