会社員はやっぱり損?国民年金「月5万円」維持へ厚生年金で穴埋め、それでも今の高齢者を「ズルい」とは言えぬワケ=矢口新

厚生労働省は国民年金の支給額を今の物価水準で「月5万円以上」に保つため、会社員が払う厚生年金の保険料や国庫負担で埋め合わせる検討に入るとしている。国民年金は未納期間があるために半数以上が全額貰えていないという。では、月5万円ならば暮らせるのか?5万円以上を維持するために、さらに社会保険料を上げ続けて、現在の可処分所得を減らしていいのか?的外れの政策ばかりで、これでは日本人の将来は真っ暗だ。(『 相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー 』矢口新)

国民年金「月額5万円台」維持へ、さらなる負担増

厚生労働省はすべての国民が加入する基礎年金(国民年金)の給付抑制「マクロ経済スライド」を予定より早く止め、会社員が払う厚生年金の保険料や国庫負担で埋め合わせる検討に入ると報道された。

「マクロ経済スライド」とは、2004年度の年金改革で導入したもので、現役世代の人口減などを考慮して実質的に給付を減らす調整だが、この46年度までの調整を前倒しで終え、支給を今の物価水準で月5万円以上に保つという。

国民年金に加入する自営業・自由業・農漁業従事者などの数は、年金加入者の2割に当たる約1,400万人。国民年金は20歳から59歳まで40年にわたり月1万6,590円の保険料を納めた場合、現行で65歳から月6万4,816円の給付が受けられる。

厚生年金のモデル世帯が月20万円を超えるのに比べて少ないのは、老後も収入が見込める自営業者を想定しているためだという。しかし、給付額が5万円を下回ると、社会保障制度としての役割が果たせるのかとの議論もあった。

とはいえ、厚生年金保険料の値上げは、企業にも現役世代にも厳しい。国庫は言わずもがなの巨額の赤字で、これもいずれは国民の負担増となる。

いまの高齢者たちも恵まれてなどいない?年金依存度でわかる生活苦

年金と社会保障制度の負担については、拙著『日本が幸せになれるシステム・65のグラフデータで学ぶ、年金・医療制度の守り方』(著:矢口 新/ペーパーバック版)の該当部分2項目から引用する。

図51:高齢者の年金依存度(出所:厚生労働省)

図51:高齢者の年金依存度(出所:厚生労働省)

図51は厚生労働省の2019年度(令和元年)予算ベースの公的年金の規模と役割からのものだ。グラフ内の説明書きもすべて厚生労働省によるものだ。

右側の高齢者の年金依存度では、65歳以上の世帯の51.1%が公的年金収入だけで生活していることが分かる。つまり、年金制度が維持できなければ、また、制度だけ維持できても生活できるだけの支給ができなければ、社会の安定さえ保てない可能性が高いと言える。

2020年12月、菅政権は75歳以上の後期高齢者の医療費窓口負担を1割から2割に引き上げる対象を年収200万円以上にすることで合意した。75歳以上の窓口負担はいま原則1割で、年収383万円以上の人は3割。引き上げは2022年10月から実施する。

図51の左側からは、高齢者世帯1世帯平均の年金収入は公的だけだと204.5万円で、仕送りや企業年金、個人年金などを合わせても223.2万円だということが分かる。

若い人の中には、現在の高齢者は恵まれていると考える人たちがいるようだが、平均としてはこれが実情だ。羨むほどのものではないどころか、これ以上の減額や医療費の負担増は苦しいのではないか?

もっとも、1997年度までは日本経済は曲がりなりにも成長し、1990年度までは税収も伸びていたので、私を含む今の高齢者が若い頃には、今の日本で感じるような圧迫感はなかった。今の日本経済は企業で言えば減収減益が続いている状態だ。そして、それを盾に雇用条件を悪化させ、福利厚生を減らしてきたのだ。このままでは、今の若い人たちが高齢者になる頃には、平均公的年金収入が204.5万円はおろか、時間の問題ではその半分以下になるのは確実だと言える。

だからといって、若い人たちが高齢者を羨んで支給額を減らしても、いずれ自分たちに跳ね返ってくるだけで、何も解決しない。日本経済が増収増益になるシステムづくりが肝要なのだ。私はそれを1989年以前の税制にまずは戻すことだと見ている。今の高齢者たちは私を含め30年間何もしなかった人たちだ。その多くは未だに消費増税が必要だと説く人たちだ。自分たちの未来のためには、今の若い人たち自身が動くしかないのだ。そのために、本書が何らかのお役に立てることを望んでいる。

国民負担率の推移

図56:社会保障給付費の推移(出所:厚生労働省)

図56:社会保障給付費の推移(出所:厚生労働省)

図56の上の表は、1970年から10年毎の社会保障給付費の推移と、その内訳の金額と全体に占める割合の推移、そして国民所得額を比較した国民負担の推移を%で分かるように表示している。

下のグラフは1950年からの社会保障費総額と、年金、医療などといった内訳の推移を左目盛で、1人当たりの社会保障給付費を右目盛で示している。国民1人当たりの社会保障給付費は2015年に90万円に達したことが分かる。

まず、最上段の国民所得額は最初の10年間で2.34倍になった。次いで、70.1%増、11.3%増、6.2%減と推移した。これはこれまで見てきた消費税導入までの経済の高成長、導入後の減速、税率引上げ後のマイナス成長と一致する。直近の8年間は14.4%増となっているが、2020年は減少する見込みなので、10年間ではこの数値には届かない見込みだ。

一方で、給付費の方はどの項目もコンスタントに増え続けているので、国民の負担率は5.77%から、12.15%、13.67%、20.31%、29.11%、29.29%と上がり続けてきた。最後の8年間の増加率は前の20年に比べると緩いが、2020年までの10年間ではもっと上がる見通しだ。

これらが示唆しているのは、社会保障制度を維持するために、国の負担は2018年時点で総税収の54.6%に増え、国民の負担も29.3%と増え続けていることだ。セイフティーネットであるはずの社会保障制度が重過ぎて、財政も家計も押し潰しかねないところまで来ていることだ。

加えて、コロナ禍とその対策禍による景気悪化で、所得額が減り、給付費が増えると見込まれるので、国民の負担率がさらに上昇すると見込まれることだ。

そして、それが個人消費減退に繋がり、景気をさらに悪化させることになることだ。

日本経済のピークは1997年。そこからまるで成長していない

何度も繰り返しているが、日本の経済規模(名目GDP)は1997年度にピークを付けた。2016年度には計算方法の見直しでピークを更新し、2019年度までは伸びていたが、2019年10月の消費増税以降は11四半期連続の需要減で、今は1997年度を下回っている。

日本経済の停滞を1998年にピークを付け減少に転じた労働人口に原因を求める人たちがいるが、私は賛同できない。なぜなら、その頃から失業率が上昇し続け、非正規雇用の割合が増え続け、賃金が下がり続けたからだ。労働力が足りないことと、そうした労働市場の全面的な悪化とは整合性を持たない。

コロナ禍がその前から始まっていた日本経済の停滞を隠したように、非業の死が日本経済のファンダメンタルズをボロボロにした安倍元首相を国葬に値するとしたように、少子高齢化を世界経済の成長から日本だけが取り残された理由だとしているのだ。どれも、拙著で取り上げたようなデータを無視したものだ。

諸悪の根源は1989年度の税制改革

私は日本経済の諸悪の根源を1989年度の税制改革に見ている。税収増が止まり、経済成長が止まったことで、社会保険料を上げざるをえなくなり、その負担増が可処分所得減少を通じて、景気をさらに悪化させたのだ。

アベノミクスはそこに異次元緩和で力任せの成長促進を試みたが、一方で、2度も消費税率を引き上げて景気を殺したために、インフレや円安でも利上げができないほどに金融政策のファンダメンタルズが傷んだ。

今の少しばかりの活況は、コロナ禍の反動と、大借金を積み増した補正予算の巨額の使い残しをばらまいているだけなのだ。

国民年金は未納期間があるために半数以上が全額貰えていないという。では、全額月額5万円ならば暮らせるのか?5万円以上を維持するために、さらに社会保険料を上げ続けて、現在の可処分所得を減らしていいのか?

的外れの政策ばかりで、これでは日本人の将来は真っ暗だ。拙著『日本が幸せになれるシステム・65のグラフデータで学ぶ、年金・医療制度の守り方』が日本経済の根本問題を再考するきっかけになってくれれば幸いだ。

 

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